新暦0077年5月19日。
エリオ・モンディアルの葬儀から五日が過ぎた。
時空管理局本局の会議室は、息苦しいほど静かだった。
八神はやては、長机の一角に座り、目の前に置かれた資料を見つめていた。
そこには、簡潔な文字で今回の事件への対応方針がまとめられている。
エリオ・モンディアル殉職。
キャロ・ル・ルシエ重度の精神的外傷。
使役竜フリードリヒ重傷。
葬儀場における報道関係者との衝突。
ヴォルケンリッター・シグナムによる民間人への暴行。
そして、その後に続く世論の急激な悪化。
画面の端には、加工された映像のサムネイルが並んでいた。
シグナムがリク・ヒルマを殴る瞬間だけを切り取った映像。
前後の無礼な言動も、墓標を踏んだ場面も、キャロへ向けられた残酷な質問も、ほとんど消えている。
代わりに残っているのは、管理局所属の騎士が一般人記者を殴り飛ばしたという、あまりにも分かりやすい絵だけだった。
はやては、その映像を見ないようにしていた。見れば、まだ怒りが込み上げてくる。
怒りだけならいい。自分自身への無力感まで一緒に噴き出してくる。
あの場で、シグナムは間違えた。それは事実だ。
けれど、あの場にいた誰が、彼女を責められるのだろう。
フェイトを止めていたなのはも、クロノも。はやて自身でさえ、胸の奥では同じように叫んでいた。
エリオの墓から離れろ。
キャロを見るな。
その汚い言葉で、あの子達に触れるな。
シグナムは、その叫びを拳に変えてしまっただけだ。
「八神二佐」
呼ばれて、はやては顔を上げた。
会議室の上座にいる管理局上層部の一人が、淡々とした声で続ける。
「今回の件について、処分案を確認します」
処分案。その言葉に、はやての指先がわずかに冷えた。
「ヴォルケンリッター・シグナムについては、民間人への暴行及び管理局信用失墜行為として、4週間の謹慎処分。任務参加及び公的活動を停止。期間中は基本自宅待機とし、事前に許可を申請した施設以外への外出を制限する」
4週間。はやては一度、目を伏せた。
想定より短い。いや、短く抑えられた方だ。
クロノ、リンディ、レティ、そしてはやて自身も、処分軽減のために走り回った。
シグナムが殴った理由。ヒルマの無礼。識別証偽造の疑い。墓標への接触。キャロへの精神的加害。考慮されるべき事情は山ほどあった。
だが、世論はそれを待ってくれなかった。
管理局が記者に暴力を振るった。
報道の自由を拳で封じた。
元闇の書関係者を管理局内部に置いていた危険性が露呈した。
そういう見出しが、何度も流れた。4週間で済んだのは、むしろ奇跡に近い。
それでも、はやてには喉の奥に何か硬い物が詰まったように感じられた。
「……承知しました」
それでも、自分の声は思っていたよりいくらか落ち着いていた。
上層部の男は、次の資料を開く。
「続いて、ジェイル・スカリエッティ事件関係者への一時措置についてです」
はやての胸が、嫌な音を立てた。隣に座るクロノが、わずかに姿勢を正す。
なのはは会議室の後方、参考人に近い立場で控えていた。顔色は悪い。彼女も、何が始まるのかを感じ取っている。
「現在、更生プログラム中の戦闘機人7名――チンク、セイン、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードについて、当面の更生プログラムを停止。安全確保及び追加襲撃防止のため、隔離保護施設へ移送する」
はやては、無意識に机の下で拳を握った。
隔離保護。綺麗な言葉だった。
しかし、その実態は、更生の停止であり、社会からの隔離だった。
「理由を確認させてください」
クロノが口を開いた。声は静かだったが、鋭かった。
上層部は淡々と答える。
「今回の事件は、生命倫理団体の過激分子による犯行と見られる。対象はエリオ・モンディアルだったが、同様の思想的動機を持つ者が、戦闘機人である彼女達を次の標的とする可能性は否定できない」
「それならば、警護強化で対応すべきです」
クロノは即座に返した。
「更生プログラムの停止と隔離施設への移送は、本人達に対する事実上の懲罰に近い」
「懲罰ではありません。保護です」
「本人の意思確認は?」
会議室に、一瞬だけ沈黙が落ちた。上層部の別の一人が口を開く。
「状況が状況です。迅速な判断が必要でした」
「本人の同意なく、ですか」
クロノの声が少し低くなる。
「犯罪者として収監されているのではなく、更生プログラム中の被保護者です。安全確保の名目で本人の意思を無視するなら、その法的根拠を明示してください」
「ハラオウン提督」
上層部の声に、わずかに苛立ちが混じった。
「あなたの言う理屈は理解します。しかし、今は管理局全体への不信が高まっている。一般市民は戦闘機人やクローンに不安を抱いている。再び事件が起きれば、管理局は重大な責任を問われることになります」
「不安を抱いているから、本人達を隠すのですか」
はやては、発言の後で自分が言ったことに気づいた。声は小さかったが、会議室に十分響いた。
上層部の視線が、はやてへ集まる。
「八神二佐。言葉を慎んでください」
「失礼しました」
はやては頭を下げた。けれど、目は逸らさなかった。
「ただ、確認したいんです。これは本当に本人らを守るための措置なんですか。それとも、世間から見えへん場所に置いとくための措置なんですか」
「両方です」
返答は、あまりにも簡単だった。はやては息を呑んだ。
「彼女達の安全を守る。同時に、世論の過剰な反発を抑える。現在の管理局には、その両方が必要です」
正論のような顔をした言葉だった。だが、はやてには別の言葉に聞こえた。
都合の悪いものは見えない場所へ。
「さらに」
上層部は次の資料を開いた。
「スバル・ナカジマ一等陸士、ギンガ・ナカジマ陸曹、ゲンヤ・ナカジマ三佐についても、当面の間、無期限休職とする」
なのはが、後方で息を呑む音が聞こえた。はやては、今度こそ声が出なかった。
スバル。
ギンガ。
ゲンヤ。
「理由は」
クロノが尋ねる。上層部は、用意していた文章を読み上げるように答えた。
「スバル・ナカジマ一等陸士及びギンガ・ナカジマ陸曹は戦闘機人であり、現在の世論状況及び追加襲撃の可能性を考慮すれば、通常勤務の継続は本人及び周囲に危険を招く。ゲンヤ・ナカジマ三佐についても、家族関係及び関係者対応の観点から一時的な職務停止が妥当と判断しました」
「一時的?」
クロノの声が冷たくなる。
「資料には無期限とあります」
「状況が落ち着くまで、という意味です」
「いつ落ち着くのですか」
誰も答えなかった。
はやては、机の端を見つめた。
スバルの笑顔が浮かぶ。明るくて、真っ直ぐで、少し無茶ばかりする少女。災害救助を目指し、人を助けたいと願っていた子。
ギンガの落ち着いた眼差しが浮かぶ。妹を支え、父を支え、自分自身も戦闘機人としての過去を背負いながら前へ進んでいた。
ゲンヤの渋い笑顔が浮かぶ。娘達を誇りに思いながらも、不器用にしか言葉にできない父親。
その三人を、休職にする。本人達が何かをしたわけではない。危険があるから。世論が悪いから。守るためだから。
同じ言葉で、また誰かが切り捨てられていく。
「デバイスの扱いは?」
なのはが、そこで初めて口を開いた。
本来、この場で彼女が発言する立場は弱い。だが、誰も止めなかった。
なのはの声は震えていたが、瞳は鋭かった。
「スバルのマッハキャリバー、ギンガのブリッツキャリバー。それから、リボルバーナックルは」
上層部の一人が資料をめくる。
「トラブル防止のため、一時的に管理局預かりとします」
なのはの顔が強張った。
「リボルバーナックルは、クイントさんの形見です」
「戦闘機人関連装備でもあります」
「形見です」
なのはの声が、低くなった。
「高町一尉」
クロノが小さく呼ぶ。止めるというより、踏み止まらせる声だった。なのはは唇を噛み、言葉を紡ぐのを止めた。
はやては、その横顔を見た。なのはがどれほど怒っているか、痛いほどわかった。
リボルバーナックルは、ただの武器ではない。スバルとギンガにとって、母クイントの記憶そのものだ。
それを、トラブル防止の名目で取り上げる。
守るため。
保護のため。
世論鎮静化のため。
便利な言葉が、次々と人を傷つけていく。
「この措置は既に決定事項ですか」
クロノが尋ねた。上層部は一瞬だけ沈黙し、やがて答える。
「本日付で通達します」
その瞬間、はやての中で何かが冷えた。これは協議ではなかった。報告だった。
自分達は、止めるために呼ばれたのではない。納得した形を作るために、この場に置かれているだけだ。
「……わかりました」
はやてはゆっくりと立ち上がった。
「八神二佐?」
「決定事項なら、うちらがここで何を言うても覆らへんのでしょう。やけど、記録には残してください。私は、この措置に反対です」
「八神二佐」
「更生中のナンバーズ7名への隔離措置。ナカジマ家3名への無期限休職。デバイス及び形見の預かり。いずれも、本人らを守るという名目に対して、本人らの意思確認が不十分です。法的根拠、期間、解除条件も曖昧です。私は反対します」
会議室の空気が凍った。クロノも静かに立ち上がる。
「僕も同意見です。対案として、警護強化、居住地秘匿、勤務内容の一時調整、本人同意に基づく保護措置を提案します。少なくとも無期限休職とデバイス預かりは過剰です」
なのはも立ち上がった。
「私も反対です。スバル達は何も悪いことをしていません。守るために奪うなんて、そんなの……守るって言いません」
上層部の男は、疲れたように息を吐いた。
「あなた方の意見は記録に残します。しかし、現在の管理局には組織全体の信用を守る責任がある」
組織全体の信用。はやては、その言葉を忘れないだろうと思った。
誰かを守るためではなく。組織を守るために。
その午後、通達は下りた。
スバル・ナカジマは、港湾特別救助隊の訓練場にいた。
いつものように汗を流し、模擬救助用の瓦礫を持ち上げ、様々な状況を確認していた。
マッハキャリバーの声が足元から響く。
「Condition green」
「ありがと、マッハキャリバー。もう一本いこう」
そう言って走り出そうとした時、上官に呼び止められた。
「ナカジマ一等陸士。至急、隊長室へ」
「はい!」
何か手続きだろうか。そう思いながら向かった隊長室には、父ゲンヤと姉ギンガもいた。二人とも表情が硬い。
スバルの胸に、不安が広がった。
「父さん? ギン姉?」
ゲンヤは返事をしなかった。ギンガが、スバルを見る。その目に、いつもの落ち着きはなかった。
隊長が重い表情で端末を差し出す。
「本日付の通達だ」
スバルは文面を読んだ。一行目で、意味がわからなくなった。無期限休職。
「……え?」
思わず声が漏れる。
読み進める。通常勤務の継続は本人及び周囲に危険を招く可能性。
当面の間、職務停止。デバイスは一時預かり。リボルバーナックルも、管理局預かり。
「待ってください」
スバルは顔を上げた。
「何ですか、これ。あたし、何かしましたか?」
隊長は苦しそうに目を伏せた。
「お前が悪いわけじゃない」
「じゃあ、何でですか」
「今は世論が悪い。お前達を狙う奴が出るかもしれない。上は、安全のためだと―」
「安全のために、マッハキャリバーを取り上げるんですか」
スバルの声が震えた。マッハキャリバーが、かすかに光る。
「buddy」
「リボルバーナックルも? 母さんの……母さんの形見も?」
ギンガが小さく拳を握る。ゲンヤは目を閉じた。
「スバル」
父の声は、ひどく疲れていた。
「今は、逆らってもどうにもならねぇ」
「どうにもならないって……!」
スバルは叫びかけて、止まった。
隊長室の中には、誰も敵はいなかった。隊長も、父も、姉も、苦しんでいる。ここで怒鳴っても、何も変わらない。
でも、納得できるはずがなかった。
JS事件で、スバルは戦った。人を助けるために。機動六課の皆と一緒に。
その結果、戦闘機人だから危険だと言われる。守るためだから、と仕事を奪われる。形見まで預けろと言われる。
「……あたし達、何なんですか」
スバルは小さく呟いた。
「人助けしたかっただけなのに」
誰も答えられなかった。
その頃本局では、なのはが通路の壁に手をついていた。
深呼吸しても、胸のざわつきが収まらない。
スバルの顔が浮かぶ。なのはさん! と真っ直ぐに駆け寄ってくる声。
不器用で、熱くて、誰かを助けるためなら自分の痛みを後回しにする子。
その子から、救助隊の仕事を奪う。デバイスを奪う。母の形見を奪う。
「……何をしてるの」
なのはは呟いた。誰に向けた言葉か、自分でもわからない。
管理局にか。
上層部にか。
それとも、何もできない自分にか。
背後から足音が近づく。
「なのは」
クロノだった。なのはは顔を上げる。
「クロノ君」
「これから法務と再協議する。解除条件を明確にするよう要求するつもりだ。少なくとも、無期限という言葉は危険すぎる」
「私も行く」
「君は当事者に近すぎる。感情的だと言われる」
「感情的だよ」
なのはは、はっきり言った。
「怒ってる。悔しい。こんなの間違ってるって思ってる。でも、それを理由に黙っていられるほど、私は器用じゃない」
クロノは一瞬だけ黙った。
「……わかった。だが、発言は慎重に」
「うん」
2人は並んで歩き出した。
なのはは、ふと足を止める。
「クロノ君」
「何だ」
「フェイトちゃん、大丈夫かな」
クロノの表情が曇った。
エリオの死。
キャロの状態。
葬儀での出来事。
そして今度は、ナンバーズやナカジマ家への措置。
フェイトにとって、これはまた別の傷になる。
「大丈夫ではないだろう」
クロノは正直に答えた。
「だが、彼女は大丈夫だと言う」
「……うん」
なのはは唇を噛んだ。
「私達、守れてるのかな」
クロノは答えなかった。答えられなかった。
夕方、はやては八神家に戻った。
玄関を開けると、ヴィータがすぐに出てきた。
シグナムはリビングに座っていた。謹慎処分を受けた彼女は、制服ではなく私服姿だった。
だが、その背筋はいつもと変わらず伸びている。
「主」
シグナムは立ち上がり、深く頭を下げた。
「処分、正式に決まった。4週間の謹慎や」
「承知しました」
「シグナム」
はやては彼女の前に立つ。
「私は、あんたを責めへん」
シグナムの瞳が揺れた。
「主、それは―」
「間違えたことはわかっとる。組織として処分が必要なんもわかっとる。でも、私はあんたがエリオのために怒ってくれたことまで、間違いやとは言わへん」
シグナムは何も言えなかった。
ヴィータが悔しそうに顔を背ける。
シャマルは目元を押さえていた。
ザフィーラは静かに目を閉じている。
リィンは、はやての肩にそっと寄り添った。
アギトは何も言わず、黙り込んでいる。
「それとな」
はやては続けた。
「ナンバーズの更生プログラム停止。隔離施設へ移送。スバル、ギンガ、ゲンヤさんは無期限休職。デバイスとリボルバーナックルは管理局預かりになった」
ヴィータが机を叩いた。
「ふざけんな!」
食器が震える。
「なんでだよ! なんでスバル達がそんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ!」
「安全確保と世論鎮静化、やそうや」
「それをふざけんなって言ってんだ!」
ヴィータの叫びは、はやての胸にも刺さった。
はやては椅子に座らず、そのまま立っていた。座ってしまえば、立ち上がれなくなる気がした。
「私は反対した。クロノ君も、なのはちゃんも反対した。でも、止められへんかった」
言葉にした瞬間、悔しさが込み上げる。
止められなかった。まただ。
エリオを守れなかった。
キャロを守れなかった。
シグナムを守れなかった。
スバル達も、ナンバーズも、守れなかった。
「主」
シグナムが静かに言った。
「どうか、ご自分を責め過ぎないでください」
「無理やな」
はやては苦笑した。
「私は部隊長やった。あの子らを預かった。家族みたいに思っとる。せやのに、いざとなったら何もできへん」
「そんなこと―」
「あるんよ、シグナム」
はやては顔を上げた。
「あるんや。今の私は、何もできへんかった」
リビングに沈黙が落ちる。しばらくして、はやては深く息を吸った。
「でも、終わりやない」
声に、少しだけ力が戻った。
「これは決定事項や。でも、解除条件を明確にさせる。法的根拠も洗う。本人らの意思確認も求める。クロノ君、なのはちゃん、リンディ提督、レティ提督にも協力してもらう。諦めへん」
ヴィータが顔を上げる。
「本当に、戻せるのか」
「わからん」
はやては正直に答えた。
「でも、やらなあかん」
それしかなかった。
夜。スバルは、自室でマッハキャリバーを抱えていた。
明日、正式に預けなければならない。今日だけは、手元に置くことを許された。
リボルバーナックルも、父の部屋にある。ギンガのブリッツキャリバーも同じだ。
部屋の照明はつけていない。窓の外から差し込む街灯の光だけが、薄く床を照らしている。
「ねえ、マッハキャリバー」
「Yes,buddy」
「しばらく、一緒に走れないみたい」
「I'm waiting. For the day we can run together again」
その返答に、スバルの目から涙が落ちた。
「ごめんね」
「No problem」
「問題あるよ……」
スバルはマッハキャリバーを抱きしめた。救助隊に入りたかった。人を助けたかった。
自分のこの身体も、力も、全部そのために使えると思っていた。
なのに、戦闘機人だから危険だと言われる。守るためだと言われる。休めと言われる。
自分は、何なのだろう。
人間なのか。
兵器なのか。
守られるべき被害者なのか。
隠されるべき危険物なのか。
わからなくなる。
「なのはさん……」
名前を呼んでも、答えはない。
なのはなら、きっと怒ってくれる。
はやてなら、きっと走り回ってくれる。
クロノなら、きっと正しい方法を探してくれる。
それはわかっている。
でも、今この部屋にいるスバルからは、すべてが遠かった。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「スバル、入っていい?」
「うん」
扉が開き、ギンガが入ってくる。彼女もまた、ブリッツキャリバーを抱えていた。
姉妹はしばらく無言で座った。
「悔しいね」
ギンガが言った。スバルは頷いた。
「悔しい」
「でも、私達が悪いわけじゃない」
「わかってる」
「わかってても、苦しいね」
「うん」
スバルは涙を拭った。
「ギン姉。あたし達、戻れるかな」
ギンガはすぐには答えなかった。
「戻ろう」
それは、答えというより願いだった。
スバルは頷いた。けれど、その願いがどれほど遠いものになるのか、この時の二人はまだ知らなかった。
同じ夜、本局の執務室で、はやては端末に向かっていた。
解除条件の再協議申請。法務照会。ナンバーズ更生プログラム担当者への連絡。ナカジマ家への支援ルート確認。関係者メンタルケア手配。
書いても書いても、足りない。
動いても動いても、追いつかない。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
端末の隅に、今日の会議記録が残っている。
組織全体の信用を守る責任。
はやてはその文言を見つめた。
組織は大切だ。秩序も、信用も、必要だ。
それがなければ、多くの人を守ることはできない。
でも。
組織を守るために人を切り捨てるなら。その組織は、一体何を守っているのだろう。
はやては目を閉じた。
エリオの墓標。
キャロの震える手。
シグナムの拳。
スバルの笑顔。
ナンバーズ達が更生し、描いていくであろう未来。
全部、守りたかった。
「……まだや」
はやては小さく呟いた。
「まだ、終わらせへん」
けれど、その決意とは裏腹に、状況は静かに悪化していく。
世論は鎮まらない。
上層部は保身を優先する。
傷ついた者達は、保護という名で遠ざけられる。
声を上げようとする者達は、手続きと権限の壁に阻まれる。
新暦0077年5月19日。
その日、時空管理局は多くのものを守ろうとした。
組織の信用。世間の目。炎上の拡大。次の事件の可能性。
そして、そのために。
何も悪くない者達が、静かに切り捨てられた。
最後までお読みいただきありがとうございました。