世界一幸せな男   作:トトロのとろろ

22 / 22
今回の話でストックが無くなりました。丁度月曜日なので、また不定期と言いつつの毎週月曜日投稿を目指して頑張っていきたいと思います。

先週の月曜日から見ていないという方は、大分話が進んでいるので、読み飛ばしのないよう注意して下さい。


第22話

「これで全ての発表は終わりました。これから合奏練習に入ります。コンクールメンバーは音出しを。その他の人は移動をお願いします」

 

その言葉は、淡々と告げられた。他のパートでもメンバーの入れ替わりは発生していて、俯きながらそれでも部屋を出ていく人が多くいた。

 

俺も、いつまでもこの場に座ってるわけにはいかず、立とうとした。その声が聞こえてきたのは、そんな時。

 

「久美子ちゃん席、このままでいいからね。変わらなくていいから」

 

「黒江先輩はソリストが変わっても、指揮者側に座るのは久美子先輩のままでいい。とおっしゃっているんです」

 

「あっ、いやちゃんと変わろうよ」

 

「でも…」

 

「前にも言ったでしょ。北宇治は実力順だって」

 

吹奏楽の経験に乏しい俺には、その席順が持つ意味の重さまでは分からない。それでも、椅子ひとつの位置が、誰かの立場そのものを示してしまうということだけは、伝わってきた。

 

そして、奏先輩が立ち上がる。

 

「奏ちゃん?」

 

「大丈夫ですよ。また、練習後にでもお話しさせてください」

 

奏先輩は前だけを見て、部屋を出ていく。背筋だけは、いつもと変わらない。そんな背中に俺は声をかけることができなかった。

 

そして、俺はユーフォを胸に抱きしめるようにして、立ち上がる。

 

「幸人君…」

 

「俺も移動しますね。まぁバリトンサックスは任せといてくださいよ。必ず、いい演奏にしてみせます」

 

「うん、よろしくね」

 

「幸人君。いい演奏にしようね」

 

「はい」

 

俺は部屋の隅に置いておいたケースにユーフォを仕舞い、その隣のケースからバリトンサックスを取り出した。

 

「お疲れ様です。ちかお先輩、内田先輩。よろしくお願いします」

 

「うん、よろしく」

 

「よろしくな。それにしても、後ろにいた幸人が隣にいるってなんか変な感じだな」

 

「ですね。ちょっと前に来ただけのはずなんですけど、なんと言うか景色が全然違いますね」

 

「俺は楽器が変わったことないからその感覚は分からないけど、少なくともトロンボーンを後頭部にぶつけられることはないぞ」

 

「えーっ、いいですね。痛かったんですよ、あれ」

 

「秀一とかにやられると痛いだろうなぁ」

 

「ははっ、ですね」

 

「ちかお先輩。私、席変わりましょうか?」

 

盛り上がる俺達の間に挟まれた内田先輩が、呆れたように声を上げる。

 

「ごめんごめん、悪かったって。そこまでしなくていいから」

 

パンッ。

 

滝先生が手を叩いた。

 

「それでは、合奏練習を始めます。早速頭から」

 

「「「「はい!」」」」

 

楽器が一斉に構えられる。滝先生の指揮に合わせ、最初の一音が響いた。

 

「クラリネット、オーボエ、フルート最初のトリルの音を切るタイミング合わせてください」

 

「「「「はい!」」」」

 

「今のクラリネットの連符もっと丁寧に」

 

「「「「はい!」」」」

 

「グロッケン。ここの入り方注意して、聞かせどころだよ」

 

「はい!」

 

「真島君、ここまでのテナーサックス、入れますか」

 

「はい」

 

返事は、綺麗に揃う。音も、綺麗に揃う。それなのに、何かが噛み合わない。今朝、あの部屋に残されたものが、そのまま楽器の中にまで入り込んでいるようだった。

 

「瀧君。少し話してもいい?」

 

「どうぞ」

 

「なんて言うか、今年はみんな、無茶苦茶ピリピリしてるんだよ。ガッチガチに固まっていると言うか、えっと、硬い!まあ、完全にカチカチ山の狸さんだな。一度おっぱいでも飲んでねんねする?」

 

……なんと言うか、無い。必死に明るくしようとしている意図は理解できる。だとしても、無い。

 

「あれ?もしかして僕、ドスベリした?すみません!」

 

勢いよく頭を下げる橋本先生に、ちらほらと笑いが生まれる。

 

「そうそう、その気持ち。心は柔らかく上級生は耳にタコかもしれないけど音を」

「楽しむ、と書いて音楽。ですね」

 

「本当に分かってるぅ?」

 

その言葉は、滝先生に向けられた。言葉の真意は分からない。この2人がどんな関係なのかも。

 

「分かっていますよ。では、もう一度最初から」

 

そして、もう一度練習は再開された。

 

俺に対する注意は飛んでこなかった。その代わり、「ここ入れますか」という言葉が繰り返される。チューバ、ユーフォ、テナーサックスなど。バリトンサックスが休符の場所は、様々な楽器の音を支えるように、音を差し込んでいく。

 

練習が終わる頃には、俺の譜面は赤い文字で埋め尽くされていた。

 

全ての練習が終わった後、俺はユーフォを触ろうと思ったが、その前にやりたいことがある。

 

合宿所の中を、部屋を一つずつ覗きながら、あてもなく進む。ただ目当ての人は見つからず、途方に暮れかけたその時、探していた背中がようやく視界に入った。

 

 

「奏先輩」

 

「真島君、どうしてこんなとこにいるの?この先は女子部屋だよ」

 

「奏先輩を探してたんです」

 

「私を?」

 

「あの、奏先輩。俺、全国では奏先輩と吹きたいです。そのために、全力で頑張ります。だから…」

 

「もしかして、慰めに来てくれたの?でも私は大丈夫。なんで選ばれなかったかも、ちゃんと分かってるから」

 

「奏先輩。そんなこと言わないでください」

 

「だから、大丈夫。それでも私も全国で吹きたいから」

 

「奏先輩!俺、絶対に全国に行きます。奏先輩にもう一度チャンスを作ります!」

 

「真島君1人が頑張っても、どうにもならないでしょ。でも頑張ってね」

 

「はい!」

 

奏先輩が落ちた理由なら、見当はつく。府大会の時と同じだ。足りないのはユーフォではなく、その下を支える音の厚み。たぶん、それだけのこと。

 

だから、あの人は「分かっている」と言った。分かった上で、それでも全国で吹きたいと言った。

 

自分の努力だけではどうにもならない可能性に気づきながら、それでも望むと言い切るあの人は、確かに現実的なんかじゃない。

 

そんな奏先輩のために俺ができることは、ただ一つだけだ。そのためなら、俺は…

 

その日、俺はバリトンサックスを吹き続けた。

 

気づけば辺りも暗くなっていた。それでも、もう少し吹こうとした、その時、部屋の扉が開く。

 

「こんなところにいたんだ」

 

「求?どうかしたの」

 

「花火。もうみんな集まってるよ」

 

「えっ、あ〜そういえばそんな予定あったっけ?」

 

「あったよ」

 

「あっ、ちょ、求。行くから、待てよ」

 

俺は構わず進んでいく求に置いて行かれないように、手早くサックスを片付け、背中を追いかけた。

 

「求、なんで呼びに来たくせに置いて行くんだよ」

 

「来ないなら興味ないかなって」

 

「だからと言って置いて行くの早すぎだろ」

 

「はい、これ」

 

「ん…ああ、花火か」

 

「…なあ、幸人。あれ」

 

「何?」

 

求の声に手元の花火から視線を上げると、そこには俯いた秀一先輩がいた。

 

「…副部長も誘おうか」

 

「いいじゃん。求がいくんだろ?」

 

「いってくれないのかよ」

 

「言い出しっぺのくせに」

 

「…分かったよ。僕が行く」

 

辺りに誰もおらず、明かりもあまり届かない薄暗さの中、秀一先輩は座っている。

 

「次、手伝ってもらってもいいですか?」

 

「何を」

 

短い一言だった。それだけで、隣の求が半歩下がる。話しかけられたわけでもない俺にまで、その温度は届いていた。

 

「秀一先輩。花火ですよ花火、俺らと一緒にしましょうよ」

 

「そんな気分じゃないんだ。ほっといてくれ」

 

「…そうですか」

 

秀一先輩はそれだけ言い残し去っていく。明らかに不機嫌だったが、こっちに当たらないだけまだマシか。それにしても、仏の副部長なんて言われてるのに、あそこまで荒れてるのも珍しい。

 

「なあ…あれ、大丈夫かな?」

 

「まあ部屋に戻ってもあの調子だったら、黄前先輩を召喚するしかないだろうな。あの人も大変だし、本当はやりたく無いけど、俺達にはどうにもできないだろ」

 

「まあ、確かにな」

 

「さて、どうする?川島先輩とか誘ってみる?加藤先輩といるみたいだけど」

 

「…やめとく。そっちこそ、久石のところに行かなくていいのかよ」

 

「自分で誘ってきたくせに。まあでも、それ抜きにしても奏先輩とはもう話したし、今は剣崎先輩と楽しそうにしてるから」

 

「ふーん、そっか。じゃあ大人しく2人でやるか」

 

「そうするか。で、これどうやんの?」

 

「ん?ああ線香花火か、それはそっちの細くなってるところに火をつけるんだよ」

 

「へ〜こっちなんだ。なんか意外だな」

 

求の言う通りに、火をつける。先端に火が灯り小さな火の玉から、細い火花がいくつも弾ける。思っていたより、綺麗だった。けれど、

 

「なんか地味だな」

 

「まあ、線香花火ってそんなもんだし。しゃがんで、誰かと一緒にその火の玉を見るのが風情なんだよ。多分」

 

「求の口から風情ですか。まあでも、そう言われて見たらそうなのかもな」

 

火の玉が落ちてしまった線香花火をバケツに捨て、新しい物に今度はしゃがんで火をつける。改めてそうやって花火を見ると、どうしても奏先輩のことが脳裏に浮かぶ。

 

ちらりと隣が視界に入る。その表情を見た時、鏡を見たら自分も同じ顔をしているかもしれない、そう思った。

 

「なあ、求。好きってなんなんだろうな」

 

「また?自分で決めたら?」

 

「自分でって…自分でかぁ」

 

難しいことを言う。それが分からないから悩んでいるのに。でも、確かにそうしないといけないのだろう。

 

「なあ、求」

 

「今度は何?」

 

「男2人で並んで線香花火ってさ、もしかして淋しい?」

 

「…言うなよ」

 

しばらくして立ち上がった俺達は、花火の後始末を終え部屋へと戻る。入り口から部屋を覗くと、秀一先輩はまだ不機嫌なようで、入り口と逆側に顔を向けながら横になっていた。

 

「重症だなこれ」

 

「みたいだね」

 

「とりあえず黄前先輩探すか」

 

「そうしようか」

 

頭を引っ込め、踵を返す。広い合宿所内を探し回っても見つからず、仕方なく大浴場の方へ向かってみると、ちょうど黄前先輩が出てくる。

 

高坂先輩と一緒に出てきた黄前先輩は、表面上はいつも通りに見えた。

 

「黄前せんぱーい」

 

「幸人君、求君、どうしたの?2人して」

 

「あの、実は…」

 

「お風呂上がりのところ申し訳ないんですけど、ちょっと旦那が重症なので、直してもらっていいですか」

 

「旦那?」

 

「まあ、とにかくついてきてもらっていいですか?」

 

「えっ、あーうん。別にいいけど。麗奈ごめん、ちょっと行ってくる」

 

「部屋で待ってる」

 

「高坂先輩もすみません。ちょっと借りていきます」

 

「気にしないで、私にも別の予定があったから」

 

そう言い残し、高坂先輩は去っていく。それを見送った俺達が部屋へ戻ると、黄前先輩は中を見ただけで全てを察したようだった。

 

「あー、なるほどね。ってか旦那じゃないし」

 

「すみません。部長も大変なのに」

 

「いや、全然いいんだよ。別に2人が何かしたわけじゃないんでしょ?」

 

「俺達が見つけたのは花火の時なんですけど、その時からあんな感じでした。それで、俺達じゃ逆効果かなって」

 

「まぁ、そうなるだろうね。ま、任せておいて伊達に長い付き合いじゃないから」

 

「よっ、流石ですね!」

 

「雑だね〜」

 

黄前先輩が中に入っていくのを見送り、入り口から中を覗きながら聞き耳を立てる。

 

「やめとけよ」

 

「いいじゃんこれくらい。あんだけビビらせてきたんだから」

 

「はぁ、僕はやらないから」

 

「分かったよ」

 

去っていく求の背中を見ながら、俺はまた中の話に聞き耳を立てた。

 

「何やってるの?下級生あんなに困らせて」

 

「周りが心配しすぎなんだって」

 

「何、イライラしてんの?」

 

「別に」

 

「言えないんだったら、イライラしてても周りに気づかれないように」

「久美子はいいのかよ。オーディション」

 

「えっ」

 

「俺、黒江よりも部長の方が下手だとは思えないんだよ」

 

「まさか、それで?」

 

「そういうわけじゃないけど…ただ、今回のオーディションは今までと違って、なんか納得できないって言うか…その、結果は結果なんだけどさ、なんと言うか急に変わるのは…その、おかしいって言うか」

 

その言葉を聞いたからか、黄前先輩の口からは、クスクスという笑いが漏れていた。

 

「何言ってんの。真由ちゃんの方が上手かったからこうなってるんでしょ。私は納得してるよ」

 

「本当か?」

 

「もちろん。だから余計なこと考えてないでしっかりしてよ。副•部•長なんだから」

 

2人の間には、笑顔があった。

 

やはり、俺達なんかより効果覿面だ。それにしても、あの2人は付き合っているという噂を聞いていたが、誰かのために、あそこまで腹を立てられるものなのか。それも、好きということなんだろうか。まあ、周りに迷惑をかけるのはどうかと思うが。

 

それにしても、オーディションか。今日の空気では納得していない人もいるとは思っていた。だが、まさかあの人までとは。

 

上手い人が選ばれた。そのはずなのに、どうしてこうも波が立つのか。

 

人が大勢いるって……面倒くさい。

 

そんな感情を生んだ合宿は、禍根を残したまま終わりを告げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

元野球部が過ごすクラリネットパートにようこそ(作者:桜紅月音)(原作:響け!ユーフォニアム)

中学では野球部だった主人公の工藤浩輔。▼北宇治に入学し、野球部に行くつもりが、気づいたら吹奏楽部に入っていた。▼知識はあるものの、吹部自体は初心者である彼は、無事に吹奏楽部でやっていけるのか▼2日に一話更新中▼*小説タイトル変更有り▼アニメ基準でやっていきます。▼


総合評価:53/評価:-.--/連載:14話/更新日時:2026年09月21日(月) 00:00 小説情報

明るい未来を、君の隣で。(仮)(作者:かぎゅ~)(原作:響け!ユーフォニアム)

久美子に一緒に北宇治高校へ行く同級生がいたらと言う話です。久美子の助けになってくれる頼れる存在。▼※多分、タイトルは変えます。


総合評価:30/評価:-.--/連載:3話/更新日時:2026年09月12日(土) 11:52 小説情報

たわけ!ドアホ男子(作者:スピリタス3世)(原作:響け!ユーフォニアム)

久石奏の中学時代からの同級生、荒川大輝は凄腕のチューバ奏者である。しかし、その長所をかき消すアホでナルシストであった。これはそんな彼と久石奏を中心に奏でられる物語である。▼注) 奏の同級生なため、誓いのフィナーレからスタートします。あすかの代はOGとしてでしか登場しないので、ご了承ください。▼注)何も書かずに改訂している時は、誤字脱字を見つけて直してる時なの…


総合評価:538/評価:8/完結:73話/更新日時:2026年09月18日(金) 12:26 小説情報

北宇治高校サックスパートにようこそ!(作者:熱々の冷やし中華)(原作:響け!ユーフォニアム)

サックス、ベルギーにて誕生したその楽器は6種類にも及び、木管楽器として演奏に彩りを持たせる。ここ、北宇治高校吹奏楽部のサックスパートは部長も所属する女子8人、男子2人で構成された部内2番目の大所帯だ。吹奏楽部の数少ない男子諸君、女子の先輩に囲まれながら演奏の練習に切磋琢磨する、そんな夢のようなアオハルをこのパートで送ろうじゃないか!▼※なお、部長と共に立て込…


総合評価:30/評価:-.--/連載:1話/更新日時:2026年05月03日(日) 19:00 小説情報

オーボエに音を乗せて(作者:桜紅月音)(原作:響け!ユーフォニアム)

▼府大会、関西大会で『奇跡の演奏』を目の前で見た主人公、伏見結(ふしみゆう)は、翌年の春。北宇治高校に入学し、幼馴染の剣崎梨々花と共に、北宇治高校吹奏楽部に入部した。▼同級生である久石奏、先輩である鎧塚みぞれ、黄前久美子と共に始まる全国大会での金賞を目指す吹奏楽部の物語。▼*不定期更新▼*原作基準▼


総合評価:28/評価:-.--/連載:3話/更新日時:2026年09月18日(金) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>