FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士―   作:七草空斗

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第4話 S級

「シャバの空気はうめぇ!! 最高にうめぇ!!」

 

牢屋に閉じ込められてから丸一日。何事もなく釈放された僕たちは、懐かしいギルドの門をくぐった。

 

戻るなり、ナツはまるで溜め込んだエネルギーを爆発させるように、元気よくギルド内を走り回っている。

 

「まったく、一日牢屋に入れられてたってのに元気な奴だぜ」

 

呆れ顔でその背中を目で追うのは、椅子に深く腰掛けいつの間にか上着を脱いでいるグレイだ。

 

「まあ、それがナツの良いところでもあるんだけどね」

「そうか? ただうるせーだけだろ」

 

僕のフォローなどどこ吹く風で、グレイは「ケッ」と鼻を鳴らして悪態をつく。

 

「んだとグレイ!」

「やんのかナツ!」

 

グレイの言葉を聞き逃さなかったナツが足を止め、即座に殴り合いの喧嘩が始まる。いつもの光景だ。

 

僕は苦笑しながら、絡まり合う二人の間に割って入った。

 

「もう、二人ともやめなよ。そうだナツ、エルザとの勝負はどうなったの?」

「んお! そうだ!! 忘れてた!!」

 

グレイとの小競り合いをあっさり中断し、ナツは火がついたようにエルザの元へと突き進む。

 

「エルザ!! この前の続きだ!! 行くぞぉーー!!」

 

「……疲れているんだが。やれやれ」

 

エルザは重い溜め息を一つ。だが、向かってくるナツを無視することはない。

 

一瞬の光の中で武器を換装すると、懐に飛び込んできたナツを正面から豪快に叩きつけた。

 

「ブフォ!!?」

 

勢いそのままに、ナツは受け身も取れず壁まで一直線に吹っ飛んでいく。

 

「さて、仕方ない。始めようか」

「しゅーりょー!!」

 

エルザが剣を構え直した頃には、ナツは壁にめり込んだまま白目を剥いて沈んでいた。ハッピーがすかさずKOを宣言し、ギルド中に爆笑の渦が巻き起こる。

 

「ぎゃははは!! だっせぇぞナツ!」

「漢じゃねぇぞナツ!!」

 

一撃で沈んだナツを見て、グレイやエルフマンたちが腹を抱えて笑い出す。

 

「やっぱつえーなエルザ!」と盛り上がるギルドは、一気にどんちゃん騒ぎの様相を呈した。

 

だが、その喧騒の真ん中で、マスターの目が不自然にトロンと濁り始めた。

 

「どうしました、マスター?」

 

異変に気付いたミラが心配そうに声をかける。

 

「いや、眠い……。奴じゃ」

 

「奴?」

 

マスターの言葉が終わるか終わらないかのうちに、抗いようのない強烈な眠気が意識を塗りつぶしにかかった。

 

視界が急速に霞み、脳が強制的に活動を停止させられる感覚。

 

「この魔法……」

 

周囲のメンバーたちが、糸の切れた人形のように次々と床に倒れていく。静まり返ったギルドの入口から、石畳を叩く規則正しい杖の音が響いた。

 

数本の杖を背負い、マントを深々と羽織って顔さえも布で覆い隠した男。

 

「ミストガン」

 

マスターは辛うじて意識を保ち、その名前を呼んだ。だが、彼は視線すら合わせない。

 

無言のまま掲示板から依頼書を一枚ちぎり取り、マスターの前に差し出した。

 

「行ってくる」

 

「これ! 眠りの魔法を解かんかっ!!」

 

マスターの叱咤にも動じることなく、ミストガンは背を向けてカウントを始めた。

 

「――伍、四、参、弐、壱」

 

最後の一声とともに、霧が晴れるように眠気が霧散した。

 

「今の、ミストガンか!?」

 

「相変わらず強力な眠りの魔法だな、おい」

 

次々に跳ね起きたメンバーたちが、口々に溢す。

 

「ミストガン……?」

 

状況が飲み込めないルーシィが、目をこすりながら尋ねてきた。

 

「前に話してただろ。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』最強の男候補の一人だよ。どういう訳か誰にも姿を見られたくないらしくてな。仕事を取るときは、いつもああやって皆を眠らせちまうんだ」

 

「何それ!! 怪しすぎるでしょ!」

 

グレイの説明を聞いて、ルーシィが驚愕の声を上げる。

 

「だから、マスターと『あの人(・・・)』以外、誰もミストガンの素顔を知らないんだよ」

 

「いんや……。俺も知ってっぞ」

 

頭上から降ってきた不遜な声。

 

一階のメンバー全員が弾かれたように顔を上げると、そこには二階の欄干に傲然と腰掛けた金髪の男がいた。

 

「ラクサス!!」

「居たのか! 珍しいな」

 

この金髪の男―――ラクサス・ドレアー。ギルドに数少ないS級魔導士の一人であり、マカロフの孫である。

 

「あれがもう一人の最強候補だよ」

 

僕は補足するように、ルーシィの耳元でそっと教える。

 

すると、ラクサスがニヤリと不敵な笑みをこちらに向けてきた。

 

「そういえばヴェルク。お前もあいつの素顔知ってるよな?」

 

その言葉に、ルーシィが「えっ!?」と勢いよく僕を振り返る。その視線を、僕は肩をすくめて受け流す。

 

「……一応ね。ミストガンはシャイなんだ、あんまり詮索してやるなよ」

 

「……んんっ」

 

そこへ、ようやく復活したナツが声を上げて跳ね起きた。

 

「俺と勝負しろーー!! ラクサスー!!」

 

「さっきエルザに負けたばっかだろお前」

 

グレイの冷ややかなツッコミを無視し、ラクサスはさらに火に油を注ぐ。

 

「そうそう、エルザごときに勝てないようじゃ、俺には逆立ちしたって勝てねぇよ」

 

「それはどういう意味だ……?」

 

聞き捨てならない一言に、今度はエルザが鋭い怒気を放つ。

だが、ラクサスは不敵に笑うだけだ。

 

「俺が最強ってことさ」

 

「降りてこいラクサス!」

 

「お前が上がって来いよ、ナツ」

 

「上等だ!!」

 

ナツが階段へ向かって駆け出した、その時。

 

「『模倣(ドラフト)』――『恣意空間(エンプス)』:二重層(デュアル・レイヤー)

 

「ううぉ!!?」

 

突如として出現した不可視の重力場に押し潰され、ナツが派手に床へめり込んだ。

 

「え!? ヴェルク!?」

 

タイミング的にヴェルクを疑ったルーシィが慌てて隣を見るが、それに対し両手をひらひらと振って否定する。

 

「僕は何もしてないよ」

 

「二階にはまだ上がっちゃ駄目よ、ナツ」

 

ギルドの入り口から、凛とした、それでいて包容力のある女性の声が響いた。

 

長いまつ毛に切れ長な瞳。

腰まで届くビリジアンの編み込み髪を揺らして現れたのは、落ち着いた佇まいの美女。

 

「それにラクサスも、ナツをおちょくらないの」

 

ニコリと微笑みながら二階を見上げるこの女。――アルマ・アルバニオン。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であり――ヴェルク・ヴァニシュの師匠でもある。

 

「ケッ。アンタも帰ってきてたのか。……まあいい。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』最強の座は誰にも渡さねぇよ。お前らにも、あのオヤジにもな。俺が(・・)最強だ!!」

 

 

 

 

傲慢な笑みを残し、ラクサスは二階の奥へと消えていった。

 

その騒ぎがようやく落ち着いた頃、ギルドの喧騒から少し離れたカウンターの前で、アルマは小さく息をついた。

 

懐かしい空気に、肩の力が抜ける。

ここに戻るたび、やはり自分も妖精の尻尾(フェアリーテイル)の人間なのだと思う。

 

「アルマ、主も帰っておったのか」

 

懐かしい空気感に浸っていると、よく通る声でカウンター越しにマスターが声をかけてくる。

 

「えぇ、さっきミストガンと一緒にね。ただいま、マスター」

 

元気な顔を見せられた安心感に、心がふわりと解けていく。

 

しばらく他愛もない話をしながら談笑していると、背後から聞き覚えのある、けれど以前より少しだけ重みを増した足音が近づいてくるのが分かった。

 

「アルマ、今帰ってきたの?」

 

振り返ると、そこにはヴェルクが立っていた。

 

少年のようなあどけなさは影を潜め、その佇まいは精悍な大人のそれへと近づいている。

 

「あらヴェル、久しぶりね。……ふふ、ちょっと大きくなったかしら?」

 

「うん、まぁ少しね」

 

はにかんだように笑うその顔は、どれほど背が伸びてもあの頃とのままだった。

年相応な幼さを覗かせる彼を見て、思わず胸の奥が温かくなる。

 

「無茶してないでしょうね?」

 

「してない……とは言い切れないかな」

 

「でしょうね」

 

思わず苦笑が漏れる。

 

昔からそうだった。

この子は放っておくと、平気な顔で危ない場所へ突っ込んでいく。

 

けれど今は、一人で抱え込んでいた頃より、ずっと表情が柔らかい。

 

ふと視線を感じてカウンターの方を見ると、ミラちゃんと見慣れない金髪の少女がこちらを見ていた。

 

「あなたがルーシィちゃん?」

 

「え? は、はい!ルーシィです!」

 

「初めまして。アルマです。よろしくね」

 

勢いよく頭を下げるルーシィちゃんに、思わず笑ってしまう。

 

「話は聞いてるわよ。ナツたちに振り回されてるんですって?」

 

「毎日振り回されてます……」

 

「ふふっ、それならもう立派な『妖精の尻尾』の一員ね」

 

そう言って笑うと、ルーシィちゃんは少し照れ臭そうに笑い返した。

 

「ミラちゃんも元気そうで安心したわ」

 

「ありがとうございます。アルマさんもお変わりなく」

 

「あら、私はもう歳よ?」

 

「またそんなこと言って」

 

軽口を交わしながら席につく。

 

窓から差し込む日差しは穏やかで、ギルドの空気もどこか柔らかかった。

 

「あっという間ね。もう二年か……」

 

小さく漏らした言葉に、ミラちゃんが少しだけ目を伏せる。

 

けれど、すぐに穏やかな笑みを浮かべ直した。

 

「でも、今は毎日楽しいですよ」

 

「……そう。それなら良かった」

 

それ以上は踏み込まなかった。

 

悲しいことまで無理に笑う必要はない。

この子たちはもう、自分たちで前を向こうとしている。

 

「さて! そろそろ行かないと彼に置いて行かれるわね」

 

私は、空気を変えるようにパンッと手を叩いた。

 

「ヴェル、あんまり無茶しないこと。あと、ご飯はちゃんと食べなさい」

 

「子供扱いしすぎじゃない?」

 

「弟子はいくつになっても弟子なの」

 

呆れたように笑うヴェルクへ軽く手を振り、私は出口へ向かった。

 

扉を開く直前、ふと振り返る。

 

ナツたちに絡まれながら、少し困ったように笑っているヴェルクの姿が見えた。

 

……昔は、あんな顔を人前でほとんど見せなかったのに。

 

「ま、悪くないわね」

 

誰に聞かせるでもなく呟き、私はそのままギルドを後にした。

 

 

 

アルマの背中が扉の向こうへ消え、揺れた扉がゆっくりと閉まる。

カウンターの内側でそれを見送っていたミラは、小さく息をついた。

 

「……嵐みたいな人でしたね」

 

ルーシィが苦笑混じりに呟く。

 

「えぇ。でも、不思議と嫌いになれないのよね」

 

私は小さく笑いながら、視線をギルドの奥へ向けた。

ナツたちに囲まれて笑っているヴェルの姿が見える。

 

いつも危うい依頼ばかり受けて、ふらりと一人でどこかへ行ってしまうくせに。

今は年相応に騒いで、仲間たちと笑っている。

 

アルマさんと話していた時の、あの少し幼い表情。

普段のヴェルからは、あまり見られない顔だった。

 

「……なんだか、安心したのかもしれません」

 

気付けば、そんな言葉が零れていた。

 

「安心?」

 

「はい。ヴェルって、どこか放っておくと消えてしまいそうな時があるから」

 

口にしてから、自分でも少し驚く。

 

でも、それが今の正直な気持ちだった。

 

危なっかしくて、無茶ばかりして、それでも平気そうに笑う人。

 

だからこそ、ああして誰かと自然に笑っている姿を見ると――少しだけ、安心する。

 

夕暮れの光の中で笑うヴェルを見つめながら、私はそっと目を細めた。

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