FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士― 作:七草空斗
目の前には、百体を超える『
先ほどまでの不定形な個体とは異なり、人型の形状に鎧と武器を纏った「精鋭」たちが不気味な統率力で僕らを包囲していた。その後ろではジョゼが薄汚い笑みを浮かべ、僕らを虫けらでも見るかのような目で蔑視している。
「『
ジョゼの冷淡な合図と共に『
だが倒した端から影は混ざり合い、即座に再生して襲い掛かってくる。再生するごとに奴らの耐久力、破壊力、俊敏性は目に見えて増していく。何より狂気的なのは、奴らが獲物を殺すためなら仲間を巻き込むことすら躊躇わない点だ。
互いを傷つけ合いながらも、ただ僕らを喰らおうとする影の群れが少しずつ確実に僕らの精神を削り取っていく。終わりのない消耗戦。エルザの疲労はもはや隠しようがない。これまでのダメージを考えれば、立っていることさえ奇跡に近いのだ。それでも彼女は一刀のもとに影を断ち切り続けていた。
「まずいね……このままだとジリ貧だ」
「あぁ。このままではジョゼに指一本触れることすら叶わぬだろうな」
絶望的な状況。だが、エルザの声はどこか笑っているように聞こえた。それは諦めでも自暴自棄でもない。彼女は迷いなく戦装束を換装し始める。
「エルザ?」
「――換装、
無数の武器を一度に展開する、対多人数戦闘における彼女の最大火力。
「察しの良いお前なら、私が何をしようとしているか理解できるだろう?このままでは削り殺される。ならば――」
「待って、それは無茶だ!エルザ、君の体はもう――」
「私は、私にできる最大を尽くす。だからヴェルク、お前はお前の最大を尽くしてギルドを守るんだ!」
エルザは叫ぶと同時に、僕とジョゼの間を遮る『
「……分かった。少しだけ耐えて、エルザ。すぐに終わらせる」
再生を始めた影の隙間を縫い、僕はジョゼと対峙した。
「良いのですかな?重傷の女性一人にあの数を押し付けて……。彼女、死にますよ?」
嘲笑うジョゼ。もはや怒りすら通り越し、冷徹な殺意だけが僕を満たしていく。歩みを進めるごとに、巨人の上層から伝わる振動が激しさを増した。
「全く、よく暴れ回る『
ジョゼが苦笑混じりに頭上を見上げる。上では今、ナツとガジル。二頭の竜が激突しているのだろう。
「ナツは強いよ。鉄竜のガジルよりもね。あいつは僕よりも強くなれる存在だ……今にガジルを倒して、ルーシィを連れて帰ってくるさ」
「謙遜はよしたまえ。君や『
わざとらしく乾いた拍手を送るジョゼ。僕はそれを無視し、最短距離でジョゼの前へ詰め寄る。
「だがな……そんな強大な魔力を持つ魔導士がマカロフのギルドに何人もいることが、我慢ならんのですよ!!!」
ジョゼの咆哮と共に、右拳から魔力の渦が連射される。僕は瞬時に剣を換装し、その奔流をいなしながら紙一重で回避する。
「なぜ、マカロフをすぐに殺さなかったか分かりますか?……絶望、絶望を与えるためですよ!」
攻撃の威力とスパンが激化していく。ジョゼの言葉が呪詛のように響く。
「目が覚めた時、愛するギルドも仲間もすべて全滅していたら、あの男はどう思うでしょう……。ククク、楽しみで仕方がありませんねぇ!」
一瞬、攻撃が止む。溜め込まれた負の魔力がジョゼの全身から溢れ出した。
「あの男には絶望と悲しみを与えてから殺す!苦しんで、苦しんで、苦しませてから嬲り殺してやるのだァ!!!」
「…………」
僕は無言のまま猛攻を掻いくぐる。ジョゼは歪んだ嫉妬を吐き出し続けた。
「『
ジョゼはかつての優位を確かめるように静かに語る。しかし、その声音に宿っていたのは誇りだけではない。自分たちの地位を脅かす存在へ向けた苛立ちが、言葉を重ねるごとに露わになっていく。
「エルザやラクサス、ミストガンにギルダーツ、そしてヴェルク……。お前らの名は我が街にまで届き、『
吐き捨てるような怒声とともに、ジョゼの身体から黒紫色の魔力が噴き上がった。周囲の空気が大きく震え、押し殺されていた憎悪が濁流となって辺りを満たしていく。
「元々はクソみてーに弱っちいギルドだった『
ジョゼの最後の一撃を受け流し、僕は右腕に持てる全魔力を叩き込んだ。
「気に入らなかった……そんな、そんなくだらない理由で……!!」
防戦を終わらせる一歩。僕はジョゼの懐へと踏み込む。
「家族を、ギルドを……ルーシィを傷つけたのか!!!」
今込められる限界まで高密度化した魔力を剣身に宿し、真っ向からジョゼを叩き斬る。
「おおおおおおお!!!」
凄まじい衝撃。ジョゼは右腕でガードを固めたが、衝突の瞬間に僕の剣が粉々に砕け散った。だが、そこから爆発した重力波がジョゼのガードを粉砕し、その肉体を直撃する。
「なっ……が、はぁッ!?」
衝撃と質量に押し潰されたジョゼの足元が、僕の放った重力魔法の余波に耐えきれず轟音を立てて円状に陥没した。支えを失った床が巨大な瓦礫となって崩れ落ち、ジョゼはそのまま階下へと音を立てて叩き落とされる。
追撃のため、崩落していく床の残骸と共に自身も下層へと落下する。空中に散らばる瓦礫を蹴り飛ばし、重力を操作して落下速度を限界まで加速。最短距離でジョゼへ肉薄する。
だが――あと数メートル、次なる一撃を届かせようとしたその瞬間だった。
僕らと共に落下していた瓦礫の隙間から、ジョゼの『デッドウェイブ』が不気味な黒蛇のように伸び、無防備な僕の首を容赦なく捕縛した。
「ぐっ……!?」
降下時の凄まじい慣性とジョゼが強引に引きずり込む引力。二つの加速が衝突し、僕の体は空中で強引に反転させられ――そのまま背中から地面へと叩きつけられた。
「――――ッゥ!!?」
背中を貫いた衝撃。肺から空気が一気に奪われ、絶叫すら許されぬまま音にならない空気の塊となって漏れ出した。
ジョゼは僕を捕縛したまま、視界を遮る瓦礫を苛立たしげに吹き飛ばす。衣服に付いた埃を厭味なほど丁寧に掃い落とし、激突の余波で指先一つ動かせない僕の元へ悠然と歩み寄る。そして、その胸部を、肺を潰さんばかりの勢いで蹴り飛ばした。
「がはっ……ぁ……」
ジョゼはそのまま僕の胸に足を乗せ、抵抗できない僕を嘲笑うようにグラグラと揺さぶる。
「全く、今のは少々効きましたよ……。さて、勇敢にも私に歯向かってきた褒美に、この戦争の『真の発端』を聞かせてあげましょう」
ジョゼは衣服に付着した埃を払い、受けた傷など取るに足らないとでも言いたげに背筋を伸ばした。
「貴様らは前々から気に食わんギルドだったが、引き金は別にある。……ほんの、ほんの些細なことでした。ハートフィリア財閥のお嬢様を連れ戻してくれという依頼さ」
わざとらしく肩をすくめてみせる。だが、「ほんの」という言葉とは裏腹に、その指先は掌へ食い込むほど強く握られていた。
「……この国有数の資産家の娘が『
ジョゼの視線がゆっくりと持ち上がる。先ほどまで残っていた芝居がかった丁寧さは消え失せ、噛み締めた歯の隙間から荒い息が漏れた。
「ふざけるな!!貴様らはどこまで大きくなれば気が済むんだ!!」
叫び声に押されるように、傷口から新たな血が滲み出す。それでもジョゼは構わず身を乗り出し、自らの恐れを正当化するかのように言葉を続けた。
「もし貴様らがハートフィリア財閥の金を自由に使えるようになれば、間違いなく我々よりも強大な力を手に入れる……!」
ヒートアップしていくジョゼは、胸の上で揺さぶっていた足を上げ、ストレスを発散するように僕の胸を何度も、何度も蹴り飛ばしつづける。その勢いは収まることを知らず、増すばかりだ。
「ゔゔうッゥ―――」
「それだけは、断じて許しておけんのだァ!!!」
ジョゼの怒りの爆発と共に、踏み抜く力が頂点に達する。
――バキッ!!
身体の内側で固いものが砕けるような、痛々しい音が僕を突き抜けていった。
「うごあぁあ"あ"っぅ!!!あ"あ"あ"あ"ぁぅっ!!!」
逃れられない激痛に、喉を掻き切るような悲鳴がこぼれ落ちる。意識を塗りつぶすほどの苦痛から逃れようと、仰向けのまま両足をばたつかせ、必死に体を震わせて抵抗する。
だが、首を絞め上げる『デッドウェイブ』は無慈悲なまでに強固で、指先一つ分の自由さえ許してはくれない。
ジョゼが標的を胸から頭部へと切り替え、止めの一撃を繰り出そうとした刹那――迫る足裏から顔を庇うため、僕は反射的に両腕を持ち上げた。
その瞬間、喉を締め上げていた圧力が不意に消える。首元へ絡みついていた漆黒の拘束は、引き千切られた形跡すら残さず、途中からぽっかりと欠けていた。残された魔力も形を保てず、後を追うように霧散していく。
「――っ!」
全身を縛っていた重圧から解放された刹那の空白。仰向けに倒れ伏した僕の視界に、脳天を粉砕せんと振り下ろされるジョゼの無慈悲な足裏が迫る。
回避は間に合わない。
僕は咄嗟に両膝を胸元へ深く引き込むと、内臓を軋ませながらも、バネを弾き出すように両足を真上へと突き出した。
ドォォォォォンッ!!!
ジョゼの重い蹴り足が僕の両足の裏と衝突する。体格差と体勢の悪さからくる凄まじい衝撃が体内を駆け抜け、全身が悲鳴を上げた。
だが、僕はその衝撃を殺さず、あえて全身の力を抜くことで反動を全て受け止める。まるで弾き飛ばされる弾丸のように、僕は地面を滑りながら後方へと大きく距離を取った。
「はぁ……はぁっ……はぁ―――」
口端から溢れる鮮血が地面を汚し、痛みと疲労で膝がガクガクと震える。肉体はとっくに限界を超え、鉛のように重い。僕は意識を泥沼から引きずり戻し、ふらつきながらもジョゼを射貫くような眼光で睨みつけた。
「さっきから聞いてれば……ハートフィリアの財力だ、ギルドの大きさだなんて言いたい放題勝手に喚いてるけどさ……見当違いも甚だしいよ―――」
口内に溜まる血を吐き捨て、震える足で必死に踏ん張って立ち上がる。
「僕たちはルーシィがハートフィリアの令嬢だなんて今、アンタから聞いて初めて知った。……もし仮に知っていたとしても、そんな金に興味なんてないね」
一歩、また一歩と執念だけでジョゼへ歩を進める。
「今、僕たちがここで守ろうとしているのは『ハートフィリア財閥の令嬢、ルーシィ・ハートフィリア』なんかじゃない。この身に同じ紋章を刻んだ『
もはや肺がまともに機能せず、叫ぶたびに喉から息と共に血が逆流する。それでもここでアイツにこれだけは言ってやらないと気が済まなかったのだ。
「『
「……ならばこれから知っていくとしましょう。財閥の資産を骨までしゃぶり尽くすため、彼女を飼い殺しにする日々の中でなァ」
ジョゼが左手を掲げる。その手から放たれる『デッドウェイブ』。それは先ほどまでの戯れで放たれたものではない。僕の心臓を確実に貫き、息の根を止めるための一直線の死の奔流。
「
突きつけられた死の宣告。魔力は枯渇し、体はボロボロ。誰がどう見ても絶体絶命。
ジョゼの一撃が僕の心臓へと迫り、その命を刈り取ろうとする刹那――僕は迫る死の奔流へ正面から踏み込み、左腕を横薙ぎに振り抜いた。
その一連の動作の直後、『デッドウェイブ』の中心に不自然な空白が穿たれる。魔力の奔流はそこだけを丸ごと失い、左右に分断された。均衡を崩した残滓も形を維持できず、その場で跡形もなく霧散していく。
「また魔法が……消えただと……!?」
一度ならず二度までも。眼前の獲物を仕留め損ねたジョゼの顔から、それまで張りついていた醜悪な余裕の笑みが、凍りついたように消え失せた。
「……あり得ん。何をした……?貴様、何を使った!!」
血に汚れた左手へ視線を落とし、巻き布の端に指を掛ける。そのまま静かに解けば、白い布は手首から離れ、力なく床へ落ちた。
一瞬だけ、露わになった左手に遠い日の温もりが重なる。
――ごめん。
次に顔を上げた時、僕の視線はもうジョゼだけを捉えていた。
「……仲間がこれ以上傷つくくらいなら」
溢れ出す血を拭いもせず、僕は低く、地を這うような声で告げる。
「守れずに死ぬくらいなら……。今ここで、貴様を仕留める」
左半身に、淡い翳りが重なる。
アリア戦で見せた魔力の圧とも、ジョゼが放つ邪悪な気配とも違う。人の輪郭から僅かにずれた場所で、形容しがたい
「私を仕留めるだと?この期に及んで面白い冗談を」
再び嘲笑うかのように口角を上げたジョゼが左腕を掲げる。新たに練り上げられた『
「どんな魔法を使ったか知らんが、まぐれで私の魔法を数度防いだ程度で調子に乗るなよ、クソガキが!」
振り下ろされた左腕。「行け」という号令と共に、数多の幽兵が互いの輪郭を呑み込むほど密集し、黒い大津波となって一斉に押し寄せる。
並の魔導士なら跡形もなく食い尽くされるであろう一方的な掃射を前に、勝利を確信したジョゼの口元には再び不敵な笑みが浮かんでいた。
だが――その顔が、初めて驚愕に歪んだ。
幽兵の群れを横切るように何かが走り、先頭を進んでいた『
「……ッ!」
砕けたわけでも、弾き飛ばされたわけでもない。それが通常の破壊ではないと悟ったジョゼは咄嗟に残りの『
ただ、触れたものだけが一方的に消えていた。
「……触れたら、消える」
しばしの静寂を切り裂き、僕の喉から低い声が零れた。
掠れているはずの声は奇妙なほど平坦だった。荒い呼吸を繰り返すたび全身には今も激痛が走っているはずなのに、そのどれもが声にだけは届かず、怒りも、焦燥も、苦痛すらも何かに削ぎ落とされてしまったかのような冷たさだけが残っている。
ジョゼが息を呑む。
先ほどまで曖昧だった翳りは、いつしか左半身へ薄く重なるように形を結び始めていた。角を思わせる湾曲、濡れた羽毛のような影、その奥に覗く裂けた膜にも似た輪郭。足元では細い影が幾つにも枝分かれし、揺らぐ靄の向こうで幾つもの赤い光が瞬いている。
それらはどれ一つとして僕の輪郭と完全には重ならず、別の何かが同じ場所へ薄く透け、その姿だけをこちら側へ覗かせているかのようだった。
「――っ!?」
本能が鳴らす警鐘に従い、ジョゼは咄嗟に『デッドウェイブ』でのカウンターを試みる。だが、眼前にいたはずの姿は陽炎のように掻き消え、その行方を見失った次の瞬間には右腕を焼けるような激痛が貫いていた。
「があっっ……!?つ、ぁあ!!!」
堪えきれず膝をついたジョゼが、激痛の源を求めるように自らの右腕へ目を向ける。その視線が肘から先へ辿り着いた瞬間、苦痛に歪んでいた顔へそれまでとはまるで異なる驚愕が走った。
そこには――肘から先が、まるでもとから存在しなかったかのように「消滅」し、おびただしい鮮血を撒き散らす自身の無惨な断面があった。
斬られたわけでも、潰されたわけでも、焼け焦げた跡すらない。ただ、そこにあったものだけが、触れた瞬間にこの世から抜き取られたように失われている。
「次は腕だけじゃ済まない」
それは脅しというより、淡々とした事実の提示に近かった。感情の起伏さえ感じさせないその響きは、まるで深淵の底に潜む何かが無機質に死を告げているかのように、理解の追いつかないジョゼの意識へ重く沈み込んでいく。
顔に浮かんでいたのは、もはや腕を失った痛みだけではない。目の前で起きている現象を、これまで魔導士として積み上げてきたどんな知識にも当てはめられない――その理解不能そのものへの恐怖だった。
「な……何だ、それは……」
問いかける声が掠れる。だが、答えはない。
赤く染まった左目が僅かに揺れた。
左半身へ重なった異形もまた不確かな輪郭を揺らし、その奥では幾つもの赤い光がこちらを覗き込むように明滅している。
その姿はまるで――。
「この……悪魔がァ!!!」