神凪リオと出会ってから、リエーフの毎日は“夢中”になれるほど鮮やかな世界へと塗り替わった。
2人が出会って2年後、バレー経験がまだ2年しかないのに、リエーフは恐ろしいスピードで成長した。体が成長し腕が伸びるたび、ジャンプの跳び方を覚えるたび、世界が変わる。
(楽しい……! なんだこれ……!)
体育館に入るたび、リエーフの胸は高鳴る。
そして、その中心には必ず――リオの存在があった。
「リエーフ、行くぞ!」
「任せろ!」
ーーバシィッ!…とリエーフの打つスパイクは、同年代とは思えない破裂音を響かせた
リオに比べまだ拙い技術ながらただの“身体能力まかせ”では終わらない潜在能力が、その一球に宿っていた。
そして――その隣に立つリオは、さらに異質だ。
ポテンシャルは父譲りの才能…身長はリエーフとそう変わらないが手足が長く何よりその利き腕…
【"左利き"】これがバレーにおいて大きなアドバンテージを催すことがある
さらに驚くべきはその跳躍力にもある
跳ぶ。驚くほど跳ぶのだ。
それは――“まるで空中で止まっているかのように”。
「くっ……リオ!」
リエーフが必死にブロックへ飛んでも、その上――さらに上からボールを叩き込む
「ほら、まだ手が見えたよ! やり直し!」
「くそーっ! なんでだよ!」
リオは笑う。挑発の意味ではなく、心から楽しそうに。そしてまたその笑顔が、リエーフを熱くさせた。
(絶対に……追いつく。いつか追い抜く……!)
でも現実はいつも、その想いの一歩先をいく。
「リエーフ、もっと相手の動きも考えなきゃ。跳ぶだけじゃなくて、“跳ぶ場所”も考えて」
(……わかってるよ。わかってるけど……!)
リオのアドバイスは的確だった。それもそのはずリオはバレーにおいて大きなアドバンテージがある。幼少期から世界トップのプロ選手である父の英才教育を受けて育ったのだった
そしてリエーフもまた、その言葉どおりに動けば、確実に成長していった。
(……悔しい。でも、楽しい)
(なんでだろうな。リオに負けるの、悔しいのに……楽しいんだよ)
この“楽しい悔しさ”が、リエーフをバレーの虜にしていった。
練習を見ている大人たちがよく口にするようになったことがある。
「あのふたり、ちょっと小学生のレベルじゃないね……」
「リエーフくんはとんでもない伸びしろ。でもリオくんは……あれはバレーの申し子だな…父親のプレーに何処か似ているし素晴らしいものを持ってる」
リオは、どんなボールでも“打ち切る”。ミスをしても、次にはすぐ修正してくる。
「はぁ……はぁ……。リエーフ、次まだいけるよな?」
「もちろん!」
ふたりは毎日互いを追い込み、追い越し、そしてまた追われる。
その切磋琢磨は、周囲の子どもたちにすら影響を与えていった。
「リオくんとリエーフがいるだけで、体育館の空気が変わるよね」
「大会とか出したら優勝狙えるんじゃないかな……」
コーチや保護者がそんな噂をし始める頃――
小学生とは思えないレベルの2人は、すでに“才能の証明”を続けていた。
小学3年の終わりごろのある日の体育館
(今日こそは止める……!)
体格ではそこまで差はなちはずだ。運動神経だって…それなのに…
(今度こそ……!)
「リオ、いくよッ!」
トスが上がる。リオが踏み込み――
「っ!」
リエーフがジャンプの最高到達点で手を広げた瞬間。
――リオは空中で“コースを変える”。
(……!?)
小学生とは思えない滞空にリエーフの手が下がった“瞬間”を狙った、鋭いクロス。
ボールはリエーフの指先をかすめ、真横を突き刺す。
体育館が静まり返る。
「……なんっ……で……」
リエーフは呆然とつぶやいた。コーチが思わず声を漏らす。
「リオ……おまえ、空中でコースを変えたのか?」
「うん!なんか今"空で止まってるように見えた"から!」
その“なんか”が天才の証だった。
(……勝てない。全然勝てない)
(でも……)
(でも――)
「リオ!」
それでも尚リエーフは笑った。並の選手ならリオの才能に屈してしまうだろう。しかし、ここにいるのもまた"平凡"とは程遠い選手である。
「次は止める!」
そのまっすぐさに、リオも笑顔を向ける。
「じゃあもっと強く打つからな!」
ふたりの関係は、勝ち負けでは決まらない。
“成長”と“楽しさ”だけで繋がっていた。
そしてその日、リオの関係を大きく変える人物が体育館に現れる――。
その日はいつもより暑く、体育館の窓が全開になっていた。
リエーフが水を飲んでいると、扉の方から声がした。
「ちょっとリエーフ、忘れ物してるって――」
その声は透き通るように柔らかく、でも芯があって、美しさが滲む。
リエーフが振り向く。
「あ、姉ちゃん……」
そこには、長い髪を後ろで束ね、お人形のように整った顔立ちの少女が立っていた。大人びた雰囲気なのに、どこか親しみやすい笑顔。幼いながら完成されたその美貌に周囲の小学生たちが、ざわめく。
「え、きれい……だれ……?」
「リエーフの……お姉ちゃん……?」
そして――リオも、その声の方を振り返った。
(……っ!?)
そしてそれはリオとて例外ではなかった。リオの胸が一瞬で締めつけられる。
足も動かない。息が止まりそうになる。
アリサは体育館を見渡し、すぐにリオに気づいた。
「あれ? きみ、リエーフの……友達?」
「えっ、あ、あっ……」
リオは言葉が出なかった。普段どんな場面でも堂々としているのに、完全にペースを乱されていた。
(な、なにこれ……?)
胸が熱い。手が汗ばんで、鼓動が早すぎる
(俺……どうした……?)
横でリエーフが紹介する。
「姉ちゃん、こいつかリオ。俺の一番のライバル」
「ふふ、お友達なのね。よろしくね、リオくん」
「~~~~っ……よ、よろしく、あ、お願いします……!」
いつもより声が高くなっているのが自分でもわかる。アリサは可笑しそうに笑った。
「かわいいね」
(か、かわ……!? 俺が!?)
リオは顔が真っ赤になり、思わず視線を床に落とす。リエーフは横で訳が分からずぽかんとした顔をしていた。
アリサはリエーフに忘れ物の袋を渡すと、帰り際にリオへもう一度微笑む。
「リエーフと仲良くしてくれてありがとう。
これからも、リエーフのことよろしくね?」
「……は、はいっ!」
答えた瞬間、リオの胸は爆発しそうだった。
(……なんだよこれ。俺……これが……一目惚れってやつか!?)
アリサが体育館から出ていくまで、リオはその背中から目を離せなかった。
アリサが去った後、リエーフは水を飲みながら言った。
「なぁリオ……さっきの顔、なんだよ?」
「えっ!? な、なにがっ!」
「姉ちゃんの前で、めちゃくちゃ顔赤かったぞ」
「~~っうるさい!!」
リオは顔を覆った。リエーフは首をかしげていたが、次第にニヤニヤしてくる。そしてリエーフはそこまで馬鹿じゃない。
「もしかして……姉ちゃんのこと……」
「言うなああああ!!」
「ははっ! やっぱり!」
ーーバシンッ!…とリオが軽く背中を叩くと、リエーフは嬉しそうに笑った。
「……いいじゃん。姉ちゃん喜ぶと思うぞ? リオなら」
鼓動がまだ落ち着かない。それはリオにとって、初めて知る“恋”の感情だった。
アリサと出会ったその日から、リオのプレイには不思議な変化が現れた。スパイクの勢いが増し、トスの質もさらに良くなり、判断力が鋭くなる。
「リオ、今日なんかすごい……」
「えっ? そ、そう? たぶん……ちょっと……気合い入っただけ!」
嘘だ。完全に嘘。
(アリサさんに……格好良いところ見せたい……)
単純すぎる理由だが、小学生にはそれで十分すぎた。リエーフも負けじと努力を続ける。
(リオ、今日はなんか……すげぇ。でも負けねぇ……!)
そして再び、ふたりは互いを高め合う日々に戻っていく。