FAIRY TAIL ―継ぎ接ぎのS級魔導士― 作:七草空斗
「ナツ、お待たせ。やるよ!」
「おう! 燃えてきたぞ!」
戦闘態勢に入っていたナツは弾かれたように地を蹴ると、犬顔の男へ一直線に肉薄し、強烈な頭突きを叩き込む。
ひるんだ隙を見逃さずに今度は太眉の男へと向き直り、口内に練り上げた爆炎をブレスとして解き放った。
「ずいぶんと凶暴な炎だ。貴様が噂に聞く『
「おおん」
だが煙が晴れた先に立つ太眉の男には傷一つなく、頭突きを受けた犬顔の男も四足で地面を蹴って何事もなかったように戦線へ戻っていた。
「ナツ、太眉の方は僕がやるよ。デリオラのことを聞き出したい」
「おう、わかった! だったらオレはこっちの犬っぽいのが相手だな!」
「『
その言葉に反応したトビーは「おおん!」と短く吠えると挑発するようにナツの周囲を跳ね、森の奥へと誘い出していった。
「待てコラ犬っぽいの!」
騒がしい声が遠ざかっていく。
やがて、村の跡地には二人だけが残された。
「今ここでデリオラのことを話してくれるなら、手荒なことはしない。どうする?」
瓦礫の山を背に、僕は静かに提案する。
「抜かせ。……波動!!」
指先から、大気を震わせる一直線の衝撃波が放たれた。
「
直撃寸前に足元の地面を流動化させて垂直に潜り込み、波動をやり過ごしたまま男の背後へ回り込むと地面から一気に飛び出した。
肩についた土を払いながら、相手の指先へ視線を向ける。
「……ただの衝撃波じゃないね」
「ほう。避けただけでそこまで見るか」
「『波動』か。元
ユウカの太い眉が、微かに動く。
「他の二人に関しても同時期に
「よく調べたものだ。ならば、デリオラのことも既に何か知っていそうなものだがなっ!!」
喋りながらも、ユウカは容赦なく次なる波動を放ってくる。
「
周囲に散らばる巨大な瓦礫を一点へ引き寄せ、眼前に即席の壁を築く。
正面から激突した波動は石塊に阻まれて大きく勢いを削がれたが完全には止まりきらず、減衰した力が僕の身体を通り抜ける。
衝撃こそ防げたものの、腕には魔力の流れを削り取られるような異物感が残った。
「我が波動の前では、魔法など無意味だ」
「残念だけど、デリオラの現状については簡単にしか知らなくてね。ただ、一つだけ知ってることがあるとすれば……」
僕は崩れ落ちる瓦礫の向こうで、ユウカを見据えた。
「あの厄災の悪魔を復活させちゃいけないってことだけだ」
「ならば、なおさら退け。あれは零帝様が倒す」
「倒す?封印を解いて万が一にも暴れ出したら、被害はこの島だけじゃ済まない」
ユウカの両手が、再び波動を帯びる。
「零帝様はデリオラを倒す、そのためにオレたちはここにいる。何も知らん貴様に邪魔をされてたまるか!」
その声に混じった怒りは、ただの敵意とは少し違っていた。
デリオラに向けられた憎悪。
取り返しのつかないものを前にした焦燥。
そして、何かに縋るような必死さ。
「……気持ちはわからないとは言わない。でも、復活させてから倒すなんて強引なやり方を見過ごすわけにはいかない」
「黙れ!」
ユウカの波動が再び空気を震わせる。
ユウカの波動にカウンターするように僕は魔法で目の前の瓦礫を押し出し、巨大な弾丸としてユウカへ向けて一気に弾き飛ばした。
「あらゆる魔法はオレには効かん!波動!」
波動が正面から瓦礫を捉えた瞬間その勢いが消え、重い石塊はユウカへ届くことなく次々と地面へ転がっていく。
「やっぱり、正面から魔法をぶつけるだけじゃ駄目か」
「理解したなら大人しく倒れろ」
僕はユウカとの間合いを詰めるべく、正面から一直線に踏み込んだ。
「まったく、学習能力がないのか?我が前では魔法は無意味だ!」
「そうだね。普通の魔法なら」
「波動!!」
眼前まで踏み込んだ僕へ、ユウカが必殺の波動を叩き込んでくる。
その瞬間、右手を前へ向け。
「
掌から放った不可視の波動が迫る一撃と正面からぶつかり、空気を軋ませながら中間点で拮抗する。やがて両者は互いの力を喰らい合うように、跡形もなく消え失せた。
「なっ……!?」
ユウカの顔が、初めて驚愕に染まった。
「我が波動を……貴様、まさかヴェルク・ヴァニシュか……!」
「悪いけど、今は自己紹介をしている場合じゃない。デリオラについて話してくれるなら聞くけど」
ユウカの眉が苛立たしげに吊り上がる。
「調子に乗るな!」
続けざまに放たれる波動。
僕はそれを、模倣した波動で何とか相殺していく。
一度。
二度。
三度。
撃ち消すことはできる。けれど、性質を真似られても練度まで同じになるわけじゃない。
長引けば、こちらが不利になる。
「さっきまでは対話で済ませるつもりだったけど……こっちも倒してから聞くことにするよ!」
三度目の波動を相殺した瞬間、その場に生まれた空白へ身体を滑り込ませる。
周囲の瓦礫を再び集約し、一斉にユウカへ放った。
「同じ手が通じると思うな!」
波動が石塊を次々と打ち砕き、飛び散った破片と土煙が視界を埋め尽くす。
だが、その向こうに僕の姿はない。
「――なに?」
砕けた瓦礫を目隠しに、すでにユウカの死角へ潜り込んでいた。視線が揺れた、その一瞬の迷い。
「後ろだよ」
振り返ったユウカの瞳が見開かれる。
瓦礫を囮にしただけの単純な陽動。
だが、それだけで十分だった。
「しまっ――」
「
爆炎を纏った拳が顔面へ突き刺さる。
強烈な衝撃を受けたユウカは地面を転がり、苦しげに呻きながら動きを止めた。
「さて、と」
僕は倒れたユウカに歩み寄り、その傍らで膝をついた。
「デリオラについて君たちの知っていること、やろうとしていることを話してもらえるかな」
「……さっきから言っているだろう。デリオラについて、話す気は一切ない」
ユウカは苦痛に顔を歪めながらも、頑なに目を閉じて黙秘を貫く。
「……なら、最後に一つだけ確認する」
僕はユウカの目を見たまま、声を少し落とした。
「『ゼレフ』という名前に、心当たりは?」
「ゼレフ……?なぜそんな名をオレに聞く……」
初めて出た否定以外の反応、その困惑は演技には見えなかった。
少なくとも、目の前の彼らがデリオラを黒魔導士ゼレフの遺産として利用しようとしているわけではなさそうだ。
「……知らないのか」
胸の奥に沈んでいた不安が一つだけ外れた。けれど、安心できるほど状況は軽くない。
「……その反応、本当に何も知らなさそうだね」
期待外れとも安堵ともつかない息を吐き、僕は立ち上がる。
意識はある。だが、すぐに動ける状態ではなさそうだ。
念のため周囲の瓦礫で手足を押さえ込み、その場を後にした。
しんと静まり返った村の跡地。
気がつけば、いつの間にかナツとトビーの姿がどこにも見当たらない。
「あれ、ナツは?外周まで行ったのかな……」
確認のために森へ踏み入ると、近くの茂みを歩くガサガサという音が聞こえてきた。
「ナツか?」
駆け寄った先で僕を待っていたのは、予想外の光景だった。
縄でぐるぐる巻きにされたルーシィとハッピー。
そして、それを無慈悲に引きずる、氷のような冷気を纏ったエルザだった。
「ヴェルクか。依頼は順調か?」
「ああ、とりあえずはね。……そっちでナツを見なかった?」
「いや、私も奴を探しているところだ。まずは村へ戻ってグレイを見つける」
言葉こそ穏やかだが、背負っている空気は凍てつくほどに鋭い。
ルーシィとハッピーは、助けを求めるような目でこちらを見ている。
けれど、今のエルザに逆らう選択肢はない。
「わかった。僕は依頼の方を進めておくよ。途中でナツを見つけたら、村まで連行していく」
「頼む」
エルザは短くそう言い残し、捕虜の二人を引き連れて去っていった。
一人残された僕は、ナツの行方を気にしつつも本来の目的地――儀式の行われていた遺跡へと足を向けた。
ほどなくして、木々の向こうに崩れかけた遺跡が姿を現す。
敵の増援らしき気配はない。僕は足音と魔力を殺し、その内部へ滑り込んだ。
デリオラの居場所は、あの『
あの大質量を隠し通せる空間を目指し、僕は音を殺して、最深部へと続く階段を降りていった。
幸いなことに、道中で誰とも遭遇しない。
薄暗い通路を進んだ先で、やがて僕は
「これが……デリオラ」
眼前に、巨大な氷塊へ封じ込められた災厄の悪魔が佇んでいた。
階段の上段から首を大きく反らしても、その全貌を一目では捉えきれない。
数十年の時を経ても、凍りついた形相に宿る殺意は薄れていなかった。
視線が合うはずもない。
それでも、こちらを射貫かれているような威圧感だけが、辺り一帯を満たしている。
かつてイスバン地方を徹底的に破壊し尽くした絶望の象徴。
その命は、氷の魔導士ウル・ミルコビッチによって封じられたはずだった。
氷の中にあり、指一本動かせないはずだと理解していても、肌を刺すようなプレッシャーが伝わってくる。
悪魔討伐の依頼なら、これまでに何度も受けてきた。
討伐できるものは討伐してきた。
それでも、目の前の存在だけは同列に置けない。
封じられてなお、この場の空気そのものを支配している。
生きているかどうか以前に、存在の質が違いすぎた。
「……こんなものを、解き放つつもりなのか」
何よりも優先すべきは、この悪魔の復活を阻止することだ。
儀式を止めてもデリオラがこの島に在り続ける限り、また誰かが手を伸ばす。
零帝たちでなくとも、もっと悪意を持った誰かがこの悪魔を利用しようとするかもしれない。
ならその前に。
デリオラを『
成功すればデリオラそのものを僕の内側へ取り込み、復活を阻止できるかもしれない。
けれど、もし失敗すれば僕の意識は悪魔に呑まれる。
過去のように、この島を破壊し尽くすまで止まらない怪物に成り果てるだろう。
そうなれば、最悪の事態になる前に自ら――。
「ナツにさっき、死ぬなって怒ったばかりなのに。こんなことを考えるなんて、僕は本当にダメだな」
自嘲気味に、短く笑う。
見上げるデリオラは、どこまでも巨大だった。
「『ザ・ビースト』……あいつも、このくらい大きかったのかな。いや、さすがにもう少し小さいか」
二年前のあの日が脳裏をよぎり、胸が締め付けられるように痛む。
これほどの存在を、果たして僕の器で受け止めきれるのだろうか。
成功する可能性が低いことくらい、冷静に考えれば分かる。
目の前にあるのは、ただの氷ではない。
ウル・ミルコビッチが命と引き換えに残した封印だ。
その上から無理に干渉すれば、デリオラではなく、封印の方を傷つけかねない。
『
おそらく、氷の封印が最も揺らぐのはその瞬間だ。
封印が完全である今は、こちらから干渉する余地がない。
けれど、月の雫によって封印と悪魔の境界が緩めば、ほんの一瞬だけ『
……可能性。
たったそれだけの、薄氷の上の賭け。
デリオラを凝視していると、ふいに記憶の中であの子が笑った。
それと同時に、涙を流すミラとエルフマン、それからギルドのみんなの顔が浮かんでくる。
「……本当に、最悪だ」
……もう、誰かが悲しむ顔を見るのは、あの日だけで十分だ。
月光が降り注ぐまで、まだ僅かに時間がある。
僕は近くの岩へ腰を下ろした。休むためではない。目の前の巨躯を見張りながら、考えを整理するためだ。
記録に残る、デリオラの破壊の跡。
幾人もの魔導士が挑み、それでも止められなかったという絶望的な事実。
目前の悪魔が放つ重圧にあてられたのか、胸の奥に沈めていた暗いものが次々と浮かび上がってくる。
終わりのない不安。
一日中動き続けた疲労。
そして、氷の奥からこちらを見下ろしているような錯覚じみた圧迫感。
「……まずいな」
意識が、わずかに滲む。
眠気ではない。
もっと重く、暗く、意識の輪郭を底へ引きずり込むような感覚だった。
月の雫の残滓か。
デリオラの圧か。
それとも、僕自身の中にある何かが、この悪魔に反応しているのか。
判断する前に、瞼が落ちる。
抗おうとした指先から、力が抜けていく。
そして僕は、ゆっくりと深い暗闇の中へ意識を沈めていった。