鬱蒼と茂る森の中。僅かにつけられた『白狼の巣』に向かう道を警戒しつつ歩く。
隊列は僕が先頭に立ち、後ろにソル、最後に後方の警戒を担当するルーダ。
まだ宝物殿にたどり着くその前から、森には得体の知れない空気が漂っていた。
遠くから、低く、けれど鋭く響く遠吠えが森の奥から響き渡る。
葉擦れの音も風のざわめきも、すべてが不自然に感じられる——まるで森自体が呼吸しているかのようだった。
ルーダが周囲を警戒するように見回し、呻くように言う。
「おかしいわね。……やばい匂いがぷんぷんするわ。まだ宝物殿にもたどり着いてもいないってのに――」
「うんうん、そうだね」
森の奥に漂う異様な空気、鋭く響く遠吠え、そして足元に散らばる葉の不自然な揺れ。
自分の胸がざわつくのを感じながら、僕は深く息を吸った。
ハンターの嫌な予感はよく当たる。マナ・マテリアルの供給により、脳で処理しきれないほどに強化されたハンターの感覚は勘という形でそのハンターに警鐘を鳴らす。
しかも、ルーダは危機察知能力に長けた、ソロのハンターだ。そのルーダが言うのだからこの森は相当やばいのだろう。
もし、ルナちゃんが来てたとしたら、まず無事じゃすまない。
ルーダは背筋をピンと伸ばし、森の奥に意識を集中させている。
葉擦れや風のざわめき、遠くの動物の足音……すべてを拾い上げるように視線を巡らせる。
「……何かいる……かも」
声は小さく、かすれたようだったが、その緊張感は伝わってくる。
ソルも息を詰め、手の位置を少し低くして警戒態勢に入った。その顔は青ざめ、今にも倒れそうなほどだった。
「本当に……ここにるーちゃんが?」
ソルさんは青ざめてた顔で声は震わせた。
ただ見ているだけで、焦燥がこちらにまで伝わってくる。
「まあ、可能性はあるってだけだよ」
声を出すとき、自分でも少し無理して平静を装い、無理やりでも、声のトーンを少し柔らかくしてみた。
「でも、もしそうなら……」
ルーダの声には、まだ抑えきれない不安が滲んでいるのか、短剣を握る手がほんの少し震える。
「は、はやく……」
ソルは焦りを隠せず、どんどん顔色が悪くなっていく。
娘がここにいるかもしれないという不安に駆られ、相当参っているらしい。
傍から見ているだけでも、いかに追い詰められているかがわかる。
今更引き換えそう、なんて言えない空気になってきた。
だが、ただでさえ陰鬱な状態なのに、これ以上はやめてくれ。肩を竦め、やんわりとフォローした。
「だ、大丈夫だから。落ち着いて!……たぶん、きっと生きてるよ。たぶん」
それを聞いたソルさんはさらに死にそうな顔を浮かべ、体が薄くなっているように感じる。
まるで、死期を悟った猫のように消えてしまいそうだ。
「たぶんって、あなた……」
僕の空気読めてない発言に、ルーダが呆れた目を向け、小さくため息をつく。
しょうがないじゃないか。
根拠のない安心を断言できるほど、僕は強くない。
内心で頭を抱えつつ、歩みを進める。
早く見つけないとまずい。ルナちゃんもまずいし、ソルさんもまずいし、何より——僕がまずい。
やっぱり、ホームが一番だ。
そんなことを考えながら、周囲を見回しつつ、慎重に歩を進める。
道の左右、木々の影、地面に落ちた葉の微妙な揺れ——すべてが、魔物の気配を告げるかもしれない信号に思えた。
突然、遠吠えのような声が再び響く。
その音は前回よりも低く、どこか悲しげで、同時に鋭く耳を突き刺す。
僕は立ち止まり、視線を前方の闇に固定した。
その瞬間、その視界に影が差した。
太陽を覆い隠す影。
空から降ってくるそれにいち早く気がついたルーダが短剣を抜き、前に出る。
一拍遅れ、ソルさんが距離を取り、手にナイフを握る。何もしていないのは僕だけだ。
ようやく僕にも、その目が対象を捉える。匂いも音もなく忍び寄ってきたその影を。
ルーダが目を見開き、蹲ったまま動く様子のない真紅の獣に、掠れた声をあげる。
「……え……ここの幻影って――狼じゃないの!?」
向けられた輝くような金の目を、ルーダが睨み返す。抜き去った短剣の切っ先をそこに向ける。
真紅の獣は緩慢とも言える緩やかな動作で、立ち上がった。
――二本足で。
針金のような真紅の毛皮に、ピンとたった犬科特有の耳。臀部からは同色の太い尾が伸び、その鼻はまるで状況を把握するかのように小さく動いている。
しかし、その獣の大部分は血のように赤い甲冑に覆われていた。手甲で保護された手が、持っている武器を牽制するかのようにゆっくり揺らす。
「鎧を着ている!?……それに二本足で立つ狼なんて」
「剣を持ってる……こんな幻影見たことない」
『白狼の巣』に出現する
だが、今目の前に出てきた相手は色と顔を除けば想定と何もかも違う。
悲鳴をあげるソルの言葉を掻き消すかのように、狼の武者が咆哮をあげた。
……あれ。もしかしなくても、これ、死ぬ? ピンチ?