嘆きの亡霊は創星と出会う   作:永佑

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第13話 狼王の巣①

 

 【白狼の巣】が見えてきたのは、街道を外れてしばらく経ってからだった。

 

 『足跡』の紋章が刻まれた馬車が、岩肌の多い道を慎重に進み、やがてゆっくりと減速する。車輪がきしむ音とともに止まり、御者が短く合図を送った。それを皮切りに、僕たちは順に馬車を降りる。

 

 目の前にあるのは、切り立った岩山に大きな穴を穿った洞窟型の宝物殿【白狼の巣】だ。位置も、構造も、以前訪れた場所と大きくは変わっていない。

 

 ただ――僕は、馬車を降りてからずっと、引っかかっていることがあった。

 

「なんか、ゴツくない?」

 

 入口を見上げた瞬間、その違和感が言葉になる。岩山を食い破るように開いた洞口は、記憶の中のものより明らかに大きい。気のせいと言い切るには無理がある程度には、存在感が違って見えた。

 

 自然洞窟なら、崩落や侵食で形が変わることもある。宝物殿といっても完全に固定されたものじゃないし、多少の変化は誤差の範囲だろう。

 

 そう思っていた僕とは対照的に、『足跡』のメンバーは誰一人として前へ進もうとしなかった。馬車を降りた場所で足を止め、入口を睨む者、周囲の地形に目を走らせる者、それぞれが無言で警戒を強めている。

 

 その張りつめた空気に首を傾げていると、隣でプルート君が低く言った。

 

「幻影のレベルが上がっているとは聞いていましたが……これは想定以上ですね」

 

「ああ、異常だな」

 

 スヴェンも即座に応じ、入口から視線を離さないまま続ける。

 

「先行してたハンターたちが無事だといいんだが……」

 

 その直後、宝物殿の奥から慌ただしい足音が響いた。追われるような、転ぶのも構わず駆けてくる音だ。

 

 数人の人影が、洞口から転がり出るように姿を現す。

 

「うわ……」

 

 全員、顔色が悪い。鎧の隙間から覗く肌は青白く、肩で息をしている。立っているのがやっとという様子だった。

 

 スヴェンは迷いなく駆け寄り、先頭の男に声をかける。

 

「何があった?」

 

 男は膝に手をつき、荒い呼吸の合間に言葉を吐き出した。

 

「地面が、急に揺れて……そしたらウルフナイトがッ……」

 

 ウルフナイトってのは、僕たちが一度入った時に見たあの狼の騎士のことだろう。僕に言わせればあれも十分化け物だったけど。

 

 すると別のハンター達が、苛立ちと恐怖を滲ませて続ける。

 

「化け物だッ! あんなの勝てねえ」

 

「俺たちはもう降りる。依頼なんて知らん」

 

 誰も止めなかった。彼らはそのまま、ふらつく足取りでこの場を離れていく。

 

 確か、ここはレベル3の宝物殿だったはずだ。新人が混じっても調査可能で、多少幻影が強くなることや小規模な揺れが起きる程度なら珍しくない。

 

 だが、その認識を共有しているのは僕だけらしい。周囲を見ると、誰一人として表情を緩めていない。

 

 前に来た時のことを思い返す。レベル5相当の敵が出現し、さらにレベル9のルーナさんまで関わっていた。今にして思えば、最初から釣り合っていない依頼だったのかもしれない。

 

 ガークの野郎、とんでもない依頼をよこしやがって。いつもいつも本当にろくな仕事を回してこない。

 

  そして再び洞窟の奥から足音が聞こえた。

 

 先ほどとは違い、焦りも乱れもない、一定のリズムだ。

 

 現れたのは、背の小さい白髪の少女だった。ラフな服装で、武器らしいものも持っていない。雰囲気だけ見れば、そこらを歩いている一般人と大差ない。

 

「やっほー! やっと来たねぇ!」

 

 場違いなほど明るい声が響き、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。

 

 少女を見たプルート君は、小さく息をついて声をかけた。

 

「お疲れ様、ハウメア」

 

「うんうん、お疲れ〜。みんな待ってるよ」

 

 そう言って笑う少女に、プルート君は僕たちの方へ向き直る。

 

「紹介します。僕のパーティメンバー、ハウメア・ゲイルです。認定レベルは6。《機操天外》の二つ名を持つ錬金術師です」

 

「よろしく〜」

 

 ハウメアは軽く手を振り、にこにこと笑う。

 

 その空気につられるように、僕も一歩前へ出た。

 

「よろしく。えっと……僕はクライ・アンドリヒだよ」

 

 名乗ると、ハウメアは僕の顔をじっと見つめた。

 

「うん、知ってるよ」

 

 一拍置いて、くすりと笑う。

 

「……相変わらずだね」

 

 それだけ言うと、興味を失ったように視線を外してしまった。

 

(相変わらずって、どういうことさ)

 

 《小さな惑星》と《嘆きの亡霊》がハンター登録をした日は同じだ。年齢こそ僕たちの方が上だが、経歴だけ見れば同期と言っていい。

 

 昔は合同でハントに出たことも何度かある。

 

 ……とはいえ、彼女とまともに話した記憶はほとんどなかった。

 

 何か言いかけたプルート君だったが、結局口を閉ざす。

 

 その様子を見たスヴェンが、一歩前へ出た。

 

 宝物殿から視線を外さず、低く、それでいてよく通る声で告げる。

 

「とりあえず全員揃ったな。ここに集まってくれ!」

 

 一度周囲を見回し、静かに続けた。

 

「現状は、想定していた以上にやばい。情報を整理でき次第突入する」

 

 その一言で空気がさらに引き締まる。

 

 ハンターたちは即座に動き出し、それぞれが自然と輪を作っていく。

 

 僕はそんな様子を眺めながら、もう一度【白狼の巣】を見上げた。

 

 確かに妙ではある。

 

 でも、何がそこまで「まずい」のかは、僕にはまだよく分からなかった。

 

 ある程度を超えたハンターや幻影の強さというのは、正直なところ実感が湧かない。実際に誰かがやられるところでも見ない限り、危険だと理解できない自分がいる。

 

(……やっぱり、僕だけ何か勘違いなんじゃないかな)

 

 

———

 

 

 ハウメアは楽しげな笑みを崩さぬまま、クライ・アンドリヒを眺めていた。

 

(……本当に、この人なの?)

 

 ソル様が気に掛ける男。

 

 《千変万化》クライ・アンドリヒ。

 

 《小さな惑星》と《嘆きの亡霊》は昔から何度も顔を合わせている。合同で宝物殿に潜ったことも一度や二度ではない。

 

 だから知っている。彼が帝都中で語られる数々の功績を。

 

 未来を見通し、一度として致命的な判断ミスを犯さず、最年少クラスでレベル8へ到達した怪物。

 

 それらが単なる噂ではなく、事実であることも理解している。

 

 けれど。

 

(どう見ても普通なんだよねぇ)

 

 気の抜けた様子で宝物殿を見上げる姿は緊張感の欠片もない。

 

 体格も貧弱。マナの質も量も特筆するものは感じられない。その辺の一般人と並べられても、違和感なく紛れてしまいそうだった。

 

 少なくとも、ハウメアの目にはそう映る。

 

(……プルートの方が、よっぽど”それらしい”よ)

 

 《神童》プルート・エッジ。

 

 十四歳でレベル7に至った天才ハンター。

 

 帝都でも名の知れた若手ハンターたちを束ねる、《小さな惑星》のリーダー。

 

 実を言えば、彼を見つけ出し、《創星界》へ引き入れたのはハウメア自身だった。

 

 ソルの命を受け、有望な若手を探し、接触し、才能を見極める。

 

 その役目を果たした結果が、《小さな惑星》である。

 

 成果としては十分すぎる。

 

 だが――。

 

(ソル様が欲しかったのは、この子じゃなかった)

 

 プルートは天才だ。

 

 努力と才能によって、常識の延長線上で頂点まで駆け上がった存在だ。

 

 対してクライは違う。

 

 ソル様が執着する理由も、ルーナ様が警戒する理由も、ハウメアにはいまだ理解できない。

 

(だから今日ではっきりする)

 

 ハウメアは口元だけで笑った。

 

(せいぜい期待を裏切らないでよ。《千変万化》)

 

 

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