先生の居た所、その輸送車両の陰から飛び出したカナタは、様々な遮蔽を利用しつつ、その合間を滑る様にして前へ前へと移動していく。
同時に周囲を見渡して戦況を窺えば、やはりこちらが劣勢であると分かる。
数的有利と大通りの広さを活かした相手側の人海戦術によって、今や他四人は分断されつつあり、局所的且つ個別的に、多数の不良生徒を相手取る羽目になっている様子であった。
むしろ四人でよく持ち堪えていると言うべきだろうか。
その途中、移動する隙を狙って来る敵の横隊には、薙ぎ払う様な反撃を容赦無く喰らわせてやる。
「ぐわあッ!」
無論、遮蔽から身を乗り出し過ぎた者達は、問答無用で機関銃の餌食となっていく。
「んなッ⁈ なんだアイツ!」
「おい、一人増えたぞ!」
すると敵陣が乱れ始めたのを見て、一つ先の遮蔽に身を隠していたストロベリーブロンド色の髪をしたゲヘナの風紀委員が、驚いた顔でカナタに振り向いた。
「あ、あなたは……⁈ どうして……」
「先生と話を付けた。 加勢する」
そう言ってカナタが彼女の隣へと滑り込むのと同時に、無線機に先生からの通信が入った。
『”ガスマスクの子が参戦してくれたよ。 グレイって呼んであげてね”』
カナタが隣をチラと見れば、風紀委員の彼女にも同じ内容が聞こえた様である。その彼女は未だ困惑が勝る様な表情で、カナタのガスマスクを見ていた。
「……そういう訳だからさ、よろしく」
「あ、はい……。 ええと、火宮チナツです、よろしくお願いします……」
このチナツという生徒にしてみれば、今のカナタは闖さぞかし不審に見える事だろうに。それでも彼女が辿々しくも丁寧に挨拶に応じてくれたのは、その心根故であろうか。
先に狙撃された際も、一番に心配してくれたのは彼女であった事を思い出す。
その仕事柄、或いは個人的な因縁から、数多くのゲヘナ生徒と渡り合った事のあるカナタにしてみれば、彼女は中々に異質と言えた。
「(一般的なゲヘナ生徒とはイメージがかけ離れる……。 風紀委員を務めるだけはあるのか)」
彼女の腕章を見てそんな事を考えていると、ふとカナタは敵陣からの制圧射撃が控え目になったのを耳で感じ取る。
「(敵のリロードタイムが重なった? それなら……)」
瞬間、遮蔽から半身を乗り出して、目標を数十メートル前方のバリケード群へと定めると、カナタは握る機関銃に自身の”神秘”を存分に込めて、トリガーを引き絞った。
するとその銃口から、光を湛えた銃弾が苛烈極まる勢いで、間断無く撃ち放たれる。
その光景は、謂わば光弾の奔流。
それは目標のバリケード群を、その裏に隠れていた数人の不良生徒諸共、蜂の巣にして吹き飛ばした。
「「うわァァァッ!」」
そして幾つもの悲鳴が重なって聞こえて来る。これで敵の陣地を一つ潰せた事になるだろう。
五十発入りのドラムマガジンを撃ち尽くしたカナタが、息を一つ吐いて再び遮蔽に凭れて身を隠すと、隣に居たチナツが驚きと警戒が混ざった様な顔でその光景を見ていた。
「今の、まるで委員長です……」
「委員長って……。 あのゲヘナ最強の子?」
ぽそりと溢れた様なその一言に、カナタが横目で尋ねると、チナツはハッとした顔で振り向いて、
「あ、いや、そのですね……!」
と慌てて取り繕う姿を見せた。
ゲヘナの風紀委員長と聞いて脳裏に浮かぶのは、白いロングウェーブをした、背丈の小さな少女の姿。
カナタが思うに、あれは人の形をした戦闘装甲車両か特別頑丈な武装ヘリであって、銃撃戦のセオリーをまるでひっくり返してしまう様な存在である。
「流石に、彼女ほど規格外じゃないよ」
そう誰に言うでもなく呟いたカナタは、ポーチから二つ目のドラムマガジンを取り出すと、慣れた手つきのそれで、機関銃への再装填を完了する。
「……まるで委員長が戦う所を見た事がある様な口振りですが」
「……お互いに口が滑ったって事で」
途中、チナツから飛んで来た鋭い追及を誤魔化しつつ、未だ無数に飛び交う銃声の様子に耳を澄ませた。
すると先程までに比べて、敵が此方に向ける制圧射撃の密度が高まったと分かる。これで多少なりとも、最前線に立つユウカなる少女の負担が減った事であれば良いのだが。
カナタがそんな事を考えていると、再び先生からの通信が入る。
『”聞こえてるかな、グレイ”』
「うん、聞こえてる」
『”君のお陰で敵の前線が崩れた。 この隙に更に前進してもらうから、スタンバイしておいてね”』
「了解、先生」
カナタは先生の要請にそう答えると、改めて機関銃のグリップを握り直して、いつでも駆け出せる姿勢を取って見せた。
『”チナツ、ハスミ、援護射撃は任せたよ”』
「はい、先生」
『分かりました』
そして無線の向こう側では、カナタの隣に居るチナツと、ハスミと呼ばれた正実委員が、その援護射撃を受け持つ手筈となった様である。
「お気をつけて……!」
「……うん、ありがとう」
チナツの一言にカナタは頷くと、もう一方の手に、先に使い尽くした空のドラムマガジンを携えた。
そして再び無線を入れて
「先生、こちらグレイ。 いつでも行ける」
と、改めて前進命令を催促した。
『”オーケー、グレイ。 相手のミニガンのリロードに合わせて攻撃しよう”』
そして聞こえて来る先生のその声に、意識がより鋭敏化する。
視界は良好。
故に敵からのマークは厳しいだろうと分かるが、注意を引っ掛けるには都合が良い。
『”今だ。 ミニガンが止まった”』
その瞬間、片手に携えていた空のドラムマガジンを遮蔽の外へと放り棄てる。
そしてガチャンと大きく目立つ音が響いたのと同時に、カナタは遮蔽から全速で飛び出した。
「────ッ⁈ グレネードか⁈」
結果、思惑通りに敵は注意は先のドラムマガジンへと引き付けられた様で、飛び出したカナタへの対応が一拍だけ遅れる。
「……あッ⁈ しまっッ、ぐわァァァッ!」
カナタはすぐさまトリガーを引き絞り、身を乗り出して待ち構えていた不良生徒の一団を薙ぎ払う。
先生の号令も正確であった様で、一番の脅威であったミニガン持ちのグループは、火を噴くことも無いままに続け様に鎮圧された。
前進を妨害する者は優先して撃破され、回り込んで囲い込もうとしてくる者は、後方のハスミとチナツによって的確に排除されていく。
こうして迅速且つ着実に、カナタは前方へと駆けて行った。
残弾数にもまだ余裕があり、このまま最前列の遮蔽まで辿り着く事も出来そうである。
「(あと少しで……)」
そう思った次の瞬間。
<────そうはさせません>
「ッ!」
カナタは殺気を察知するも、走る体勢からは咄嗟に避け切れず、その胸部に銃弾が直撃した。
「ぐッ……⁈」
そして一瞬だけ遅れて轟く銃声。
鋭く、重いその一撃に、カナタの脚が止まる。
そして示し合わせたかの様に、不良生徒達の弾幕がカナタへと集中した。
「(不味い……!)」
全身に銃撃を受けつつも、カナタは前方へ弾幕をばら撒いて牽制する。そして敵からの攻撃が僅かに弱まった一瞬の隙を見て、すぐさま直近の遮蔽へと転がり込んだ。
『”グレイ⁈ 大丈夫かい⁈”』
そして息を吐く間も無く、ものの一番に聞こえてきたのは先生からの通信であった。その声は沈痛を湛えており、否が応でも心配されていると分かる調子である。
「……ああ、平気だよ、動ける」
カナタはそれに努めて平静に答えて見せた。あまり心配され過ぎても対応に困るというのもあるが、実際にしっかりと痛むのは胸部への一撃であって、他の部分への銃撃は幸いにも未だヒリヒリする程度のダメージと言えた。
『”……スズミ、よろしく!”』
『はい、閃光弾を使用します……! 皆さん、耳を塞いで直視しない様に!』
するとカナタの無事を認めたのであろう先生が次なる指示を下すと共に、あの白髪のトリニティ生からであろう警告が通信機から齎される。
カナタは直ちにそれに従って、両耳を塞いで遮蔽に完全に身を潜めると、その向こう側から強烈な光条が幾つも溢れ、それと同時に耳を芯から揺らす様な、凄まじく大きな炸裂音が掌越しに聞こえて来た。
暫くして様子を窺うと、どうやらカナタを蜂の巣にしようと躍起になっていた先の不良生徒達の下に、強力な閃光手榴弾が投げ込まれた様である。
見るにかなりの数が泡を吹いて倒れており、まさしく一網打尽といった有様であった。
「大丈夫でしたか⁈」
するとその閃光手榴弾の主である、スズミと呼ばれていた白髪のトリニティ生が、敵が沈黙したこのタイミングを見計らってカナタの元へと現れた。
「……大丈夫。 痛いのを一撃貰っただけだ」
振り向いたカナタが、手をひらひらと振ってそれに答えると、スズミはほっと息を吐いて、安堵した様な表情を見せた。
「丈夫な方の様で、安心しました」
「……よく言われるよ」
そして二人して同じ遮蔽の下にしゃがみ込んだ。
最初はただの一生徒かと思っていたが、先の閃光手榴弾の扱いや、今までの落ち着き振りを見るに、彼女も相当に場慣れしている様である。
トリニティとはここまで武闘派な学園であっただろうか。
「(トリニティ生との協働、か……
複雑な気分だな……)」
カナタがそんな事を考えながら隣を見れば、アサルトライフルのマガジン交換を手早く済ませたスズミが、呟く様にして口を開いた。
「この隙に、一気に前線を押し上げたい所ですが……」
「……賛成。 先生もそれでいい?」
カナタはスズミの案に頷くと、そのやり取りを無線で聞いていたであろう先生に伺い立てる。
『”……確かに、突破するなら今だろう。 だけど、相手側の狙撃手は脅威的だね……”』
先生はそれに同調しながらも、先程から更に強まりつつある懸念を口にする。歩兵が敵陣に突入するにあたって、熟達した狙撃手の存在が大変な障害となるのは言うまでも無い。
『その事ですが、先生。 今、その狙撃手を捕捉しました。 どうやらこの騒動の中心人物、件のワカモという脱獄犯の様です』
すると無線から、正実の副委員長であるハスミの報告が聞こえて来た。タイミングにして素晴らしく上等であろう。
『”お手柄だ、ハスミ。 前衛の突入に合わせて、その子の狙撃の阻止はできるかい?”』
『ええ、やってみせます』
無線からは先生の上機嫌な声色と、ハスミの落ち着きながらも自信に満ちた応答が聞こえて来る。
『”ユウカ、聞いての通りだ。 今から二人が戦線を押し上げる。 それまでもう少しだけ頑張って欲しい”』
『は、はい! 分かりました!』
そして前線のミレニアム生に向けられた伝信を聞き取ると、カナタは隣のスズミとアイコンタクトを交わした。
「先生、これよりツーマンセルで進出します」
『”うん、今なら行けそうだね。 了解”』
スズミが無線を入れ、先生からの応答を確かめると、二人は潜伏していた遮蔽を飛び越す様にして、前方へと一気に繰り出した。
件の狙撃手は後方のハスミに、左側をスズミに任せて、カナタは右側の敵を警戒しながら、最前線を目指して駆けて行く。
一方の敵集団は、先程までのダメージから未だ立ち直っておらず、想定よりも抵抗はまばらであった。
「そちらは任せました」
「了解」
かくして突入して来るアサルトライフルと機関銃に敵は最早成す術が無いと言った有様で、二人はさしたる困難も無く残存する敵集団を排除していく。
更に言えば、背後から時折聞こえて来るハスミの狙撃音から察するに、件の狙撃手たるワカモの妨害にも成功している様であった。
「二人とも、こっちよ!」
やがて最前線の中央に立つバリケード裏から、菫色の髪をしたミレニアム生のユウカが、こちらを呼ぶ声が聞こえて来た。
「お待たせしました、ユウカさん」
「集中攻撃されてたみたいだけど、大丈夫だった?」
あらかた敵を排除し終えた二人が、それぞれ声をかけながら合流すると、ユウカはいかにも疲労困憊といった様子で答えた。
「ええ、何とか持ち堪えたわ……。 すっごくキツかったけど……!」
ユウカは獲物とするサブマシンガンという武器の性質上、他のメンバーよりも有効射程が短く、どうしても突出しなくてはならなかったのであろう。
「やはり大変だった様ですね……」
「……お疲れ様」
スズミとカナタがそう労うと、ユウカはそれに答える様に大きく一つ息を吐いた。そして早速とばかりにサブマシンガンのマガジン交換を始めたのだが、見ればその傍には、同じ型のサブマシンガンがもう一挺置かれている。
「……あれ、二挺使いなの?」
カナタがその隣に屈み込んで、ふとそんな事を聞けば、ユウカは少し考え込む様な仕草を見せた。
「うーん、両方を同時に使う事はあまり無いわね。 あくまで予備と言った感じかしら……」
そう答えつつ、その二挺目のマガジン交換を終えたユウカは、ほっと息を吐いたかと思えば、急にハッとした表情をしてカナタへと振り向いた。
「というか、何であなたはガスマスクのままなの……⁈」
「……花粉症対策だって」
「それはもういいわよ!」
その不都合な追及に、カナタは徐に自身の機関銃の再装填作業を始めてそれを誤魔化すと、その様子を見て諦めたのか、ユウカは大きな溜め息を吐いた。
「謎過ぎるわ……」
「……そこは、同感です」
「…………」
かくして、カナタは再装填を済ませるまでのその間、ユウカとスズミの二人からの視線に肝を冷やす事となった。