今回は原作キャラクターの死亡が描写されます。
そしてそれが、ViVidやForceへと続く時間軸からの決定的な分岐点となります。
閲覧の際にはご注意ください。
新暦0077年5月11日。
その日、フェイト・T・ハラオウンは、朝から少しだけ浮かれていた。
もちろん、表情に出していたつもりはない。
執務官としての顔は崩していない。制服の襟元も乱れていないし、机に並べた資料もいつも通り整っている。補佐官から回ってきた確認書類にも、いつも通り赤字で簡潔な修正指示を入れていた。けれど、胸の奥だけは少し軽かった。
今日は、エリオとキャロがクラナガンへ来る。
機動六課が解散してから、二人は揃って管理世界61番『スプールス』を担当する自然保護隊の一員として頑張っていた。
エリオは真面目すぎるくらい真面目に任務をこなし、キャロもそんなエリオの良きパートナーとして頑張っている。もちろん、フリードも活躍している。
時々、二人から送られてくる報告は、どれも控えめだった。
今日はこんな動物を見ました。
フリードが地元の子どもに人気です。
エリオ君がまた無茶をして怒られました。
キャロが頑張りすぎて、今度は僕が怒りました。
そんな小さな文章を読むたびに、フェイトは胸が温かくなった。
六課時代、二人はいつも一生懸命だった。
子どもと呼ぶには戦場を知りすぎていて、大人と呼ぶにはまだ幼すぎた。それでも、互いを支えながら前を向いていた。
だからこそ、フェイトは願っていた。
二人には、できるだけ穏やかな時間を過ごしてほしい。
危険な任務ばかりではなく、季節を感じ、食事を楽しみ、普通のことで笑ってほしい。
そのために自分ができることがあるなら、何でもしたいと思っていた。
今日は、その二人と久しぶりにゆっくり会える日だった。
待ち合わせは、クラナガン中央区から少し外れた、緑地公園に隣接する小さな広場。
昼前に合流し、その後、近くの店で昼食を取る予定だった。
きっとエリオはたくさん食べるだろうから、キャロと一緒に温かく見守ってあげよう。
そう思うだけで、フェイトは少し笑いそうになった。
「フェイトさん」
補佐官の声で、フェイトは顔を上げた。
「第7管理世界からの照会です。至急確認をお願いしたいとのことです」
「至急?」
嫌な響きだった。
端末に送られてきた資料を開く。違法搬送疑惑に関する補足照会。予定より早く現地から返信が来たらしい。
内容自体は重要だった。処理を遅らせれば、関係者の拘束期限や証拠保全に影響が出る。
フェイトは時計を見た。
待ち合わせまで、まだ余裕はある。急げば間に合う。
「わかりました。今確認します」
そう答えた時、胸の中にほんの小さな引っかかりが生まれた。
けれど、その引っかかりを、フェイトは仕事の緊張だと思った。
その頃、エリオ・モンディアルは、キャロ・ル・ルシエと並んでクラナガンの街を歩いていた。
二人とも、自然保護隊の制服ではない。今日は休暇だった。
エリオは清潔なシャツに上着を羽織り、キャロは淡い色のワンピースを着ている。フリードは小さな姿でキャロの肩に乗り、興味深そうに辺りを見回していた。
「クラナガン、久しぶりだね」
キャロが言った。
「うん。六課にいた頃は、何度も来てたのにね」
エリオは周囲を見ながら答えた。
高い建物。行き交う人々。空を走る交通艇。自然保護隊の担当区域とはまるで違う風景だ。
向こうでは、風の音や獣の足音を聞くことの方が多い。ここでは、人の声と機械音が絶えない。
それでも、不思議と嫌ではなかった。今日は、フェイトに会えるからだ。
「フェイトさん、忙しいのに時間を作ってくれて……」
キャロが少し申し訳なさそうに言う。エリオは首を横に振った。
「フェイトさんも、会えるの楽しみにしてるって言ってたよ」
「うん」
キャロは小さく笑った。その笑顔を見て、エリオも嬉しくなる。
二日前、フェイトから記事のことを聞いた。
機動六課を悪く書いた記事。自分達のことも、ひどい言い方で書かれていると。
フェイトは、言葉を選んで説明してくれた。全部をそのまま伝えたわけではないのだろう。それでも、エリオは察した。
自分の生まれについて、また誰かが何かを言っているのだと。
死者の遺伝情報。
作られた命。
不自然な存在。
そういう言葉が、世の中にはある。エリオはそれを知っていた。
自分がどう生まれたかも、自分が誰かの願いや執着の中で形作られた存在であることも、自分自身がよくわかっている。
けれど、だからといって、今ここにいる自分が消えるわけではない。
フェイトさんがいてくれた。
キャロがいてくれた。
六課の皆も、フリードも、自然保護隊の人達も。
自分をクローンではなく、
だから、大丈夫だと思った。
本当は…少し怖い。でも、キャロの前では言いたくなかった。
「エリオ君」
キャロが不意に声をかける。
「どうしたの?」
「無理してない?」
エリオは目を瞬いた。キャロは困ったように笑った。
「フェイトさんから話を聞いた時、エリオ君、すぐに“大丈夫です”って言ったから」
「……キャロだって言ったよ」
「私は、エリオ君が悪く言われる方が嫌だったから」
「僕も同じだよ」
エリオは少しだけ真面目な顔で言った。
「キャロやフリードが悪く言われる方が嫌だ」
二人はしばらく黙って見つめ合った。それから、どちらからともなく笑った。
「お互い様だね」
「うん」
フリードが小さく鳴いた。まるで、自分もいると主張しているようだった。
キャロがフリードの頭を撫でる。
「もちろん、フリードも一緒だよ」
フリードは満足そうに目を細めた。
平和な時間だった。優しい、何でもない時間だった。
エリオは、その時間がずっと続けばいいと思った。
本局の執務室で、フェイトは最後の確認を終えた。
「これで第7管理世界への返信をお願いします。添付資料の3番は、必ず暗号化して送ってください」
「了解しました」
補佐官が資料を受け取る。フェイトは時計を見た。
待ち合わせ時間まで、余裕はあまりない。
「すみません。これから外します。緊急の案件があれば通信を」
「はい。お気をつけて」
フェイトは席を立ち、足早に廊下へ出た。
移動しながら、端末でエリオに短いメッセージを送る。
――少しだけ、3分くらい遅れます。ごめんね。
すぐに返信が来た。
――大丈夫です。キャロとフリードと待っています。
それを見て、フェイトは小さく笑った。
3分。たった3分だ。
急げば、ほとんど遅れずに済む。待たせてしまうことに変わりはないが、二人ならきっと笑って許してくれる。
フェイトは速足で転送ポートへ向かった。
その時、クラナガン郊外の広場では、エリオとキャロがベンチに座っていた。
待ち合わせ場所は、休日の昼前ということもあり、人の流れはそれなりにあった。
買い物帰りの親子。散歩をする老人。昼休憩らしい局員。
広場の中央には噴水があり、周囲には花壇が整えられている。
「フェイトさん、少し遅れるって」
エリオが端末を見せる。
「3分くらいなら、遅れたうちに入らないよ」
キャロは微笑んだ。
「そうだね」
エリオも笑う。
フリードがキャロの肩からふわりと飛び立ち、ベンチの周りを小さく旋回した。
キャロはその様子を見ながら、穏やかな表情を浮かべている。
その時だった。
エリオは、広場の端から歩いてくる一人の男に気づいた。
年齢は三十代前半ほど。灰色の上着。手には小さな鞄。
特に目立つ姿ではない。人混みに紛れれば、すぐに忘れてしまいそうな普通の男。
だが、エリオの背筋に、冷たいものが走った。
理由はわからなかった。ただ、歩き方が不自然だった。
周囲を見ているようで、見ていない。
足取りは一定なのに、肩に力が入りすぎている。
そして、その視線が一瞬、自分に向いた。
その目に、エリオは人を見ている温度を感じなかった。
「エリオ君?」
キャロが不思議そうに声をかける。
エリオは立ち上がった。
男の鞄から、微かな魔力反応が漏れている。隠蔽処理はされている。だが、完全ではない。
機動六課時代、危険物探知の基礎訓練を受けていたことが、こんなところで役に立った。いや、役に立ってしまった。
「キャロ、下がって」
「え?」
男の唇が動いた。
何を言ったのか、聞こえなかった。けれど、エリオにはわかった。
あれは、自分に向けられている。
男の手が鞄の留め具に触れた。
次の瞬間、エリオは走っていた。考えるより早く、身体が動いた。
「エリオ君!」
キャロの叫びが背後で響く。エリオは男へ飛びかかった。
男が驚愕に目を見開く。鞄の中から、強烈な魔力反応が膨れ上がった。
爆発物。魔力起動式の自爆装置。
それを理解した時、エリオの頭は奇妙なほど冷静だった。
逃げても間に合わない。キャロがいる。フリードがいる。広場には人がいる。
フェイトさんが来るまで、あと少しだけ時間がかかる。
自分が止めるしかない。
エリオは男の腕ごと鞄を抱え込み、己の
「ストラーダ!」
「Panzergeist!」
応じる声は、いつもより遠く聞こえた。
機動六課の解散が正式に決定し、キャロと共に自然保護隊へ移籍することを決めた頃、シグナムさんから餞別代わりだ。と教わったベルカ式の防御魔法。
エリオの全身を魔力光と同じ、レモンイエローのバリアが包む。
だが、足りない。わかっていた。かつて手本として見せてもらったシグナムさんのものに比べて、自分のこれはあまりに未熟。それでも、やるしかなかった。
エリオは一瞬だけ、キャロを振り返った。
キャロが手を伸ばしていた。泣きそうな顔だった。
フリードがこちらへ飛ぼうとしている。
エリオは笑おうとした。大丈夫だよ、と言いたかった。
声にはならなかった。白い光が、広場を呑み込んだ。
フェイトが転送ポートから飛び出した瞬間、遠くで爆発音が響いた。
空気が震えた。
街の音が一瞬で途切れ、悲鳴が遅れて広がる。
フェイトは、己の心臓が止まったように感じた。
方角は、待ち合わせ場所。
「まさか…」
口から洩れた声は。自分のものとは思えなかった。
フェイトは地を蹴った。
周囲の制止も、呼びかけも聞こえなかった。
バリアジャケットを展開する時間すら惜しい。
ただ、走る。いや、飛ぶように駆ける。
3分。
その言葉が頭の中で鳴り続ける。
少しだけ、3分くらい遅れます。
大丈夫です。キャロとフリードと待っています。
たった3分。自分が遅れた3分。
広場へ近づくにつれ、焦げた臭いが強くなった。
煙が上がっている。人々が逃げ惑っている。泣き声。怒号。救急通報の声。
フェイトはそれらをすべて置き去りにして、広場の中央へ向かった。
噴水の近く。
石畳が割れ、黒く焦げている。
防御魔法の残滓と思わしき魔力素が、粒子のように空中へ散っていた。
その中心に…エリオがいた。
「エリオ!」
フェイトは叫んだ。返事はなかった。
エリオは倒れていた。
制服ではない上着は裂け、身体のあちこちに深い傷がある。
ストラーダは柄が真っ二つに折れ、刃が砕けて、地面に転がっている。光を失い、機能が停止しているのがわかる。
その少し離れた場所に、キャロがいた。
彼女は地面に座り込んでいた。
腕の中に、翼から血を流すフリードを抱いている。
目は大きく見開かれ、声にならない声を漏らしていた。
「キャロ!」
フェイトは一瞬迷った。
キャロも傷ついている。フリードも危ない。
けれど、エリオが。エリオが動かない。
フェイトはエリオの傍に膝をついた。
「エリオ、聞こえる? エリオ!」
呼吸を確認する。
魔力反応を確認する。
脈を探す。
指先が震えた。
「だめ……だめだよ、エリオ。起きて。お願い、起きて」
フェイトは治癒魔法を使えるわけではない。
それでも、手をかざして魔力を流そうとした。
何かしなければ、と思った。
何もしないでいることに耐えられなかった。
「フェイト、さん……」
かすかな声が聞こえた。フェイトの目が見開かれる。
「エリオ!」
エリオの瞼が、わずかに開いた。焦点は合っていない。
それでも、彼はフェイトを見ようとしていた。
「キャロ……は……?」
「いる。キャロはいるよ。フリードもいる。だから、エリオも頑張って。すぐ救護が来る。私が、私が何とかするから」
エリオは、ほんの少しだけ息を吐いた。笑おうとしているように見えた。
「よかった……」
「よくないよ!」
フェイトの声が震える。
「よくない。エリオ、お願いだから、そんなこと言わないで。まだ話したいこと、たくさんあるでしょう? 今日だって一緒にご飯を食べる予定だった。キャロと、フリードと、私と……」
エリオの手が、わずかに動いた。フェイトはその手を握る。
小さかった。こんなに小さかっただろうかと思った。
機動六課で一緒にいた時より、背は伸びた。声も少し大人びた。
けれど、フェイトの手の中では、まだ子どもの手だった。
守らなければならない手だった。
「フェイト、さん……ごめん、なさい」
「謝らないで」
「待って……いられなくて」
「謝らないで!」
フェイトは首を横に振った。
「あなたは悪くない。エリオは悪くない。何も悪くない!」
エリオの目が、少しだけフェイトを捉えた。
「キャロを……お願いします」
その言葉を聞いた瞬間、フェイトの中で何かが軋んだ。
「だめ」
フェイトは強く手を握った。
「それは、エリオが自分で言うの。キャロに、自分で言わなきゃだめ。だから、起きて。生きて。お願い、エリオ」
エリオは答えなかった。呼吸が浅くなる。
フェイトは周囲に向かって叫んだ。
「救護班! 早く!」
誰かが、もう呼んでいますと答えた。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
遅い。
遅すぎる。
どうしてもっと早く来ない。
どうして自分は、もっと早く来なかった。
3分。
また、その言葉が頭の中で鳴る。
3分遅れた。
たった3分。
されど3分。
もし、あの照会を後回しにしていたら。
もし、もう少し早く部屋を出ていたら。
もし、転送ポートまで走っていたら。
もし、待ち合わせ場所を本局にしていたら。
もし、2人に今日は来なくていいと言っていたら。
もし。
もし。
もし。
エリオの手から、力が抜けた。
フェイトは息を止めた。
「……エリオ?」
返事はなかった。
「エリオ」
フェイトはもう一度呼んだ。
「エリオ、起きて」
声は、ひどく小さかった。
キャロが、這うように近づいてきた。
「エリオ君……?」
彼女の腕の中で、フリードが弱々しく鳴いた。片翼は不自然な角度で垂れ、血が白い鱗を汚している。
キャロは、エリオの顔を見た。フェイトの顔を見た。もう一度、エリオを見た。
「う、そ……」
その声は、子どものようだった。
「エリオ君、噓だよね。ねえ、起きて。フェイトさん、エリオ君、寝てるだけですよね? 疲れただけですよね?」
フェイトは答えられなかった。キャロの顔から、色が消えていく。
「だって、さっきまで……一緒に……フェイトさんを待ってて……」
キャロの手が、エリオの肩に触れた。揺すろうとして、途中で止まる。
壊れてしまうのではないかと恐れるように、指先が震えていた。
「エリオ君」
返事はない。
「エリオ君」
何度呼んでも、返事はない。
キャロの喉から、音にならない悲鳴が漏れた。
次の瞬間、彼女はエリオに縋りつき、泣き叫んだ。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
その声は、広場の喧騒を切り裂いた。
フェイトは動けなかった。
キャロを抱きしめなければ。
フリードを救護班に渡さなければ。
周囲の状況を確認しなければ。
実行犯の痕跡を確保しなければ。
執務官として、やるべきことはいくらでもある。
だが、身体が動かない。
手の中には、まだエリオの温度が残っている。
それが少しずつ失われていく感覚だけが、鮮明だった。
救護班が到着した。
局員達が駆け寄ってくる。
医療魔導師がエリオを確認する。
別の隊員がキャロとフリードの状態を見る。
「この子を!」
フェイトはようやく声を出した。
「キャロを、フリードを先に!」
「ハラオウン執務官、あなたも下がってください!」
「私はいいから!」
叫んだ瞬間、自分の声が壊れていることに気づいた。
救護班の一人が、エリオに蘇生措置を試みる。だが、その表情がすべてを物語っていた。
フェイトはその顔を見たくなかった。見てしまえば、認めなければならないから。
少し離れた場所で、キャロが医療魔導師に支えられていた。
彼女は暴れるでもなく、抵抗するでもなく、ただエリオを見つめていた。泣き叫んだ後、声を失ったようだった。
「エリオ君が……」
それだけを、何度も呟いている。
フリードは応急処置を受けていた。翼の傷は深い。命に関わるかどうかはまだわからない。
それでも、キャロはフリードを見ることすらできていなかった。
フェイトは立ち上がろうとして、膝から崩れた。
「フェイト!」
聞き慣れた声がした。
クロノだった。
続いて、なのはの声も聞こえる。
誰かが自分の肩を支えた。 なのはの手だった。
「フェイトちゃん!」
なのはの顔が、涙で歪んでいる。
フェイトは、なのはを見た。何か言おうとした。でも、言葉が出なかった。
クロノは現場を見渡し、すぐに指示を飛ばしていた。封鎖。証拠保全。目撃者の確保。通信記録の確認。
その声は冷静だった。けれど、フェイトにはわかった。
クロノも壊れそうなものを押し殺している。
「フェイト」
クロノが近づいてきた。
「実行犯は?」
フェイトは首を振った。
「エリオが……抱え込んで……爆発を……」
クロノの顔が硬直した。
「…そうか」
それだけ言うのに、彼は数秒かかった。
「キャロは?」
「心が……」
フェイトはキャロの方を見た。
医療班に保護されているキャロは、虚ろな目でエリオのいた場所を見つめている。
その口元が、かすかに動いていた。
エリオ君。
エリオ君。
エリオ君。
名前だけが、壊れた祈りのように繰り返されていた。
なのはがフェイトの肩を強く抱いた。
「フェイトちゃん、今は……」
「私が」
フェイトは呟いた。なのはが息を呑む。
「私が、遅れたから」
「違う!」
なのはは即座に否定した。
「違うよ、フェイトちゃん。これは犯人が悪い。こんなことをした人が悪い。フェイトちゃんのせいじゃない」
「3分」
フェイトは、なのはの声が遠くに聞こえた。
「3分だけだった。私が、3分早く着いていれば……」
「フェイトちゃん!」
なのはの声が強くなる。それでも、フェイトの耳には届かなかった。
エリオの手の感触。キャロの悲鳴。フリードの血。広場の焦げた匂い。すべてが、焼き付いていく。
その日の夕方、事件の第一報が管理局内を駆け巡った。
クラナガン郊外で自爆テロ。
標的はエリオ・モンディアル二等陸士と見られる。
同伴していたキャロ・ル・ルシエ二等陸士が重度の精神的ショックを受け、使役竜フリードリヒも翼に重傷。実行犯は死亡。
エリオ・モンディアル二等陸士、殉職。
殉職。
その言葉を聞いた時、フェイトは壁に手をついた。
殉職。
任務中ではなかった。
今日は休暇だった。
会いに来てくれただけだった。
自分に、会いに。
それでも、管理局はそう処理する。
彼は管理局員で、事件に巻き込まれ、被害を抑えるために命を使った。だから、殉職。
正しい言葉なのかもしれない。けれど、フェイトにはひどく遠い言葉に聞こえた。
エリオは、英雄になりたかったわけではない。
キャロと一緒に、フェイトに会いに来ただけだった。
夜になって、フェイトは病院の廊下にいた。
キャロは鎮静処置を受け、眠っている。眠っているというより、意識を落とされていると言った方が近い。
目を覚ますたびに泣き叫び、エリオの名を呼び、フリードを抱えようとして暴れた。医師は、強い急性ストレス反応だと説明した。
フリードは集中治療用の小さなケージの中にいる。命は取り留めた。だが、翼の損傷は深刻だった。
以前のような飛行能力を取り戻せるかは、わからないと言われた。
フェイトは、ガラス越しに眠るキャロを見つめた。
小さな身体。
涙の跡が残る頬。
握りしめられた手。
エリオが最後に言った言葉が、何度も蘇る。
キャロをお願いします。
「……ごめんね」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
エリオへ。
キャロへ。
フリードへ。
なのはへ。
クロノへ。
それとも、フェイト自身へ。
背後から足音がした。クロノだった。
「フェイト」
彼の声は静かだった。
「実行犯の情報が出た。生命倫理保全連盟の関係者だ。ただし、表層の活動歴しかない。中枢との繋がりはまだ不明」
フェイトは振り返らなかった。
「…情報漏洩は?」
「疑いがある。実行犯にエリオの来訪予定が送られていた形跡を確認した。だが、送信経路が多重に中継されている。最低でも7つ以上の中継点、痕跡の消去も行われている。送信者の特定には、かなりの時間がかかる」
「時間」
フェイトは小さく繰り返した。
時間があれば。3分あれば。
もっと前に気づけていれば。
クロノは沈黙した。
「僕の責任でもある」
その言葉に、フェイトはようやく振り返った。クロノは、真っ直ぐにフェイトを見ていた。
「警戒はしていた。だが、具体的な脅威が無いという理由で、十分な対応を取れなかった。結果として…エリオを守れなかった」
「違う」
フェイトは首を振った。
「クロノのせいじゃない」
「なら、君のせいでもない」
クロノの声は、少しだけ強くなった。フェイトは何も言えなかった。
それは、正しい。理屈ではわかる。
悪いのは犯人だ。
情報を流した者だ。
憎しみを煽った者だ。
命を人ではなく象徴として見た者達だ。
自分が悪いわけではない。
クロノが悪いわけでもない。
それでも。
エリオは死んだ。
キャロは壊れた。
フリードは飛べなくなるかもしれない。
そしてフェイトは、3分遅れた。
その事実だけは消えない。
クロノは、何かを言いかけてやめた。代わりに、静かに告げた。
「今日は休め。母さんにも連絡した。なのはも外にいる」
「……キャロの傍にいる」
「…わかった」
クロノはそれ以上、無理に連れ出そうとはしなかった。
一人になった後、フェイトは再びガラス越しにキャロを見た。
キャロの唇が、眠りの中で小さく動く。
エリオ君。
声は聞こえなかった。けれど、フェイトにはそう呼んでいるのがわかった。
フェイトは、ガラスに額を寄せた。
「守るから」
小さく呟く。
「今度こそ、私が守るから」
その誓いは、祈りに近かった。だが同時に、どこかで罅割れた音を伴っていた。
この日、フェイト・T・ハラオウンの中で、何かが折れた。まだ完全には壊れていない。けれど、確かに折れた。
優しい少年が命を落とした。
優しい少女の心が壊れた。
小さな竜の翼が傷ついた。
そして、3分遅れた空の下で。
フェイトの世界は、静かに色を失い始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。