【DQ5】誰も知らない、グランバニア大臣の走馬灯 作:正拳くん三号
――牙を剥く現実と、交易の崩壊――
グランバニアの富の基盤は、峻険な山々に囲まれた国土から産出される、豊富な木材、そして質の高い鉱石や石炭だった。これらをサラボナへ輸出し、あちらの洗礼された物資や外貨を入れることで、我が国は成り立っている。
だが、山の魔物が凶暴化したことで、まず資源の採掘現場が脅かされた。作業員が襲われ、採掘量は目に見えて減少していった。
致命的だったのは航路の安全が根底から覆されたことだ。
かつて、我が国の商船は、山から湧き出る清らかな雪解け水に聖水を混ぜた特製の液体を、船の先端から絶えず流し続けることで、魔物を遠ざけて航行していた。信仰と技術が結びついた、グランバニアが誇る安全な航海のための秘術。
かつて父が誇らしげに見上げていたあの白い帆も、この盤石な結界があってこそだった。
しかし、凶暴化した魔物どもは、その聖水の結界すらも、強引に、狂ったように突破して船へと襲いかかってくるようになったのだ。
「結界が破られた! 魔物が甲板に上がってくるぞ! 応戦しろ!」
国に届く悲惨な現状。
その文字から船乗りたちの悲鳴が聞こえるようだった。俺の胃は焼け付くように痛んだ。
一度の航海にかかる時間は跳ね上がり、命がけの現場を嫌がって船乗りたちは次々と辞めていった。
年に数回、確実に富をもたらしていた大規模な航海は、徐々に回数を減らし、やがて港には、傷ついた商船が虚しく繋ぎ止められるだけとなった。
国庫へ流れ込む外貨が干上がっていく。それは、国家の緩やかな死を意味していた。
徐々に衰退していくグランバニア。その窮地において、皮肉にも人々が口々に欲したのは、かつて俺が失望して見限った、あのパパス王の「カリスマと武力」だった。
いざ魔物の脅威に対抗するための戦力が必要となった時、残されたグランバニアの兵たちは、すっかり堕落していた。先頭に立って敵をなぎ倒すパパス王のような英雄もおらず、あの騎士団長のように厳しい規律で軍をまとめ上げられる将もいない。
強い魔物と刃を交え、仲間が傷つくたび、兵士たちは怯え、過去を振り返ってばかりいた。
「パパス様がいてくだされば、こんな魔物どもなど……」
「ああ、あの頃のグランバニアは強かった……」
そんな兵士たちの不甲斐ない姿や愚痴を耳にするたび、俺の胸の奥で、パパス王への激しい怨嗟が黒い炎となって燃え上がった。
実際に血の滲むような思いで財政をやりくりし、国を維持しているのはこの俺だ。それなのに、民も兵も、目の前の現実を直視しようとはせず、ただ国を捨てた男の亡霊だけを盲信している。
その圧倒的なまでの不条理が、俺の理性を内側からじわじわと侵食していった。
俺も、決して手をこまねいていたわけではない。
この状況を打破するための苦肉の策として、俺は善良な人柄で通っていた王弟オジロンを説得し、代理の王として正式に玉座に据えた。彼をトップに立てることで、少しでも国をまとめ、兵士たちの士気を上げようと期待したのだ。
さらに、魔物の被害によって傷ついていた周辺の開拓村数カ所に対し、しばらくの安全を名目として、グランバニア城内への一時的な避難を呼びかけた。
新たな王となったオジロン王を前面に立てたこの人道的処置は、避難民からも、城下の民からも大きな支持を得た。
民を城に集めたことで、これまで各地の村々に分散させていた兵士たちを引き揚げ、彼らをすべて、人員が不足している交易船や採掘所への警護へと回した。
時には俺自らが商船に乗り込んでサラボナへと赴き、大富豪ルドマン殿と直々に対峙した。王の失踪によって揺らぐグランバニアの信用を、新たな王を立てたことや、警備兵を増やして航路の治安を回復させた実績で繋ぎ止めたのだ。「商売や仕入れが途絶える恐怖」を一番よく知る彼に対し、国が持つ備えを担保にして、安定した供給を保証してみせた。そうして、再度、円滑な交易を模索した。
打てる手を考え実行していく日々を送っていた。
だが、それも絶望的な失敗に終わる。
オジロンのことは子供の頃からよく知っていたが、彼はあまりにも温厚すぎた。戦時においてその優しさは致命的な「弱さ」でしかなかった。
兵士たちには完全に舐められ、ここでもパパス王と比較されては「頼りない王だ」と陰口を叩かれ、評判を落とすだけだった。
俺の行動も結局は一時しのぎにしかならず、国庫は徐々に衰退していく。
誰もまともに国を背負おうとしない。
そんな暗澹たる日々が、呪いのように数年間も続いたある日。
行き詰まり、精神の限界を迎えていた俺の前に、ある集団が姿を現した。
――白い衣の救済者――
城門を叩いたのは、真っ白な衣服を身にまとい、顔に貼り付けたような、やけに人当たりの良い笑みを浮かべた者たちだった。
彼らは自らを「光の教団」と名乗った。
数年前からその名は噂に聞いていた。魔物の脅威に怯え、明日の暮らしも見えない市井の民が、心の救いを求めて縋りついた新興宗教。当時の俺は「苦しい時の神頼みか。有象無象の宗教組織の一つに過ぎん」と、路傍の石のように見下していた。
だが、その教団の幹部が、俺個人への秘密の会談を求めてきたのだ。
薄暗い応接室で対峙した幹部は、貼り付いた笑顔のまま、今の俺が最も欲していたものを交渉のテーブルの上に提示してきた。
『困窮するグランバニアの現状、深く憂慮しております。……我が教団の信徒のなかには、武腕に優れた者も多くおります。彼らを、サラボナとの交易路を守護する人手として、無償で提供いたしましょう』
幹部はそう言うと、顔の筋肉を不自然に歪めて、やけに人当たりの良い笑みを深くしてみせた。
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で計算式が弾けた。
(なるほど……口では無償などと言っているが、魂胆はすぐに分かった。我が国の弱みに付け込み、いずれはサラボナとの広大な交易の利権に食い込むつもりなのだろう。宗教の皮を被った、欲深い俗物どもめ。)
だが、俺はその提案に乗ることにした。
戦力の質さえ担保されるなら、交易そのものが破綻しかけている今、どれほど利益を分配させられようとも、国が完全に潰れるよりは遥かにマシだ。利権に目が眩む俗物ならば、むしろ金と条件でコントロールしやすい。
「教団を利用して、国を救ってみせる」
俺は大臣としての己の政治手腕に、久方ぶりの高揚感を覚えていた。
実際、その選択は間違っていないように思えた。
派遣された教団の者たちは驚くほどに強く、商船への襲撃を確実に退けてくれたおかげで、航路の被害は劇的に減少した。交易の回数はかつての黄金期ほどではないにせよ、数年間にわたって良好に続き、グランバニアの財政は目に見えて安定を取り戻していった。
オジロンは何もせず、パパスはどこかで野垂れ死んだか。だが、この俺が、教団という手駒を使いこなして国を救ったのだ。俺は深い満足感とプライドに満たされていた。
そんな偽りの平穏に浸っていたある日、光の教団の幹部との定期的な秘密会談の席で、俺は心臓が止まるような話を耳にすることになる。
『サラボナの地に、あのパパス殿の息子を名乗る青年が現れたそうです』
幹部の一言に、俺は耳を疑った。パパス王と共にグランバニアから去った赤子。
その赤子が生きていたとでも言うのか。
それ以上に、実務家としての俺の脳裏に最悪のシナリオが浮かんだ。幹部の話では、その青年はあろうことか、我が国の一番の交易相手であるルドマン殿の娘との縁談を自ら蹴り、どこの誰とも知れぬ、貧しい村娘と結婚したというのだ。
「ルドマン殿の顔に泥を塗ったというのか……! あのパパスの血筋は、どこまで我が国の交易を邪魔すれば気が済むのだ!」
あの男がグランバニアの王族だとルドマン殿に知られれば、せっかく繋ぎ止めた交易は今度こそ完全に終わる。それだけは絶対に防がねばならない。
俺は即座に密偵を放ち、密かにサラボナでの青年の動向を探らせた。だが、戻ってきた報告は、恐ろしいことにすべて事実だった。