魔法少女リリカルヴィヴィオ   作:SS_TAKERU

11 / 11
お待たせいたしました。


第11話 日常に入る亀裂

 新暦0082年5月15日。

 

 時空管理局本局内に急遽設置された緊急対策室には、夜明け前とは思えないほどの人の気配があった。

 

 大型スクリーンには、クラナガン郊外第三研究保管施設の被害状況が映し出されている。

 破壊された搬入口。倒れた武装局員達。封鎖された保管区画。そして、強奪された空間操作系ロストロギアの識別番号。

 

 クロノ・ハラオウンは、冷えきったコーヒーの入った紙コップ片手に映像を見つめていた。

 

 眠気はない。代わりに、胃の奥に鉛のような重さが沈んでいる。

 

「…もう一度、襲撃開始時点から」

 

 彼が言うと、解析担当の局員が映像を巻き戻した。

 

 施設内の監視記録。ただし、完全なものではない。

 複数の監視カメラが破壊された為だけでなく、襲撃開始と同時にサイバー攻撃を受けたことで撮影された映像そ自体が不鮮明化されており、限界まで補正をかけても輪郭が曖昧だった。

 

 画面の隅に、黒い影が現れる。

 

 少年と思われる魔導師。

 黒と赤を基調としたバリアジャケットを着用し、顔には銀色の仮面。

 両手には、手斧型と思われる二挺のデバイス。

 

 影が動いた瞬間、警備についていた武装局員が次々に倒れていく。

 

 速い。そして、手際がいい。

 クロノは映像を止めた。

 

「死者は?」

「警備を担当していた8名は骨折、切創、打撲などの負傷こそありますが、命に関わるような負傷は確認されていません。襲撃者は意図的に急所を外したうえで、全員を無力化しています」

 

 クロノの問いにティアナ・ランスターが資料をもう一度確認したうえで、返答する。

 

 22歳になった彼女は、既に執務官として任務に就いている。

 かつての機動六課時代よりも表情は引き締まり、声にも落ち着きがある。だが今、その瞳には明らかな緊張があった。

 

「昨晩警備を担当していた8人の魔導師ランクは?」

「資料では魔導師ランクBが6人、Aが1人、AAが1人となっています」

「AAランク級の魔導師を容易く無力化している時点で、侵入者のランクはAAA以上であることはほぼ確定。目的はロストロギアの奪取か」

「はい。保管区画への侵入経路も最短です。施設内部の構造を事前に把握していた可能性が高いです」

 

 はやてが、腕を組んだまま画面を睨む。

 

「内部情報の漏洩、または外部からの高度な解析。どっちにしても厄介やな」

「両方の可能性もある」

 

 クロノは端末に視線を落とす。

 

 5年前から続く内部不正調査。切っても切っても、腐った根はどこかに残っている。

 この襲撃がその一端なのか、それともまったく別の経路なのか。まだ断定はできない。だが、嫌な符合が多すぎる。

 

「襲撃者の動きをもう一度」

 

 ティアナが映像を切り替える。

 

 今度は、搬出口付近の映像だった。仮面の少年魔導師が、駆けつけたシグナムと交戦している。

 サイバー攻撃の影響で、画像はひどく乱れている。それでも、断片的に見える動きは、異常なほど鋭かった。

 

 二挺の手斧による投擲と近接戦闘から始まり、鎌、短弓、鈎爪、ブーメラン、長柄斧…次々と形を変えるデバイスとそれを、迷いなく扱っている少年。

 

「二挺一組で多形態に合体変形する構造…こんなのデバイス、見たことがありません」

「製作者は相当な技術者だろうな」

「少なくとも、一般的な市販デバイスの改造などでは実現不可能です。専用設計であることは確実かと」

 

 クロノとティアナの会話を聞きながら、はやてが唇を噛む。

 

「仮面の少年、か」

 

 その声には、嫌な予感が滲んでいた。

 

 映像の中で、少年はシグナムと互角以上に渡り合っているわけではない。むしろ、戦況はシグナム有利だった。

 だが、少年は十代前半から半ばに見える年齢で、烈火の将相手に数分間持ちこたえ、多形態デバイスを使いこなし、最後にはシグナムを戦闘不能に追い込んだ。

 少年の実力は尋常なものではない。それはその場にいる全員の共通認識だった。

 

「ここからです」

 

 ティアナの声が低くなる。

 

 映像の終盤。少年が仮面に手をかける。

 だが、その直後から映像が一際大きく乱れ、顔はほとんど見えない。

 わずかに映る輪郭。髪の色。目元。

 そして、シグナムが明らかに動きを止める瞬間。

 

 クロノは目を細めた。

 

「シグナムが硬直している」

「はい」

 

 ティアナは頷いた。

 

「仮面の下を見た直後です。単純な隙というより、強い精神的動揺があったと見られます」

 

 はやての顔が強張った。

 

「シグナムを動揺させる顔……」

 

 誰もすぐには言わなかった。だが、全員が同じ可能性を考えていた。

 映像はさらに乱れ、少年の身体から赤い魔力光が立ち上がる。形態が変わる。爪。牙。獣じみた突進。そして至近距離から放たれる火炎。

 

 ティアナが息を呑む。

 

「この火炎、魔力変換資質の炎熱とは少し違います。もっと生体由来に近い反応です」

「召喚獣、あるいは使役竜の魔力反応に似ているようだ」

 

 クロノが問う。

 

「現時点で断定はできません。ただ、通常の魔導師による炎熱変換とは質が違います」

 

 はやては、そこでもう一度映像を巻き戻した。

 

 少年の短距離加速。

 斧を投げ、回収し、さらに先回りする動き。

 雷を思わせる魔力の揺らぎ。

 そして、仮面を外す直前の立ち姿。

 

「…嫌なもんばっかり、思い出させてくれる動きやな」

 

 はやてが小さく呟いた。

 クロノも同じことを考えていた。

 

 フェイト・T・ハラオウン。

 エリオ・モンディアル。

 

 その2人の戦い方を、どこかで混ぜ合わせたような少年。

 偶然で片付けるには、一致点が多すぎる。

 

「…フェイト、さん…との関連は?」

 

 ティアナが尋ねた。

 

 その声には、慎重さがあった。5年前から行方不明の元執務官。

 ヒルマ殺害疑惑をかけられたまま、今も真相不明のまま消えた人。

 ティアナにとって、フェイトは師でもあり、理不尽に奪われた未来でもあった。

 

 クロノは映像から目を離さずに答える。

 

「現時点では断定できない。だが、無関係と見る方が難しい」

「正直言って、動きの一部がフェイトさんの癖に似ています。でも、それだけではありません」

 

 ティアナは一時停止した映像を指差した。

 

「この踏み込み……まるで」

 

 そこで言葉を止める。言わなくても、クロノにはわかった。

 

 エリオ。

 

 その名前は、会議室の誰の口からも出なかった。出せなかった。

 

 ドアが開いたのは、その時だ。シャマルが入ってくる。

 管理局の制服の上に白衣を羽織り、表情には若干の疲労が浮かんでいた。

 

「シャマル、シグナムの状態は?」

 

 はやてがすぐに立ち上がる。シャマルは小さく頷いた。

 

「負傷としては、胸部と腹部、背部に強い打撃を受けたことによる重度の打撲、第四、第五、第六肋骨の単純骨折、第七肋骨の亀裂骨折、至近から火炎を浴びたことによる熱傷もあります。ただ、いずれも致命傷には至っていません」

 

 致命傷には至っていない。その報告に会議室の空気がわずかに緩む。ヴィータがここにいれば、きっと大きく息を吐いていただろう。

 クロノも胸の奥の緊張が少しだけ解けるのを感じた。

 

「意識は?」

「まだ戻っていません。数日…恐らく3日ほどで目を覚ます可能性が高いと」

「3日……」

 

 はやては椅子に座り直した。

 

「シグナムが3日動けへん、か」

 

 それは単に家族が心配というだけではない。

 シグナムは対人戦における最高戦力の1人だ。その彼女が数日間戦線離脱する。

 このタイミングで、それは大きな痛手だった。

 

 クロノは握っていたままの紙コップ、その中の冷めたコーヒーを一口飲んだ。やはり、ひどい味だった。

 

「シグナムが目を覚ましたら、詳しい話を聞く必要がある」

「はい」

 

 シャマルは頷いた。

 

「ただ、無理はさせないでください。身体の傷より、精神的な衝撃の方が気になります」

「仮面の下を見た件か」

 

 クロノが言うと、シャマルは表情を曇らせた。

 

「シグナムがあれほど動揺する相手です。心当たりは……あります」

 

 はやては目を閉じた。

 

「せやな」

 

 会議室に、再び沈黙が落ちる。やがてクロノは端末を閉じた。

 

「情報統制を継続する。少なくとも、襲撃者の映像は外へ出すな。ロストロギア強奪とシグナム負傷だけでも大きな混乱になる。犯人像まで流れれば、余計な憶測を呼ぶ」

「マスコミには?」

 

 ティアナが問う。

 

「施設事故では押し切れない。だが、詳細は捜査中で通す。ヒルマの時のような情報の独り歩きは避けたい」

「了解しました」

 

 ティアナは短く答える。クロノは、もう一度映像の少年を見た。

 

 銀の仮面。

 多形態デバイス。

 フェイトとエリオを思わせる動き。

 竜の火炎。

 

 嫌な予感は、輪郭を持ち始めていた。だが、まだ名前はなかった。

 

 

 一方、クラナガン郊外の小さな家では、何も知らない朝が始まろうとしていた。

 

 高町なのはは、いつも通りの時間に目を覚ました。カーテンの隙間から、柔らかい朝の光が差し込んでいる。薄く雲はあるが、雨の気配はない。

 今日は聖王教会の訓練施設で、若手修道騎士の実戦訓練を見る日だった。

 

 なのははベッドから起き上がり、しばらく窓の外を見た。

 

 5月15日。エリオの命日から4日。

 墓参りの日に見た皆の顔が、まだ胸に残っている。

 

 クロノの疲れた顔。

 ヴィータの硬い横顔。

 ユーノの少し無理をした笑顔。

 そして、ヴィヴィオの『大丈夫』という声。

 

 なのはは、静かに息を吐いた。

 

 ヴィヴィオは優しい娘だ。真面目で、頑張り屋で、努力家で、なのはに心配をかけまいとする。それは誇らしいことであると同時に、怖いことでもあった。

 

「大丈夫」

 

 その言葉を、なのははこの5年で何度も聞いた。

 

 フェイトから。

 キャロから。

 スバルから。

 そして今は、ヴィヴィオから。

 

 大丈夫ではない人ほど、大丈夫と言う。なのははそれを知っている。

 知っているのに、踏み込めない。フェイトを失った時の記憶が、まだ足を掴んでいた。

 

 あの日、もっと早く踏み込めていれば。

 もっと強く手を掴めていれば。

 それとも、あの時の言葉が、フェイトの背中を押してしまったのか。

 

 答えの出ない問いは、5年経っても消えない。

 

「なのはママ?」

 

 廊下の向こうから、ヴィヴィオの声がした。なのはは顔を上げ、表情を整える。

 

「おはよう、ヴィヴィオ」

 

 扉が開き、制服姿のヴィヴィオが顔を覗かせる。

 中等科の制服は、もうすっかり彼女に馴染んでいた。

 

「おはよう。朝ごはん、作るの手伝うね」

「ありがとう。今日は卵焼き、お願いしていい?」

「任せて!」

 

 ヴィヴィオは明るく笑った。その笑顔は、よくできている。

 なのははそう思ってしまう自分が、少し嫌だった。

 親として、娘の笑顔を疑いたいわけではない。でも、ヴィヴィオの笑顔の奥にある小さな硬さを、なのはは見逃せなかった。

 

 

 キッチンに立つと、いつもの日常が始まる。

 なのはは味噌汁を温め、ヴィヴィオは卵を割って混ぜる。少し甘めの卵焼き。

 フェイトがいた頃、ヴィヴィオが好きだと言って、何度も練習した味だった。

 

「今日、体育で長距離走があるんだ」

 

 卵をかき混ぜながらヴィヴィオが言った。

 

「そうなの?」

「うん。中等科は初等科より距離が長いから、楽しみ」

「無理しすぎないでね」

「大丈夫! 私、強いから」

 

 言ってから、ヴィヴィオは何でもないように卵をフライパンへ流す。

 なのはは、その横顔を見つめた。

 

 私、強いから。

 

 それは、自信の言葉ではない。なのはには、そう聞こえた。

 

 自分に言い聞かせる呪文。

 弱音を吐かないための鎧。

 

「ヴィヴィオ」

 

 声をかける。ヴィヴィオが顔をなのはへ向ける。

 

「なあに?」

 

 なのはは、言葉を探した。

 

 辛かったら、辛いって言っていい。

 頑張りすぎなくていい。

 強くなくても、あなたは大切な子だ。

 

 そう言いたかった。けれど、喉の奥で言葉が止まる。

 今言えば、ヴィヴィオはどう受け取るだろう。

 自分が信じられていないと思うだろうか。

 頑張っていることを否定されたと感じるだろうか。

 それとも、自分がまた誰かを追い詰めてしまうのではないか。

 

「……卵焼き、焦げないようにね」

 

 結局、出たのはそんな言葉だった。ヴィヴィオは慌ててフライパンを見る。

 

「あっ、危ない危ない」

 

 なのはは微笑んだ。けれど、その胸の奥には小さな痛みが残った。

 

 

 朝食を終え、ヴィヴィオは学校へ向かった。

 

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

 玄関で手を振るヴィヴィオを見送り、なのははしばらく閉じた扉を見つめていた。

 それから、心の中のモヤモヤを振り払い、聖王教会の修道服に着替える。実技を指導する日は修道服、戦術理論

の講義を行う日はパンツスーツ。この5年で定着したルーティンだ。

 

 管理局を離れて5年。

 修道騎士指導官としての日々は、なのはに新しい場所を与えてくれた。

 若い騎士達を鍛え、時に叱り、時に褒める。

 管理局とは違う価値観の中で、それでも誰かを守る力を育てる。

 

 自分はここで、できることをしている。

 そう思う。思おうとしている。

 

 

 訓練施設は、クラナガン中心部から離れた聖王教会が管轄する区画にある。

 

 広い訓練場に、十数名の若手修道騎士が並んでいる。

 なのはが姿を見せると、全員が姿勢を正した。

 

「おはようございます、高町指導官!」

「おはよう」

 

 なのはは柔らかく笑った。

 

「今日は防御陣形からの反撃訓練です。昨日の復習から始めるよ」

 

 訓練が始まると、なのはの表情は指導官のものに変わった。

 

 一人一人の動きを見る。魔力の流れ、視線、足運び、詠唱の癖。無駄な力み。防御の甘さ。仲間との間合い。

 

「そこ、前衛が下がりすぎ。後衛の射線を塞いでるよ」

「はい!」

「防御は硬ければいいわけじゃない。守る場所、受け流す方向、次の行動まで考えて」

「はい!」

 

 若い騎士達は懸命についてくる。

 

 なのはは厳しい。だが、無理なことは求めない。

 相手の限界を見極め、その一歩先へ手を伸ばさせる。それが彼女の指導だった。

 

 午前の訓練が終わる頃には、騎士達は汗だくになっていた。

 

「午前の訓練はここまで。各自、クールダウンと記録提出。午後は個別指導を行います」

「ありがとうございました!」

 

 修道騎士達が一礼する。なのははその姿を見ながら、少しだけ安心した。

 

 ここには日常がある。

 汗を流し、失敗し、叱られ、また挑戦する日常。

 失われたものばかりではない。

 育っていくものも、確かにある。

 

 そのことに救われる。

 

 

 午後の個別指導では、若い女性騎士が砲撃魔法の制御に苦戦していた。

 

「出力を上げようとしすぎ。まずは軸を安定させて」

「でも、高町指導官みたいな砲撃を撃つには、もっと出力が必要で……」

 

 なのはは苦笑した。

 

「私みたいに撃つ必要はないよ。あなたにはあなたの戦い方がある。真似るのは基礎だけ。そこから先は、自分の形を探すの」

 

 言ってから、なのはは胸の奥で言葉が引っかかるのを感じた。

 

 自分の形を探す。

 

 それはヴィヴィオにも言うべき言葉だった。

 なのはやフェイトのようになろうとしなくていい。

 ヴィヴィオはヴィヴィオのままでいい。

 

 わかっている。わかっているのに、まだ言えていない。

 

 

 訓練が終わり、夕方。

 なのはは執務室で訓練記録をまとめていた。

 

 若手騎士達それぞれの成長と課題。

 次回の訓練内容。

 いつも通りの業務。

 

 端末に通信が入ったのはその時だ。発信者は、クロノ・ハラオウン。なのはの指が止まった。

 クロノがこの時間に直接連絡してくることは珍しくない。だが、胸の奥がざわついた。

 

 通信を繋ぐ。 

 

 画面に映ったクロノの顔を見た瞬間、なのはは息を呑んだ。

 

「クロノ君、何かあったの?」

『すまない、なのは。連絡が遅れた』

 

 クロノの声は硬かった。

 

『マスコミ対策と情報統制で、外部への連絡を制限していた。君にも、もっと早く伝えるべきだったが……』

「何があったの」

 

 問いかけながら、なのはは思わず立ち上がっていた。

 クロノは一瞬だけ目を伏せ…話し始める。

 

『昨夜、クラナガン郊外の管理局研究保管施設が襲撃され、空間操作系のロストロギアが強奪された』

「ロストロギアが……」

『襲撃者は少年魔導師1名。AAランクを含む警備局員8名が重傷。ただし死者はない』

 

 少年魔導師。

 その言葉に、なのはの胸がざわめいた。

 

「それで、クロノ君が私に直接連絡してきた理由は?」

 

 クロノは、少しだけ言葉を選んだ。

 

『救援要請を受け、急行したシグナムが…襲撃者と交戦した』

 

 なのはの背筋に冷たいものが走る。

 

「…シグナムさんは?」

『意識不明だ。ただし、命に別状はない。シャマルの見立てでは、3日ほどで目を覚ますとのことだ』

 

 なのはは、机に手をついた。視界が一瞬揺れた。

 シグナムが倒された。あのシグナムが。しかも、少年魔導師に。

 

「…本当に、命に別状はないんだね?」

『ああ。シャマルが確認している』

「よかった……」

 

 安堵は確かにあった。だが、それ以上に不安が押し寄せる。

 

「その少年は、何者なの?」

『まだわからない』

 

 クロノの声がさらに重くなる。

 

『ただ、動きに不審な一致点がある。フェイトと…エリオを思わせる点が多い』

 

 一瞬、なのはは呼吸を忘れた。

 

「……フェイトちゃんと、エリオ?」

 

『断定はできない。映像も不鮮明だ。ただ、シグナムは仮面の下を見て大きく動揺した。その直後に敗れている』

 

 なのはの脳裏に、5年前の記憶が蘇る。

 

 フェイトの失踪。

 空になった部屋。 

 探さないでください、という書き置き。

 ヒルマ殺害映像の金色の影。

 証明できなかった違和感。

 

 5年経っても、終わっていなかった。むしろ、何かが動き始めている。

 

「クロノ君」

 

 なのはの声は、自分でも驚くほど静かだった。

 

「私は、何をすればいい?」

 

 クロノは画面の向こうで、まっすぐになのはを見た。

 

『まずは、明日以降の情報共有に入ってほしい。教会側にも正式な協力要請を検討する。ただし、今夜はヴィヴィオの傍にいてくれ』

「ヴィヴィオの?」

 

『襲撃者がフェイトやエリオに関連する可能性がある以上、君とヴィヴィオも無関係ではない。過度に不安を煽る必要はないが、警戒はしてほしい』

 

 なのはは唇を噛んだ。

 

 ヴィヴィオ。

 今朝、卵焼きを作りながら笑っていた娘。

 長距離走を楽しみにしていた娘。

 大丈夫、私強いからと言った娘。

 

 その日常に、また亀裂が入ろうとしている。

 

「わかった」

 

 なのはは答えた。

 

「シグナムさんが目を覚ましたら、すぐ教えて」

『もちろんだ』

「それと、はやてちゃんは?」

『表には出していないが、相当堪えている。シグナムは彼女の家族だからな』

「……うん」

 

 その後、二言三言言葉を交わし、通信が切れる。なのははしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 窓の外では、夕日が訓練場を赤く染めている。若い騎士達の声が遠くに聞こえた。

 それは、ほんの少し前までなのはを支えていた日常の音だった。けれど今、その音が遠い。

 

 シグナムが倒された。

 ロストロギアが奪われた。

 フェイトとエリオを思わせる少年。

 

 なのはは、ゆっくりとレイジングハートに手を伸ばした。

 

「Master」

「うん」

 

 胸の奥で、古い痛みが目を覚ます。

 

 5年前、届かなかった手。

 消えていったフェイト。

 守れなかったエリオ。

 壊れてしまったキャロ。

 

 その続きが、今また始まろうとしている。

 なのはは端末を取り、ヴィヴィオへ連絡を入れた。

 

「ヴィヴィオ、今どこ?」

『学校終わって、帰ってるところだよ。どうしたの、なのはママ?』

 

 明るい声。

 いつもの声。

 

 なのはは、少しだけ目を閉じる。

 

「今日は、私が迎えに行くね」

『え? 大丈夫だよ。1人で帰れるよ?』

 

 大丈夫。また、その言葉。

 

 なのはは今度こそ、飲み込まなかった。

 

「わかってる。でも、今日は一緒に帰りたいの」

 

 通信の向こうで、ヴィヴィオが少し黙る。

 

『……うん。じゃあ、校門で待ってるね』

「うん。すぐ行く」

 

 通信を切り、なのはは上着を手に取った。

 

 まだ、すべてはわからない。

 敵の正体も、目的も、フェイトとの関係も。

 けれど一つだけ、はっきりしていることがある。今度は、後回しにしない。

 なのはは訓練施設を後にした。

 夕暮れの空の下、日常に入った亀裂は、まだ小さかった。けれどその奥から、五年前に閉じたはずの悲劇の音が、確かに聞こえ始めていた。




最後までお読みいただきありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~(作者:ちょわわ)(原作:魔法少女リリカルなのは)

【あらすじ】▼転生先は『リリカルなのは』の世界。ただし、ジュエルシード事件と闇の書事件で人類がほぼ全滅した後の。▼原作知識は死んだ。地球も死んだ。それでも生き延びたいクルス・リョウは、時空管理局のロストロギア対策部隊『ゼロイチ』に配属され、そこで出会ってしまう。魔力を使うほど命を削る、壊れかけの魔法少女・高町なのはに。▼【概要】▼新しいアニメ記念?で短期連載…


総合評価:1762/評価:8.71/連載:23話/更新日時:2026年07月17日(金) 20:00 小説情報

【完結】私、ジャブローのモグラ志望って言いましたよね???(作者:むにゃ枕)(原作:ガンダム)

お前はひっこんでろ、私は安全に出世したいんだよ。▼出世すりゃあ私の持てる権力も多くなるからな。▼ジオン残党は跳梁跋扈しているが、とりあえず私はそこそこの残党を討伐してジャブローのモグラになるぜ!▼


総合評価:8184/評価:8.37/完結:24話/更新日時:2026年04月17日(金) 17:54 小説情報

【悲報】ヒフミさん普通じゃなかったwww (作者:車検のコダック)(原作:ブルーアーカイブ)

ナギサ様「ヒフミさんがブラックマーケットに出入りしてるなんて、嘘ですよね……?」


総合評価:12664/評価:8.97/連載:21話/更新日時:2026年07月18日(土) 03:13 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>