世界一幸せな男   作:トトロのとろろ

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第3話

入学して一週間ほどが過ぎ、高校生活にも少しずつ慣れてきた。あのあと俺は低音パート以外は全て見学を終え、先輩達や見学に来ていた人たちと仲良くなる事ができた。

 

そして今日は部活動の見学期間が終わり正式に入部する日となっていた。入部希望者と吹奏楽部員が一堂に会す音楽室は流石に狭かった。背が高い俺は音楽室の後ろの方を陣取っていると各楽器の紹介が始まった。前に立つ先輩達がそれぞれの楽器の魅力を話しているのを聞いてると、それは唐突に始まった。

 

軽くステップを踏みながら、一人の女子生徒が小さな顔を隠すようにユーフォを抱えて現れた。そしてその間から見える髪型は、俺の記憶にある姿と全く同じだった。

 

「初めましてぇ〜低音パート久石奏ですっ‼︎みなさぁ〜ん私が手にしているこの楽器ぃご存知ですかぁ」

 

衝撃だった。見た目通りの可愛い声。そこに含まれているのは、わざとらしいくらいのあざとさだった。ただ自分の可愛さを完璧に理解し引き出しているそのあざとさも、全て彼女の魅力を構成する要素に思えた。

 

「ユーフォニアムと言って丸みを帯びた落ち着いた美しい音色を奏でる楽器なんですよぉ」

 

ユーフォニアムの紹介をする彼女の話し方は先程のあざとさたっぷりの話し方ではなく、真剣さを帯びている様に感じた。最初の話し方はつかみだったのだろう。ただ最後にあざとさを込め、その上でウインクしている辺りそういう性格なのだろう。

 

 

やっぱり可愛い。

 

 

そんなことを考えているといつの間にか楽器紹介は終わり楽器選びの時間になっていた。少し出遅れたものの低音パートへと向かう俺の前にこの間挨拶した先輩が立っていた。

 

「幸人後輩」

 

「なんですか誓先輩」

 

「サックス、おいでよ」

 

小さな体の前でグットポーズをしながらキメ顔で言ってきた。最初に回ったサックスパートだったが俺の演奏を聞かせる機会があり、その時から、言葉にはしないものの「サックスに来い」と言われているような空気は感じていた。

 

上手い後輩が入れば、自分のコンクールメンバー入りが危うくなるかもしれない。それでも誘ってくるのは向上心から来ているのか、それとも全く別の思惑があるのか、俺にはわからなかった。ただ一つわかっている事があるなら、それはこの誘いを断らなければならないということだけだった。

 

「すみません。俺どこに行くか決めたんです」

 

「だろうね。だけどどんどん楽器が埋まっているこの状況、幸人君のやりたい楽器の枠は果たして空いてるかな?」

 

「なん…だと、貴様謀ったな‼︎」

 

「はっはっは残念だったな。さぁサックスパートへ来るのだ‼︎」

 

「だが甘いぞ‼︎俺の希望する楽器は不人気と噂のユーフォだ‼︎」

 

「なん…だと。とまあお遊びはこの辺にして、そっかユーフォやりたいんだ」

 

「はい」

 

「それは残念。まあ頑張りたまえよ後輩」

 

「はい‼︎頑張ります」

 

「そうだ、暇な時間あったらサックス教えてよ。みんなも教えて欲しそうだったし、私達上手くなりたいんだ」

 

「もちろんです。とは言っても俺も1から練習するので、どれくらい顔出せるか分かりませんけど」

 

「わかってるって。無理しない範囲でいいから。それじゃまたね」

 

言いたい事を言い終わったのか牧先輩は去っていった。後輩に向かって笑顔で「教えてほしい」と、「上手くなりたい」と言い切るその姿勢、その頼みを断るという選択肢は俺にはなかった。

 

気を取り直して低音パートの場所を探し始めると、頭に焼き付いているその姿はすぐに見つかった。奏先輩は癖毛の先輩の隣に立ち、3人の新入生の相手をしている様だった。3人という事は義井の友達なのだろう。そう考えながら歩いていると低音パートのメンバーの会話が聞こえてくるほど近くなっていた。

 

「3人かぁ」

 

「私のせいじゃないですよ。私ユーフォの魅力十分伝えましたから」

 

「そうですよ‼︎ユーフォの魅力十分伝わってきました‼︎」

 

「誰も責めてないよー」

 

「「って誰‼︎」」

 

後ろから会話に参加したからか、予想以上の驚きを見せながら振り返ってくる先輩達に、俺は思わず笑ってしまっていた。

 

「4人目の低音希望ですっ‼︎」

 

「おおー4人目。っていうかあれじゃん噂の残念イケメン君じゃん」

 

「どうもイケメンです」

 

「なんで都合のいいとこだけ切り取ってるの」

 

「やっぱ褒められるのって…嬉しいじゃないですか‼︎」

 

「褒めてないと思いますけど」

 

「まーたキャラ濃いのきたなぁ」

 

俺と奏先輩のやり取りを聞きながら何処か遠くを見つめている癖毛の先輩だったが、俺にとってはスポーティーな先輩が言っていた噂の方が気になっていた。

 

「ところで残念イケメンってなんなんですか?」

 

「なんかいろんなパートを渡り歩いてはすっと懐に入ってくる後輩が、喋らなければイケメンだって噂になってるよ」

 

「あぁそんな噂になってたんですか。まぁ確かに全部のパート回ってきたんで、俺の事であってると思いますよ」

 

そんな事を言いながら一年生が並んでいる横に移動し、俺が合流した事で切れてしまったであろう流れを元に戻すために深々と頭を下げた。

 

「一年二組。真島幸人です‼︎よろしくお願いします‼︎」

 

 

 

「「「よっ、よろしくお願いします」」」

 

頭を上げた俺を見ていた隣に並ぶ一年生が少し遅れながらも続いてくれた。そんな俺たちの事を先輩達は温かい拍手で迎え入れてくれた。

 

「幸人君がきてくれたので自己紹介をしましょう。まずは私低音パートのパートリーダーをしてます川島緑輝です。名前を呼ぶときはサファイアじゃなくて緑って呼んでくださいね。楽器はコントラバスです」

 

「よろしくお願いします。川島先輩」

 

川島先輩を発端に始まった自己紹介が終わるまでちょっとした時間がかかった。というのも低音パートは3楽器あり、人気がないとは言われていても俺を入れなくても11人のメンバーで構成されていたからだった。だがみんなとても個性豊かで自己紹介を聞くだけでも時間が過ぎるのは早かった。

 

「ところで幸人君ってサックス吹いてたんですよね、もしかしてコンクールに出てませんでしたか?」

 

「中学の時いろんなソロコンに出まくってましたけど川島先輩よく知ってましたね」

 

「だって有名人じゃないですか。いろんなソロコンクールのしかも一般の部で金賞を取ってますし」

 

「えっそうなの?じゃあ検索してみたら出てきたりして…ってほんとに出るじゃん‼︎えーっと…なにこれコンクール荒らし?」

 

「なにそれ」

 

「えーっとね金目当ての守銭奴、楽譜の奴隷、感情のないロボット?…ってごめん。読み上げるもんじゃなかったね」

 

「全然いいですよ。いやぁ酷いこと書く人もいるもんですよね。まぁ書いてあること大体事実なんで、なんも言えないんですけど」

 

少し重くなった空気を戻そうといつも通り明るく振る舞ってみたが、どうやら足りなかった様だった。どこまで踏み込んでいいのか見定める様にこちらをみている視線にどんな返事をするべきか考えていたが、やはりパートリーダーの存在は偉大だったようだ。

 

「幸人君はどうしてサックスじゃなくて低音に来たんですか?」

 

「おっ志望動機ですか?いやぁ話せば長くなるんですけど、高校から新しいことしようかな〜って思っていたら運命の出会いを果たしまして」

 

「運命の出会い?」

 

「はい‼︎入学式の朝、桜舞い散る演奏の中に一際輝く奏先輩に出会いました。そうつまり一目惚れです‼︎あっもちろん皆さん素敵でしたよその上でです。」

 

「「「「「………」」」」」

 

「趣味悪」

 

「月永君には言われたくないです」

 

俺の言葉を聞きどうしていいかわからない空気が漂う中、求先輩と奏先輩のやり取りだけがよく響いた。嫌そうに奏先輩を睨みつけている様子を見るに求先輩は苗字で呼ばれるのが本当に嫌なようだった。低音パートでたった1人の男子の仲間の機嫌を損ねないようにしようと思う反面、趣味が悪いと言われるのは心外だった。

 

「奏ちゃんどうする?」

 

「どうして私に聞くんですか?」

 

「いやぁ奏ちゃん目当てって言ってるし、私としては奏ちゃんがいいならいいかなって思うんだけど…」

 

「そうですねぇ」

 

黄前先輩と相談していた奏先輩が俺のそばへとやってきて自分の腰のあたりの高さを指さしていた。

 

「おすわり」

 

「ワン‼︎」

 

「お手」

 

「ワン‼︎」

 

「おかわり」

 

「ワン‼︎」

 

「プライドとか無いのかよ」

 

「求先輩プライドが無いんじゃ無いんですよ。こんな事で傷つく様なプライドじゃ無いだけです」

 

「あっそ」

 

俺の言葉に短く返事をした求先輩はそっぽを向いてしまった。元々興味など無かったのだろうというのはこれまでの短い時間で理解できた。

 

「言うことは聞くみたいですし、入部してもらっていいと思いますよ」

 

「わかった。みんなも入部してもらうってことでいいかな?」

 

「「「「さんせーい」」」」

 

「ありがとうございます‼︎無駄にでかいこの身体せいぜいこき使ってやってください‼︎」

 

腕の筋肉を叩いてみせたが、反応はいまひとつだった。それでも、あんな宣言をした俺を受け入れてくれたことが嬉しかった。

 

「えーっと…とりあえず幸人君はユーフォ希望って事であってる?」

 

「はい。あってます」

 

「佳穂ちゃんと弥生ちゃんもユーフォなんだよね?」

 

「「はい」」

 

「うーんユーフォがここまで盛況になる日が来るとは…でも残念だけどユーフォあと一台しか空いてないんだよね…」

 

黄前先輩が申し訳なさそうに言ってくるが、人気がないと言われているパートだ。そこまで多くの楽器がなくても当然だと思った。とりあえずスマホを取り出しユーフォのことを検索してみる。

 

「その一台は2人のどっちかに譲りますよ」

 

「いいの?」

 

「はい。うーんピンキリとはいえやっぱ60万前後くらいだよなぁ〜。やっぱたっけぇ」

 

「…もしかして買うつもり?」

 

「はい」

 

「はいって…お金はどうするの?」

 

「ほら俺悪名高いコンクール荒らしですし」

 

「こらっ。自分で自分を傷つけるような事言っちゃいけません」

 

「川島先輩…すみません」

 

「わかればいいんです」

 

別に書いてある内容自体はほとんど事実だし、自分が傷つく様な内容も無かったが、空気が悪くなるのは本意ではない。それに、真剣に向き合ってくる川島先輩はなんだか嬉しかった。

 

「とりあえずちょっとした貯金はありますし、部活以外でも色々使い道もあるんで気にしないで貰って大丈夫ですよ。」

 

「そこまでいうなら止めはしないけど…」

 

奏先輩からどこか引いている様な少し棘のある視線を感じた。だが一目惚れしたと言ってきた男が楽器まで買おうとしていると考えたら、当然なのかもしれなかった。

 

もしかして俺は何処かで選択肢を間違えてしまったのだろうか。だとしても奏先輩の事をまだ知らない俺にとって何でそんな視線を向けられるのか本心はわからなかった。ただこの流れを変える必要はあると思った

 

「という事で俺の方はいいとして針谷と上石には最後のユーフォを取り合ってもらわないといけないんじゃないですか?」

 

「取り合うって、まあそうなんだけどさ。うーんシンプルにじゃんけんとかで決める?」

 

「じゃんけん..いいじゃないですか‼︎ユーフォを取るのはわしじゃけん」

 

「ぶふっ」

 

「つぼ浅っ」

 

上石のダジャレとも呼べないような一言で吹き出す針谷を見ると、笑いのつぼが少し心配になる。だが、ここまで笑ってくれる相手は気持ちがいいだろうとも思えた。

 

そんな事を考えていたらじゃんけんも終わった様で、針谷がユーフォを勝ち取った様だった。負けた上石と元々残っていた釜谷はチューバを担当する事になり無事にそれぞれの楽器選びが終わった。

 

「では、一度集まってください」

 

黄前先輩が手を上げながら俺たちに呼びかける。この場にはまた部員全員が集まっており、その視線を一身に受ける黄前先輩は狼狽えているようだった。

 

「総勢91人」

 

「きゅっ」

 

黄前先輩の横から静かに人数を告げる高坂先輩の言葉で、目の前の人数を知った黄前先輩は目に見えて動揺しているようだった。そんな動揺を自分で落ち着けているところに音楽室のドアが開く。中に入ってきたのは爽やかな雰囲気を漂わせるイケメンの先生だった。そんな先生を見たからか、周りにいた同級生からちらほらと黄色い声が上がる。ただ先生も慣れているのかそんな音楽室の空気を気にすることはないようだった。

 

「遅くなってすみません。あぁお話中でしたか」

 

「ああいえ、大丈夫です」

 

「そうですか。では軽く」

 

黄前先輩と話しながら俺たちの正面に立った先生は、落ち着いた声で話し始めた。

 

「一年生は初めましてですね。顧問の滝昇です。担当教科は音楽ですのでみなさんの授業を受け持つこともあると思います。これからよろしくお願いします。」

 

「「「「「お願いします!」」」」」

 

「それでは、部長」

 

「はい」

 

黄前先輩は滝先生の言葉に力強く返事をしながらも何か思うところがあるのか、少し躊躇いながらただ芯のある声ではっきりと話し始めた。

 

「では今日はこれからこの部の活動方針を決めたいと思います。北宇治高校吹奏楽部では毎年活動の目標を自分たちで決める事にしています。結果を求めて厳しい練習に励むか、結果よりも部活を楽しむ事に重点を置くか具体的にいえば」

 

黄前先輩は話しながら俺たちのに背を向け黒板の方へと歩き始める。そしてチョークを手に取ると大きな文字で目標を描き始めた。

 

その目標は個人としては似たような経験をしていたが新たな楽器で、そして新たな仲間と目指すとなるととてつもなく遠い目標で、だからこそ挑戦しがいのある目標だった。

 

目標を書き終え俺たちに向かって振り返った黄前先輩は目標を書いた黒板を叩きながら高らかに宣言した。

 

「これを目指すかどうかという事になります。」

 

そう宣言した黄前先輩の手の先にはっきりと大きな字で綺麗に刻まれていた

 

全国大会金賞

 

「毎年多数決で決めています自分の気持ちに正直に後悔のないように決めてください。」

 

正直な所目標自体は何でもよかった。ただやると決めた以上手を抜く気は無かったし、どうせやるなら高い目標の方が燃えるのは事実だ。それに全国大会金賞という目標は楽器を練習する上で間違った理由ではないと、確かにそう思えた。

 

「それでは決を取りたいと思います。全国大会金賞を目標に頑張りたいと思う人は挙手をお願いします。」

 

黄前先輩の言葉を皮切りに先輩達が続々と手を挙げていった。もちろん俺も手を挙げていた。少しずつ挙がっていく手を前に黄前先輩の顔には喜びの表情が増えていく。そんな部内の様子に飲まれたのか、はたまた悩んでいたのかはわからないが同級生達のでもちらほらと挙がり始めた。そして全員の手が挙がり切った。

 

「では満場一致で今年の北宇治高校吹奏楽部は全国大会金賞を目標とします」

 

高らかに宣言した黄前先輩に自然と拍手がでた。それは周りの人達も同じだったようですぐに音楽室は拍手に包まれていた。そんな音楽室の空気に安心したのか、黄前先輩は疲れた様子を見せながら肩を落とし一息ついていた。

 

「はぁよかったぁ」

 

「部長まだ終わってないぞ」

 

小声ながらも音楽室にいる人全員には聞こえていたようであちこちで笑いが溢れていた。そんなやり取りでも気を取り直した黄前先輩は、張り詰めたものが無くなった様子で、頭の後ろに手を持ってきていた。

 

「えっ…あぁえっと全国で金を取る事は簡単なことではありません。でもえーっと」

 

「ではあとは私から話しても?」

 

「あっはい」

 

「部長の言っていた通り全国で金を取る事は容易ではありません。ですが皆さんは今日、今、目指すと、決めたんです。」

 

滝先生の言葉は短く切る事で強調され、俺の中へと深く刻み込まれていった。そしてそれはこの場にいる全員がそうなのだろう。滝先生が話すたび場の空気が引き締まっていく気がした。

 

「その事を忘れないでください。皆さんわかりましたか。」

 

その言葉はこの場の空気を、そしてこの先の俺たちの目指す先を決定的にしたと、そう思えてならなかった。なぜなら俺たちの返事は大きく、そしてずれの無い完全に一体になったかのような返事だった。この先このメンバーで進む先にどんなことが待ち受けているかはわからない。ただどんなことが起きても最終的には楽しくなるだろう。そう確信できた。

 

「新入部員の皆さん。北宇治高校吹奏楽部へようこそ」




全国の牧誓ファンの皆様大変申し訳ありません。サックスのパートリーダーとして出て欲しかったのですが、あまりにもキャラがわからなさすぎた結果好きに動かしていたらこうなりました。どうか怒らずに見てもらえると嬉しいです。
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