それはさておき、無職中に書き溜めて話のストックが出来たので、それが切れるまではまた毎日投稿したいと思います。皆様読み飛ばしにはご注意下さい。
あと、今回は久美子視点の話になります。
短い夏休みの初日、私は葉月ちゃん達と大学イベントに来ていた。奏ちゃんに誘われた時、梨々花ちゃんも含め、本当にしっかりした後輩達だと思った。
いつか、なんて遠い未来だと信じていた私とは全然違う。
「私、行きたいブースはもう決めてきたんですよ〜。先輩達はどうします?」
その言葉に私は面食らった。ちらりと隣を見ると葉月ちゃんも似た様な表情をしていて、少し安心する。
そんな私達を見て、奏ちゃんが口を開いた。
「先輩方は三年生ですから、私達とは見たいところも違うでしょう。今から2時間後にここで待ち合わせて、落ち合うというのはどうですか?」
「あ、うん。それでいいけど」
「では、後ほどまた」
そう言い残し、梨々花ちゃんと共に去って行く奏ちゃんに、一瞬、どっちが先輩かわからなくなるほどの気遣いを感じ、胸が苦しくなる。
その場に残された葉月ちゃんの顔を見ると、目元も口元も下がっていて、まるで鏡を見ている様だ。
「葉月ちゃんは行きたいところ、ある?」
「決めてないけど、あそことかは?」
指差した先を見ると関西に住む学生なら一度は聞く大学だった。今の私には、丁度良い。
他の学校も回ったが、何処も就職や実績、進路に関する事を謳っていて、将来の希望に満ちたその空間は、どうしようもなく私の中の焦燥を刺激した。
「いやぁ、精神的ダメージがすごいね。本当」
「全くだね」
早々に会場を抜け出しカフェに入る。背もたれに体を押し付けた私達は、口を揃えて呟いた。
「葉月ちゃんは気になる所全部回れた?」
「見たかった所は全部見たよ。でも人が多すぎてさぁ、学生ってこんなにいるんだ。少子化って何なんだろうね」
「本当にね。なんか、ここにいる全員が受験するんだって思うと不思議な感じした。みんな進路についてちゃんと考えてて、同じ場所にいるんだなぁって」
「いや、それはわかんないけど。でも地に足つけないとなとは思った。いい加減覚悟決めないとなって…だから決めた、わたし短大にする。保育士の資格が取れる所」
「はっ、えっ、はっ…葉月ちゃん、保育士になりたかったの?」
「思ったのは最近だけど。美智恵先生が加藤は面倒見がいいし、子供の扱いが上手いからどうだって」
「それだけで?」
「それだけって訳じゃ無いけど…ただやってみたいかって言われたら、ちょっとやってみたいって思ったし」
葉月ちゃんの顔が少し大人びたものに見え、私は俯いてしまった顔をあげられなかった。
「美智恵先生、ああ見えて私達の事を一人一人ちゃんと見てくれてるよね。凄くない?」
「確かに。全員の性格とか、希望も全部覚えてるし…先生って凄いなぁ」
3年生になって、進路に向き合い始めて、改めてそう思う。誰かの将来に向き合うなんて、私には想像もつかない。
「久美子が先生になったらちょっと面白いかも」
「ええっ」
「高校に着任して早々、スーツ姿の黄前先生が言うわけです。「なんですか、これ」」
「なんで滝先生?」
そんな私の疑問には答えず、葉月ちゃんは手元の資料を整理し目の前に差し出してきた。
「久美子見る?」
どうしてそんな簡単に決められるのか。自分がおかしいだけなのか。でも、これこそが自分が本当になりたいものだ、なんてものが突然見つかるとは思えず、だからといってなんとなくで決める気にはどうしてもなれなかった。
休日2日目は快晴に恵まれ、絶好のプール日和。待ち合わせ場所は賑やかだった。
「幸人。これはどういう事?」
「いや、プール行こうっていったじゃん」
「このメンバーだとは聞いてない」
「…言ってなかったっけ?」
「言ってない」
「求君大丈夫?嫌だった?」
「ああ、いえ。すみません緑先輩。嫌という訳では無いんです。あっ、えっとそれも違ってあの〜」
「良かった。今日は一緒に楽しもうね」
「はい!」
睨まれながらも求君の背中を叩く幸人君は、なかなかに策士のようだ。初めて会った時は、もう少し単純なのかと思っていた。
奏ちゃんに一目惚れした男の子。奏ちゃんは可愛いから特段驚きはしなかったが、面倒事にならなければいいとそれだけ願っていた。
最初は奏ちゃんも何処か冷たかったが、なんだかんだうまくやっている様で、意外と相性は悪くなかったらしい。
少し着替えに手間取った私と麗奈が合流する頃には全員が揃っていた。と思ったが、緑ちゃんと葉月ちゃんの姿が見えない。
それでも少し離れた所からでも分かる大人数に、これなら合流するのも楽だなと思っていると、よく知る声が耳に届いた。
「わぁー奏先輩!水着姿も可愛いですね!」
「うん、ありがとね。後、少し落ち着いて」
「はい!すみません!」
「何やってんだよ」
「求も似た様なもんだっただろ」
「そんな事ないだろ」
「月永君の勢いには、私と同じくらい緑先輩も困ってる様に見えたけど」
なかなか盛り上がっている様だが、これ以上は周りの迷惑になる可能性もある。それとは関係無しに近づいていた私は自然な形で口を開いた。
「ごめーん遅くなったー。あれ緑ちゃんと葉月ちゃんは?」
「もう先に行ってます」
「ああ、そう」
「それにしても似合ってますね。お二人とも」
「ありがと」
お揃いの水着を交換して、上下色違いになった私達に、何も言わず「似合ってますね」と言える梨々花ちゃんには感謝だ。
隣でジロジロとこちらを見ながら首を傾げている幸人君の方が、反応としては正しいだろう。ただ、私達が悪いとはいえそこまで見続けるのもどうかと思うが。
「荷物は交代で見てるから、行ってきていいよ」
「本当ですか!ありがとうございまーす」
「よし!求あっちのデカめのプールで泳ごうぜ。多分ずっとあそこにいるんで、なんか面倒事あったら呼んでください」
「うん、ありがとう。迷惑はかけない様にね」
「分かってますよ。ほら行くぞ求」
「そんなに急がなくてもいいだろ」
みんなが遊びに行く中、求君を連れた幸人君が別の方向へ向かっていく。あんなにはしゃいでいたくせに、冷静になるとやっぱり真面目な面が顔を出す。
水着で手を振る可愛い後輩達を見て、幸人君の言った事が頭をよぎる。そんな面倒事が起こらなければ、なんて思いながら私は手を振り返した。
「私達はどうする?」
麗奈の言葉に私は返事をしなかった。ちらりと隣を見ると真由ちゃんが1人で荷物番をしている。
「…私飲み物買ってくる」
「ありがとね」
麗奈は何かを察してくれたのか、1人で去っていった。ごめん麗奈。
「つばめちゃん、どうしたの?」
「ああ、うん。飲み物買いに行ってくれたの」
「そうなんだ」
「高坂さんは?」
「同じくだね」
そう言いながら真由ちゃんの隣に腰を下ろす。今までこうする事を何処か避けてしまい、こうして2人でゆっくりするのは初めてだ。
「暑いねぇ」
「うん。でも天気良くて良かったぁ」
「そうだね」
「水着お揃いでしょ。上下交換とかして、いいなぁ仲良しで」
「真由ちゃんだってつばめちゃんと仲良しでしょ」
「流石部長さん。そんな事まで知ってるんだ」
「いやいやクラスでも見てるし、近くにすずめちゃんもいるし」
「ああ、そっか」
「元気あっていいよねすずめちゃん。誰とでもすぐ話して仲良くなれて」
何処でも無い何処か遠くへ向けられた視線を追うと、楽しげな後輩の姿を幻視した。
「真由ちゃんもそうじゃない?」
「そんな事ないよ」
「じゃあ…どうなの?」
少なくとも、私から見た真由ちゃんは誰とでもすぐ話して、仲良くなってる。すずめちゃんと比べると方向性が違うというだけ。
「どうなんだろう」
「下級生もみんな真由ちゃんの事大好きだって言ってるよ。話しやすいし、優しいし、ちゃん教えてくれるし」
「それはそうした方がみんなが喜んでくれるから」
「ほんとは、そうしたくないって事?」
「どうなんだろう」
真由ちゃんが、さっきから指先でなぞっていたカメラを手に取る。撮った写真を見ているのか、別の物を見ているのかはわからない。
ただ一点を見つめる彼女は、そのファインダー越しに何を見ているのだろうか。
「私ね、多分普通の人より自分が無いと思うんだ。好きとか嫌いとかあんまり無くて、大抵の事はどっちでも良いっていうか」
その言葉を聞いてぼんやりとした苦手意識の正体が分かった気がした。この子は、黒江真由は中学の頃の私を、思い出させるのだ。
「北宇治って去年、リズと青い鳥演奏したよね」
「えっ、うん」
「私、リズって欲張りだなぁって思っちゃうの。一緒に過ごしていた動物はいっぱいいるのに、どうして青い鳥にだけ固執するんだろうって」
「確かに」
「でも、それって普通の人の見方じゃ無いんだろうなぁとも思う。普通の人は何かに固執するんだよ。久美子ちゃんだってそうでしょ、あの人が好きとかこういうのが嫌いだとか」
「でもそれが無いと普通じゃないっていうのは極端じゃ無い?」
「そうだね。でも私思うの、そういうのが全く無い人の事、本気で好きになるはずがないって。だって私がそうだから」
あまりに真剣な真由ちゃんの表情に、私は言葉が出なかった。何を言おうか悩んでると、隣で真由ちゃんがまた声を上げた。
「ねぇ、あれ大丈夫かな」
「ん?何が?」
真由ちゃんの視線を追いかけると、ギリギリそうだと認識出来るほどの遠く、奏ちゃんと梨々花ちゃんが知らない男達に声をかけられていた。
「行かなきゃ」
真由ちゃんの声と共に立とうとした私の目に、新たな人影が映り、私は上げかけた腰をまた下ろした。
「大丈夫そうだよ。奏ちゃんには怖〜い番犬がついてるから」
「えっ、あははっ本当だ」
知らない男達の背後から幸人君が近づく。振り向いた男達は幸人君を見て去って行く。
男子同士で比較しても高い身長にだろうか?
水着で強調された綺麗な筋肉にだろうか?
普段は気にしないその端正な顔にだろうか?
どれが理由か分からないが随分と効果覿面な様だった。
「お待たせ」
「おかえり」
「釜谷さんと会って、みんなの分もって」
「好み分から無いから余分に買ってきた」
麗奈とつばめちゃんがパンパンに膨らんだバックを持って帰ってきた。そのまま前に出てきたつばめちゃんが、しゃがみながらバックを下ろし口を開く。
「真由ちゃんどれがいい?」
「…つばめちゃんはどれが好き?」
その言葉は、魚の小骨の様な引っ掛かりを私の中に残した。
帰ってきた奏ちゃんや梨々花ちゃんと入れ替わる様に、私達も遊びに出る。頭に浮かんだ物を何処かに押し込む様に遊んでいると、すっかり日も傾いていた。
みんなも随分楽しんだ様で、賑やかな空気のまま着替えも進む。そんな空気だったからか、記念写真を撮る流れになったのも当然といえる。
「じゃあ、こっち見てー。笑顔でー」
小さな人工池の前で集合写真を撮る私達の中に、真由ちゃんはまたいなかった。
「やっぱ、味があっていいカメラだよね」
「お父さんのお下がりなんだ。デジタルより色が好きなの」
「清良の時の写真もあったりするんですか?」
「家に行けば山ほどあるよ」
写真を撮り終わり、邪魔にならない様少しばらけたみんなを少し遠くから眺める。見慣れたみんなに、やっぱり真由ちゃんは馴染んでいた。
誰とでも上手に話せる。
誰も悪く思わない。
でも、それってなんか…
私達は同じ場所にもう一度並んだ。
荷物を積んで高さを出した簡易的な台に真由ちゃんのカメラを置き、セルフタイマーを付けた真由ちゃんが駆け寄ってくる。
提案したのは私だった。ふと、真由ちゃんの写った写真が、みんなと写った写真が、欲しくなった。
「自分が写るのあんまり好きじゃ無いんだけどなぁ」
「せっかくきたんだよ。私は1枚くらい一緒に撮りたい」
「ほんとに?」
「前見て」
シャッターが降りたのはすぐだった。それで今日は解散。
そのはずだった。
「あー、やっぱりさっきの子達だ」
「本当だ、これって運命ってやつじゃね」
「だよな」
それは大きな声。軽薄さが滲み出す聞いた事のない声。遠目でしか見えなかったが、おそらくさっきの男達。
一年生のみんなの顔が不安に染まり、奏ちゃんと梨々花ちゃんの顔が不快に染まる。
そんな私達の前に立ったのは幸人君だった。後ろから見るのが初めてな気がする大きな背中は、今の状況ではとても頼もしく、さっきみたいにすぐに解決するだろう、そう思った。
けれどーー
「うん、やっぱそうだよな。お前真島幸人だろ?さっき見た時なんか見覚えあるなと思ったんだよな」
「は?えーっと、お前誰?」
本当に知らなそうなその声色は初めて聞く物で、不穏な空気が私達を包む。
「覚えてないのかよ、薄情だな。そんなんだから家族に置いていかれるんだろ」
それは、初めて聞く幸人君の過去だった。
「…あー、そういえばなんかいた気がするな小学…いや中学だっけ?」
「小学校だよ。ほんと、お前は周りに興味が無いよな」
「でも今日はどうしたんだよ、そんなに沢山女子連れて」
「高校デビュー成功しましたってか?そんな事より、パパとママ探さなくていいのかよ」
幸人君を嘲笑するその声は、彼らの関係を如実に表していた。
「あーうん。もう見つかったから大丈夫だよ」
「じゃあ早く帰って今までの分も甘えてこいよ。後ろの子達は俺達がしっかり楽しませとくからさ」
「それは無理だな。もういなかったから」
「…は?」
その言葉の意味を理解するまで、ほんの一瞬かかった。
その場の空気が凍りつく。驚いていないのは求君くらい。
「理解出来なかったか?探した結果、この世にもういないって事が分かった。これで満足か?」
「いや…」
「幸人、もういいだろ。お前らも、そろそろいいだろ」
前に出た求君が少し辺りを見渡し、視線を誘導する。どうやら随分注目を集めてしまっていた様で、バツが悪そうにしながら男達は去って行った。
「求、俺別に怒ったりとかしてないよ」
「知ってる」
「そっか…ありがとな」
「いいよ」
その短いやり取りには、私には分からない確かな信頼が見えた。
背を向いていた幸人君が振り返ると、とても気まずそうな顔をしながら、それでもいつもと変わらない様に口を開く。
「いや〜せっかくの楽しい空気をこんな感じにしちゃってすいません。こんな事ならもっと早く言っておけば良かったですね」
その言葉に、誰も口を開かなかった。
当然だ、私が何か言うべきだと思っていても、私も何を言っていいのか分からない。
「あはは〜…まあそうですよね。そうなりますよね。あー…あの、もし良かったら俺の話、聞いてもらってもいいですか?家、喫茶店なんでコーヒーくらいならご馳走しますよ」
その言葉を否定する人はいなかった。
移動を始めても、幸人君の声だけが途切れなかった。一番前を歩く彼は、こちらを振り返ることもなく話し続けている。そんな彼は、今どんな感情なのだろうか。
求君には怒ってないと言っていた。実際に今も怒っている様には見えない。
でも、もしそうだとしても、それを理解する事は出来なかった。
一軒の店の前で幸人君の足が止まる。ここが幸人君の家か、そういえば夏紀先輩はここでアルバイトをしているんだったか。
だめだ、色々と考える事が多くて、どうにも余計な事を考えてしまう。
「マスターは盆で墓参りに行ってて今誰もいないんで、ゆっくりしていってください」
鍵を開けながらそう言う幸人君に続き、みんなが中に入っていく。私は最後に入り、扉を閉めた。
店内にはレコードや写真が並び、所々に木の温かみを感じる。よく分からない機械をいじりながら、無言でコーヒーを淹れる彼は、妙に絵になっていた。
「どうぞ、当店自慢のブレンドです。ミルクと砂糖はご自由にどうぞ」
「あっ、うん。ありがとう」
全員の前にコーヒーを並べた幸人君は、広い室内の中心に椅子を移動させ腰掛けると静かに口を開いた。
「改めて、今日はすみませんでした。ちょっと暗い話になりますけど、もう昔の話なんであまり暗くならずに聞いてやってください」