ぶろぶろぶろ、と重く響くエンジン音を響かせる装甲車がD.U.の道路を走り抜けていく。連邦生徒会の本部を出発したての頃はまだ道路はきれいだったが、目的地であるシャーレのオフィスに近づくにつれて次第に荒れていき、装甲車は速度を抑えて進んでいた。
「弾はこっちに、各種手榴弾はこれ、医療品はそこで、爆弾はこっちに……」
装甲車の座席の一番後ろ端にキズナは座り、装備の点検をしていた。脚に装備していた外骨格を外して点検していて、この場にいる誰とも目をあわせない。
七神リンは別の車両であとから追いかけると言い、装甲車の座席には先生とユウカ、ハスミとスズミとチナツがいて、各々が小さな声で話をしている。
「あの子、ずっと機械とにらめっこしている」
「それだけ集中しているということなんだよ。そういえばユウカ、キズナとは知り合いなの? 友達?」
「ええ。あの子……キズナとは面識があります。向こうが友達と思っているかは……」
「複雑な事情があるみたいだね。おや、スマホが……」
先生とユウカはキズナに聞こえないくらいの声で会話を続けたが、途中で先生のスマートフォンが震える。画面はリンからの電話が来ていることが表示されていた。
『先生、いまお話しても大丈夫ですか?』
「リン? どうしたの、問題が?」
『ええ。些細なものですが。縄手さんが納品したコンテナですが、トラブルがありまして。モモカがコンテナに入っているお昼のデリバリーを開けようとして非常用ロックを作動させてしまったらしいのです。解除コードを教えてもらうことはできますか?』
「ええ……?」
先生はキズナに声をかけ、事情を説明しながらスマートフォンを貸すと、キズナが小声で数字を喋って先生につき返した。
先生とユウカの座る席の向こう側には、ハスミとスズミとチナツが座っていて、彼女たちは飛び入り参加となったキズナに目線を向けていた。
「戦闘員ではないにしろ、あなたが作った道具はどれも優れているようですね。どれも頑丈そうだし、これなら新作スイーツを20箱くらい詰め込んでも大丈夫そう……保冷剤だって十分に入りますね」
キズナに一番近い席に座っているハスミの明るい声に、キズナはぎょっとした顔を見せた。
「はあ? そんなにスイーツ詰め込むって、冗談でしょ? 全部あなたが食べるわけ……じゃないよね?」
「あっ……おほん、よかったらコンテナやその外骨格を正義実現委員会に提供をしていただけ――あの、聞こえていますか? キズナさん?」
ハスミが声をかけるが、今度はあからさまに無視されてしまった。間違いなく聞こえる声量で話しかけたが、キズナの目線は自分の外骨格やコンテナにばかり注がれている。
ハスミの隣に座るチナツもキズナの様子を伺い、声をかけようと口を開いた。
「もういちど進行ルートのことを相談しませんか?」
「必要ないんじゃないかな。だって出発する前にわたしとユウカと、あと土地勘のある七神さんとで十分に検討して、これが最善だと判断した。それとも、なにかアクシデントが?」
「ああ、いえ、なんでもないです」
取り付く島もない態度に絶句したチナツは表情が固まってしまったが、ややあって目をつむり、息をついた。
チナツの隣に座るスズミは困惑した表情をキズナに向け、声をかけようとしてやめた。代わりに運転席の方に視線を向けてこれからのことについてあれこれ話したり、窓から周囲の警戒をするために目を光らせている。
「キズナは昔からあんな感じだったのかな」
先生の小さな声は、隣に座るユウカに対する問いかけだった。
「いえ、あの事件が起こるまではああではなかったんです。もっと元気で、親しみやすくて、前向きでした。でも休学してからはあんな感じになってしまって」
「休学? あの事件っていうのに関係があるの?」
「はい。あの子はなにもなければミレニアムの2年生なんです。私も2年生だから同級生になるはずだった。でも、1年前にミレニアムであの子が設立した部活で事件があったんです」
ユウカの表情が曇るが、小声で話していたり装甲車のエンジン音が大きく響いていたせいで、ふたりの会話はキズナの耳には届いていなかった。
先生は黙々と点検作業を続けるキズナを横目に、ユウカとの会話を続けることにした。
「その事件って?」
「あの子が立ち上げた部活のメンバーが技術流出をしたんです。技術で人を幸せにするんだって、キズナはコンパクトな製品を作る部活を立ち上げて、仲間たちと活動していました。でも、莫大な金銭に目がくらんで、当時キズナたちが開発していたコンパクトな外骨格の試作品やデータをブラックマーケットに持ち逃げした……」
「ブラックマーケットって?」
「キヴォトスにある闇市場のひとつです。連邦生徒会も手が出せてない危険地帯で、当然、犯罪の温床です」
「そんなところに持ち逃げなんて……大事だったよね?」
「もちろんです。流出先が普通の企業とかだったらどれだけ良かったか……だから、本来なら、雲隠れした生徒たちと同じように、キズナにも重い処分がくだされるはずでした」
「それって……」
「……退学処分ですよ」
先生ははっと目を丸くさせた。思っていた以上に厳しい処分だった。
これから向かう先で立ちはだかる不良学生は学籍を失った者が多いという。一歩間違えていれば、キズナは不良学生たちの側にいたのかもしれない。
「でも、キズナはミレニアムの生徒会の『セミナー』に深く謝罪をして、責任をとると言ったんです。逃げた仲間を怒るのでもなく、責めるのでもなく、一番はじめに取った行動は、ミレニアムが被った損害を自分が働いて返すとセミナーに直談判することでした。自分が責任をとって、ミレニアムに賠償金を支払うって」
「それで、ポーターズ・ネストで働くようになった?」
「はい。だから退学の代わりに休学になって、損害賠償金を支払うことになったんです。
ポーターズ・ネストはキヴォトスで有名な配送業者の団体で、スマホアプリで誰でも配送を依頼することができるけど、キヴォトスの配送業は危険と隣り合わせなんです。不良学生やヘルメット団、反社会的勢力からの襲撃リスクはどうしたって避けられないの。
だからこそ報酬は高額なんです。毎月損害賠償金を払えていたのはそういう危険な仕事をしていたから……それにあの子は人に暴力をふるうことを良しとしない子だから……配送業務なんてもとより重荷のはずなのに。ずっと、ああして生きているんです」
語るユウカの表情は悲痛さをたたえていた。顔はやや赤くなり、目がうるんでいる。
先生はキズナの方を向く。点検を終えたキズナは背負子にコンテナを乗せ、いつでも出動できるように準備を整えていた。小さな身体に大きな荷物と、荷物だけではない重荷を背負ってきた少女を見て、先生は顔を伏せた。
「ずっとひとりで、とても大変な道を歩いていたんだね。なんとかしてあげたいよ」
先生のつぶやきにユウカは頷いた。
「私だってそう――」
ユウカの言葉は最後まで続かなかった。装甲車ががたんと揺れ、くぐもった爆発音が外から聞こえた。襲撃だ! と運転手が叫ぶとハスミがすぐに立ち上がり、装甲車後部にあるドアスイッチを押せるように準備する。
キズナも外骨格を脚に装着し、背負子を背負っていつでも出動できる姿勢をとりつつ、先生に空っぽのコンテナを押しつけた。
「これは?」
「わたしの作った荷物収納用のコンテナ。衝撃や銃弾に耐性があるの。防具としては心もとないけど、ないよりマシだから。ストラップでバイタルパートを保護するように固定するから、じっとしてて」
身体の前面を守るようにキズナが先生の体にコンテナを固定していく。そうしている間にもハスミやユウカたちは準備を終え、装甲車が急停止したと同時にドアを開け、外に飛び出していく。
その様子を横目にキズナは先生を守るコンテナを固定し終えた。
「先生、手短に言うね。たいていの人間は本当に人を殺そうとか、殺したいとか考えてない。ぼんやりだけどヘイローがあるかどうかなんてみんな分かるし、先生のことを見ても進んでぶち殺そうなんて考える奴はいない、と思う」
「そうなの?」
「そうなの。でも、流れ弾や破片とかは遠慮なんてしてくれない。だから、出発前の打ち合わせ通り、先生は装甲車に残って指揮をとって。ドローンのコントローラーはこれだよね。準備して」
キズナは座席に置かれていたコントローラーや関連した機械や小さなモニターを先生のそばに置いていく。それと同時に、窓越しに白い煙が装甲車を覆っていく。
「装甲車の煙幕のおかげでしばらくは安全だから。私もそばにいる。もし近づかれたら、こいつでなんとかするから」
どこか歪な大型拳銃をキズナは小さな手で握りしめていた。出発前の打ち合わせでのキズナの自己申告によれば、それは電撃銃だという。人を必要以上に傷つけるのではなく、武器を取り落とさせる程度の威力しかない。
先生は偵察ドローンの準備をしながら、装甲車を離れるキズナの手が震えているのを認めた。「あの子は人に暴力をふるうことを良しとしない子だから」とユウカは言っていた。こんな状況はキズナにとって相当なストレスに違いない。
連邦生徒会の本部を出る前の打ち合わせは簡素なものだったが、密度は相当なものだった。先生は戦術を立てて指揮をとるのが得意だと自己申告していた。であれば、それを試してみない手はなかった。
「よろしくね、キズナ。
みんな準備はいいかな。偵察ドローンは起動済、カメラは良好。空からの目で君たちを指揮するよ……1時方向の遮蔽物、ロケットランチャー! 顔を出させないで、スズミはクロスがとれるように右の裏路地を進んで!」
ユウカたちは襲撃してきたスケバンたちを退けたが、いままでに味わったことのない妙な感覚を覚えていた。
「なんだか、戦闘がいつもよりやりやすかった気がします……」
装甲車に戻ったスズミのつぶやきにユウカは頷いた。
「……やっぱりそうよね?」
後部ドアをキズナが閉めて、全員が乗り込んだことを確かめると、運転手は装甲車を発進させる。そうしている間にハスミが先生の指揮を褒め、恥ずかしそうに先生は頭をかいていた。
「チナツさん。これ、医療品を詰めてたコンテナだよ。みんなの傷の処置をお願い」
キズナは背負子をおろして「医療品」のラベルが貼られた小さなコンテナを手渡した。チナツは礼を述べると開封し、近くにいたスズミのすり傷の消毒にとりかかっていく。
それを横目にキズナは後部ドアの窓から見える景色に視線を注いでいた。先生の指揮のもとでユウカたちは十数名ものスケバンたちを倒すことが出来ているし、道路にはのびているスケバンたちがまだ立ち上がっておらず、どんどん姿が小さくなっていく。それでも遠目に見えるサンクトゥムタワーの大きさはほとんど変わらない。
サンクトゥムタワー。連邦生徒会の本部。行政業務システムの中核だが、最終管理者たる連邦生徒会長の失踪のせいで、その機能を停止している。その結果がキヴォトス全域における急激な治安の悪化を招いていた。
出発前の情報共有によれば、連邦生徒会長の行方は知れず、どうすることもできないでいたが、先生がシャーレのオフィスにある「なにか」を操作することで連邦生徒会長の認証を迂回することができるらしい。
それこそがヘイローのない大人をシャーレのオフィスに運ぶ重要な理由。キヴォトスに危険地帯が増えるのを避けられるなら、キズナが協力しない理由はなかった。
しかし。結局トリガーをひくことこそなかったが、キズナは自分の呼吸が乱れているのを自覚していた。戦場になれていないわけではない。でもずっと、自分は逃げ続けていた。歩荷の仕事で荷物を守るためにも逃げていたし、自分が他者を傷つけることからも逃げていた。
そのせいで実際の戦闘はユウカたちに任せきりだった。情けない。そう口にする代わりに、キズナは深いため息をついた。
ジジ! と突然車内のスピーカーにノイズがはしった。誰かからの無線連絡が来たことの前触れで、咳払いをしたのはリンの声だった。
『今、この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました』
車内に緊張が走る。リンからの無線連絡は落ち着いた調子で続いていた。
曰く、孤坂ワカモなる生徒が首謀者であるという。彼女は百鬼夜行連合学院を停学の身で、似たような前科をいくつも抱えた危険人物。矯正局を脱獄し、今回の騒ぎの中心にいるという。
そんな奴を相手にどうしろっていうんだ。キズナはぎゅっと電撃銃を握りしめる。どう考えたってヤバい奴だ。普段の自分なら絶対に避けるが、衝突する可能性は低いなんて言えない。
『先生、どうかお気をつけて』
「ありがとうリン。みんな、次の戦闘の準備は大丈夫?」
ドローンのコントローラーを操作しながら先生は声をかけた。傷の治療は終わっているし、弾の補給も済んでいる。現地で弾切れを起こしてもキズナがサポートできるだろう。
「いちど車を停止させるぞ。正面に瓦礫や倒木があって、迂回しなきゃ――うわっ! ワカモだ!」
「私も確認したよ。煙幕をお願い。それから後退しよう」
先生は落ち着いた様子で指示を出し、ハスミがすぐに外に出られるようにドアの開閉のスイッチに手を伸ばしていた。キズナは正面の窓から煙幕が展開される前にワカモの姿を見て戦慄していた。狐の面に隠された表情は全くうかがえない。こんなことをする、全く人物像の見えない危険人物がそこにいる。
まだ外に出られない間、ユウカが装甲車に備えられた機銃を操作するコントローラーを手にしてモニターの前に陣取った。
「奴らが頭を出せないように機銃を撃ちます!」
「わかった。十分後退した。運転手さんストップ! ハスミたちは外に出て、配置について! キズナもサポートをお願い!」
了解の返事をしてハスミたちが素早く装甲車から降り、煙幕が晴れる大通りで戦闘を始めた。