魔法少女リリカルヴィヴィオ   作:SS_TAKERU

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お楽しみいただければ幸いです。


第2話 正しさの仮面

 新暦0077年4月30日。

 

 本局次元航行部隊の執務区画は、朝から慌ただしかった。

 

 大型事件が起きたわけではない。艦隊運用に重大な支障が出たわけでもない。それでも、そこに流れる空気は、通常業務のそれとは明らかに違っていた。

 

 クロノ・ハラオウンは、自席に置かれた端末を見つめたまま、冷めきったコーヒーに手を伸ばした。

 口に含んでから、それが既に飲み物としての役目を半分失っていることに気づく。

 

「……まずいな」

 

 コーヒーの味に対してではなかった。

 

 画面には、4月28日に公開されたゴシップ記事の拡散状況が表示されていた。

 機動六課を中傷する記事。戦闘機人、クローン、人工生命体、元犯罪者。正確な文脈を奪われ、悪意ある言葉で並べられた、薄汚い文章。

 最初は、よくある低俗記事の一つに見えた。管理局には敵も多い。大きな事件の後には、功績を貶める者も、失策を針小棒大に騒ぎ立てる者も現れる。

 その度に反応していては、組織として立ち行かない。

 

 だから、広報とはやての判断は理解できた。不用意に反応しない。燃料を与えない。関係者のプライバシーを守る。

 合理的な判断だった。だが、合理性だけでは測れないものがある。

 

「提督」

 

 補佐官の声に、クロノは顔を上げた。

 

「生命倫理保全連盟から、公開質問状が提出されました。既に複数の報道社にも送付されています」

「……来たか」

 

 クロノは、驚かなかった。むしろ、遅いくらいだと思っていた。

 

「内容は?」

「戦闘機人技術、クローン技術、人造魔導師の扱いについて、管理局の公式見解と法整備の方針を問うものです。表向きは穏当ですが……」

 

 補佐官が言い淀む。クロノは端末に送られてきた文書を開いた。

 

 生命倫理保全連盟。JS事件後、急速に名前を聞くようになった市民団体の一つだ。

 表向きの主張は、決して不当とは言い切れない。

 

 戦闘機人技術やクローン技術の濫用を防ぐべきだ。

 違法研究の被害者救済を拡充すべきだ。

 生命倫理に関する国際的な基準を見直すべきだ。

 管理局は技術犯罪の被害者に対し、十分な説明責任を果たすべきだ。

 

 そこだけ読めば、むしろ必要な議論だった。

 

 JS事件は、ミッドチルダ社会に大きな問いを突きつけた。

 科学と魔法が発展し、命すら技術の対象になった時、どこに線を引くのか。生み出された命をどう守るのか。生み出した者の罪と、生み出された者の尊厳をどう分けるのか。

 

 クロノ自身、その議論から逃げるつもりはなかった。だが。

 文書を読み進めるうちに、彼の眉間には深い皺が刻まれていった。

 

――管理局は、人格を有するか否か不明確な戦闘用人工生命体について、市民社会への受け入れをどのような基準で判断しているのか。

――死者の遺伝情報を用いて作成された存在について、当該人物の尊厳及び遺族感情をどのように扱うのか。

――犯罪組織によって作られた個体を、十分な監督なく社会復帰させることは、一般市民に対する危険の放置ではないのか。

――管理局は、自然な出生によらない生命に対し、通常の人権を無条件に適用する方針なのか。

 

「……言葉を選んでいるようで、選んでいないな」

 

 クロノは低く呟いた。補佐官が小さく頷く。

 

「広報は、対応に苦慮しています。質問自体には公益性がある。ですが、文中の表現はかなり危うい」

「人格を有するか否か不明確、か」

 

 クロノはその一文を見つめた。冷静な表現を装っている。だが、その裏にあるものは明白だった。

 彼らは問うているのではない。疑っているのでもない。線を引こうとしている。

 こちら側と、あちら側。人間と、そうでないもの。保護すべき命と、管理すべき危険物。

 

「会議を開く。広報、法務、倫理監査、医療部門、それと八神捜査官にも連絡を」

「了解しました」

 

 補佐官が出ていったのを確認し、クロノは一度、目を閉じた。

 脳裏に浮かんだのは、フェイトの顔。妹と呼ぶには、彼女はもう十分に大人になっている。けれど、家族であることに変わりはない。

 フェイト…ハラオウン家の養子となる前の名はフェイト・テスタロッサ。

 彼女もまた、自然な出生ではない命だった。誰かの喪失から生み出され、誰かの執着によって苦しめられた子だった。

 その彼女を知っているクロノにとって、この公開質問状の言葉は、単なる思想問題ではなかった。

 もし、自然な出生でない命に通常の人権を無条件に適用するのかと問うなら。その問いは、フェイトにも向く。エリオにも向く。スバルやギンガにも向く。ナンバーズ達にも向く。

 そして、その答えを一歩間違えれば、彼女達の足元から世界そのものを奪う。

 

「倫理、か」

 

 クロノは吐き捨てるようには言わなかった。ただ、苦く呟いた。

 倫理とは、本来、弱い者を守るためにあるべきものだ。

 力を持つ者が、力を持たない命を好き勝手に扱わないための枠組みであるべきだ。

 だが、時として人は、倫理という言葉を棍棒に変える。

 自分が理解したくないものを叩き潰すための、綺麗な名を持つ武器に。

 

 午前10時。緊急会議が始まった。

 会議室には、クロノ、はやて、広報部、法務部、医療倫理部門の担当者が集まっていた。

 はやての顔色は、いつもより少し悪い。

 

「二日前の記事から、ここまで早く動くとは思いませんでした」

 

 広報担当が資料を投影する。

 

 生命倫理保全連盟の公開質問状は、既に複数の報道サイトに掲載されていた。

 記事と結びつける形で、管理局への説明責任を求める論調が広がりつつある。

 

「まず確認するが」

 

 クロノは口を開いた。

 

「この団体そのものは合法組織だ。過去の活動記録を見る限り、違法行為は確認されていない。JS事件の被害者家族や、違法研究に反対する医療関係者も多く参加している。そこを見誤ってはいけない」

「せやね」

 

 はやてが頷いた。

 

「全部を敵扱いしたらあかん。あの事件で傷ついた人らが、不安や怒りを持つのは当然や」

 

 その通りだった。

 クロノは、生命倫理保全連盟の構成員リストに目を通していた。そこには、JS事件で家族を失った者もいた。違法研究施設から救出された子どもを支援している医師もいた。戦闘機人技術の軍事転用に反対する学者もいた。

 彼らのすべてを、偏見と嫌悪の塊として扱うことはできない。むしろ、大半は真剣に社会の安全と命の尊厳を考えているのだろう。

 問題は、その中に混じる別の色だった。

 

「ただし、質問状の文言は看過できない」

 

 クロノは続けた。

 

「戦闘機人やクローンを、“人格を有するか不明確な存在”と表現することは、極めて危険だ。これは技術規制の議論ではなく、既に生きている個人の尊厳に触れている」

 

 法務担当が頷く。

 

「公式回答を出す場合、その点は明確に線引きすべきです。技術の違法性、作成者の責任、生み出された個人の権利。この三つを混同しないようにする必要があります」

「けど、回答したらしたで、また切り取られるやろな」

 

 はやてが苦い顔をする。

 

「管理局は人造生命を全面容認した、とか。危険性を軽視しとる、とか」

「その可能性は高い」

 

 広報担当が言った。

 

「しかし、今回は完全な沈黙も危険です。公開質問状という形を取られた以上、無視すれば“答えられないのか”という論調になる」

 

 会議室に沈黙が落ちた。沈黙すれば疑惑が育つ。答えれば言葉を切り取られる。

 相手は、管理局がどちらへ動いても利用できるように盤面を作っている。

 クロノは資料を切り替えた。

 

「問題は、もう一つある」

 

 画面に、生命倫理保全連盟の活動履歴が映し出される。講演会、署名活動、公開討論、政策提言。その多くは合法で、穏当だった。

 しかし、端末の別窓には、連盟の一部支部や関連アカウントの投稿が並んでいる。

 

――人の姿をしているからといって、人と同じとは限らない。

――兵器は兵器として管理されるべきだ。

――自然の摂理に反した命は、必ず災いを呼ぶ。

――管理局は異端を英雄にしている。

 

 はやての目が細くなる。

 

「……表の顔と、少し違うな」

「連盟全体の公式見解ではない。だが、一部に急進化した層がいる可能性がある」

 

 クロノは静かに言った。

 

「現時点では監視対象に指定する根拠は弱い。だが、警戒は必要だ」

「公安には?」

「非公式に情報共有する。表立って動くのはまだ早い」

 

 そこまで言って、クロノは自分の言葉に小さく嫌悪を覚えた。まだ早い。根拠が弱い。

表立って動けない。

 それは正しい。法と手続きに従うなら、そうするしかない。

 だが、取り返しのつかないことは、いつも“まだ早い”と思っている間に起きるのではないか。その疑念が、胸の底に沈む。

 

 会議は一時間以上続いた。

 

 最終的に決まった方針は、慎重な公式回答を準備すること。

 戦闘機人技術やクローン技術の違法な運用は厳しく規制する。

 一方で、既に生まれた個人の人格と権利は、出生や作成経緯によって否定されない。

 被害者支援と社会安全の両立を進める。

 個別の関係者に関する質問には、プライバシー保護のため答えない。

 

 正しい回答だった。少なくとも、間違ってはいない。

 けれど、クロノの胸は晴れなかった。

 会議後、はやてはクロノの執務室に残った。

 

「クロノ君、どう見とる?」

「質問状そのものは、まだ政治活動の範囲内だ。だが、急進派がいる」

 

 クロノは椅子に深く座り直した。

 

「おそらく連盟は一枚岩じゃない。大多数は、技術規制や説明責任を求める市民だ。だが、一部に強い嫌悪を持つ者がいる。さらに、その中から過激化する者が出てもおかしくない」

「記事に煽られた、ってことか」

「それだけじゃない。記事は火種だ。だが、燃えるものは前から積まれていた」

 

 はやては黙った。

 JS事件後、社会には不安が残っている。管理局が勝った。事件は解決した。そう発表されても、全員が納得したわけではない。

 

 違法研究の被害者。巻き込まれた市民。家族を失った者。技術への恐怖を抱く者。

 彼らの不安は、本物だ。その本物の不安に、誰かが悪意を混ぜる。

 

「厄介やな」

 

 はやては疲れたように笑った。

 

「不安そのものは否定できへん。けど、その不安を理由に、あの子らを否定するのは絶対に許されへん」

「同感だ」

 

 クロノは即答した。

 

「作成者の罪と、作られた命の権利は別だ。そこを曖昧にすれば、僕達は救うべき者をまた切り捨てることになる」

 

 はやてはクロノを見た。その視線に、少しだけ痛みが混じる。

 

「フェイトちゃんのこと、考えとる?」

「考えない方が無理だ」

 

 クロノは目を伏せた。

 

「この議論は、彼女にも関わる。エリオにも。スバル達にも。ナンバーズにも」

「……うん」

「だからこそ、感情だけでは動けない。僕が怒りで判断を誤れば、守りたい相手を危険に晒す」

「クロノ君らしいな」

「褒めているのか?」

「半分くらい」

 

 はやては少しだけ笑った。だが、その笑みはすぐに消えた。

 

「念のため、エリオとキャロの周辺、警戒上げた方がええかな」

「上げたいが、露骨にやると二人に不安を与える。フェイトには伝える。自然保護隊の方にも、一般的な注意喚起として回す」

「スバル達は?」

「ゲンヤさん経由で状況確認。ナンバーズの更生施設にも警戒を促す」

「……後手やな」

 

 はやての言葉は、自分自身を責めるようでもあった。クロノは否定しなかった。

 

「後手だ。だが、まだ事案は発生していない。僕達にできるのは、合法的な範囲で備えることだけだ」

「それが、間に合えばええんやけど」

 

 はやての呟きは、小さかった。クロノは返す言葉を持たなかった。

 

 

 午後。フェイトから通信が入った。

 画面に映った彼女は、執務官としての制服姿ではなかった。休暇中なのだろう。それでも表情は硬い。

 

「クロノ、時間ある?」

「ある。エリオとキャロのことか」

「うん」

 

 フェイトは頷いた。

 

「二人には、記事のことも質問状のことも話した。全部じゃないけど、隠してもいずれ知ると思ったから」

「反応は?」

 

 フェイトは少し沈黙した。

 

「エリオは、平気ですって言った。キャロの方を心配してた。キャロも、大丈夫ですって言った。エリオ君が悪く言われる方が嫌だって」

 

 クロノは目を閉じた。

 二人とも、そう言うだろうと思った。自分の傷より、相手の痛みを心配する。あの二人は、そういう子達だ。

 

「フェイト」

「うん」

「君も大丈夫じゃないだろう」

 

 画面の向こうで、フェイトの表情が少しだけ揺れた。

 

「……私は大丈夫だよ」

「その返事は信用していない」

 

 フェイトは困ったように笑った。

 

「クロノは厳しいね」

「兄として言っている」

 

 その言葉に、フェイトは一瞬目を丸くした。それから、少しだけ表情を緩める。

 

「ありがとう」

 

 クロノは淡々と続けた。

 

「生命倫理保全連盟については、警戒している。一部に急進的な思想を持つ者がいる可能性がある。エリオとキャロの行動予定を、念のため僕にも共有してくれ」

「……わかった」

 

 フェイトの返答は、少し遅れた。

 

「本当に、危ないの?」

「現時点で具体的な脅威は確認されていない。だから、過度に怯える必要はない」

 

 クロノはそこで一度言葉を切った。

 

「だが、不安が悪意に変わる速度は、時に僕達の予測を超える。用心するに越したことはない」

 

 フェイトは真剣な顔で頷いた。

 

「エリオ、来月休みを取って、こっちに来る予定なんだ。キャロも一緒に。私に会いに」

「日程は?」

 

「5月11日」

 

 クロノは端末に記録した。

 

「場所と時間が決まったら教えてくれ。護衛をつけると言うと二人が気にするだろうから、周辺警戒という形にする」

「ありがとう、クロノ」

「礼を言うのはまだ早い」

 

 クロノはそう言ったが、胸の奥に引っかかるものがあった。

 

 5月11日。ただの日付だ。休暇を取った少年と少女が、慕う大人に会いに来るだけの日。そうであるはずだった。

 夕方、クロノは公安部門へ非公式の照会をかけた。

 

 生命倫理保全連盟の急進派。

 関連する過激投稿。

 暴力的言動の有無。

 個人情報へのアクセス経路。

 リク・ヒルマの記事との接触状況。

 

 返ってきた報告は、曖昧だった。

 

 表向きの違法行為なし。一部支部に過激言動あり。だが、具体的な犯行予告は確認されず。監視対象指定には根拠不足。

 

 予想通りの内容に、クロノは端末を閉じ、溜息をつく。

 根拠がない。だから動けない。

 法治組織として、それは正しい。証拠もない相手を思想だけで拘束することはできない。疑わしいというだけで市民団体を監視対象にすれば、管理局は本当に権力の怪物になる。

 だから、動けない。

 

 だが、もし相手が本当に動くつもりなら。その時、こちらは最初の一手を許すことになる。

 

「……嫌な感覚だ」

 

 クロノは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 

 その夜。

 クラナガン郊外の古い集会所に、数人の男女が集まっていた。

 

 生命倫理保全連盟の正式な会合ではない。

 議事録も残らない。

 参加者名簿もない。

 

 彼らは互いを同志と呼び、声を潜めて話していた。

 

 壁には、手書きの標語が貼られている。

 

 自然なる命を守れ。

 穢れた技術を拒め。

 人の形をした兵器に未来を渡すな。

 

 机の中央には、リク・ヒルマの記事の写しが置かれていた。

 その横には、管理局関係者の公開情報、切り抜き、写真、勤務予定の断片が並んでいる。

 その中に、エリオ・モンディアルの名があった。

 

「管理局は答えない」

 

 中年の男が言った。

 

「奴らはいつもそうだ。綺麗ごとを並べ、危険な存在を英雄として飾り立てる」

「公開質問状への回答は?」

「どうせ逃げる。権利だ、尊厳だ、個人情報だ。そうやって真実を隠す」

 

 別の女が、震える声で言った。

 

「私の息子は、戦闘機人に殺されたのよ」

 

 実際には、彼女の息子を殺したのはスカリエッティの手先であり、事件の状況は単純ではなかった。

 だが、彼女の中では既に一つの形に固まっていた。

 人工的に作られたものが、自然な命を奪った。ならば、それは許されてはならない。

 その悲しみに、別の誰かが憎しみの名を与えた。

 

「問うだけでは足りない」

 

 男が言った。

 

「誰かが示さねばならない。自然の摂理を踏みにじる者が、どのような報いを受けるのか」

 

 集会所の隅に座っていた若い男が顔を上げた。

 彼はJS事件の余波で家族を失っていた。

 救いを求めてこの団体に入り、最初はただ、同じ痛みを持つ者達と話したかっただけだった。

 いつからか、彼の悲しみは別の色に染まっていた。

 

「僕に、できることがあるなら」

 

 若い男は言った。

 

「僕がやります」

 

 誰もすぐには止めなかった。むしろ、沈黙は同意に近かった。

 机の上の資料に、5月11日という日付が書き込まれる。

 

 エリオ・モンディアル。

 死者の情報から作られた少年。

 管理局が英雄として扱う異端。

 

 彼らは、その少年を人間として見ていなかった。

 象徴として見ていた。

 討つべき欺瞞の象徴として。

 

 同じ頃、本局の執務室で、クロノはまだ資料を読み続けていた。

 

 生命倫理保全連盟。

 ヒルマの記事。

 拡散する世論。

 過激化する言葉。

 守るべき関係者の一覧。

 

 その中に、エリオとキャロの5月11日の予定が追加されている。

 

 クロノはその日付を見つめた。胸騒ぎは消えない。

 だが、胸騒ぎだけでは命令書は作れない。胸騒ぎだけでは、部隊は動かせない。

 彼は、法を知っていた。手続きを知っていた。組織の限界を知っていた。

 

 だからこそ、思う。

 正しい手順は、いつも正しい結果を保証するわけではない。

 けれど、手順を捨てれば、守るべきものまで壊してしまう。

 クロノは端末に新しい指示を入力した。

 関係者周辺の警戒強化。公開情報の削除申請。自然保護隊への注意喚起。公安への継続監視要請。広報回答文の修正。

 

 今できることを、一つずつ積み上げる。それが彼のやり方だった。

 

 窓の外には、クラナガンの夜が広がっている。

 無数の光が都市を照らし、何事もないように時間は進んでいく。

 クロノは、冷めたコーヒーをもう一度口にした。やはり、まずかった。

 

「間に合ってくれ」

 

 その呟きは、誰にも届かなかった。

 倫理という名の仮面を被った嫌悪は、既に形を取り始めていた。そしてその刃先は、まだ何も知らない少年へ向けられていた。




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