FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士― 作:七草空斗
「ひとまず応急処置はしたけど……どう、動けそう?」
「ああ……大丈夫だ……」
僕の声に応じ、壁へ背を預けていたエルザが立ち上がろうとする。だが、足へ力を込めた途端に身体が大きくふらついた。倒れ込むより先に背中へ腕を回し、その身体を支える。
「おっと……」
「すまない」
「キツいなら無理をしないで。少し休んでから移動しよう」
壁際へ座り直させるとエルザは抗う力も残っていないのか、深く息を吐きながら身体を預けた。ジュピターを正面から受け止め、その状態でアリアと戦ったのだ。無理もない。
ガルナ島での依頼を終えた後、僕もナツたちと一緒に戻っていれば。ボロボロになったエルザを見ていると、どうしてもそんな考えが浮かんでしまう。僕がもう少し早く戻っていれば何か一つくらいは変えられたかもしれない。
「まったく……エルザは無茶をしすぎだよ」
目を閉じた彼女へできるだけ柔らかい声で語りかける。そうして普段と変わらない態度を保っていなければ、胸の奥に沈んだ後悔が表情へ出てしまいそうだった。
「ヴェルク――!!」
その時、入口から複数の足音と共にミラの声が響いた。顔を向けると、そこにはミラとエルフマン、そしてグレイが必死な形相でこちらへ走ってくる姿があった。
「ヴェルク!来てくれたのね!」
僕の姿を見て、ミラの表情に安堵が広がった。
「うん。ついさっき着いたんだ」
三人を迎えるように歩み寄りながら、その負傷へ視線を走らせる。無事だったことに安堵する一方で、エルフマンとグレイの身体に刻まれた傷を見ると胸の奥に再び重いものが沈んでいった。
「みんな……遅くなってごめん」
「何言ってんだ」
グレイは呆れたように息を吐き、傷ついた身体のまま笑った。
「遅くなってもお前は来てくれただろ。そんなこと、誰も気にしてねえよ。……だろ?」
「ああ。ギルドの窮地へ駆けつけた立派な漢だ」
エルフマンも力強く頷く。二人の言葉に救われる思いがしたが、今は感傷へ浸っている場合ではない。
「ありがとう、二人とも。それよりエルザが重傷なんだ。ここから安全な場所まで運ぶのを手伝ってほしい」
表情を引き締め、壁際にいるエルザへ視線を向ける。
「エルザが!?」
ミラたちはそこで初めて、壁へ身体を預けている彼女の状態に気づいた。全員で駆け寄り、その傍らへしゃがみ込む。
「エルザ、移動できそう?」
「ああ。今度こそ……大丈夫だ」
呼びかけると、エルザはゆっくりと目を開いた。意識ははっきりしている。瞳にも力は残っていたが、その身体が言葉どおりの状態でないことは誰の目にも明らかだった。
「まさか、その傷で戦っていたのか……」
グレイが息を呑む。
「お前たちにこんな情けない姿を見られるとはな。私もまだまだ修行不足だ」
エルザは自嘲するように、それでいてどこか穏やかに微笑んだ。束の間、張り詰めていた空気が僅かに緩む。
その直後だった。
粘つくような魔力が背中を這い上がり、身体の奥まで冷たいものが入り込んでくる。誰かに命じられたわけでもない。それでも全員が同時に言葉を止め、背後へ意識を向けていた。
パン、パン、パン――。
静まり返ったフロアへ乾いた拍手が響く。ゆっくりと振り返ると、入口の向こうから歪な笑みを浮かべた男が歩み寄ってきていた。
「いやはや……見事でしたよ、皆さん」
マスター・ジョゼ。
その身体から溢れる暗い魔力が、影のように背後で蠢いている。対面しているだけで肺を押し潰されるような圧迫感が生まれ、肌へ突き刺さる邪悪な気配が本能へ逃走を命じてきた。これが聖十大魔道。アリアとは比較にならない魔力に、嫌でも神経を逆撫でされていく。
「マスター・ジョゼ……ッ!」
グレイとエルフマンが即座に前へ出て、エルザとミラを庇うように構えた。僕も二人の前へ出ようとしたがジョゼの右手はすでにこちらへ向けられていた。
「さて……ここまで楽しませていただいたお礼を、たっぷりとしませんとなァ!」
紳士的な口調とは裏腹に、ジョゼから溢れ出す殺気はもはや物理的な質量を持って襲いかかる。生存本能が「逃げろ」と絶え間なく警告を発し続け、両足に力がこもる。
ジョゼがニヤリと歪な笑みを浮かべた直後、極限に達した僕の体が思考よりも先に回避運動を開始した。
「よけろォ!!!」
エルザの叫びと同時に、無数の闇の魔弾が放たれる。最前列に立っていたグレイとエルフマンへ黒い奔流が殺到した。
二人の背後にいたミラとエルザへ腕を伸ばし、身体へかかる重力を一瞬だけ弱める。そのまま二人を引き寄せ、反対側の壁際へ飛び込んだ。直後、背後で轟音が弾ける。
「グレイ!エルフマン!!」
振り返ると二人は壁際まで吹き飛ばされ、崩れた瓦礫の中へ倒れ込んでいた。ジョゼにとっては軽い挨拶代わりだったのだろう。だが、満身創痍だった二人はその一撃に耐えきれず、言葉を発する間もなく戦闘不能へと追い込まれた。
悲痛な叫びを上げる間もなく、ジョゼは残った僕たち三人を魔力の奔流で薙ぎ払った。二人を抱えたまま後方へ跳躍する。同時に、腕の中にいたエルザが僕の支えを振りほどいた。
「エルザ!?」
「換装――『黒羽の鎧』!」
黒い翼が広がる。動くことさえ困難だった身体から残された力を絞り出し、エルザは迫る魔力の上を飛び越えた。その勢いのままジョゼへ肉薄し、大剣を振り下ろす。
だが、ジョゼは左手から突風のごとき魔力を放ちエルザを突き放す。エルザは空中で体勢を立て直し、ジョゼの右へと回り込んで死角から切り込むがジョゼは仰け反るような動きでそれを回避。逆に彼女の足を掴むと、猛烈な勢いで立ち込める煙の中へと投げ飛ばした。
煙を抜けて着地したエルザが、鋭い視線でジョゼを射抜く。
「くっ……!」
エルザは剣を床へ突き立て、辛うじて落下の勢いを殺した。だが、無理に動いた反動は大きい。着地した直後に膝が沈み、一瞬だけ動きが止まる。
ジョゼがその隙を見逃すはずもなかった。片手を振ると、崩れていた巨大な瓦礫が砲弾のような勢いでエルザへ放たれる。
「エルザ!」
回避しようとした彼女の足が僅かにもつれた。直撃を避けられないと判断したエルザが、せめて威力を殺そうと大剣を正面へ構える。
その瓦礫へ右手を向けた。
「
魔力が触れた瞬間、石材の時間が急速に進む。エルザへ直撃する寸前だった巨大な瓦礫は劣化し、細かな砂となって彼女の両脇を流れていった。
「エルザ、怪我は?」
すぐに隣へ並ぶ。
「問題ない……すまない、助かった」
荒い呼吸を繰り返しながら、エルザは眼前に残った砂埃を一太刀で払い除けた。
「ほう……今のは
「よく知っているね。流石は、マスターと同じ聖十大魔道ということか」
巨大な瓦礫が一瞬で砂へ変わっても、ジョゼの余裕は崩れない。驚くでも警戒するでもなく、獲物を値踏みするような目で僕を観察していた。
「それにしても貴様」
ジョゼの視線がエルザへ戻る。
「確か『ジュピター』を正面から喰らったハズ。なぜ、まだ立っていられる?」
「仲間が私の心を強くする」
エルザは大剣を構え直した。
「愛する者たちのためなら、この身体など要らぬわ!」
その言葉はただの強がりではない。最初から最前線で戦い続け、命に関わるほどの一撃を受けながら、それでも仲間を守るために立っている。並の魔導士ならとっくに意識を失っているはずだ。限界を迎えた身体を、彼女の意志だけが辛うじてつなぎ止めている。
「これがエルザの真の強さだ」
思わず僅かに口元が緩む。
「本当に敵わないよ」
だが、精神が身体の限界を消してくれるわけではない。わずかな攻防を終えただけで、エルザの肩は激しく上下していた。
「強く、気丈で、美しい……なんと殺しがいのある娘でしょう」
ジョゼは口元を深く歪め、その言葉どおりの歓喜を隠そうともせずに両腕を広げる。その合図と共に、ジョゼの辺り一面を埋め尽くすほどの『
瞬く間に増殖した黒い兵士たちが、僕とエルザを包囲する。
「さあ、どうか私を心ゆくまで楽しませてください」
ジョゼが指先を僅かに振った。四方八方から、黒い群れが一斉に襲いかかってくる。
「
僕たちを中心とした空間に強烈な重力を発生させる。頭上や背後から迫っていた
正面に開いた進路の先には、変わらぬ笑みを浮かべるジョゼがいる。自分へかかる重力を軽減すると同時に、その向きを正面のジョゼへ傾ける。床を蹴った瞬間、身体が落下するような勢いで前方へ加速した。
ジョゼが反応するより早く懐へ潜り込み、右拳を引き絞る。命中の直前、その胴体へ狙いを定め、拳に重力の層を四重に重ねた。
「――
横方向の爆発的な「重さ」を四重に上乗せした、今出せる渾身の打撃。ドゴォン!!とけたたましい轟音が響き渡り、ジョゼの背後の壁がボウルのように深く陥没する。建物全体を揺らすほどの衝撃が、手応えとして明確に僕の腕へ伝わった。
だが――
「これが噂に聞くコピー魔法ですか」
目の前から、落ち着いた声が返ってきた。
「私の
ジョゼは一歩も後退していなかった。僕の拳は胴体へ届く寸前で、片手で受け止められている。あれだけの衝撃を正面から受けたにもかかわらず、その姿勢にも表情にも乱れはない。
「嘘……だろ……」
この一撃で倒せるとは思っていなかった。それでも確実な有効打を与え、僅かでも戦況をこちらへ引き寄せられると考えていた。踏み込みも、距離の詰め方も、魔力の集中も失敗していない。そのすべてを、ジョゼは片手だけで止めていた。
「
ジョゼの指が僕の拳を包み込む。逃れようとしても、万力に挟まれたように腕が動かない。
「私には、まだ到底及びませんね」
至近距離で、ジョゼの反対側の掌へ膨大な魔力が収束し始めた。まともに受ければ終わる。そう理解した時には、すでに回避できる間合いではなかった。
「はああっ!!!」
鋭い声と共に、横合いから大剣が振り抜かれる。ジョゼは僕の拳を離し、エルザの斬撃をかわすために後方へ跳んだ。刃はその胸元を僅かに掠めたものの、傷を与えるまでには至らない。
僕も即座に距離を取り、エルザと肩を並べて構え直す。
「ごめん、エルザ。助かった」
「礼なら後だ。それよりも……」
エルザの視線を追い、奥歯を噛み締める。
「ああ。これは、本気で骨が折れそうだ」
ジョゼの周囲に広がっているのは、先ほどまでの不定形な影だけではなかった。黒い魔力は人間に近い輪郭を作り、武器を持った兵士の姿へ変化している。それが十、二十という数ではなく、フロアを埋め尽くすほど並んでいた。
「……百はいるな」
「うん。一人当たり五十くらいかな」
「この状態で、まだ軽口を叩けるとはな」
エルザは苦しげに息を吐きながらも、大剣を下ろそうとはしなかった。ジョゼが黒い軍勢の奥で冷笑を浮かべる。
「さあ、我が精鋭なる
号令と同時に、百を超える黒い兵士たちが一斉に動き出した。