暗く、昏く、闇い、狭い牢の中。
"それ"は再び目を覚ます。
その瞳が映すのは、もはや何度見たのかも分からない苔むした石畳。
暗く、昏く、闇い、"それ"の瞳は、最早生者の輝きを灯さず、辛うじて人間性を保っている"それ"の精神を、非常に良い出来で表していた。
粗雑な鎧を着込み、折れた直剣を腰に携え、枯れた植物と蟲の死骸が
暗く、昏く、闇い、"それ"の胸にある
今まで何度繰り返しただろう。
一度目など憶えていない。二度目も、三度目も、四度目も、そんなものがあったのかと思う程、記憶に無い。繰り返しているのだから始まりはあったのだろうと、漠然と思うだけだ。
今が何度目かも分からない、興味は無い。これまでも、これからも、いつまでも続く行動の回数を数える事に、何の意味がある?
思考を放棄し、意味も意義も目的も目標も存在せず、使命を帯びそれを実行するだけの道具と化した自分に、人らしい仕草など馬鹿らしいとしか思えない。
それなのに、心が折れる事も、擦り切れる事も許されず、使命を放棄する事もできず、日々を惰性で過ごしているあの不死の様には、私はなれないのだ。
嗚呼、嘘だ。私は嘘を吐いた。本当は全て覚えている、最初に継いだ薪の感覚も、世界を暗闇に包んだ後のあの光も、死んでいったあの戦士達も、狂ってしまった彼等達も、反吐が出るような悪党なのに憎みきれないあいつも、かつて英雄だった者達も、蝕まれてなお英雄だった彼も、深淵に呑まれてしまった何かも、只一つの目的の為に全てを無くした彼女達も、盲執に取り憑かれた裏切り者も、あらゆる者の死であった彼女も、闇に唆された素晴らしき公王達も、最早かつての面影は無く、だが燃え滓となりながらも紛れも無く太陽の王であった彼も、
そしてその全てを殺した時の感触も。
私が起こした行動の結果は、今も深淵を阻む生者の証として残っている。いや、残されている。
私は道具なのだ。火が消えかかっている世界に火を灯す道具。それは全く同じ世界でありながらも、私が起こす行動で世界は変わり、されど結果は変わらない。
私が亡者になってしまわない様に、ほんの少しの自由を持たせて、最悪のところで繋ぎ止めて、神の時代を存続させる。
そう理解した時、全てを呪った。私が何をしたというのだ、何故、何故、何故、何故。
反抗した。闇撫でに唆され、世界を闇に包んだ。けれどこの牢屋にいた。
ずっと、牢屋に閉じ籠った。けれど頭の中が使命で埋め尽くされて、やめた。
その次は、亡者になろうと自殺して、けれど一向に亡者になる気配はなく、やめた。その次は、結晶にになろうと試んで、その次は、深淵に呑まれようと、その次は、その次は、その次は…
今は只、使命を全うするだけの道具だ。ならば、何もかもに無感動で、何もかもが目に映らなければ良いのだ。道具とはそうあるべきであろう?
なのに何故、私は嘘を吐く。なのに何故、私は後悔をする。なのに何故、私は人間なのだ。
道具には必要ないだろう、人としての感情など。それを切り捨てて仕舞えばどれほど楽だろうか。変わりの無い結末を、何事もなく受け入れてしまえれば、私は道具と成り果てられる。それがどれほど素晴らしい事か。
けれど、今もこうして理想を願い、現状に絶望している。そしてそれは、これからも変わりないだろう。
暗い牢屋に光が差し込む。ほんの少し顔を上げ、身体を動かす準備をする。
天井から投げ込まれたのは、一つの死体と、一人の少女。
落ちた衝撃で目を覚ましたらしい少女は、何の反応も示さない"それ"を見て、開口一番にこう言い放つ。
「ゾンビ!」