軍人女は世界平和の夢を見るか。   作:窕木 芽衣

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プロローグ:軍人女は異世界の夢を見たか。

Говорят, когда человек видит нечто настолько невероятное, что не может в это поверить, он теряет дар речи.

人はあまりにも信じれないものを見ると言葉が出なくなるらしい。

 

 

 

────────私は死ぬまで軍人だった。

 

ソ連軍狙撃部隊少佐アーグメント・イグルー。

 

私はこうして生まれ、このまま死んだ。

 

撃ち殺してきた私が。敵を屠ってきた私が。冷酷無悲と恐れられた私が。

 

一つ殺し。二つ殺し。十、百、千。

 

数えることすら忘れた。

 

味方の情報伝達不足で死ぬなんて、お似合いの最後だと思った。

 

目の前が真っ赤になり、私は─────死ぬんだなと思った。

 

 

 

 

 

 

────────目が覚めると周囲が明るくなっていた。

 

体の痛みは消え、傷口も消えている。

 

「…私はクリスチャンでもユダヤ教徒でもないはずなんだがな」

 

周囲には石畳が円形に敷かれ、その中央には白い石で組まれた噴水が立っている。

 

水は光を反射し、風が吹く水飛沫を飛ばす。広場を囲む建物は西洋風の建物も、和風の建物も、蘭風の建物も、見たことがない建物ばかりだった。

 

武器を携帯しているものはいない。

 

塹壕も見張りも見える範囲にはいない。

 

周囲から子供の声もする。

 

「おねーさーん!パンをくーださいっ!」

 

「はーい10G(ゴールド)ね」

 

子供は笑っていた。

 

 

 

母親らしき人も近くにいる。

 

誰も警戒していない。

 

空を。

 

物陰を。

 

 

 

 

────────気が付いたら逃げ出していた。

 

気持ち悪い

 

気持ち悪い

 

気持ち悪い

 

気持ち悪い

 

 

 

なんで

 

なんで

 

なんで

 

なんで

 

なんで

 

なんで

 

なんで

 

 

 

私は、私たちは、戦っていたのに。

 

 

 

 

 

 

不可能という言葉を押し殺し

 

どうしようもなくても殺し

 

仲間を見捨ててさえ殺し

 

裏切者は容赦なく殺し

 

戦闘機だろうと殺し

 

戦車だろうと殺し

 

いつも通り殺し

 

敵を撃ち殺し

 

自我を殺し

 

敵を殺し

 

誅殺し

 

殺し

 

殺

 

 

 

 

 

 

 

気が付くより先に足が動いていた。

 

 

 

ひたすら走って逃げて逃げて逃げて距離を取って離れて走って逃げだした。

 

 

 

目の前の木々は高くなって、枝葉は重なり合い、

 

逃げ出した足元からは蝸牛を踏み潰したような音がした。

 

 

 

木の葉で視界は完全に覆いつくされた。

 

後ろから木の葉を踏み潰すような音がする。

 

木と木が擦れ合うような音がする。

 

 

 

ミシ

 

 

 

ギシ

 

 

 

ミシミシ

 

   ミシミシ

 

 

 

ギシ

 

 

 

誰かいるのかと振り向いた。自分の顔の前に無造作に振り落とされたそれは。

 

ここの異質さを表していたのだった。無造作に動く木人(パペット)。

 

 

 

「…敵国のやつらこんなものまで」癖となってるか無意識に舌打ちをした。

 

「私の得物にかかればこんなもの一瞬で…」

 

 

 

あんなもの、一度でも食らったら骨は砕ける。

 

 

 

 

自分の手を後ろに回し「得物」を取り出そうとした。

 

───────背中には何もない。確かに違和感はあった。ここにきてからいつも

 

傍にあった重さはなかった。信じたくなかった。

 

「…っ」気が付いたら体は逃げていた。アレに頼りきりだったのだろう。

 

足が震える。敵は自分を探している。得物も。小刀(ナイフ)も。今手元にはない。

 

 

 

後ろから木の葉を押しつぶすような音が聞こえる。

 

 

 

人を殺すために存在するとしか思えない腕が私に振り下ろされ──────

 

 

 

得物さえあれば、得物さえあれば、得物さえ、得物さえあれば。

 

その思考が自分自身を覆いつくし

 

目を閉じた。

 

 

 

骨がいびつな音を立てた。

 

右腕は生を取り戻し

 

右腕は熱を取り戻し

 

右腕は力を取り戻し

 

 

 

 

 

 

無意識下に右手が勝手に振り下ろされたものを防いだ。

 

 

 

金属に木を打ち付けた音がする。

 

 

 

「……?」

 

 

 

────────右手には慣れ親しんだ重さがあった。

 

 

 

 

自分を何度も何度も救ってきた。敵を何度も何度も撃ち滅ぼした。

 

人を軍人を軍隊を艦隊を戦艦を航空機を国を殺し戮し倒し討ち滅ぼした。

 

 

 

冷たい銃床。

 

 

 

冷たい引き金。

 

 

 

冷たい照準。

 

 

 

人を殺すように形作られた。

 

 

 

────────「得物」に「右手」は変わった。

 

 

 

言葉が出なかった。夢でも見てるんだと思った。

 

そんな思考が自分を押しつぶそうとする前に心が叫んだ。

 

今はそんなことはどうだっていい。殺せ。生き残れ。

 

「Сдохни, болван.(───クタバレ、木偶が)」

 

 

 

汚い言葉とともに右手から発された弾丸は木の怪物を音もなく撃ち抜き、否、音より早く撃ち殺した。遅れて銃声が森を揺らした。

 

────────いつも通り何気ない音だった。

 

 

 

右手が熱い。

 

銃身から白煙が上がる。

 

 

 

私は理解した。

 

 

 

───私はもう、人間ではない。

 

 

 

夢でも見てるのか?

 

夢なら火薬のにおいはしないはずだ。

 

夢なら頬を撫でるこの煙はなんだ。

 

夢ならこの熱はなんだ。

 

 

 

夢でないならさっきの右腕はなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────あてもなく街に戻った。

 

 

 

馬鹿げてると思った。

 

 

 

 

そこらで子供が遊んでいる。

 

…警戒が甘すぎる。狙撃手がいたら死ぬぞ

 

 

 

無造作に食べものがつまれている。

 

…あんな場所に置いていたら敵兵に奪われる

 

 

 

大きな教会がある。

 

…絶好の狙撃ポイントをどうしてあんなに町の中心に

 

 

 

 

 

 

────────「…なるほど、これは夢か。」

 

 

 

しばらくこの町を偵察して出した結論がそれだった。

 

この町はビギンというらしい。

 

 

 

そんな町は見たことも聞いたこともない。

 

 

 

少なくともヨーロッパにもアジアにもなかったはずだ。

 

 

 

G。そんな通貨単位も聞いたことがない。

 

 

 

森のさらに奥に行ってみたが先ほどの木人がいるくらいだった。

 

 

 

「あんな化け物が出歩いているのにこの町のやつらは…」

 

訳が分からなかった。

 

 

 

化け物がいるのに武装もしない町人。

 

鉄柵は張らず、まして銃も持ち歩かない。

 

 

 

これが夢なら私の現実の体は、どうなってるんだろう。

 

 

 

「────────でもまさか」

 

もし

 

 

 

もしも

 

 

 

これが現実だったなら。

 

───────私は死んだのだろうか?

 

 

 

死んだはずだ。

 

紛れもなく。

 

軍人たるもの民間人よりは死を知っている。

 

 

 

あの時私は確かに────────

 

 

 

走馬灯のようなもの

 

 

 

そう自分自身を勝手に納得させた。

 

 

 

 

 

 

 

────────どんなに整理がついてなかろうと夜は来る。

 

 

 

今まで自分を照らしていた光は落ち着き、闇が身体を冷やす。

 

逃げるように、隠れるように路地裏に吸い込まれていった。

 

 

 

夢であろうと、走馬灯だろうと。

 

疲れたものは疲れた。

 

 

 

────────今日はここで休むとしよう

 

 

 

路地裏で人一人が眠れそうなスペースを見つける。

 

 

 

誰かがこちらに歩いてくる音がする。

 

警戒を崩さず、そちらのほうを向く。

 

 

 

音のほうから灰色のフードをかぶった少年が歩いてきた。

 

「ハッ、どうやらお前情報が必要らしいな、ここがどこかもわかってないんじゃないか?」不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

「お前は誰だ」

 

 

 

「まぁ、情報屋といったところか。金さえあればほしい情報でもなんなり教えてやるよ」そいつは不敵な笑みを浮かべこちらに近づく。

 

 

 

情報。情報。ここの。この走馬灯の。

 

悪くない。

 

悪くはない。

 

そんなことを考え、意地悪な策を思い浮かべる。

 

 

 

「はぁはぁ情報屋、ねぇ?」

 

少し嫌なやつを演じる。いいやつは、生き残れないのだから。

 

「どうせ胡散臭い情報を高値で売りつけることしかできないんだろ?」

 

 

 

「関わったこともないやつの情報を決めつけるのはどうかと思うんだがな」

 

 

 

「情報屋のくせに、信用に値する情報さえも用意できない?あぁ、あぁその程度か。」

 

 

 

「金も出してないのに、口だけは達者なやつだな」

 

 

 

「当たり前だろ?情報屋を騙る中二病のガキのおもりしてやってるんだ」

 

いやな笑みを浮かべ情報屋を名乗る少年のほうを向く。

 

 

 

「じゃあここで一つ情報を出してやろう。」

 

「一回死んでみろ。それでだいたいわかるだろ?」

 

それだけを口走り闇に紛れた。

 

 

 

あれは信用できるのか?

 

私を馬鹿にしているだけか?

 

 

 

 

 

────────考え事をしている間に夜は更けた。

 

今日はもう寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じ、外の音に警戒しながら死体のように眠った。

 

 

 

 

 

 

そんな彼女を見ないようにか、月は雲に隠れた。

 

夜風が吹くような寒い日だった。

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