僕を先頭に黙々と歩く。疲労のせいか、会話はない。
白狼の巣は事前に地図を見た通り、細い通路が蟻の巣のように分岐しており、似たような光景が続いていてどこをどう通っているのかわからない。
あまり広い宝物殿ではないようだが、もしかしたら同じ道を通っている可能性すらあった。
というか、なんで僕が先頭なの? 僕、盗賊シーフじゃないんだけど? こういうの盗賊の仕事でしょ?ルーダが前歩いてよ。
先に行かせようと立ち止まっても見たが、僕が立ち止まるとルーダ達も立ち止まるのでいつまでたっても僕は先頭のままだった。
仕方ないのでわけがわからないままに前に進む。時には気分で横道に入ってみたりする。
あまり幻影がいない宝物殿なのか、一度も敵と遭遇していないのが唯一の救いだった。多分それとなくルーダかソルさんが幻影のいない方向に誘導してくれているのだろう。
しかし、どうしよう、出口すら分からなくなった。これだから洞窟型の宝物殿は嫌なんだ。
そう思い始めた辺りで、ふとルーナが目を見開き、声をあげた。
「待って、クライ………あそこにいるのって」
「るーちゃん?…………..いや、別の遭難者がいた?……….まさか、クライ君はこれを知ってて」
ソルさんが乾いた声をあげた。
振り返ると、僕に信じられないものでも見るような目を向けている。
「た、助けないとッ!」
ルーダが駆け出す。そこでようやく、僕は道のずっと先で横たわる何人もの人影に気づいた。
大きさ的に幻影ファントムではない。目を凝らすと、僅かに動いているのが見える。
なにそれ。まさかソルさんも今のに気づいて言ったの?
君たち、目がいいなぁ。僕、下手したら気付かず途中で曲がってたぞ。
あと、僕が遭難者のことなんて知ってる訳ないじゃん。
遭難者は大柄な男だった。
鈍色に輝く全身鎧に、緑に塗られた大きな盾。横には戦争で歩兵が使うものではない、円錐状の槍がいつでも掴めるように置いてある。
ロドルフ・ダヴー。聞いたことなかったし、今はぐったりしているが、その巨体はレベル5認定のハンターと言われても納得できる威容を誇っていた。
どうやら骨が折れていたらしい。
スムーズな動作で、僕にはどこを外していいのか見当も付かなかった鎧を脱がせ、ポーションを飲ませる。ソルさんが。
近くに倒れ伏す他のメンバーも全身ぼろぼろで重傷者も何人もいたが、どうやら全員ぎりぎりで生きているらしい。こんなところで倒れていてトドメを刺されなかったのは奇跡に近いだろう。
「痛くない?」
声をかけるルーダに、ロドルフが掠れた声で礼を言う。
「は……はぁ、はぁ……あ、ありがどう。た、助かった」
「……….何があったの?」
ルーダの質問に、ロドルフが一瞬唇を強く結び、震える声で訴え始めた。
大きく見開かれた緑の目がただそれだけで受けた恐怖の大きさを物語っている。
「はぁ、はぁ……や、やばいのが、いる。こんなの、レベル3じゃねえッ……ここには――やばいのが、いるんだ。油断、していなかった。だが――通じなかった。槍も、こいつの、攻撃も――」
「ボス部屋なら、私たちも通ったけど……何も出なかったわよ」
その言葉に、ロドルフの呼吸が一瞬止まった。
「……ちが、う」
掠れた声で、彼は首を振る。
「俺たちも……そう思った。
ボスは倒した。宝具も回収した。だから、帰ろうとした……」
震える指が、通路の奥を指す。
「だが……帰り道で、出た。 あれは……俺たちが知ってる『幻影』じゃねえ」
「はぁ、はぁ……や、やばいのが、いる。こんなの……レベル3じゃねえ」
身を震わせながら語るロドルフの言葉に、ルーダはふうっと息を吐き、肩を竦めてみせる。
「ああ、あれね。人の骨で顔の右半分を隠してる、白銀の狼の騎士でしょ。 私たちも戦ってたら、まずかったわね」
僕たちは、ここに来るまでに一度、「ボス部屋」を通っている。
『ボス部屋』というのはハンター用語の一つだ。
宝物殿の最奥――特に強力な幻影《ファントム》が現れる可能性が高い場所を指す。
基本的に、マナ・マテリアルの溜まりやすい宝物殿の奥へ行くほど、幻影は強くなる。
とくに歴史反映タイプの宝物殿では、強力な幻影が現れる場所はだいたい決まっている。
城型なら玉座の間。塔型なら最上階。船型なら船長室。
今回の場合は、そのまま――かつて群れのボスがいた部屋だった。
そこにいたのは、狼の騎士の数倍の大きさの白狼の狼騎士だった。
気配を消すポーションがあったおかげで、正面から相手をせずに済んだが、戦えば、間違いなく全滅していただろう。
……だが。
ロドルフは、ルーダの言葉を聞いた瞬間、目を見開き、大きく首を横に振った。
「は……半分? ち、違う……」
掠れた声が、はっきりと震えている。
「俺たちがやられたのは……傷を負ったのは――
顔全体を、骨で覆った幻影だ。早く……逃げなければ――」
蒼白の表情。かっと見開かれた目は、まるでその『敵』を今も幻視しているかのように、恐怖に揺れていた。
あれより強いのがいるのか……どうなってるんだよ、この宝物殿。
……いくら運悪いなんて言っても、ま、まさか出会わないよね?
笑い飛ばしたかったが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「……ロドルフ君、るーちゃ……金髪の女の子を見なかっただろうか?」
ソルさんが、ぐっと前に身を乗り出すように尋ねる。目は真剣だ。
「い、いや……見てない」
ロドルフは荒い息を吐き、肩を小さくすくめる。動揺が隠せない。
「ロドルフさん達が見ていないなら、たぶんここにはいないのかも」
ルーダが手早く周囲を確認しながら、静かに付け加える。
「ひとまず、ここは撤退しましょう。無理に進む必要はないわ」
「……そうだね。それが最善だ」
ソルさんは小さく頷く。苦しそうな呼吸の中で、冷静さを取り戻そうとしているのが分かる。
「じゃあ、支度を整えたら、元の通路に戻るよ」
僕が声をかけると、ルーダは軽く頷き、仲間たちもそれに続く。
———
なんとか全員の意識が戻ったところで、運命を決める帰還を開始した。
戦争でも撤退が一番被害が出るのだ。ましてや怪我人が半数を超え、異常が発生している今の状態では、ぶっちゃけ全員生還できるかは神頼みになる。
幸い、ソルさんが持ってきた回復薬のおかげでロドルフさん達は皆、自分の足で歩けるまでに回復した。
ルーダが警戒しながら先頭に立つ。力もなく持久力もない僕は完全にお荷物だ。
でも僕が認定レベルは一番高いんだなぁ。
ロドルフが今にも倒れそうな表情で、しかしはっきりと言う。
「もしも、件のボスが出たら、俺が盾になる。少しでも、時間を稼ぐ」
「大丈夫。見捨てるつもりはないよ」
「仲間の命を……頼む。なんとか、ゼブルディアまで送って、いってくれ。頼む」
その声には強い悔恨が見えた。
ハンターに必要なのは実力以上に運だ。高レベル認定されていた天才がいつの間にか顔を見せなくなるというのはありふれた話である。
こんな所に何しに来たのか知らないが、十分マージンは取れているように見える。運が悪かったとしか言いようがない。
この宝物殿はヤバい。その顔面全体が骨に覆われているというボスに出くわさなくても、白銀の狼騎士に出会った時点で全員生きて帰るのはちょっと厳しい。
僕でもわかるその事実を、ロドルフは誰より強く認識しているのだろう。そして、そういった際にはまず、一番憔悴している救助対象が見捨てられるということも。
レベル5認定は伊達じゃあない。その目はきっとこれまでも沢山の仲間や友人の死を見てきたのだ。
「暗い話はなしにしよう。帝都に帰った後にすればいい」
「あ……ああ……」
ロドルフが僕を見て、深々と頭を下げてみせる。
もちろん、ここまで来た以上は全員生きて帰す。ベストは尽くす所存だが、僕は神様ではないので祈ってもどうにもできないのだ。
救助対象に合わせたゆっくりとしたペースで進む。
半分程戻っただろうか。そのあたりでルーダが眉を強く歪めた。
皆が思っていても言わなかったことを口に出す。
「ねえ、これ、やばくない?」
「……何が起こっている?」
ソルさんも不安そうだ。
響き渡る狼の咆哮の頻度が先程と比べてずっと上がっていた。
初めは鳴り響くたびに立ち止まっていたが、今や静かなことの方が珍しい。
何が起こっているのかはわからないが、何か起こっていることは明白だ。
その時、目の前を歩いていたルーダが立ち止まった。
「……なにか……くる」
その言葉に、ロドルフ達が一瞬で臨戦態勢に入る。
ロドルフがそのごつごつした顔面に冷や汗を流しながら、槍を持ち上げた。
目を凝らし、前を睨みつける。
そして、薄明かりのみがぼんやり照らす中、曲がり角から――それが現れた。
「ッ……」
ロドルフが息を呑む。角から現れたのは、彼の話してくれた通り、顔全体を人間の頭蓋骨で覆った人型だった。
大きさは白銀の狼騎士のおよそ半分、僕と同じくらいだが、その身から感じるプレッシャーは先程遭遇したの狼騎士の比べ物にならない。
狼騎士よりも遥かに人間に似た姿。真横から見ると狼の耳こそ生えているが、頭の形や髪の毛は人間のものに似ている。
その手には黒い剣が握られ――じりじりと後ろに下がっていた。