ソラは星を超えるか?   作:アキヴィリ-マイフレンド

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3: 運命を歩くもの

 模擬宇宙の中枢区画

 

 無数の演算装置が低く唸りを上げ、星図が幾重にも展開されていく。巨大なホログラムには一本の黄金色の軌跡が描かれていた

 

 星穹列車

 そして、その軌跡を象徴する運命――『開拓』

 

 ヘルタは端末を操作しながら呟く

 

 「模擬宇宙は現在、アキヴィリが辿ったとされる航路を再構成しているわ。実際の記録だけじゃなく、歴史資料、知覚データ、各文明の神話まで統合した演算結果」

 

 「精度は?」

 

 アンバーが尋ねる

 

 「九十七・三二パーセント」

 

 ヘルタは即答した

 

 「他の星神なら十分実用的な数値よ。でもアキヴィリだけは最後の数パーセントが埋まらない」

 

 ルアン・メェイが静かに補足する

 

「開拓者が模擬宇宙へ入るたびに、新しい分岐が発生しています。本来なら観測回数が増えれば収束するはずなのですが……」

 

 アンバーは演算結果を見つめる

 

 無数の世界、無数の旅路

 そして、その全てが一つの終着点へ向かうことなく枝分かれを続けている

 

 「……美しい」

 

 その呟きにヘルタが呆れたような顔をする

 

 「普通そこは『おかしい』って言うところじゃない?」

 

 「いいや、美しいからこそ、おかしい」

 

 アンバーは首を振る

 

 「学問とは、美しい矛盾から始まるものだよ。ヘルタ」

 

 ヘルタは思わず笑った

 

 「あなた、本当に哲学者ね」

 

 「ありがとう」

 

 「褒めてない」

 

 「私は褒め言葉として受け取ろう。」

 

 二人の軽妙な応酬に、星は思わず吹き出した

 

 「二人とも、昔からこんな感じなの?」

 

 ルアン・メェイは静かに頷く

 

 「ええ、お二人が議論を始めると、数日は研究が進まないこともあります」

 

 「数日?」

 

 星は目を丸くする

 ヘルタは平然と言った

 

 「最高記録は六十八システム時間、休憩なし、食事も忘れて」

 

 アンバーは少しだけ困ったように笑う

 

 「途中で紅茶は飲んだ」

 

 「それ休憩に入る?」

 

 「入らない」

 

 ヘルタが即答する

 

 「だからあなたは変人なのよ」

 

 「君ほどじゃない」

 

 「失礼ね」

 

 そんな他愛もないやり取りでさえ、長年の付き合いを感じさせた。星は少し羨ましそうに呟く

 

 「天才クラブって、もっと殺伐としてるのかと思ってた」

 

 ヘルタは鼻を鳴らす

 

 「基本的にはそう、興味がなければ名前すら覚えない」

 

 「じゃあアンバーは?」

 

 「珍しい例外」

 

 アンバーは肩を竦めた

 

 「私がよく話すだけさ、知識は共有して初めて価値になる」

 

 「あなたは昔からそう」

 

 ヘルタは少しだけ真面目な表情になる

 

 「だから博識学会なんて連中を評価する」

 

 アンバーは否定しなかった

 

 「彼らは知識を広める、それは文明を育てることでもある。私は好きだよ」

 

 「私は嫌いじゃないけど、興味もない」

 

 ヘルタは端末へ視線を戻す

 

 「今の私が欲しいのは答え、過程じゃない」

 

 アンバーはその言葉を聞き、静かに問い返した

 

 「では聞こう、ヘルタ、君はなぜ模擬宇宙を作った?」

 

 ヘルタは即答する

 

 「星神を理解するため」

 

 「理解してどうする?」

 

 「面白いから」

 

 星が笑う

 

 「ヘルタらしい」

 

 「でしょう?」

 

 アンバーも微笑んだ

 

 「実に君らしい答えだ」

 

 「ならあなたは?」

 

 ヘルタが逆に尋ねる

 

 「神学者、あなたは何のために星神を研究するの?」

 

 研究室が静まり返る。ルアン・メェイも星も、自然とアンバーへ視線を向ける。彼はしばらく考えた。まるで答えを選ぶように

 

 「私は、星神そのものには、それほど興味がない」

 

 ヘルタが眉をひそめる

 

 「……は?」

 

 「興味があるのは」

 

 アンバーはホログラムに映る『開拓』の紋章を見つめた

 

 「人が、なぜ星神を必要としたのかだ」

 

 「神学だね」

 

 ヘルタが静かに呟く

 アンバーは頷いた

 

 「文明には必ず神話が生まれる。神が実在しない文明ですら、人は神を語る。まして、この宇宙(ソラ)には星神(アイオーン)が本当に存在する。ならば問わなければならない。人は星神を信仰したから運命を歩くのか、それとも」

 

 彼は一拍置いた

 

 「運命を歩いた者がいたから、星神が生まれたのか」

 

 研究室の空気が変わる

 星でさえ、その問いの意味を理解した

 

 「つまり……」

 

 「順番が逆かもしれないってこと?」

 

 「そうだ」

 

 アンバーは穏やかに頷く

 

 「開拓者がいた。その果てにアキヴィリという存在が生まれたのか、あるいは、アキヴィリがいたから開拓者が生まれたのか。その因果は、まだ誰にも証明されていない」

 

 ヘルタは腕を組み直した

 

 「面白い仮説、でも証明できない」

 

 「今はな」

 

 アンバーは静かに笑う

 

 「だから私はここへ来た」

 

 ルアン・メェイが尋ねる

 

 「模擬宇宙なら、それが分かると?」

 

 「少なくとも」

 

 アンバーは星を見る

 

 「彼女なら、その手掛かりになる」

 

 「私?」

 

 突然話を振られた星は目をぱちぱちさせた

 

 「君はアキヴィリではない。しかし、アキヴィリの足跡を追体験している。星神そのものではなく、星神の歩んだ道を歩く人間、それがどのような選択をするのか、私はそれを見たい」

 

 ヘルタは端末を操作する

 

 「なるほど、それなら実験してみましょう、アンバー」

 

 演算装置が再び唸り始める

 

 《被験者:星》

 《シミュレーション開始》

 《対象:アキヴィリの航路・第三演算領域》

 

 星の目の前に光が広がった

 

 「また行ってくる」

 

 彼女はいつものように笑って見せる

 アンバーは静かに言った

 

 「君は君の思うままに歩けばいい。その選択こそが、私たちの知りたい答えになる」

 

 星は親指を立てる

 

 「任せて」

 

 次の瞬間、光が部屋を包み込み、開拓者の姿は模擬宇宙の彼方へと消えていった。残された三人の天才は、静かにモニターへ視線を向ける

 

 誰も口を開かない。これから始まるのは、星神の観測ではない。一人の開拓者が、運命をどのように歩くのかを見届ける実験だった

 

 《シミュレーション開始》

 

 模擬宇宙の演算領域へ星の意識が転送される。研究室では巨大なモニターに、その行動が逐一映し出されていた。ヘルタは演算ログを流し見しながら呟く

 

 「毎回思うけど、この子は本当に予測しないわね」

 

 画面には分岐が無数に表示されている

 

 推奨経路、最適解、危険回避

 

 そのすべてを無視するように、星は寄り道を繰り返していた

 宝箱を見つければ寄る

 見知らぬ旅人がいれば話しかける

 敵がいれば戦い、道端に落ちている奇妙な物体まで拾っていく

 

 「演算効率、マイナス十二パーセント」

 

 ヘルタは呆れたように肩を竦める

 

 「普通ならもっと合理的に動くはずなのに」

 

 ルアン・メェイは穏やかに画面を見つめていた

 

「ですが、生物は合理性だけでは行動しません。好奇心、感情、偶然の出会い、それらも生命活動の一部です」

 

 ヘルタは首を振る

 

 「それじゃ演算にならない。だから苦労してるの」

 

 その横でアンバーは静かに笑っていた

 

 「いいや、その苦労こそ答えだ」

 「また始まった」

 

 ヘルタはため息をつく

 

 「説明して」

 

 アンバーはモニターを指差した

 

 「彼女は今、何をしている?」

 「寄り道」

 「違う、探索だ」

 「同じじゃない」

 「まったく違う、効率を求めるなら一直線に進めばいい。しかし開拓とは、未知へ足を踏み入れることだ。未知を知るには遠回りが必要になる」

 

 ルアン・メェイが静かに頷く

 

 「生命も同じですね。進化は最適解だけを選びません、多くの失敗を重ね、その中から適応したものだけが残るものです」

 

 「ああ、文明もまた同じだ」

 

 アンバーは微笑む。

 ヘルタは腕を組む。

 

 「つまり?」

 「寄り道が文明を作る」

 

 その一言に星が通信越しに笑った

 

 『アンバー、それヘルタが聞いたら怒るよ』

 「もう聞いてる」

 

 ヘルタが即座に返す。研究室に小さな笑いが生まれる

 

 その時だった

 

 《異常演算》

 《未確認分岐を検出》

 

 画面が赤く染まる

 ヘルタは瞬時に端末を操作した

 

 「また?こんな分岐、データベースにない」

 

 ルアン・メェイも珍しく目を細める

 

 「アキヴィリの記録には存在しない選択です」

 

 モニターの中で星は立ち止まっていた

 

 目の前には二つの道、片方は列車の進む本道、もう片方は名も無き小惑星へ向かう細い航路

 

 「普通なら本道を選ぶ」

 

 ヘルタは言う

 

 「演算上も、それが正解」

 

 しかし星は迷わず細い航路へ進んだ

 

 『なんか気になるから』

 

 その一言だけを残して

 

 「……また、演算が全部崩れた」

 

 ヘルタが額を押さえる

 

 無数の分岐が一斉に書き換わる

 

 新しい航路

 新しい文明

 新しい出会い

 

 存在しなかったはずの歴史が、模擬宇宙の中で生成されてい

 ルアン・メェイはその光景に見入っていた

 

 「美しい……」

 

 アンバーも静かに頷く

 

 「開拓とはこういうものだ、未知は計画からは生まれない。偶然から生まれる」

 

 ヘルタは端末を操作しながら苦笑した

 

 「つまり模擬宇宙は、正解を計算する装置じゃなくなるってこと?」

 「いや、正解を増やす装置になる」

 

 アンバーは首を横に振る

 その言葉にルアン・メェイが視線を向ける

 

 「正解を……増やす?」

 「そうだ」

 

 アンバーはゆっくりと言葉を選ぶ

 

 「人はよく未来を一本の道だと考える。しかし私は違う、未来とは、人が歩くたびに増えていく道だ、だから開拓は終わらない」

 

 ヘルタは少しだけ黙り込んだ

 やがてぽつりと呟く

 

 「……それなら、アキヴィリを完全に再現することは不可能」

 「当然だ」

 

 アンバーは即答した

 

 「アキヴィリを再現した瞬間、それは開拓ではなくなる。過去になるからな」

 

 研究室は静まり返る

 その静寂を破ったのはルアン・メェイだった

 

 「では、星神とは何なのでしょう」

 

 アンバーは少し考えた

 

 「私の考えだ、星神とは完成された存在ではない。人々が歩み続けた先に生まれた、一つの答えなのかもしれない」

 

 ヘルタが目を細める

 

 「ずいぶん大胆な仮説、証明する気は?」

 

 「もちろん、ある」

 

 アンバーは笑った

 

 「だから私は模擬宇宙へ来た。」

 

 その時、演算が終了する

 光が研究室に満ち、星が帰ってきた

 

 「ただいま!」

 

 いつものように元気な声だった

 

 「何かあった?」

 

 ヘルタは苦笑する

 

 「大あり、また歴史を書き換えてくれたわ」

 「え?」

 

 星は困ったように笑う

 

 「そんなつもりじゃなかったんだけど」

 「だから面白い」

 

 アンバーは穏やかに言う

 

 「君はアキヴィリを真似してはいない。君自身の開拓をしている」

 

 星は首を傾げる

 

 「それっていいこと?」

 「もちろん、いいことだ」

 

 アンバーは窓の外に広がる銀河を見上げた

 

 「運命とは、同じ足跡をなぞることじゃない。同じ志を抱いて歩くことだ、君はアキヴィリではない。だからこそ、君だけの開拓がある」

 

 星は少し照れくさそうに笑った

 

 「難しいことは分かんないけど……歩けばいいんだよね?」

 

 アンバーも笑う

 

 「ああ、歩こう、その一歩が、いつか誰かの道になる」

 

 ヘルタは演算結果を保存しながら、小さく呟いた

 

 「……本当に、予測できない子」

 

 ルアン・メェイは静かに微笑む

 

 「だからこそ、『開拓』なのでしょう」

 

 研究室の窓の向こうでは、星穹列車が静かに星海を駆け抜けていく

 その軌跡は一本の線ではない

 幾千万もの可能性を繋ぎながら、未来へと伸び続ける黄金のレールだった

 そしてDr.アンバーは、その光景を見つめながら心の中で一つの問いを記す

 

 ――星神は人を導くから生まれたのか

 ――それとも、人が歩み続けた果てに、星神という概念へ至ったのか

 

 その答えはまだ遠い

 だが、彼は確信していた

 答えは机上の理論ではなく、人が歩み続ける歴史の中にこそあるのだと

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