頭が妙に冴えている。
迫るミルメコレオを前にしても、焦る必要は無いと思った。俺は拳を前に突き出して、そこから光の放射を敵に浴びせる。
これはウイカのくれたネックレスによる魔力なのか。それともドロシーさんが言っていたように、元々誰しも持っているらしい潜在的なエネルギーなのかは分からない。
でも、いける。使いこなせる。
「グオォォォオッ!?」
反撃されると思っていなかったのだろう、ミルメコレオは呻きながら吹き飛んだ。
光のオーラが
「荒城くん。どうして魔法を……」
「分からない。でも、ウイカのくれたネックレスから力が伝わってきた時、俺もこれを使える気がしたんだ」
困惑するウイカに向けて話してみるも、俺自身何がなんだかさっぱりだった。
ただ、ウイカと俺の持っている魔力の相性が良いというアザラク・ガードナーの予想はあながち間違っていないと思う。ウイカの魔力を感じただけでこうして扱えるのが何よりの証拠だ。
「グルルル……」
遥か彼方へと吹き飛ばしたミルメコレオが、喉を鳴らしながら再び起き上がる。
ウイカの炎で全身を焼かれ、口内に火炎弾をぶち込まれ、俺の攻撃で裂傷を負っても敵意を剥き出しにする獣魔。ちょっとしつこすぎるんじゃないか。
見る限り、相手も既に限界が近そうだ。ふらふらとよろめく相手を正面に見据える。
どう出るべきか。睨み合う数秒の静寂。
すると、ウイカがゆっくりと立ち上がって俺の後ろにぴったり張り付いてきた。
「う、ウイカ? 怪我もあるし無茶するなって!」
「ミルメコレオは……接近戦しか仕掛けてこない。遠距離技を、構えて……」
息も絶え絶えと言った様子だが、ウイカは俺の右手を包むようにして手をとってきた。
血に濡れた右腕。動かすのも一苦労に見えるのに、彼女は真っ直ぐ敵を捉えて真剣な眼差しをしている。
無茶でも、目の前の敵を倒すことが存在意義。その執念を感じ取った。
なら俺もそれに応えたい。素直に従って、遠距離技を思案する。
「遠距離か……。銃、いや弓矢とか?」
「うん。分かりやすい何か、想像してみて」
言われて、俺は左手を真正面に突き出した。
そしてウイカと共に右手を引く。空想上の弓についた弦を引き絞るように。弓の形も構えも正解は分からないが、たぶん俺の中にある何となくのイメージで良いはず。
ミルメコレオが雄叫びをあげる。
大丈夫。相手の咆哮は弱々しく、もはや威嚇にすらなっていない。
これなら負けない。
ウイカと二人なら尚更、負ける気がしない。
「撃つ……イメージ……!」
気づけば、周囲を漂っていた魔力の光が手の中に弓の実体を生み出していた。あるはずのない弦が、引き絞る手に反発する力を感じる。
ウイカが隣で小さく頷いた。
「いっけぇぇぇえ!」
右手を離して、発射。
「グガァァァア!?」
次の瞬間には、ミルメコレオが絶叫していた。
放たれた光の矢が敵の脳天を捉える。圧倒的な破壊力でそのまま体の中心を貫き、左右に分断しながら突き抜けていく。
バリバリと雷が放電するような激しい音を響かせ、ミルメコレオは熱と衝撃に消し飛ばされた。跡形もなくその姿が蒸発していく。
敵の体は雪のような粒子となって散っていった。
「よっしゃあ!」
思わずガッツポーズを取り、それどころではない事を思い出してウイカを見る。
ミルメコレオだった粒子たちがウイカの下へ集まり、彼女を包み込んでいく。そのままウイカの体に触れて溶けていった。
はじめて戦った時も、ウイカは巨大熊の粒子を吸収していた気がする。敵から発せられたものを吸い込んで平気なのだろうか。
「ウイカ?」
「……大丈夫」
心配する俺の顔を見て、ウイカは静かに頷いた。
光の粒が触れた箇所から彼女の擦り傷が癒えていく。血に塗れた右腕をゆっくりと動かして、ウイカはふっと息を吐いた。
「ほ、本当に大丈夫なのか? まずは病院に……」
「問題ない。ミルメコレオのマナは全部受け取った」
マナを受け取った?
俺が疑問を挟むより前に、彼女のスマートフォンが着信音を響かせた。
巾着から取り出してそのまま通話を始める。
「はい。……いえ、大丈夫です。戻った後に治療は受けます。はい。……えっ?」
誰と通話しているのだろう。
ボーッとその様子を見ていると、彼女はこちらに視線を向けて困ったように眉を下げた。
「その、これからですか? ……はい、分かりました。すぐに」
どうやらそこで電話は終わったらしい。彼女はスマートフォンを巾着へ仕舞い込んで、何やら言いづらそうに俺を見る。
なんだろう。まったく分からないが、俺に関することなら協力するつもりだ。そのためについてきたんだし。
「なんかあったのか?」
「……うん。ちょっと、私も分からないけれど」
彼女は自分の右手に視線を移して、その手を開いたり閉じたりしている。
動くようになったばかりの腕の感触を確かめているようにも見えるが、何かを言い出すタイミングを探っているんだと察した。
沈黙が続く。
が、ウイカはおもむろにマントを脱いで巾着に収納した。頬をペチンッと叩いて、覚悟を決めたらしい。
「荒城くんを、アザラクの施設に連れていく」
「……え?」
アザラクの施設?
というと、ウイカが育ったという例の組織か。
つまり先ほどの電話は施設の誰か――おそらく上司的な存在で、そこから俺を連れてくるよう命令を受けたということか。
しかし、何故?
と彼女に聞くのは時間の無駄か。どう見てもウイカ自身が困惑しているので状況を把握していないだろう。
「行く前に教えて。荒城くん……魔法を使ったことがあるの?」
「そんなわけないだろ。今は、なんか無我夢中で……」
俺自身、何故ミルメコレオと戦うことができたのか分からない。
けれど戦闘中は、あの光のオーラを操れると確信できた。そして事実、そのとおりになった。
アザラクの施設とやらに行けば、何か分かるのだろうか。
「……」
ウイカが無言で見つめてくる。疑念を孕んだ眼差しだった。
一般人は魔法を使えない。俺が突如として魔法を使ったことは相当なイレギュラーで、となればウイカも俺のことを疑っているに違いない。
もちろん俺は何も隠していないが、こればかりは信じてくれと言うだけでは済まないだろう。
それに。
「ウイカのことを聞くチャンスでもある、か」
ウイカ・ドリン・ヴァリアンテ。
彼女が魔法少女になった理由。今の暮らしや戦いについて。そして自分を犠牲にしようとする生き方のこと。
歩み寄りたいとは思っているが、今でも分からないことが多い。
謎に満ちたアザラクという組織や、魔法少女というもの自体についても詳しくなれるかもしれない。
組織で直接問い質せるのなら好都合だ。
俺はウイカのことを知りたい。だから決断して此処まで来た。
今更後に引く気なんてない。
「行くよ。全部、聞かせてもらう」
「……そっか」
「ん? どうした?」
「なんでもない」
俺の方から行くと決めたのに、ウイカの反応は芳しくないものだった。
戦闘が終わってから、ウイカの無感情さに拍車が掛かっている気がする。上の空というか、心ここにあらずというか。
うーむ、まだまだ分からないことだらけだ。
淡々とゲートを開くウイカに付き従って、俺はスペルフィールドを後にした。