嘆きの亡霊は創星と出会う   作:永佑

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第5話 無敗女帝

 

 帝都ゼブルディアを拠点とするハンターたちを統括する組織――探索者協会帝都支部。

 その最上階、支部長室には重苦しい空気が満ちていた。

 

 分厚い机を挟み、ガークは一人の砂漠精霊人の女性と向かい合っている。

 

 金髪のウェーブがかった長い髪に、青と赤のオッドアイ、砂漠精霊人特有の尖った耳。

 やたらと裾の長い黒服に、黒のローブを羽織り、口元は包帯のような布で覆われている。

 

 認定レベル9――ルーナ・ネロナ。

 帝都を代表するクラン『創星界(ステラ・ファミリー)』の副クランマスター。

 

 無駄な動きは一切ない。

 ただそこに立っているだけで、室内の空気が張り詰める。

 場の主導権を無言で握り潰すような圧があった。

 

「……遭難者救助。【白狼の巣】……」

 

 ルーナはガークの机に置かれた依頼書へ視線を落とし、淡々と読み上げた。

 感情の起伏は感じられない。だが、その低い声には、不思議と拒否を許さない重みがある。

 

「ああ。レベル9のお前が受けるような依頼ではないかもしれんが……頼めるか?」

 

 一瞬の沈黙。

 

「ん…。承知した」

 

 それだけ答えると、ルーナは踵を返す。

 扉を開け、静かに支部長室を後にした。

 

 残されたのは、張り詰めたままの空気だけだった。

 

「……やっぱり、空気が変わりますね」

 

 副支部長のカイナが、閉まった扉から目を離さずに言った。

 

「ああ。《無敗女帝(アンビートン)》とはよく言ったものだ」

 

 ガークは短く息を吐き、深く椅子に身を預けた。

 

 《無敗女帝(アンビートン)》――その二つ名は、決して誇張ではない。

 

 依頼に失敗したことも、敗北したこともない帝都最強のハンター(当人はその評価を頑なに否定するが)だ。任務も全て一人でこなす。

 彼女が積み上げてきた実績は、もはや一人のハンターが成し得る範疇を逸脱していた。

 討伐数、制圧事例、救出件数。そのいずれを取っても、比較対象が存在しない。

 

 中でも語り草となっているのが、かつて世界を滅ぼす力を持った黒竜を、単独で撃破した一件。

 その戦果をもって、彼女はレベル9認定試験を容易く通過した。

 それだけの実績と実力は持ちながら彼女は、自らの力を誇示することも、実力の劣るハンターを見下すことも決してしない。その在り方すら含めて、完璧だと評されている。

 

 結果として、英雄の再来とまで称される《銀星万雷》のアーク・ロダンを押さえ、帝都一の人気を誇る存在となった。

 

 もはや、その名を知らぬ者は帝都には存在しないだろう。

 

 不器用な奴ではあるが、「最も頼りになるハンターは誰か」と問われれば、ガークは迷わず彼女の名を挙げるだろう。

 探協からの信頼が厚いのも、その積み重ねゆえだ。

 《無敗女帝》が動いた時点で、その依頼は「解決したもの」として扱われているほどに。

 

 今回、ルーナが手に取った依頼書も、見た目からして一番ヤバそうなものだった。

 レベル3の宝物殿で、レベル5のハンターが消息を絶っている。

 救出対象は、ロドルフ・ダヴー率いるパーティ。ロドルフはレベル5の槍使いとして、それなりに名の知られたハンターだ。

 実力も経験も、十分すぎるほど揃っている。

 それでも宝物殿から戻ってこないという事実が、事態の異常さを雄弁に物語っていた。

 

「鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 ガークは、そう呟いてから首を振る。

 

「いや……ルーナが動いた時点で、もう答えは出てるか」

 

「……ですね」

 

 カイナはそう返し、静かに書類へ視線を落とした。

 

 

———

 

 

 『白狼の巣』は洞窟型の宝物殿だ。

 

元々シルバームーンは高度な知能と社会性を持つ魔物であり、大規模な群れを構築し、一つの巣穴を掘って共に暮らす習性があった。

 

 最盛期は千匹以上の巨大な群れだったという、シルバームーンの巣はまるで蟻の巣のように縦横無尽に奔っており、その面積は小規模な村ほどにも達するという。

 

 そして、その巣はシルバームーン達が絶滅し、宝物殿となった今でも、ほとんど元の形を保っていた。

 

 地面にぽっかりと穿たれた巨大な穴。

 その入口を、僕たちは茂みの影から窺っていた。

 思わず、ため息が漏れる。

 

 元々、魔獣の巣だったころも、巣穴の入り口には警戒のため常時複数体のシルバームーンがうろついていたという。

 

 だが、今うろついているのは真紅の毛皮をした狼人間だった。十メートル以上離れた場所からでも感じる熱い吐息に獣臭。爛々とした瞳のみが闇の中、酷く目立つ。

 

 その手に握られた抜き身の刃が夜空に輝く朧月の光を反射し鈍く輝いていた。

 

「……剣だけじゃないな。弓や火器を持ってる奴もいる」

 

「あの個体だけ強いわけじゃないみたいね。マナ・マテリアルが過剰供給された? このあたりで何かあったの?」

 

 声を顰めるソルに、ルーダが眉を寄せてその幻影を観察した。

 

 世界に満ちるマナ・マテリアルが溜まり、一定以上の濃度になった時、宝物殿や幻影が生み出される。

 が、更に何らかの理由でその濃度がより高まった時、幻影や宝物殿はそのマナ・マテリアルを取り込み、更に一段レベルの高い存在に昇華される。

 

 ハンターたちの間で『進化』と呼ばれ恐れられるイレギュラーな現象だった。

 

 進化は滅多に起こることではない。

 

 マナ・マテリアルは普段、世界を縦横無尽に奔る地脈に沿って循環する形で動いている。

 常に流れがあるのでそれぞれの場所で蓄積するマナ・マテリアルには限度という物が存在する。

 

 一般的に、進化などが発生するのは地脈の変動や環境変化など外的要因でマナ・マテリアルの時間辺りの濃度上昇量が上がった場合のみだとされていた。

 

 周囲の宝物殿によって高い国力を得ているゼブルディア帝国は地脈の変動に敏感だ。

 そんな兆候があったらハンター達に知らされているはずである。環境が変化したといった情報も聞いていない。

 ……僕が聞いてないだけかも知れないけど。

 

 狼の騎士と遭遇した僕達は、ソルさんの持ってきた気配を消すポーションのおかげで、なんとか逃げ切れた。

 

「ソルさん、ポーションは一本で一時間は持つんだよね?」

 

「……そのはずだよ。あと6つ残ってる」

 

「なら、行きに一時間、帰りに一時間。それで行けるんじゃない?」

 

 ルーダは洞窟の入口から視線を逸らさないまま、顎に手を当ててそう提案した。

 無茶だと分かっていて、それでも現実的な落としどころを探した結果なのだろう。

 

 覚悟はしていたが、目の前で見ると、やっぱり結構ヤバそうだ。

 正直、人手が欲しいし、一度戻って仕切り直した方がいい気もしてくる。

 

「……それか、戻って準備し直す?」

 

 半ば本気で口にした提案だった。

 

 ソルさんは一瞬だけ唇を歪めたが、すぐに顔を上げ、覚悟を固めた目で言った。

 

「いや……るーちゃんが、そこにいるかもしれない。ここで引き下がるわけにはいかない」

 

「……よく言った。じゃあ、目立たないように、ひっそり行こう」

 

 やけくそ気味な笑みを浮かべ、前を向く。大丈夫。今までも似たような状況は何度もあった。やることは変わらない。

 

 せっかく大量に宝具を持ってきたけど、あの怪物を前にして使う気には到底なれない。

 僕たちは互いに視線を交わし、ポーションを飲んだ後、小走りで闇に口を開けた洞窟へと、身を投げ込んだ。

 

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