【Blue Archive】灰色の傭兵記   作:鮭鯖三麻

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二話は連投します。


第二話

 

駆ける、駆ける、そして跳ねる。

カナタは先の報道に示された地点を目指して、居並ぶ建物の屋上部を伝って移動していた。僅かに息が上がっていると分かるが、それでも随分と余裕のある動きを見せる。

ドラムマガジン込みで9.0Kg程はある機関銃を背負いながらも、カナタのパルクールはそれを感じさせない程に軽快であった。

 

「(ああ、見えてきた)」

 

やがて青い空とビルの整列がずっと広がる視界の先、目指す方角のその奥に、テレビジョンで見たままの白いビルが見えた。周囲に微かに黒煙が上がっているのを見るに、あれに違いない様である。

 

そして辺りから緊急車両のサイレンが聞こえて来るようになったのを認めて、カナタは次に降り立った先でふわと立ち止まった。そして目撃者がいない事を確認すると、その屋上階の縁に凭れる。

 

暫し息を整えて、腰に提げていた携帯ボトルから水分を補給し終えると、次にカナタはその懐から黒いガスマスクを取り出した。

 

「(一応、付けておくか)」

 

丸型のゴーグルを備え、口元が嘴の様な形状をした奇妙なフルフェイスのそれを装着すると、カナタはフードを被り直して立ち上がり、再びと駆け出した。

 

傷んで煤けた白い外套で全身を覆い、フードからは黒い異形のガスマスクを覗かせて、今のカナタが駆ける様は不気味そのものである。見る人に不吉を予感させるその装束は、傭兵稼業を続ける内に畏怖の象徴となっていった。

 

しかしその実績と風評から恐れられる一方で、その正体に関しては、未だにカナタという個人像と結び付いていない様子であった。元よりこの世界に鎖是カナタなる人物は存在しない事になっている為に、特定の仕様がないという事もあるだろうが。

 

兎も角として、このガスマスクを被っている間は、その武勇も名誉も、暴虐も非道もカナタのものではなくなる。これは非常に都合の良い事であった。

 

周囲の眼下にちらほらといる野次馬や、報道及び救命といった公的機関の視線を一応に意識しつつ、カナタは幾つもの建物を飛び越えていく。

路地を挟んで降り立った背の低いビルから、隣の高層ビルの非常階段へと飛び移ると、その屋上階を目指して駆け上がる。そうしてカナタはようやっと、件のビルから通り二つ手前の展望へと辿り着いた。

 

そこから見下ろす事には、集結した武装集団によって既に暴動は始まっているらしかった。更には煙を上げて転がる数々のスクラップの中に、警察機関たるヴァルキューレの車両の姿があるのを見て察するに、事前の鎮圧は失敗に終わった様子でもあった。

 

どうにもこの頃のヴァルキューレは、以前にも増して活躍の精彩を欠いている。それならSRTとやらはどうしたかと思えば、連邦生徒会長の不在が故に宙吊りの状態であろう事が想像できた。

 

「(今の連邦生徒会がこの状況に対応できるビジョンが思い浮かばない……。 かと言って、外部の人間を雇うとも思えないし……)」

 

傭兵とは、襲撃依頼や護衛依頼の他、主として武力衝突の際に需要される仕事であるが、無論雇わずに勝てるのならそれに越した事は無い。傭兵を欲しがるのは大抵劣勢の側であろう。

 

そしてこの場合、優勢側が不良生徒達の武装集団、劣勢側が連邦生徒会である。これが逆であったのならばカナタにも交渉の仕様があったのだが、まさか連邦生徒会側が身元不明の個人傭兵を受け入れるとも思えず、カナタは思わず嘆息した。

 

この騒ぎに乗じて、何か目ぼしい”遺棄品”を横から攫うかとも考えたが、まるで疲弊した様子のない暴徒、もとい不良生徒達を見るに、それも難しそうである。

 

ふと頭に徒労の二文字が浮かび、今日の分の稼ぎをどうしようかとカナタが考えていると、件のビルに向かう大通りを、連邦生徒会の所有であろう一台の装甲車両が走って来るのが見えた。

 

「(何だろう……? SRT……じゃないな)」

 

その人員輸送用らしき車は、やがて武装集団から遠いとも近いとも言えない絶妙な距離で停車すると、その中から操縦手を除いた五つの人影が現れる。

 

カナタは改めて姿勢を低くして、ガスマスクを取り外して手早く双眼鏡を取り出すと、鏡面の反射が相手に伝わらぬ様に、細心の注意を払って覗き込んだ。

 

一人は菫色の髪をした、制服を見るに恐らくはミレニアム所属であろう生徒。

一人は黒い長髪と大きな翼、制服からトリニティの正義実現委員会の所属だと一目で分かる長身の生徒。

一人は白い髪に頭羽を一つ備えたその特徴から、同じくトリニティ所属であろう生徒。

一人はストロベリーブロンド色の髪に、縁の赤い眼鏡をしている、腕章を見るにゲヘナの風紀委員会所属であろう生徒。

 

「(……なんだあの組み合わせ? それに……)」

 

そして、最後の一人。

そこには、スーツを着た大人の男性が居た。

ここキヴォトスにおいて、カナタがああいった異質な存在を見るのはこれで二度目である。

 

いわゆる、外の世界から来た存在。

 

しかしながら、あの大人はどうにもあの”女主人”とは手合が違うと、直感がそう告げていた。

と言うのも彼は四人の生徒達に指示を与えて、見事にそれに従わせている様子だが、カナタが想像したのとは違って、一方の彼女達は恐怖や隷属からなどではなく、その大人に対する信頼から従っている様に見えたのだ。

 

やがてその大人を恐らくは司令塔として輸送車両に残して、四人の生徒達が武装勢力の前哨と戦端を開くと、驚く事にその戦況は一方的な推移を見せ始めた。

 

絶望的な数的不利をものともせず、武装集団を次々と着実に制圧していく彼女らの様子に好奇の感情を覚えたカナタは、何が起きているのかをより近くで観察しようと、再びガスマスクを装着して、今度はビルの非常階段を降り始めた。

 

その途中、鉄柵の手摺りから身を乗り出して、隣のビルの屋上へと飛び移ると、続いてそこから壁面に伸びる空調管を利用して、着用するグローブの丈夫さを頼りに一気に滑り降りる。

 

かくしてビル群の裏手の敷地に着地したカナタは、現場に向かって駆け出した。銃声は未だ鳴り止む様子はなく、それに混じって武装集団側の切迫した声が聞こえて来る。

 

「何ッなんだコイツら! たった四人のクセに!」

 

「また突破してきたッ……! ウチらが最前線かよぉ!」

 

「ガリ勉ミレニアムに、羽付き頭! 正実の黒ノッポに、ゲヘナのッ、腕章付きかぁ……? 一体どーゆー組み合わせしてんだ⁈」

 

不良生徒達の怒声と銃声。小気味良く響く連射音に、鋭く轟く狙撃音。時折、閃光手榴弾の炸裂音。

 

しかしそれも暫くすれば段々と音の数が減っていき、やがて代わりに聞こえて来たのは、あの四人の生徒達の声であるようだった。

 

「先生、目標地点まで前進、制圧完了しました」

 

「ふう、何とかなったわね……」

 

大通り沿いの物陰に潜んだカナタが状況を伺うに、白い髪のトリニティ生と菫色のツインテールのミレニアム生が前衛を、後方から長身長髪の正実委員が狙撃を、ストロベリーブロンドの風紀委員が支援を務めていた様である。

 

「お二人とも、無事で何よりです」

 

「お怪我はありませんでしたか?」

 

「ええ、大したダメージはないわ。 それに……」

 

「”皆んな、大丈夫だったかい?”」

 

集合したその四人に遅れる形で、輸送車両に乗った件の大人が、その助手席の扉を開けたまま半身を乗り出した姿で現れた。視界確保の為とはいえ、中々にアグレッシブな姿勢で指揮をしていたらしい。

やがて車両から降り立って合流した彼を、彼女達はある種の驚きと尊敬を込めた目で見ていた。

 

「なんだか、戦闘がいつもよりやりやすかった気がします……」

 

「……やっぱりそうよね?」

 

前衛の二人が驚きを隠せないとばかりに頷き合うと、黒髪長身の正実委員もそれに微笑んで同意する。

 

「先生の指揮のおかげで、普段よりもずっと戦いやすかったです」

 

「”そっか……。 それなら良かった”」

 

それを聞いた”先生”と呼ばれる大人は、ほっと息を吐いてそう応えると、深い安堵を湛えた笑みを浮かべた。

 

「なるほど、これが先生の力……。 まあ、連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前か……」

 

すると菫色の髪のミレニアム生が興味深い言葉を呟いた。やはり先程までの快進撃はこの先生なる大人が齎した影響が大きく、更には連邦生徒会にとっての重要人物にも違いない様である。

 

さりとてそれが分かった所で、カナタは自分がこの場に於いてどう動くべきかを決めきれずにいた。好奇心に釣られてここまで降りて来てしまったが、あの大人と生徒達に今ここで接触してしまう事は何としても憚られる。下手をすれば纏めて鎮圧されかねない。

 

一方、ここで武装集団が沈黙した事は都合が良いと言えた。彼女達が次の戦闘に向かう隙に、稼げるだけ稼いで退散してしまおうか、などと考えてカナタは辺りをぐるりと見回す。

 

その時。

 

彼女達が制圧し尽くしたかに見えた大通りの斜め向かいのバリケード群の陰から、一人の不良生徒がふらふらと起き上がり、その右手にアサルトライフルを持ち出すのが見えた。

 

その銃口はゆらりと揺れながらも、しかし間違いなく先生の背後へと向けられようとしている。

 

カナタは焦る。

あの大人にはヘイローが無い。

ここキヴォトスの住人でもない。

 

カナタは次の瞬間に訪れるかも知れない、悲惨な光景を幻視する。

脳内で、あの冷たい闇がほくそ笑んだ気がした。

 

かくして突然にして迫られた選択を前にして、

 

「……ッ!」

 

カナタは衝動的にその機関銃を構えた。

 

瞳孔を開き、息を止めて、集中を以て、そのトリガーを引く。

 

「先生!」

 

遅れて気付いた彼女達の内の一人が声を上げ、やがて全員が背後の危機に振り返るその刹那。

 

機関銃が吠えた。

 

カナタが撃ち放った初弾は、不良生徒がトリガーを引き絞るよりも、紙一重ほど早く到達した。

 

「がッ⁈ ぐああッ!」

 

機関銃によって浴びせられた雨の様な弾丸が、不良生徒を吹き飛ばす。そのたった一瞬が、カナタにはやけに長く感じられた。

 

やがて気絶した不良生徒が地面に鈍い音を立てて転がると、次には沈黙がその場を支配する。ただそこには空の薬莢が転がる鈴の様な音だけがあった。

 

先生と四人の生徒は、暫く呆然と吹き飛ばされた不良生徒を見ていたが、やがてハッと慌てた様にして体勢を取り直すと、カナタが潜む物陰に向けて銃を構えた。

 

「だ、誰かいるのね⁈」

 

ミレニアム生の緊迫を感じさせる声が第一に聞こえて来るが、一方のカナタは、果たしてここからどうしたものかと頭を抱えて悩んでいた。

 

「(……撃っちゃった、どうしようコレ)」

 

思わず、本当に思わず撃ってしまったのであって、その後のことはまるで考えていなかったのである。

 




正しく投稿できている事を切に願います。
いやホント。
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