FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士― 作:七草空斗
一階での雑談を終え、僕は二階のクエストボードへと向かった。
ジークレインが口にしたあの話――すべてを鵜呑みにしたわけではないが、完全に無視するにはあまりに不穏すぎる情報だ。
貼り出された数枚の依頼書の中に、一枚だけ異彩を放つものが混じっていた。それが、ガルナ島についての依頼書だ。
「『悪魔の島』か……」
確かにそんな通称で呼ばれる島なら、ゼレフ書の悪魔が潜んでいるという噂を耳にしても、完全には否定しきれない説得力がある。
ジークレインとの会話から連想した「デリオラ」という不穏な単語が、じわりと現実味を帯びて脳裏をかすめた。
「依頼内容は……月の破壊。報酬は700万J」
島で何が起きているのかは不明だが、あの『災厄』と月がどう関係しているのかは想像がつかない。デリオラはこの依頼とは無関係だと、一旦は考察から外すことにした。
「あら、依頼書とにらめっこしてどうしたの?」
階段の方から響いた声に振り返ると、ミラが手すりから身を乗り出すようにしてこちらを覗き込んでいた。
「ちょっとね。また仕事に行こうかと思って」
短く答えて、僕は再び掲示板の依頼書に視線を戻す。
S級魔導士用の依頼が並ぶこの二階フロアはいつも静かだが、ミラの声が加わると、張り詰めた空気がふっと緩むような気がした。
「ガルナ……悪魔の島ね。また昔みたいに、悪魔狩りに行くつもり?」
ミラが隣までやってきて、不思議そうに手元を覗き込んできた。
「うん?そういうわけじゃないけど……。デリオラが絡んでいるなら、結果的にそうなるのかな……?」
自分でも判然としないまま首をひねる。
あの災厄の悪魔が今さらどうなっているのか。
少しだけ胸がざわついたが、その思考を遮るように下からマスターの呼ぶ声が響いた。
「ミラ、ちょっと来てくれんか」
「はーい!……行くにしても行かないにしても、元気に帰ってきてね、ヴェルク」
ニコッと微笑んで、彼女は軽やかな足取りで階段を下りていく。
その背中を見送りながら、僕は上の空で生返事を返した。
デリオラの件は確かに気になる。けれど、今は無理に動くべきじゃないのかもしれない。
「あ、それと」
階段を降りかけていたミラが、くるりと軽やかにターンをしてこちらを向き直る。
「あなた最近仕事ばっかで休んでないでしょ。仕事に行かないなら、明日はちゃんと休んでね。……いい?」
まるで子供に言い聞かせるような、念を押すような言い方。
けれど、その真っ直ぐな瞳に労わりの色が混じっているのが分かって、僕は苦笑を漏らした。
「あぁ、わかったよ」
依頼書から完全に視線を外し、僕は今度こそ彼女を正面から見て、小さく微笑みを返した。
ミラの姿が完全に階段の向こうへ消えるのを待って、僕は一人残されたフロアでもう一度だけ依頼書に目を落とす。
「やーめた。気になりはするけど、別に今じゃなくてもいいしな。」
ふうっと小さく息をついて、依頼書を元の場所へ戻した。
「それより仕事、仕事」
そう呟いて一階へ降り、下のボードも一通り眺めてみたものの結局お眼鏡にかなうような依頼は見当たらない。
「特に行きたい仕事もないな。……今日は帰るか」
自分でも驚くほど、あっさりと「休み」を選んでいた。
普段なら多少の無理をしてでも次の現場へ向かうはずなのに、彼女に「休め」と言われると、不思議とそれに逆らう理由が見つからない。
僕はそのまま真っ直ぐ家に帰り、次の日は彼女の言葉通りおとなしく仕事を休むことにした。
鞄一つしかない殺風景な我が家だが、たまには彼女に怒られないような休日を過ごすのも、悪くない。
「お、エルザ」
翌朝、朝の柔らかな光が差し込む街角でエルザの背中を見つけ、僕は歩調を早めて声をかけた。
規則正しい金属音を鳴らしながら歩いていた彼女が、足を止めてこちらを振り返る。
「ん、ヴェルクか。お前も仕事帰りか?」
彼女の視線は僕の身なりを軽く検分するように動いた。
いつもなら仕事明け特有の魔力の残滓や、消し忘れた殺気を感じ取るのだろうけれど、今の僕にはそのどちらもない。
「いや、昨日はオフだったよ。今日から仕事再開だね」
「ほう、ヴェルクが休むとは珍しい。お前は働きすぎる節があるからな。……ふむ、大方ミラに休むように言われたのだろう?」
エルザは何かを見透かしたように、わずかに口角を上げて歩き出した。
「ご名答。一昨日、仕事に行かないなら一日おとなしく休めって釘を刺されちゃってさ」
図星を指されて苦笑いしながら、僕は彼女の隣に肩を並べた。
エルザにまで一発で見抜かれるほど、僕はミラの掌の上で転がされているらしい。
「あいつの言うことは聞いておいて損はない。お前は放っておくと、どこまでも一人で突き進んでしまうからな」
「……買い被りだよ」
そんな他愛もない雑談を交わしながら、僕たちはいつもの賑やかなギルドへと続く道をゆっくりと進んでいった。
ギルドの重厚な扉を押し開け、エルザと共に一歩足を踏み入れた瞬間、内部の空気が凍りついていることに気づいた。
いつもなら飛んでくる怒号や笑い声はなく、中にいた面々が一斉にこちらを向き、ミラが悲壮な面持ちで駆け寄ってくる。
「ヴェル、エルザ! 大変よ!」
「どうした、ミラ。ただごとではないようだが」
エルザの鋭い問いかけに、ミラは声を震わせながら答えた。
「ナツとルーシィが……S級クエストに行っちゃったの!」
「なに!? 本当か、ミラ!」
規律を重んじるエルザの顔が、驚愕と怒りで険しく歪む。
ナツたちが独断で二階の依頼を持ち出した。それはギルドの法を破る、あってはならない暴挙だ。
「マスター。ナツたちが持ち出した依頼は」
カウンターの上で胡坐をかき、酒杯を揺らしているマスターが重々しく口を開いた。
「……悪魔の島の依頼じゃ」
「ガルナ島の、あの依頼書か」
一昨日、僕が二階で見ていたあの紙面が脳裏に浮かぶ。
依頼内容自体に不審な点はなかったが、ジークレインの言葉が不吉な予感として胸をざわつかせる。
「『デリオラ』……。もし、あれが本当に関係しているとしたら、ナツたちは危ないな」
僕が独り言のように呟くと、エルザの瞳に冷徹なまでの決意が宿った。
「これは重大なルール違反だ。マスター、私があいつらを連れ戻してきます」
有無を言わさぬ口調で告げると、嵐のようにギルドを飛び出していった。
それを見届けた後、僕は騒然とする周囲を無視して、ゆっくりとマスターの正面に腰を下ろした。
「……おぬしは連れ戻しに行かんのか」
マスターが酒を
「ナツとルーシィを連れ戻すのに、S級魔導士は二人も要らないですよ。……それより。『
掌から魔力を放出し、グレイの氷の造形魔法で一昨日見た依頼書を瞬時に複写し、卓上へ作り上げた。
「なんじゃ、これは」
マスターは酒の入ったコップを置き、冷気を纏った氷の依頼書を不審そうに持ち上げる。
「目の前の文字が読めないほど酔ってないでしょう、マスター。あいにく紙が手元になかったので、代用ですよ」
僕は椅子から立ち上がり、冷たい空気が流れ込む入口に向かって歩き出した。
「ヴェルク。おぬしが今から行ったところで、ナツたちへの罰は変わらんぞ」
「ナツたちには、ギルドに帰ってからたっぷり罰を受けてもらいますよ。……僕はそれとはまた別に、ガルナ島に少し用事があるだけで」
背中でマスターの視線を感じながら、僕はエルザの後を追うようにギルドを後にした。
港に係留された船が波に揺れ、潮の香りが強く漂うハルジオンの港。
先に到着していたエルザの背中を見つけ、僕は足を速めた。追いつくと同時に、僕も悪魔の島へと同行することを告げる。
「同行はわかった。だが、ナツたちの処罰に関しては私に任せてくれ」
彼女の横顔には、規律を汚した者への容赦ない厳しさが宿っていた。
「わかった、ナツたちの回収は任せたよ。代わりに、ガルナ島の依頼に関しては僕が片付けておくよ」
「あぁ、頼んだ」
エルザとの合意を取り付け、僕たちは目下の目的地であるガルナまで渡るための船を探し、活気溢れる埠頭を歩き出した。
「で、乗る船はどうしようか。普通の漁船じゃ島までは厳しいと思うけど」
「それなら目星がついている。……
エルザが躊躇なく指さした先には黒いドクロの旗をはためかせ、不気味な威圧感を放っている海賊船が停泊していた。
「
目の前の船上では、屈強な男たちが荒っぽく荷物を運び出している。
およそ平和的な交渉が通じる相手には見えない。
「あぁ。あれなら軍船並みの速度が出るだろうし、普通の船よりも早く着くはずだ」
「いや、確かに早く着くかもしれないけどさ……。ってエルザ!」
「そこで待っててくれ。すぐに話を付けてくる」
僕が言い終わるよりも早く、彼女は迷いのない足取りで海賊船のタラップを駆け上がっていった。
「まったく……ナツやグレイもそうだけど、エルザもタガが外れるとすぐ暴走するんだから」
彼女の辞書に『平和的解決』の文字はないらしい。
船上から響く喧騒と、次々に放り出される船員たちの姿を、僕は下で見守るしかなかった。
「待たせたな、ヴェルク。船長に協力は取り付けた」
海図を確認していると、船上からエルザが呼びかけてきた。
「……ああ、すぐ行くよ」
返事をしながら船に上がると、そこら中に乗組員が転がっている惨状が広がっていた。
「『協力』ねぇ……」
「何か言ったか?」
思わず漏れた呟きを、エルザが鋭い眼差しで拾い上げる。
「いえ、何も。……それより、すぐに出発できるのか?」
「あぁ、すぐにでも行く。多少時間はかかるが、今日中には着くはずだ」
「わかった。島に着いたら、僕は先に依頼主の村へ向かう。ナツたちは任せたよ」
「了解した」
「それじゃあ。さっさとナツたちの回収と依頼の完了をして、
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