FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士― 作:七草空斗
巨人の内部を駆け上がり、エレメント4や
「さっき感じた魔力は……もう少し上か」
最も近くから感じるのは、不気味なほど冷え切った気配を帯びた魔力だった。その発生源を目指して階段を駆け上がっていた時、真上のフロアで爆発的な魔力が弾ける。凄まじい衝撃が天井を貫き、頭上の石材へ無数の亀裂が走った。
「崩れる……!」
巨大な石板が形を保ったまま落下し始める。僕は崩れかけた天井へ右手を向けた。
「
石材へ流し込んだ魔力がその時間を一気に進め、劣化させ、支えを失わせる。
次の瞬間、天井がボロボロと崩れ落ち、瓦礫と共に上階からナツとハッピー、そして手負いのエルザが落下してきた。
「うおっ!ヴェルク!!」
「ナツ、ハッピー、エルザ!」
僕は咄嗟に三人の落下地点へ駆け寄る。ナツはどうにか受け身を取りハッピーもふらつきながら羽ばたいていた。だが、エルザの状態は明らかに悪い。
すでに限界を超えているはずの体を引きずりながら、それでもなお彼女は鋭い眼光で正面の男を睨みつけていた。その対面に浮遊していたのは、不気味な白装束に身を包んだ男。閉じた両目を布で覆い、宙に浮いたまま、どこか芝居がかった仕草でこちらを見下ろしている。
「悲しいな。『
男――大空のアリアが不敵な笑みを浮かべた。
「私たちの親に手を出したのは、この男だな」
エルザの声は絞り出すように低かった。
「……こいつが」
それだけで事態の全てを理解した。この男がマスターを重体に追い込んだ張本人。僕たちの
胸の奥で冷たいものが音を立てて沈んでいく。怒りは熱ではなく、むしろ凍えるほど静かに思考の底へ沈殿していった。
エルザの纏う空気が鋭利に尖る。だが、彼女の体はもう限界のはずだ。ジュピターを防ぎ、ここまで戦い続けた時点で立っていること自体が奇跡に近い。
「エルザ……」
背後でナツが、満身創痍の彼女を案じて低く呟く。
「
アリアが両目を覆っていた布へ手をかけ、ゆっくりと取り払う。閉ざされていた瞼が開かれた瞬間、押さえ込まれていた膨大な魔力が一気に解放された。
「来い。我が空域に飲まれるがいい!!」
目に見えない圧力がフロア全体へのしかかり、床に散乱していた瓦礫が一斉に震え始める。呼吸をするだけで胸の奥が圧迫され、肌へ突き刺さる魔力が身体の動きを鈍らせていった。
その圧迫感の中を一歩進み、アリアとエルザの間へ立つ。
「……エルザ、ここは僕がやる」
「ヴェルク……」
「これ以上戦ったら、今度こそ倒れるよ」
羽織っていたローブを脱ぎ、足元へ落とす。布地が床へ広がった直後、吹き荒れる魔力の風に煽られて大きくはためいた。
アリアは僕とエルザを見比べると、愉快そうに口元を歪めた。
「どうやら私を一人で倒すつもりらしい。随分と侮られたものですな」
「強大すぎる魔力を抑えるために目を閉じている。ゆえにその目が開かれた時、あらゆる者が勝機を失う……だったかな」
距離を詰めながら問いかける。
「ええ。周囲の方々はそのように話されていますね。それが何か?」
「いや」
構えを崩さず、開かれた両目を真っ直ぐに見据えた。
「もし、
アリアの笑みが僅かに引き攣った。それは虚勢でも挑発でもない。目の前の男がマスターを傷つけた事実を知った時から、僕の中には一つの結論しかなかった。
こいつを許すつもりはない。
「ふふふ……笑止!」
アリアが両腕を大きく広げる。
「ならば耐えてみるがいい!死の空域
周囲を満たしていた魔力が変質し、どす黒い空域となってフロア全体へ広がった。肌へ触れた瞬間、身体の芯から生命力を掴み取られる。
呼吸の奥へ不快な重さが沈み、指先の感覚が少しずつ薄れていく。空域に触れているだけで、体力と魔力の両方が削り取られていた。
「命を喰らう魔法か……」
「さあ、あなたの命が尽きるまでの時間を数えましょう」
アリアが両手をこちらへ突き出す。不可視の魔力が渦を巻き、死の空域が僕の周囲へ収束し始めた。
「三」
僕は動かない。足元へ落としたローブだけが、吹き荒れる魔力の中で僅かに浮き上がった。
「二」
ローブが重力に逆らって上昇し、僕の周囲をゆっくりと旋回し始める。
「一」
「零」
アリアの声と同時に空域が最大まで膨れ上がった。肌を掠めた魔力は今も生命力を奪い、呼吸を重くしている。完全に防げたわけではない。それでも僕を殺すはずだった力の大半は身体へ届かず、ローブを中心とした円環の中を巡り続けていた。
空域に包まれたまま動かない僕を見て、アリアが口角を吊り上げる。
「ああ、なんと悲劇的な。一歩も動くことすら叶わず、我が空域に魂まで喰らわれるとは。その慢心が、あなたという男を滅ぼしたのだ」
返事がないことを確認すると、アリアは僕から興味を失ったように顔を背けた。
「
「――誰が、誰の首を獲ったって?」
アリアの肩が大きく跳ねた。振り返った顔から余裕が消え、開かれた両目が驚愕に見開かれる。
「馬鹿な……なぜ立っていられる?」
「君の魔法は、空域へ入った命を無条件に消すものじゃない」
ローブの軌道を維持したまま一歩を踏み出す。身体には痺れが残り、呼吸をするたびに胸の奥が鈍く痛む。それでも足を止めるほどではなかった。
「我が空域そのものへ干渉したというのか!?」
「空域の中に別の起点を作っただけだよ。僕へ集まるはずだった流れを、あのローブへ逸らした」
旋回を続けるローブの周囲には、どす黒い魔力が幾重もの輪となって絡みついていた。
「完全に無効化したわけじゃない。でも、僕を殺すには足りない」
痺れの残る右手を握り締め、アリアだけを見据えながら前進する。
「それに、君は一つ勘違いしている」
「何を……」
「マスターを動けなくした力なら、僕にも同じように通じると思ったことだ」
右手を返し、ローブの周囲を巡っていた円環を急速に縮める。逃げ場を失った死の空域が一点へ圧縮され、黒い魔力の塊となって脈動した。
左手を覆っていた布を指先まで僅かにずらし、凝縮された魔力へ直接触れる。触れた箇所から黒い空域が音もなく欠けた。
一部を失った魔力の流れは均衡を崩し、連鎖するように崩壊していく。フロアを満たしていた死の気配は瞬く間に薄れ、最後には何も残さず消滅した。支えを失ったローブが床へ落ちる。
「なっ……我が死の空域を……!」
アリアの驚愕を押し流すように、抑えていた魔力を解放する。フロアの空気が一変した。散乱していた瓦礫が一斉に震え、足元から走った亀裂がアリアの前まで伸びていく。
「僕を……いや、
「戯言を!」
アリアの動揺は一瞬だった。死の空域を失うと、すぐさま別の空域を自身の周囲へ展開する。輪郭が周囲の景色へ溶け込み、瞬く間にその姿が見えなくなった。
「フッ!空域をいなす魔法があろうと、見えぬ相手から逃れることはできぬ!!」
声がフロア全体から幾重にも反響する。アリアの哄笑が響き、その姿が完全に消失する。
不可視の境界から一撃必殺を狙うアリア。対し、僕は静かに足を止め、無造作に右手を突き出した。そして、そこにある「空間」そのものを指先で直接掴み取るように、自身の手元へと引き寄せる。
「……何が見えないって?」
「なっ……!?空間が歪んで……か、身体がッ……!」
驚愕の声が虚空から漏れる。何もなかったはずの空間が大きく捻じ曲がり、潜んでいたアリアの輪郭が浮かび上がった。空域による擬態が剥がれ落ち、無防備な身体が宙へ引き摺り出される。
「空域へ隠れるなら、その空域ごと引き寄せればいい」
重力へ抗おうとするアリアを、さらに強い力でこちらへ引き込む。同時に右拳へ魔力を集中させると、圧縮された重力が大気を軋ませ、拳の周囲にある景色を僅かに歪めた。
「待――」
「ぶっ飛べ!
「がぼぅぁ!!!」
引き絞った拳がアリアの顔面を捉えた。着弾と同時に極限まで圧縮されていた重力が炸裂し、逃げ場のない衝撃がアリアの身体を芯から揺さぶる。
アリアは床を何度も跳ねながら吹き飛ばされ、壁へ激突した。砕けた石材が周囲へ降り注ぐ中、どうにか立ち上がろうと腕を動かすものの、身体を支えることはできない。そのまま力を失い、瓦礫の中へ崩れ落ちた。
「上には上がいる。自分の慢心を呪うんだな、大空のアリア」
返事はない。床に落ち、埃にまみれた自分のローブを静かに拾い上げる。軽く土を払って、僕はエルザの元へと一歩踏み出した。
直後、主を失った巨人の体が断末魔のような軋み声を上げ、ゆっくりと沈み始めた。凄まじい振動が足裏を突き抜け、フロア全体が大きく揺れる。
「……収まったかな」
やがて動力源が完全に破壊されたのか、巨人は脈動を止め、深い沈黙へと落ちていった。僕は急いでエルザたちの元へ駆け寄る。
「エルザ、大丈夫?」
声をかけると、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、彼女の体が膝から崩れ落ちた。それを隣にいたナツが慌てて支える。
「大丈夫だ……。それより、
苦しい呼吸の間から、彼女は震える声で問いかけてくる。エルザの問いに、僕は外へと視線を投げた。確かに計算上は、もう発動していてもおかしくない時間が経過している。
「止まった……と思う。たぶん」
確証はない。だが、おそらくは先ほどのアリアが魔法を維持するための最後の一人――動力源だったのだろう。
僕の言葉に、ナツとハッピー、そしてエルザの表情へわずかな安堵が浮かぶ。だが、それは一瞬だけだった。すぐに全員が表情を引き締める。
「とりあえず、
「あぁ。『
ナツの手を借りて上体を起こすエルザに、僕は重く頷いた。
「残っている
僕たちの精神的支柱であるマスターは不在。S級戦力であるエルザも、今までの戦いで動くことすらままならない重傷を負っている。静まり返ったフロアに、僕の冷徹な分析だけが重く響いた。
「そんなの、オレが二人とも倒してやるよ!!」
右拳を強く握りしめ、ナツが猛る。その真っ直ぐな瞳に、僕は思わず口元を綻ばせた。こういう時のナツは、理屈抜きで本当に頼りになる。
だが、事態は極めて深刻だ。相手は、あのマスターと同じ『聖十大魔道』の一人。僕たちとは魔導士としての次元が違いすぎる。
《――
その時、巨人内にノイズ混じりの不快な声が響き渡った。この声の主、ジョゼ・ポーラが薄笑いを浮かべているのが目に浮かぶ。
「ジョゼ……っ!」
《我々の目的の一つは達成されました……。さて、後は――》
ジョゼの言葉が途切れた直後、『ドゴッ』という耳を刺すような衝撃音が響き、続いて悲鳴が巨人内をこだました。
《きゃああああああああ!!》
「ルーシィ!?」
一帯に響き渡ったのは、間違いなく彼女の悲鳴だった。
「……っ!」
怒りで奥歯が軋む。手の中のローブが、指に食い込むほどに強く握りしめられた。
《聞こえたでしょう?我々に残された目的はあと一つ。それは……貴様らクソガキ共の皆殺しだ》
ジョゼの冷酷な宣告と共に音声が途切れる。直後、外部でも戦闘が激化したのか、仲間の悲鳴や激しい衝突音が先ほどよりも鮮明に響き始めた。
「ナツ……ルーシィを、頼めるか」
外を向いたまま、僕は静かに、だが地を這うような低い声で問う。ナツが僕の横顔を覗き込む。その視線の先で、僕の手元の布が引きちぎれんばかりに握りしめられているのが見えたはずだ。
「ヴェルク……」
このまま何も言わなければ、僕はジョゼより先にルーシィの元へ走り出してしまうかもしれない。けれど、それでは駄目だ。ルーシィを助ける役目はナツに託すべきだ。
今の僕が向かうべき相手は、ジョゼ・ポーラ。フェアリーテイルを、家族を、ここまで踏みにじった元凶だ。
続けてエルザが魂を振り絞るように呼びかける。
「ナツ!お前にはまだ、眠っている力があるはずだ。自分を信じ、己を貫き、その力を呼び起こせ!行け、ナツ!!お前は……いつか私を超えていく男だ!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!」
二人の言葉を背負い、ナツは爆発的な炎を身に纏った。ハッピーと共に一陣の熱風となり、彼は迷うことなくルーシィの元へと駆け出していく。
二人を送り出した後、僕は拳の震えを力に変えるように、左腕の布を固く巻き直した。