FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士―   作:七草空斗

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第2話 祓魔師

クローバーの町、定例会会場。

 

ようやく追いついた一行の視界に、マカロフの目前へ迫るカゲの背中が映った。

 

「いたぞ!」

「マスターッ!」

 

ナツたちが怒りに任せて飛び掛かろうとした瞬間、不意に横から伸びてきた腕がそれを制した。

 

「しっ。今いいところなんだから、黙って見てなさい♡」

 

軽い口調で二人の襟首を掴んで止めたのは、マスター・ボブだった。

その隣には四つ首の番犬(クワトロケルベロス)のマスター・ゴールドマインも控えている。

 

カゲは震える手で笛を構え、マカロフの前に立ち尽くしていた。

肌を刺すような、張り詰めた沈黙が流れる。

 

 

だが、どれほど時間が経過しても、その旋律が響くことはなかった。

 

静まり返った会場に聞こえてくるのはカゲの殺意さえも包み込むような、マカロフの穏やかで、それでいて重みのある言葉だけだった。

 

やがて。

 

「……参りました」

 

カゲの手から呪歌(ララバイ)が滑り落ちる。

彼は力なく床に膝をつき、がっくりとうなだれた。

 

「マスター」

 

ヴェルクは一歩踏み出し、安堵と共に声をかける。

 

「ん? おぉ、ヴェルク。どうして戻っ――なぜこの三人がここにいるんじゃ!!?」

 

その姿を認識した直後。

その背後に控えていた問題児たちを見て、マカロフの目玉が飛び出しそうなほど剥き出しになった。

 

「それは後でお話しします。それより、お怪我はありませんか?」

 

「流石ですマスター! 今のお言葉、目頭が熱くなりました!」

 

「痛っ!」

 

マカロフの無事を喜び、ナツたちが一斉にマスターへ駆け寄る。

 

甲冑姿のまま、全力の抱擁でマスターを締め上げるエルザ。マカロフは痛みの悲鳴を上げながらも、どこか照れくさそうに顔を綻ばせていた。

 

その光景を見ながら、場の空気が緩みかけた——その瞬間。

 

「カカカ……。どいつもこいつも、腑抜けた魔導士どもだ」

 

不意に、床に転がった呪歌(ララバイ)から、地を這うような気味の悪い声が漏れ出した。

笛の穴という穴から、どろりとした漆黒の煙が溢れ出す。

 

「もうガマンできん。わしが自ら喰らってやろう。貴様らの魂をな……!」

 

煙はうねりながら膨張し、空間そのものを侵食するように形を変えていく。

やがて、それは明確な“輪郭”を持ち始めた。

 

「一体どうなってるの!? なんで笛からあんな怪物が……」

 

信じられないものを見るルーシィの悲鳴が、会場に響く。

 

「ゼレフ書の悪魔」

 

ヴェルクは短く呟き、視線を逸らさない。

その言葉に、ルーシィが「え?」と顔を強張らせた。

 

「四百年前の時代を生き、魔法界の歴史上で最も凶悪と称された魔導士。その黒魔導士ゼレフが遺した呪いの遺産」

 

「ゼレフってあの大昔の、あの伝説のゼレフか!!?」

 

ゼレフの名を聞きグレイが息を吞む。

悪魔はゆっくりと首を巡らせる。

 

「さあて……どいつの魂からいただこうか」

 

三つ目の巨体を持つ悪魔に変貌した呪歌(ララバイ)は、獲物を品定めするように、頭上から冷酷な視線で一行を見下ろしてきた。

 

「ナツ、グレイ! マスターたちを安全な場所へ! 模倣(ドラフト)――『恣意空間(エンプス)』:浮遊空域(ゼロ・グラビティ)!!」

 

ヴェルクの周囲を覆う空間の重力が一瞬だけ消失する。

次の瞬間、彼の身体が弾かれるように前へ跳んだ。

 

呪歌(ララバイ)が反応するよりも早く、その巨大な顔面の直前へと躍り出る。

 

「なにィ! 抜け駆けなんてずりーぞ、ヴェルク!」

「おう! 俺らも加勢するぜ!」

 

 

避難を促した僕の言葉など、もはや彼らの耳には届いていない。

二人は退避どころか、爆発的な勢いで地を蹴った。

 

「アイスメイク……大槌兵(ハンマー)!!」

「火竜の鉄拳!!」

 

炎と氷。

対極の魔力が同時に炸裂し、呪歌(ララバイ)の巨体へと真正面から叩き込まれる。

 

先行する二人の背中へ、やれやれと呆れ混じりの視線を投げかける。だが、二人が作ったこの勢いを殺す手はない。

 

「まったく、血の気が多いんだから……!」

 

すぐさまエルザへ視線を走らせる。

 

「エルザ! マスターたちをお願い! 『模倣(ドラフト)』――『恣意空間(エンプス)』:二重層(デュアル・レイヤー)!!」

 

ナツの爆炎、グレイの氷塊。

そこへ、通常の二倍まで圧を重ねたヴェルクの衝撃波が重なる。

 

三つの異なる力が同時に炸裂し、呪歌(ララバイ)の頭部が大きくのけぞった。

 

「ぬぉっ!?」

 

「了解した! 皆さん、こちらへ!」

 

エルザがすかさず動く。

よろめいた悪魔の隙を逃さず、周囲にいたマスターたちを一気に安全圏へと誘導していく。

 

呪歌(ララバイ)は怒りに震えながら上体を起こした。

 

「ぬぅ……貴様らの魂から先に喰らってやろう!!」

 

その咆哮を真正面から受け止め、僕は一歩前へ出る。

相手の頭上を掴むように、右手を高く掲げた。

 

「そうはいくか!!」

 

瞬間、悪魔の頭上に超高密度の重力場が顕現する。

 

見えない質量が一気に落ちる。

呪歌(ララバイ)の巨体が大きく沈み、片膝をつくように床を砕いた。

 

「あの巨体を、あそこまで押し込むのか……!」

「まだ終わってないのに、息が詰まるわ……」

 

強烈な風圧に広場がざわめく。地方マスターたちは圧倒され、ルーシィも思わず目を見開いた。

 

「それだけじゃないよルーシィ。ヴェルクの凄いところは、ここからなんだ」

 

ハッピーがドヤ顔で語る隣で、ルーシィは目を見開いたまま呟いた。

 

「ここからって……。これだけでも十分、常識外れな魔法なのに!」

 

強力な重力場に抑え込まれ、地面を砕きながら沈んでいた呪歌(ララバイ)だったが、さすがはゼレフ書の悪魔というべきか。

 

その内部から凄まじい魔力を噴き上げ、力任せにその上体を跳ね起こした。

 

「小癪な……!! 貴様ら全員、呪歌の餌食にしてくれるわ!」

 

悪魔は怒りとともに巨体を起こし、その口腔を大きく開いた。

 

空気が震え、一帯を飲み込む、禁忌の旋律が放たれようとしていた。

 

「させるかよ! アイスメイク……槍騎士(ランス)!!」

「火竜の煌炎!!」

「換装――『黒羽の鎧』!!」

 

放たれる直前、三方向から同時に魔力が叩き込まれる。

 

ナツの炎。

グレイの氷槍。

そしてエルザの斬撃。

 

三つの攻撃が呪歌(ララバイ)の顔面を直撃し、咆哮ごと軌道を崩す。

 

「ぐおぉっ!?」

 

巨体が大きく仰け反り、その体には大きな亀裂が走る。その隙間を、ヴェルクが迷いなく切り裂いた。

 

模倣(ドラフト)――『火竜の鉄拳』!!」

 

踏み込みと同時、右拳に炎が収束する。

ナツの魔法を再現した一撃が、正面から呪歌(ララバイ)の顔面に叩き込まれた。

 

「ぐおぉぉぉ!!?」

 

爆ぜる衝撃。

悪魔の巨体がさらに後方へとよろめく。

 

その光景に、ルーシィが息を呑んだ。

 

「えっ……!? あれ、ナツの魔法じゃないの……?」

 

「違うよ。あれがヴェルクの魔法、模倣(ドラフト)

 

ハッピーは視線を離さないまま続ける。

 

「見た魔法を、再現できるんだ。本物ほどじゃないけどね」

 

「……模倣(ドラフト)。あ、聞いたことある」

 

ルーシィは一瞬言葉を失い、それから記憶を手繰るように眉を寄せた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に、あらゆる魔法をコピーする魔導士がいるって……」

 

「それがヴェルク・ヴァニシュだよ」

 

ハッピーは誇るように言い切った。

 

さらに一拍置き、声を落とす。

 

「それにヴェルクにはもう一つ、異名がある」

 

「異名……?」

 

「『祓魔師(ヴォルテア)のヴェルク』」

 

「……悪魔祓いってことは」

 

その言葉の意味が落ちた瞬間、ルーシィの目にわずかな緊張が走る。

 

「そう。だから――」

 

ハッピーは戦場を見据えたまま、静かに結論を落とした。

 

「悪魔相手のヴェルクは、手強いよ」

 

その視線の先で、ヴェルクはすでに次の動きへ移っていた。

 

「これで……終わりだ。『模倣(ドラフト)』――『恣意空間(エンプス)』:臨界重力(クリティカル・コア)!!」

 

空間そのものが軋むような圧が、一点へと収束する。

 

逃げ場はない。

上下左右すべての方向から、見えない質量が呪歌(ララバイ)を押し潰していく。

 

「ぐ……っ、バカな……!! わしが……このようなガキどもに……!!」

 

巨体が崩れる。

骨が砕けるような音ではなく、空間ごと潰れるような異様な音。

 

次の瞬間、悪魔の姿は霧散した。

 

残されたのは、床に転がる一本の古びた笛だけだった。

 

「ゼレフ書の悪魔が、こうもあっさりと……」

「信じられん……なんという魔力だ……」

 

地方ギルドのマスターたちは、呆然と立ち尽くしていた。

 

その視線の中心で、ヴェルクはゆっくりと右手を下ろす。

呼吸は乱れていない。ただ、空間の余韻だけが周囲に重く残っていた。

 

「……終わった、かな」

 

その小さな独白に重なるように、背後から高笑いが響く。

 

「かーかっかっかっかっ!!」

 

鼻を高くして、他ギルドのマスターにこれでもかと振る舞うマカロフ。

その背後で、ルーシィは興奮に頬を昂揚させていた。

 

「すごい……これが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士……!」

 

圧倒的な力を見せた彼らを仰ぎ、彼女は改めてこのギルドの規格外さを思い知る。

 

マカロフはさらに上機嫌になり、周囲のマスターたちと勝利の喜びを分かち合おうと笑い声を上げた。

 

「なんの、なんのー!! ふひゃひゃひゃひゃひゃ……ゃ……は……」

 

だが次の瞬間。

マカロフの笑いが、ふと途切れた。

 

「……ん?」

 

視線が一点に固定される。

血の気が引いていくのが、誰の目にも分かった。

 

「……ぬ?」

 

周囲のマスターたちも同時に気づく。

 

崩落していく会場の残骸。

ひび割れた床。傾いた柱。魔力の余波で完全に機能を失った建造物。

 

「「「!!!」」」

 

沈黙が一拍遅れて爆発した。

 

「ぬわぁぁぁぁ!! 定例会会場が粉々じゃああああ!!」

 

次の瞬間、空気が一変する。

 

「捕まえろーっ!! 」

 

悪魔から町を救った勇者は、一瞬にして怒り狂うマスターたちから追われる「指名手配犯」へと転落した。

 

全力で逃走を図るなか、ヴェルクとエルザが沈痛な面持ちで謝罪を口にする。

 

「すみません、マスター。自分がついていながら……」

「私からも、マスターの顔を潰すような事態を招き申し訳ありません……」

 

二人の真剣な謝罪に対し、マカロフは半ば魂が抜けたような顔で力なく呟いた。

 

「……いーのいーの……」

 

乾いた声が落ちる。

 

「どうせ来年から、わしはもう呼ばれんのじゃろうから……」

 

遠くで怒号が増幅していく。

 

一難去ってまた一難。これからの騒動を予感させる光景に、新メンバーのルーシィはただ呆然とするしかなかった。

 

「あい、これが妖精の尻尾(フェアリーテイル)です」

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