嘆きの亡霊は創星と出会う   作:永佑

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第12話 策謀

 

 本当の事を言えば行くつもりはなかった。

 

 僕はチキンなのだ。ただの調査だと頭では分かっていても、宝物殿という言葉を聞くだけで、背中に冷たいものが走る。

 

 だが、今回の調査に僕がついて行って何の役に立つのかはともかくとして、エヴァにいざという時の為に同行してほしいと言われてしまえば断るわけにもいかなかった。

 

 ……まあ、なんとかなるだろう。

 今回は『足跡』の半分以上が参加するのだ。上位パーティの《黒金十字》もいるし、エリートクランのメンバーである《小さな惑星(ドワーフ・プラネット)》もいる。何も心配はいらない——はずなんだけど。

 

 『足跡』の面々がまるでこれから死地に向かうかのような緊迫感で出発準備を行なっている。 装備の最終確認、魔道具の点検、短い打ち合わせ。慣れた手つきのはずなのに、どこか余裕がない。誰も無駄口を叩かず、視線は自然と下を向き、時折交わされる言葉も必要最低限。

 

 僕より強い怪物どもが、僕より死にそうな顔をしている。

 まるでこれから向かうのが調査先ではなく、帰還予定のない戦場であるかのようだった。

 

(いや、調査だよね……?)

 

 思わず胸の内で確認してしまう。

 宝物殿の調査。敵情把握と地形確認が主目的。制圧でも殲滅でもない。はずだ。

 

 視線を巡らせると、《黒金十字》の面々はいつも通り冷静だった。プルート君率いる《小さな惑星》も比較的落ち着いている。だがそれも、余裕というより「覚悟が済んでいる」という雰囲気だ。

 

(……気合入りすぎじゃない?)

 

 僕が何か聞き逃している情報でもあるのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、不意に視線の端に小さな影が映った。

 

 ロビーの端、壁際。

 そこにティノが立っていた。

 

 出発準備に追われる皆から少し距離を取り、控えめに佇んでいる。

 装備は軽めだが、すでに整えられていて――どう見ても、行く気満々だ。

 

 僕は小さくため息をつき、彼女の方へ歩み寄った。

 

「ティノ」

 

「は、はい!」

 

 呼びかけるだけで背筋を伸ばす。

 その様子に、なんだか悪いことをしている気分になる。

 

「今回の調査、無理に来なくてもいいんだよ。 リィズなら心配いらない。留守番してても——」

 

「いえ!」

 

 最後まで言い切る前に、即答だった。

 

 ティノは一歩前に出て、ぎゅっと拳を握る。

 

「ますたあが行くなら、私も行きます!」 

 

 迷いのない声に一瞬、声が詰まる。

 こういう時のティノは、意外と頑固だ。それに、この目をしている時は、何を言っても引かない。

 

「……危ないかもしれないよ?」

 

「それでもです! ますたあのそばにいるのが、私の役目ですから」

 

 間髪入れずに返ってくる。

 そうか、役目か。一体リィズは弟子に何を教えているのだろうか? 今度聞いてみよう。

 

 僕は小さく頭を掻いて、視線を逸らした。

 

「……分かったよ。ただし、無理はしないこと。危なそうだったらすぐ下がる。いいね?」

 

「はい!」

 

 今度は、少し嬉しそうに。

 

 その表情を見て、内心でまた一つため息をついた。まあ良いか、本人が行きたいって言うなら。

 

 ティノの小さな背中を視界の端に捉えながら、僕はもう一度、ロビー全体を見渡した。

 

 

———

 

 

 そこは、窓のない部屋だった。

 

 広々と取られた室内は、壁も床も土でできている。人の手で均された跡はあるが、装飾らしいものはほとんどない。

 並べられた机の上には書類が乱雑に積まれ、壁際に配置された本棚には、分厚い魔導書がぎっしりと詰め込まれていた。

 

 だが、何よりも目を引くのは――部屋の中央に設置された装置だ。

 

 逆円錐状に巻かれたガラスのパイプは、淡く緑色に発光し脈動するようにマナを循環させている。

 

 その前に、一人の男が立っていた。

 

 一見すれば、冴えない中年の学者だ。

 黒髪に、穏やかな顔立ち。身に纏うのは薄手の黒いローブだが、その生地は一目で高級品と分かる。

 

 ソル・バートン。

 

 彼は感心したように装置を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。その目には純粋な称賛が滲んでいた。

 

 地脈に仕込むことで、目に見えないマナ・マテリアルを撹拌し、増減させる装置。

 本来ならレベル3相当であるはずの宝物殿【白狼の巣】は、この装置によって適性を大きく逸脱していた。

 

 レベル5のハンターを圧倒する力。

 認定に換算すれば――6、いや7相当。

 

 その異常の中心にいるソルが、ゆっくりと口を開いた。

 

「《大賢者(マスター・メイガス)》ノト・コクレア……」

 

帝都で最も名高き魔術師の一人。かつて法に真っ向から反する理論を提唱し、永久追放された男。その後、魔術結社『アカシャの塔』帝都支部の研究所長となり、このマナ・マテリアル撹拌装置を生み出した。

 

「……始末するには惜しい男だったかもしれないね」

 

その言葉に、背後に控えていた錬金術師の女が、くすくすと肩を震わせた。

 

「ふふっ。でも、それを完成させたのは、ほとんどルーナ様なんですよ?」

 

「私は……ハウメアの言う通りに動いただけ。感謝してる」

 

「いやいや、私は指示しただけですって。実際に潜り込んで部品を盗んで、組み上げて、動かしたのはルーナ様ですから! きゃはっ、ほんと最高ですよ!」

 

ハウメアは心底楽しそうに笑う。

 

「禁忌指定の魔導装置なんて、普通は図面を見ることすらできませんし。実物を分解して、しかも完成品まで作れるなんて……研究者冥利に尽きます!」

 

ソルは苦笑し、小さく肩を竦めた。

 

「君は相変わらず楽しそうだね」

 

「もちろんです! こんな大実験、そうそうありませんから!」

 

 部屋の頭上——【白狼の巣】からは、無数の足音が響き渡っていた。もちろん、実際に真上にいるわけではない。魔術的な監視機構によって、侵入者の動きを把握しているだけだ。

 

 調査のために派遣されてきたハンター達に調査を諦め帰還する気配はない。トレジャーハンターの聖地として知られるゼブルディアにおいて、宝物殿の優先度は高い。遺物調査員と呼ばれる専門の調査機関まで存在しているくらいだ。

 

 ソルは静かに目を細めた。

 

「……そろそろ始めようかね。準備は整った。あとは時間の問題――もう時期、彼もここに来るだろう」

 

 低く抑えられた声には、先ほどまでの柔らかさは微塵も残っていない。

 それは呼びかけではなく、確信に近い宣言だった。

 

 ソルは一歩、装置へと近づいた。

 逆円錐状に巻かれたガラスの管が、彼の存在を察したかのように、淡く脈動する。

 ソルは一切の躊躇も見せず、その中心へ向けて、静かに手を翳した。

 

 次の瞬間、装置を満たしていた緑の光がまるで塗り潰されるように、ゆっくりと黒へ変わっていく。地鳴りのような振動が走り、天井が激しく揺れた。

 

「ルーナ君、上はどうなったかね?」

 

ルーナは目を伏せたまま答える。

 

「……宝物殿のレベルが上がってる」

 

その報告を聞くや否や、ハウメアはぱっと顔を輝かせた。

 

「きゃはっ! 成功ですね!」

 

両手をぱんっと合わせ、子供のように笑う。

 

「これなら『狼王』も確実に目覚めますよ! ああ、楽しみだなぁ……どこまで変異するんでしょう!」

 

その瞳は純粋な好奇心だけで輝いていた。

 

「こんな実験、二度とできないかもしれませんからね!」

 

ソルは薄く笑った。

 

その表情に浮かぶのは、勝利の喜びではない。ただ結果を知っている者だけが見せる、冷えた余裕だった。

 

 すべては計画通りだ。歯車は正しく噛み合い、あらゆる展開がすでに織り込み済み。

 

 あとは彼が、この盤上でどうやって生き延びるかを見るだけ。期待ではなく、観察だ。

 駒として使えるか、それともここで切り捨てるか――判断するために。

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