一体、僕が何をしたというのだろうか。
いかつい禿頭が、剣呑な目つきでこちらを見下ろしていた。隣に癒し系のカイナさんがいても、その雰囲気は中和しきれるものではない。
それがトレジャーハンターに舐められないための体面だということは分かっているし、その表情も、ガークさん本人にとっては睨んでいるつもりなどないのだということも知っている。
それでも、根が臆病な僕としては、その正面に座らされるだけで萎縮してしまう。
探索者協会の応接室に座らされ、それだけで幻影を殺せそうな眼光を受けること数分。
ガークさんはおもむろに口を開き、いつもの低い、恫喝するような口調で言った。
「クライ、てめえ、何故【白狼の巣】にいた?」
「え? うーん……迷子探し?」
「迷子探しだと?……レベル5のパーティを迷子呼ばわりとは、相変わらずだな」
何を言っているんだろう、この人は。レベル5のパーティ?
僕たちが探していたのは、ソルさんの娘……?のルナちゃんだ。まあ、結局いなかったし、なんなら門のところにいたけど。
……そういえば、あの洞窟に遭難者がいたっけ。確か……そうだ。
「ロドルフさんたちなら心配いらないよ。帰りも十分歩けてたし」
「ああ、それはルーナに聞いた。てめえがどこでそれを知ったのかは、今はいい……それより、【白狼の巣】について聞きたい」
「……はあ」
「何か気づいたことがあったら教えてくれ」
「うーん……特にないかなぁ」
「特にねえ!?」
ガークさんが、青筋を立てて低い声で恫喝してくる。
「いいかクライ……ふざけてるなら、今すぐやめろ。【白狼の巣】の幻影が、通常より強化されていることは調査済みだ」
「……そうなんだ」
「そうなんだ、じゃねえ!」
机が、どん、と鳴った。
ガークさんが身を乗り出し、剣呑な目つきでこちらを睨む。
「お、落ち着いてよ、ガークさん。確かに幻影のレベルは上がってたかもしれないけど……」
「……てめえ、それを『特にない』と言ったのか?」
「いやー、確かになんかおかしかったよ。でもさ、宝物殿に入ったのも久しぶりだったし、最近のレベル3はこんなものなのかなって……」
「…………」
半ば冗談めかした本気の言葉に、カイナさんが苦笑いを浮かべた。
ガークさんの眉がぴくぴくと痙攣するように引きつり、マフィアも真っ青になりそうな表情で僕を凝視している。
嫌な沈黙が漂う。
やがてガークさんが、その空気を払拭するかのように大きくため息をつき、言った。
「……お前といい、ルーナといい、何故それを異常だと考えないんだ」
……そんな事言われてもなぁ。
その後、不満を言い終えたガークさんから、諸々の進捗を聞かされた。
探索者協会や帝国の専門家たちが調査した結果、地脈には問題なかったらしい。なにせ、地脈の位置は滅多に変わるものではない。
地脈とは、いわば大地に奔る血管のようなものだ。
問題があれば一目で分かる、ということくらいは僕でも知っているが、それ以上のことは知らない。
かといって、人為的なものとも断定できない。
過去の事例には、地脈を無理やりねじ曲げて人為的に宝物殿を生み出そうとした者や、近辺に存在する複数の宝物殿を一つの巨大な宝物殿に変えようとした者もいたが、今回のケースに当てはまるような人物は確認されていないという。
「【白狼の巣】は、これから本格的に調査に入る。『創星界』にも協力を要請した。お前んところにも協力してもらうぞ。分かったな?」
「……ちなみに、断る選択肢は?」
「ない」
即答だった。
そんなこと言われても困るよ。依頼はもう受けたくないんだ。
だが、こうなってはガークさんが意見を撤回しないだろう。
仕方ない。アークに任せよう。何をするのかは知らないけど、アークがいれば何とかなるだろう。うん、そうしよう。
ハードボイルドにすべてを放棄する決意を固め、僕は言った。
「まあいいか。僕は動けないけど、クランとしての協力はできるだけさせてもらうよ。アークが戻ったら、手伝ってくれるよう頼んでみるから」
アークを貸してあげるから勘弁してください。
万能で頭のいい彼がいれば、だいたいのことは解決できるだろう。
後で返してもらうけど。
———
ガークさんによる半ば拉致同然の呼び出しから無事に生還し、僕は肩を回しながら、慎重に慎重にクランハウスへの道を歩いていた。
「全く……ガークさんは毎回毎回、いきなり呼び出すから困る。調査なら勝手にやればいいのに……なんでいつも僕を頼るんだよ」
帝都には僕以外にもレベル8が
そっちを頼ればいいだろうに。他のレベル8は何をしているんだ。
グチグチ独り言をしながら歩いていると、前方から不意に声をかけられた。
「クライさん。お久しぶりです」
「……ああ、久しぶり」
…………誰?
声の主は、慇懃な態度で立っている茶髪の少年だった。
年はティノと同じか、少し下くらいだろうか。服装は完全に一般市民のもので、防具も武器も身につけていない。
思わず久しぶりとか言ってしまったが、全く見覚えのない姿に、僕はとりあえず穏やかな笑みを浮かべておく。
僕の顔と名前を一致させている者の数は多くない。《足跡》のメンバーではないだろう。
というのも、《足跡》には、なぜか加入時に僕が直接面談するという謎ルールがある。
名前と顔が一致しないことはあっても、顔そのものを忘れている、というのは考えにくい。
それに――口ぶりからして、どうやら僕とこの少年は面識があるらしい。
人違いの可能性も、まあ……ないのだろう。
改めてよく見ると、すっと通った目鼻立ちに、澄んだ青い瞳が印象的だ。
どこか人懐っこさを感じさせる顔立ちをしている。
「突然、すいません。もしよろしければ、今からお話を聞かせてもらえませんか?」
…………やっぱり分からない。
「うちの副マスターが過大評価する《千変万化》に興味があるんです!」
…………いや、本当に誰?
「それに、『足跡』にも一度行ってみたいと思ってい、たん……?」
ぺらぺらと話していた少年は、こちらの反応がおかしいことに気づいたのか、言葉を途中で止め、困惑したような表情を浮かべた。
「……どうしました?」
「! い、いや、なんでもないよ……あ、『足跡』に来たいんだよね? いいよいいよ。着いてきて」
僕はにこにこしながら全力で乗っかることにした。僕がリィズくらい気が強かったら知らないと言い切っていただろうが、残念ながら僕はふわふわした男だった。
ちょうど護衛もいなくて、ビクビクしながら帰ってきたところだ。少なくとも現時点で、この少年から殺意は感じない。
「え!? ほ、本当ですか!? ありがとうございますッ!」
少年はぱっと顔を輝かせ、勢いよく頭を下げる。その反応に、僕は少しだけ面食らった。
まあ、襲ってくる様子もないし、大丈夫だろう。
「あ、その前に僕のパーティメンバーも連れて行っていいですか?」