魔法少女リリカルヴィヴィオ   作:SS_TAKERU

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お待たせいたしました。
今回より、第2章の物語が本格的に動き始めます。


第10話 仮面の少年と烈火の将

 新暦0082年5月14日。

 

 夜、クラナガン郊外の空は、薄く曇っていた。

 シグナムは、クラナガン中心部から少し離れた第7区画の古い庁舎を出て、静かに息を吐いた。

 

 表向きの任務は単なる記録確認。しかし、その真の目的は5年前から続く内部不正調査。

 腐敗派閥の末端に繋がる可能性のある物資搬送記録を確認し、数名の関係者へ聞き取りを行う。 

 派手な戦闘もなければ、表立った逮捕もない。けれど、今のクロノ・ハラオウンや八神はやてが進めている捜査の中では、こうした地味な積み重ねこそが重要だった。

 

 大抵の場合、腐敗はわかりやすい悪の顔をしていない。

 古い書類の一行。

 不自然に欠けた記録。

 責任者不明の承認印。

 誰かが見逃した小さな矛盾。

 

 それらを拾い続けて、ようやく輪郭が見えてくる。

 

「……相変わらず、根が深い」

 

 誰に言うでもなく、シグナムは呟いた。

 

 主、八神はやてはこの5年間、クロノ・ハラオウンと共に戦い続けている。

 管理局の内側から、5年前のような切り捨てを二度と繰り返させないために。

 

 その歩みは遅い。第三者の視点から見れば、苛立つほどに遅い。

 けれど、確実に進んではいる。

 

 だからこそ、シグナムは自分にできることをするだけだった。

 剣を振るうことしか出来ない。自分はかつてそう自嘲したが、それだけが騎士の務めではない。

 その時、携帯端末が鋭く鳴った。

 緊急通信。発信元は第9区画にある管理局研究施設。その一つだ。

 

 シグナムは端末を操作し、通信内容を開く。

 

『こちら、第9区画第3研究保管施設、襲撃を受けています! 武装局員複数負傷、保管していたロストロギアの1つが奪取されました! 近隣戦力、至急応援を―』

 

 音声の向こうで、爆発音が響いた。シグナムの目が細くなる。

 

「こちらシグナム一尉。現在位置、第7区画旧庁舎前。単独ではあるが、直ちに急行する」

『シグナム一尉、烈火の将…! 助かります! 襲撃者は魔導師1名、少年と推測。ただし戦闘能力が異常に高い! 対応に当たった警備担当8名、全員戦闘不能です!』

「死者は?」

『現時点では確認されていません。ですが、重傷者多数!』

「了解した。救護を優先しろ。可能なら隔壁を下ろし、保管区画から退避。犯人の追跡は私が行う」

 

 通信を切ると同時にシグナムは一歩踏み出し、レヴァンティンを起動した。

 

「行くぞ、レヴァンティン」

「Jawohl」

 

 次の瞬間、炎のような紫色の魔力光が彼女の身体を包む。

 騎士甲冑が展開され、白い外套が風を孕んだ。

 

 薄曇りの空を、烈火の騎士が駆ける。

 

 

 第3研究保管施設は、低層の堅牢な建物だった。

 

 表向きは魔導技術関係の資料を保管する施設。

 実際には、危険度の高すぎないロストロギアや、解析待ちの古代魔導具を一時保管するための施設である。

 本局中枢ほどの厳重さはない。だが、武装局員が常駐し、結界防壁も備えている。

 

 そこが、たった1人の少年魔導師に突破された。

 

 シグナムが到着した時、施設正門は一部破壊され、警報が鳴り響いていた。

 入口付近に2人。奥へと進んでいくと更に1人、3人、2人と武装局員達が倒れている。

 皆生きてはいる。しかし、それぞれ骨折、切創、打撲…致命傷こそ無いが、身動きが取れない程度には負傷していた。

 

 手加減している。

 

 その判断に、シグナムの胸に小さな違和感が生まれた。

 

 無差別破壊が目的ではない。

 殺害も目的ではない。

 強奪。そして、必要最低限の無力化。

 

「は、犯人は…」

 

 応急治療を受けていた局員が、苦痛に顔を歪めながら指を差した。

 

「保管区画から北側搬出口へ…黒い服、仮面の少年です……強くて、速い……」

「了解した。可能な限り急いで退避しろ」

 

 シグナムは短く告げ、施設内へ走る。

 

 廊下の壁には、斬撃の痕。

 床には、矢のような魔力弾の焦げ跡。

 天井の監視カメラは、1つ残らず正確に破壊されている。

 

 単なる力任せではない。施設構造を把握し、警備の動線を読み、短時間で目的物を奪取している。

 シグナムは速度を上げた。

 

 

 北側搬出口を抜けた先は、資材搬入用の開けた空間だった。

 その中央に、少年が立っている。

 

 黒と赤を基調としたバリアジャケットを纏っているが…その体躯は細身。

 両手には、二挺の手斧型デバイス。

 顔は銀の仮面で覆われている。

 

 傍らには、小型のケースが置かれていた。奪われたロストロギアだろう。

 

 少年はシグナムを見て、逃げるのをやめた。

 

「追いつかれましたか」

 

 声は若い。だが、妙に落ち着いている。

 

 シグナムはレヴァンティンを鞘から抜刀し、正眼に構えた。

 

「管理局施設襲撃。及び保管強奪容疑で身柄を拘束する。抵抗するならば、相応に対処する」

 

 少年は、小さく首を傾けた。

 

「抵抗しなければ、見逃していただけますか?」

「出来ると思うか」

「思いません」

 

 少年は静かに答え、足元のケースを簡易結界で保護した。

 

「ならば、ここで貴女を足止めします」

 

 シグナムの目が鋭くなる。

 

「名は?」

「名乗る必要はありません」

「…そうか」

 

 短いやり取りの後、僅かな沈黙を挟み…少年は周囲に、レモンイエローの発射体を4つ生成。

 

「Photon Lancer Multishot」

 

 少年が持つ手斧型デバイスの発声と共に、シグナムへ向けて槍型の魔力弾を4発同時に発射した。

 魔力弾の弾速は速く、回避は困難。

 

「Panzergeist」

 

 ならば…と、シグナムは敢えてその場から動かず、レヴァンティンが発動した防御魔法で4発全てを防御したのだが―

 

「くっ!?」

 

 着弾と同時に魔力弾は炸裂。シグナムの視界を一瞬だけ塞いだ。少年は魔力弾に着弾時炸裂効果を付与していたのだ。

 少年はその一瞬を利用して、一気に間合いを詰め手斧を振るう。シグナムも半ば反射でレヴァンティンを横へ薙いだ。金属同士がぶつかる音。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 気合と共に、シグナムは更に力を込めた。剣が振りぬかれ、少年は後方へ吹き飛ばされていく。

 だが、少年もただ吹き飛ばされたわけではない。崩れた姿勢を空中で瞬時に立て直すと、着地と同時に左手に持つ手斧を投げた。一拍遅れて右手の手斧も投げる。

 投擲軌道は直線ではない。弧を描くように飛び、僅かな時間差でシグナムを挟み込む。

 

「小癪な」

 

 シグナムは一歩だけ後退し、二つの軌道を見切った。右の手斧をレヴァンティンで打ち払い、左は腰布を翻しながら回避する。だが、少年は既にそこへいた。

 

 シグナムが後から投げた手斧を回避すると予想し、投げた手斧の進行方向へ、短距離加速で先回りしていたのだ。

 自らへ飛んでくる手斧を右手で掴み、シグナムへ再投擲する。

 

「Fang Orbit」

 

 デバイスの声と共に、手斧が迫る。

 シグナムは強く踏み込み、敢えて前へ出た。手斧の軌道を最短で潰し、レヴァンティンの峰で叩き、弾き飛ばす。

 

「よく考えられた技だ。だが、技巧に頼りすぎている」

 

 少年の仮面の奥で、わずかに目が細くなった気がした。

 

「参考にします」

 

 彼は2つの手斧を回収し、片方を投げる。そしてもう片方も投げると見せかけ、今度は自ら踏み込む。

 

「Fang Orbit Reverse」

 

 投擲に意識を誘導し、本命は近接の斬撃。

 シグナムは鞘を左手に持ち、変則的な二刀流で2つの手斧を弾き、受け止めた。

 

「相手を動かしているつもりで、自分も技の手順に縛られている」

 

 そのまま少年の腹へ蹴りを放つ。少年は後方へ吹き飛びながらも、空中で手斧を変形させた。

 斧刃が展開し、魔力刃が追加されることで、手斧は鎌へと変わる。

 

「Sickle form」 

 

 二挺の鎌を構える少年。その手首から細い魔力糸が伸び、鎌の柄尻に絡みつく。

 

「Reaper Thread」

 

 魔力糸と結びつくことで完成した即席の鎖鎌は、少年の手首の動きに合わせて鞭のように舞う。

 斬撃の軌道が読みにくい。更に魔力糸の伸縮によって間合いが変化する。鋭い刃が、シグナムの肩口を狙って走った。

 シグナムは体を捻り、紙一重で避ける。続く二撃目をレヴァンティンで受け、三撃目を足運びで外す。

 

 刃を見るな。

 腕を見る。

 肩を見る。

 腰を見る。

 

 軌道の始まりは、必ず身体にある。

 

 1分も経たぬうちに、シグナムは鎖鎌の動きを見切り始めていた。

 

「刃だけを見れば惑わされる。だが、腕の動きを見れば自ずと軌道はわかる」

 

 少年は無言のまま、即座に形態を変えた。二挺の鎌が変形・連結することで短弓へと変わる。

 

「Shortbow form」

 

 魔力糸による弦が張られ、それを合図に少年は動き出す。

 

「Spiral Fang」

 

 シグナムを中心に、円を描くような高速移動を行い、全方位から矢型の魔力弾を乱射する。

 

 矢型の魔力弾は威力は高くないものの弾速が速く、十数発が一度にシグナムへと着弾していく。

 だが、シグナムの防御を崩すには至らない。

 

「足止めにはなる。だが、私を止めるには足りん」

 

 シグナムは一気に踏み込み、円を描こうとする少年の動きを乱していく。少年は即座に後退。短弓を分解し、組み換えて今度は鉤爪へと変え―

 

「Claw form」

「Sonic Move」

 

 間髪入れず瞬間高速移動魔法を発動。体全体を錐揉み回転させ、鉤爪をドリルのように突き込んだ。

 間違いなく威力は高い。当たれば防御ごと削られる。しかし、軌道が直線的すぎる。

 シグナムは紙一重で攻撃を避け、すれ違いざまにレヴァンティンの峰で少年の背を打った。

 少年は地面を転がり、すぐに体勢を立て直す。

 

「まだ続けるか」

 

 シグナムは問いかけた。

 少年は答えず、今度は武器をS字型のブーメランへ組み替えた。

 

「Boomerang form」

 

 投擲。不規則な軌道で飛ぶ魔力刃。

 シグナムはその軌道を冷静に見極め、レヴァンティンで防ぎ、弾き飛ばす。しかし、弾き飛ばした筈のブーメランは途中で停止し、再びシグナムへと向かってきた。

 

「面妖な!」

 

 シグナムは再度レヴァンティンでブーメランを弾き、距離を取った。

 少年は戻ってきたブーメランをキャッチし、更に武器の形態を変える。

 

 2つの斧が連結し、柄が伸びる。完成したのは巨大な両刃の長柄斧。少年の体格には不釣り合いな大きさだ。

 だが、そこから放たれる圧力は、これまでで最も高い。

 

「Fang Breaker」

 

 デバイスの声と共に、少年が加速した。トップスピードに至った瞬間跳躍。

 空中で身体を回転させ、長柄斧を振り下ろす。

 

 シグナムは受けなかった。直感が告げていた。まともに受ければ、防御ごと叩き割られる。

 彼女は紙一重で横へ跳ぶ。長柄斧が地面を砕き、衝撃が周囲を揺らした。

 

 砕けた床の破片が飛ぶ。砂塵が舞う。

 シグナムはその中で、少年の姿を見失わなかった。

 

「今のは危なかった」

 

 彼女は言った。

 

「当たっていれば、私でも無事では済まなかった」

 

 少年は長柄斧を構えたまま、肩で息をしていた。速い。技も多い。形態変化も見事だ。だが、消耗も激しい。そして何より…

 シグナムの胸に、先ほどから消えない違和感があった。

 

 踏み込み。

 短距離加速。

 投擲からの接近。

 雷を思わせる魔力の揺らぎ。

 そして、時折見える目の光。

 

 フェイト・T・ハラオウンの戦い方に似ている。だが、それだけではない。もっと別の誰か。

 槍を構え、真面目な顔で向かってきた少年。負けても諦めず、何度も立ち上がった少年。

 

 エリオ。エリオ・モンディアル。

 

 シグナムは、無意識に歯を食いしばった。

 

「何故だ」

 

 少年がわずかに首を傾ける。

 

「何故、お前の戦い方は……テスタロッサやエリオを思い起こさせる」

 

 その名を出した瞬間、少年の動きが止まった。空気が変わる。

 仮面の奥の瞳が、静かにシグナムを見た。

 

「流石ですね、シグナムさん」

 

 少年の声は、先ほどまでと少し違っていた。淡々としているのに、どこか寂しげだった。

 

「もう、見破られてしまいましたか」

「…何者だ」

 

 そう問いながら、シグナムはレヴァンティンを構え直す。

 少年は、ゆっくりと仮面に手をかけた。

 

「答えになるかは、わかりませんが」

 

 声と共に仮面が外される。露になったその顔を見た瞬間、シグナムは呼吸を忘れた。

 

 赤みを帯びた金の髪。

 若い顔立ち。

 真面目で、どこか不器用そうな目元。

 エリオ・モンディアルに、よく似ていた。

 

 似ている、という言葉では足りない。成長の方向を少し変えた、もう1人のエリオ。そんな錯覚を覚えるほどだった。

 

「……エリオ?」

 

 シグナムの口から、ありえない名が漏れた。

 少年…フェリオ・テスタロッサは、その問いに対して僅かに目を伏せた。

 

 その一瞬。シグナムに、戦場であってはならない隙が生まれた。コンマ五秒。あるいは、それ以下。

 だが、フェリオには十分だった。彼は懐の装置を作動させ、アジトに合図を送る。

 直後、遠隔術式が起動。フェリオの身体が、術式によって強化される。

 フェリオの瞳に赤い光が宿った。爪が伸び、牙が覗き、全身から赤い魔力の熱が立ち上る。

 

「ウォォォォォッ!」

「っ!」

 

 少年(フェリオ)の急激な…急激過ぎる変化に驚きを隠せないシグナム。変化したフェリオから発せられる圧力は、まるで獣のそれ…いや、竜!?

 

「グワォッ!」

 

 咆哮をあげながら、フェリオが大地を蹴った。その右手には鉤爪形態のデバイス。

 

「くっ!」

 

 シグナムは即座に防御魔法を展開した。だが、僅かに反応が遅れた分、展開は不完全。そこへフェリオの攻撃が叩き込まれる。

 先程までの洗練された型ではない。獣のような突進。しかし、速度と膂力が段違いに跳ね上がっていた。

 

 一撃。二撃。三撃。

 

 不完全とはいえ、堅牢なシグナムの防御が削られていく。

 

 四撃。五撃。六撃。

 

 不完全な防壁に罅が入り始めた。次の瞬間、フェリオの口元に炎が集まる。

 

「――!」

 

 至近距離からシグナムへ火炎が放たれる。竜の内燃器官に似た…短く、だが強烈な炎熱。

 遂に、シグナムの防御が破られた。

 そして次の瞬間、鈎爪の一撃が彼女の胴を捉えた。

 

 衝撃。

 肋骨が数本折られた感触。

 弾丸のような速さで吹き飛ばされる。

 

 シグナムは搬入口近くの壁へ激しく叩きつけられた。

 

「がはっ…」

 

 肺から空気が抜ける。

 全身に痛みが走る。

 それでも意識は手放すまいとした。

 

 フェリオが近づいてくる。

 彼は元の状態に戻り、肩で息をしていた。額には汗。目元には焦り。自分でも、少しやりすぎたと感じているのだろう。

 シグナムはレヴァンティンを杖代わりにして立ち上がろうとした。だが、身体が動かない。

 フェリオはシグナムの傍に膝をつき、状態を確認する。

 

「命に別状はありません。骨折はありますが、内臓への損傷は回避出来ています……よかった」

 

 その声には、明らかな安堵があった。シグナムは薄れる意識の中で、彼の顔を見た。

 

 エリオに似た顔。

 フェイトを思わせる戦い方。

 そして、先程は気づけなかったが、変化した際に感じたのは、キャロが得意としていた補助魔法の気配。

 

 何故。

 何故、こんな少年が。

 

「シグナムさん」

 

 フェリオは静かに言った。

 

「フェイトさんの良き友であり、ライバルであった貴女と戦えたことを、光栄に思います」

 

 彼は一礼し、その場を後にする。

 

「申し訳ありませんが、暫くの間、眠っていてください」

「ま、て…お、まえは…いった……」

 

 その言葉を最後に、シグナムの意識は闇へ沈んだ。

 

 

 新暦0082年5月14日。

 

 深夜。クラナガン中心部の高級タワーマンション最上階フロア。

 フェイト達の第2アジトに、設置された簡易転送ポートが起動し、フェリオが姿を現す。

 その瞬間、フェイトは椅子から立ち上がっていた。

 

「フェリオ!」

 

 半ば駆け寄るようにして、彼の両肩を掴む。

 

「おかえり! 大丈夫? 怪我は? 体調は? シグナムと戦うことになるなんて想定外だったけど、本当に大丈夫?」

「フェイトさん、落ち着いてください」

 

 フェリオは困ったように言った。

 

「任務は成功しました。ロストロギアも回収済みです。負傷は軽微。細胞活性化時間は短時間です」

「短時間って何秒?」

 

 横から協力者である男性…ドクトル・ネモの声が飛ぶ。

 

「23.6秒だね」

 

 彼は端末を見ながら、眼鏡を押し上げた。

 

「理論上は十分に許容範囲内だ。ただし、体温が38.3℃に上昇している。やはり、組み込んだ竜の細胞を活性化させるのは、短時間でも負担が大きいようだね」

「はい」

 

 フェリオは素直に頷いた。フェイトは彼の額に手を当てる。

 

「熱い…冷やさないと。アルフ、冷却シートと水分補給を――」

「まずはフェイトが落ち着こうか」

 

 アルフが呆れたように言った。そこへ心配そうな顔をしたキャロが自ら車椅子を操作してフェリオへ近づいてきた。キャロの膝には同じく心配そうな様子のフリードが乗っている。

 

「ごめんなさい、フェリオ君。ブーストが少し甘かったかもしれません。そのせいで、少し制御が荒く……」

「キャロさんのせいではありません」

 

 フェリオはすぐに首を横に振った。

 

「原因は僕の実力不足です。シグナムさんの隙を利用しなければ勝てませんでした。それに、フリードの細胞を活性化させた後の出力差を、正確に把握しきれていませんでした」

「でも……」

「気にしないでください」

 

 フェリオとキャロのやり取りを聞きながら、フェイトはようやく少しだけ冷静さを取り戻した。

 

 ロストロギアは手に入った。

 フェリオも無事。

 シグナムは命に別状なし。

 

 だが、事態は軽くない。

 

「シグナムを……戦線から外せたのは大きい」

 

 口にした直後、フェイトは自分の言葉に胸を痛めた。

 

 戦線から外す。まるで駒のような言い方だった。

 シグナムは、かつて何度も刃を交え、背中を預けあった相手だ。

 強く、誇り高く、フェイトにとっては友であり、尊敬すべきライバルだった。

 その彼女を、今の自分は作戦上の障害として数えている。

 

「フェイトさん」

 

 フェリオが気づいたように声をかける。フェイトは首を横に振った。

 

「大丈夫……シグナムは、命に別状ないんだよね?」

「はい。数日は動けないと思いますが、回復します」

「よかった」

 

 本音だった。傷つけたくなかった。

 けれど、傷つけなければ進めなかった。

 その矛盾を抱えたまま、フェイトは微笑む。

 

「フェリオ、よく頑張ったね」

 

 フェリオは一瞬だけ目を伏せた。

 

「フェイトさんの目的のためです」

「それでも、ありがとう」

 

 フェイトは優しく言った。ドクトルが咳払いする。

 

「感動的なところ悪いが、患者を座らせたまえ。体温38℃超えの少年を立たせたまま褒めるのは、医師として感心しない」

「あ、ごめん!」

 

 フェイトは慌ててフェリオをソファへ座らせた。

 アルフが水を持ってきて、キャロがタオルを差し出す。

 ドクトルは手早く点滴を準備し、フェリオの腕へ針を挿した。

 

「最低半日安静。訓練もデバイス調整も禁止。ルービックキューブも今日は駄目だ」

「ルービックキューブもですか」

「指先を使う訓練も禁止」

「了解しました」

 

 フェリオは少しだけ残念そうに頷いた。その表情を見て、フェイトの胸が柔らかくなる。

 

「フェリオ。何か食べられる? 果物切ろうか。林檎、オレンジ、キウイ、どれがいい?」

「普通の水分補給で十分です」

「駄目。ちゃんと食べないと」

 

 フェリオは迷い、やがて小さく答えた。

 

「……林檎でお願いします」

 

 フェイトの顔が明るくなる。

 

「うん。兎さんに切ってあげるね」

「いえ、普通で――」

 

 言いかけたフェリオは、フェイトがほんの少し寂しそうな顔をしたのを見て、言葉を飲み込んだ。

 

「…兎でお願いします」

 

 フェイトは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、フェリオは静かに息を吐いた。胸の奥に、何かが温かく灯る。

 

 任務は成功した。

 フェイトが笑ってくれた。

 それだけで、痛みも熱も意味を持つ。

 

 けれど、ソファに背を預けた瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは別の顔だった。

 

 高町ヴィヴィオ。

 

 数日前、クラナガンの街で出会った少女。

 老婆を助けるため、迷わず飛び出した少女。

 そして今日、自分とは別の場所にいるはずの少女。

 

 彼女なら、自分を見て何と言うだろう。

 

 その問いは、すぐに振り払った。今は考える必要のないことだ。フェリオは目を閉じる。

 

 フェイトのために。

 目的のために。

 自分は、黒き剣であればいい。

 

 リビングの窓の外には、クラナガンの夜景が広がっていた。美しい光の街。

 その一角で、フェイト達は次の一手へ進み始めていた。

 

 そして同じ夜、搬送された病院のベッドで。

 シグナムは深い眠りの中で、エリオによく似た少年の顔を見続けていた。




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