倒れた老人と、強制的に眠らされた智花を乗せた白い軽バンは、やがて海岸にある高級ホリスティック医療施設風の白を基調としたきれいな建物の前に停車した。
その門には軽バンの横に書かれている青い文字と同じく
サソリーナ・ホリスティック・メディカルセンター
との看板が見える。
「う、うーん…」
いきなり口にハンカチを押し当てられ、眠らされていたはずの智花は、ここで目を覚ました。
「あら、思っていたよりも早いお目覚めね」
軽バンの助手席に座っていた、銀縁眼鏡をかけた四十代後半くらいの医師と思われる女性が、目を覚ましたばかりの智花に向かって、感心したように言う。
運転していたのは眼鏡をかけた白衣の男性、彼は軽バンを停車させるとシートベルトを外す。
それを確認した医師と思われる女性も自分のシートベルトを外した。
そして先ほど智花の口もとに無理やりハンカチを押し当てた、がっしりとした体格の白衣の男が智花と老人を注意深く見張っている。
やがて軽バンの後部ドアが開き、そして
「降りろ」
というがっしりとした体格の白衣の男に言われるがまま、智花と老人は軽バンから降りる。
そして、智花と老人は、自分たちが降ろされた瞬間、異変に否応なしに気づいた。
そこで待っていたのは、この病院らしき建物に勤務していると思われるピンク系の色をしたスクラブを着用している女性スタッフたち
だが、その全員が普通の人間とは思われぬ妙な気配を漂わせていた。
そして、この施設のサソリーナ・ホリスティック・メディカルセンターと大書された看板の下に小さく
チグルマン・リハビリテーション部門
と書かれているのに智花は気づく。
ここは…
智花は、やはり意識を取り戻した様子の老人に向かって
「あの…、おじいさん、ここって…、病院じゃなくて、もしかしてヤバいところじゃないんですか?」
その智花の不安げな問いに、老人は直ぐに答える。
「ああ、お嬢さん。すまない、巻き込んでしまって…」
巻き込んでしまって…
それは、この一見大病院に見える施設が、実は怪しげな何かだということを意味するとしか考えられない。
だが
「お前たち、黙ってろ!」
がっしりとした体格の白衣の男が怒鳴る。
そして
「これから院長室まで行くぞ!、着いてこい」
智花と老人は、がっしりとした体格の白衣の男と、もう一人眼鏡をかけた男の二人に、このサソリーナ・ホリスティック・メディカルセンターなる建物の地下特別フロアへと強制的に案内される。
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清潔で無機質な白い廊下を抜け、智花と老人は強引に院長室まで連行され、そして、押し込まれるようにして、その部屋の中へと入れられる。
そして、その部屋の中央に置かれた大きなデスクの向こう側に、先ほどの銀縁眼鏡をかけた四十代後半くらいの医師と思われる女性が悠然と立っていた。
白衣に身を包み、黒髪をきっちりまとめ、冷たい微笑を浮かべた、年齢こそ四十代後半くらいとしてみても、十分に美貌と言える、この女性
「お嬢さん、こいつは危険だ!」
思わず老人が声を荒げながら、智花に向かって叫ぶ。
だが
「ふふ、そこから先は、せっかくだから、この私が説明してあげるわ。伊藤陽一郎さん。いや伊賀工作員03号!」
伊賀工作員…
確か、陽菜が自分のことを『伊賀工作員009号』と言っていた…
昨日、桃香さんの代わりに『百地桃』という名前で学校に来ていた彼女も、本名は知らないけど、確か伊賀工作員008号というコードネームだったはず…
じゃあ、このおじいさんも?
「あなた、確か智花さんと言ったわよね」
銀縁眼鏡をかけた四十代後半くらいの医師と思われる女性の、その言葉で、智花の思考はいったん中断される。
「はい…、あの…、これは一体どういうことなんですか?」
智花はともかくも銀縁眼鏡の女性に返事をすると、そして、思わず声を震わせながらも
「まさか…、あなたは…、チグルマンの、関係者??」
目の前の彼女を指差して言った。
銀縁眼鏡をかけた四十代後半くらいの医師と思われる女性は、そこでフッと笑うと
「ええ、その通りよ。ふふふ……、我がサソリーナ・ホリスティック・メディカルセンターへようこそ。私はこの施設の院長、桐谷沙耶と申します。心と体を『浄化』するスペシャリストよ」
そう、自らのことを名乗る。
そして、その上で彼女は智花に向かって
「そして、私は、あなたが今日、海浜公園で親しくしていた緑川烈とも、満更知らない中ではないのよ」
と、皮肉っぽく続けた。
「あなたが??、烈さんと??」
思わず身を乗り出そうとする智花を、しかし、伊藤陽一郎と呼ばれた老人が制止した。
「お嬢さん、よせ!、こいつは我々と同じ人間じゃないんだ!」
そんな老人の姿を見て、しかし彼女、桐谷沙耶は嘲笑するかのようにクスクス笑いをする。
「ええ、智花さん。せっかくだから、いろいろ教えてあげるわよ。このサソリーナ・ホリスティック・メディカルセンターは高級病院を装った、我がチグルマンの秘密基地を兼ねた洗脳・人体実験施設。ホリスティックという名目で、特殊な薬品の製造や、患者として入ってきた人間の洗脳、そして改造手術などの様々な『チグルマンのためのプログラム』を施すための拠点なのよ。そして」
桐谷は、そこで老人を指差す。
「そこにいる伊賀工作員03号が、まあ、本名かどうかは知らないけど伊藤陽一郎という名前で、このメディカルセンターに患者のふりをして潜入操作に来ていたわけ」
その桐谷の冷たい声に、老人は怒りで体を震わせる。
「そうだ。たから、ここの情報を掴んだワシは、ここから脱出して、早く本部へと向かおうと…」
だが桐谷は、そんな老人を
「フフッ、あいにく、あなたの正体なんか、こちらはお見通しだったのよ。チグルマンを甘く見ないでほしいわ」
バカにするかのようにせせら笑う。
「くそっ!」
老人は悔しそうに悪態をつくものの、それは弱々しいものだった。
そんな老人を見下すように桐谷は軽く手を挙げると、部屋の照明が少し落とされ、壁面に古い映像や資料が投影される。
「伊賀工作員03号さん、あなたが一ヶ月ほど、この施設に患者のふりをして潜入し、私たちチグルマンの内偵を続けていたのは、ご立派な覚悟だと思うわ。でも、残念ながらここまでよ。あなたの調査データは既にこちらで回収済み。そして、あなたも、もう用済みです」
老人、いや伊賀工作員03号は、それを聞いて静かに目を細めたが、口を閉ざしたままだった。
そして桐谷の視線が、今度は智花に向けられる。
「そして、あなた、智花さん、事あるごとに我々チグルマンの邪魔をする、不死鳥忍者部隊のグリーン、烈の大切な人かしら?」
その瞳には、どこか目の前の少女を嬲りものにするような楽しげな残酷さが宿っていた。
「よりにもよって、ホワイトデーのお返しに、こんなところに連れていかれるとは思わなかったでしょう?」
智花は息を呑んだ。
では、あの海浜公園で烈さんと二人で楽しんでいるところを、この人たちは監視していたんだ!!
そして烈の名前が出た事で、心がざわつくままの智花を面白そうに眺めながら、なおも桐谷は優雅に髪をかき上げ、淡々と、しかし得意げに語り始めた。
「その烈と私は、古い付き合いなの。その昔、あの子の母親は私の研究パートナーだったわ。江戸時代から伝わる『人間化身の法』を現代医学で解明、発展させた、革新的な『不死鳥因子』に関する研究を一緒にしていたのよ」
人間化身の法??
不死鳥因子??
それは、一体なに??
「で、ある日、私はその研究成果をすべて横取りした。
そして、彼女を殺した。その時、たまたま母親と一緒に研究所にいた烈は、まだ幼かったけど、瀕死の母親を守ろうとして私に向かって必死に抵抗してきたわ。だから、私が、あいつの左腕を奪ってやったの!」
「・・・・・・・・・・」
智花は思わず息を飲まずにはいられなかった。
烈の左腕が義手であることは知っていた。
だが、その事情は知らなかったし、彼が自分から話してくれるまで、こちらから、あれこれ詮索する気にはなれなかった。
彼が時折見せる、左腕を無意識に押さえる仕草。
その時に微かに浮かべる暗い表情……
でも、きっと、いつか、
烈さんが自分から話してくれるまで
と思っていたのに、それが今…
それは、今、目の前にいるこの女の仕業だったのか……
そんな智花を見ながら、なおも桐谷は自分に酔うかのように話し続ける。
「左腕を失った烈は大声で泣き叫んでいたわ。本来ならその時に出血多量で死んでいたはず。なのに、アイツは生き延びたわ。瀕死の母親がアイツを助け、その後で駆けつけた父親が緊急手術をして、あの義手を取り付けたらしいわ。私は時間がなかったので、そこまで見届けてはいないけど」
少し忌々しそうに彼女は言うと
「でも、あの子の憎しみの炎は、私がこうしてちゃんと育ててあげたのよ。ふふ……、今でも、あの左腕の代わりに埋め込まれた義肢が、どれほどアイツを苦しめているかと思うと、胸が熱くなるわ」
智花の顔から血の気が引いた。
この女性(ひと)は、明らかに楽しんでいる、優越感に酔っている。
この女は悪魔だ!!
罪を憎んでも、人を憎むべきではない
智花は今の今まで、そう思ってきた。
だが、この女性は罪を楽しみ、それを快楽としている!!
それは否応なしに智花にも理解できてしまったのだ。
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さらに桐谷は、楽しそうに言葉を続ける。
「彼は今も、私を『仇』として追い続けているのよ。それが彼の原動力。あなたはただの……その炎を少し和らげる、気の毒な慰め役に過ぎないのよ?」
智花の拳が強い怒りで震えた。
そして頭の中で、ある恐ろしい可能性が閃く。
「まさか……もしかして。私たちの大切な親友だった陽菜を、チグルマン変異化忍に、あの毒蛾の怪人に改造したのも、あなたなの?、ここは人間の洗脳、そして改造手術などの様々な「チグルマンのためのプログラム」を施すための拠点って言ってた、まさか、陽菜も、ここで…」
そうよ!
そう考えれば辻褄があう。
あの優しかった陽菜
りりかの幼馴染みだった陽菜
そして私たちの親友だった陽菜があんなになってしまったのも
すべてはこの女性 (ひと)のせい???
部屋に沈黙が落ちた。桐谷は、ただ静かに微笑んだ。
「さあ、それは、どうかしら?」
あえて否定も、肯定もしない。
だが、その悪魔のような桐谷の笑みこそが、すべてを物語っていると、少なくとも智花は確信した。
「あ、あなたは…………っ!」
智花の胸に、熱い怒りの感情が一気に噴き上がる。
かつての陽菜の笑顔
烈の苦しむ表情
目の前にいる伊賀工作員だという老人の覚悟
そして自分自身が巻き込まれたこの現実!!!
すべてが、この女の掌の上で踊らされていたような気がした。
もう、黙っていられない……!
智花は震える手で、烈から渡されていた小型の発信器を急いで取り出すと強く握りしめた、そして強い力でスイッチを押す。
ホワイトデーのお返しとして、烈に
「もし智花さんがチグルマンに襲われて危ないと思ったら、迷わずこのスイッチを押してほしい。必ず、僕が助けに行く。うんっ、地の果てでも、どんな戦いの最中でも。必ず!!」
と言われた、あの時のことを思いながら!!
そして智花は深く息を吸い込むと、発信器に向かって声を限りに叫んだ。
「烈さぁぁぁんっ!!、今、私の目の前にーー、あなたのお母さんを殺して、あなたの左腕を奪った張本人がいるのよーー!!、早く来て……お願い……!!」
発信器の赤いランプが、強く点滅を始める。
それは烈のブレスレットに緊急信号が飛んだ瞬間だった。
だが桐谷は、くすくすと喉を鳴らして笑った。
「まあ、あなた、かわいい叫び声ね。でも、遅いわよ。
ここは私の城。烈が、緑の不死鳥が飛んでくる頃には、あなたたちの『心』は、きれいに洗い流されているはずだもの」
彼女は表情一つ崩さず、むしろ愉しげに目を細める。
「その必死な声、烈に届くといいわね。でも、残念ながら、もう遅いわ」
そう言うと桐谷はゆっくりと智花に近づき、白衣の裾を翻して優雅に立ち止まった。
そして冷たい指先で智花の顎を軽く持ち上げると、甘く囁くように
「あなたはこれから、洗脳手術を受けてもらうわ。私の最新の『ホリスティック・リプログラミング』よ。心も記憶も、すべて綺麗に塗り替えて……、そう、チグルマン女戦闘員という、私のためだけに働くお人形さんになってくれるの。そして、女戦闘員として出来上がったあなたを、烈と戦わせてあげる。大切な人を自分の手で傷つける……想像しただけでゾクゾクするでしょう?、そう、それによって烈の顔がどんなに歪むか、見てみたいわ」
その唇が囁き、そして彼女は勝ち誇った笑みを浮かべる。
彼女の瞳には、完全に相手を支配しているという優越感が溢れていた。
「さあ、連れて行きなさい!」
桐谷が鋭く号令をかけると
先ほど智花たちを拉致した白衣を着た看護助手の姿をした二人の配下たち
そして
その場にいた二人のピンク色のスクラブを着用したチグルマン・ナースたちが一斉に動き出した。
四人の桐谷の配下たちは智花の両腕を掴み、老人を押さえつけながら、手術室へと引きずり始めようとする。
「離してえっ! やめてっ!!」
智花が必死に抵抗するものの、非力な女子高生が取り押さえられるのは時間の問題に見えた。
だが
「やああああああああああっ!!!」
伊賀工作員03号と呼ばれた老人は、その弱りきった体で、四人のチグルマンの者たちに決死の体当たりをする。
ドスンッ!!
四人のチグルマンたちは老人の体当たりに突き飛ばされる。
そして
「お嬢さん、早く逃げろっ!!、ここはワシが食い止める。どうせ、老い先短い身、若い者の将来を守るだけのこと!!」
老人は大きな声で叫んだ。
だが智花は逃げようとしない。
それどころか、体当たりで倒れそうになった老人の手を力強く手に取る。
「おじいさん、逃げる時は一緒だよ!!、私一人で逃げない!!、今にきっと烈さん、来てくれるから!!」
そして智花は発信器の別なスイッチを押す。
確信はない。けど…
そして
ピィィィィィィーーーン……!!
智花が握りしめていた発信器から、高周波の特殊音波が放たれる。
烈が緊急時に使うよう調整した、不死鳥忍者部隊専用の妨害音波だ。
チグルマンの改造人間や、その機器などが特に敏感に反応する周波数に設定されていた。
「ク、クエェェーーッ!!!」
「クエッ、う、わああ……頭が……!」
チグルマンの一員たちは、その音波で苦しみ始め、そして
オレンジ色のターバンのような帽子に赤いアイマスクをつけ、前側上半身は赤だが、全体的には黒のレオタード調のスーツに身を包み、手には赤いロンググローブをつけ、腰には銀色に髑髏のエンブレムが入ったバックルをつけたベルトを着用、足には黒のロングブーツをはいた異形の姿をした
いかにも『悪の戦闘員』という雰囲気の男女たちという、その正体を現したのだ。
そして、その正体を現すと戦闘員たちは両耳を押さえ、膝をつき、身体を震わせてその場に崩れ落ちる。
桐谷の笑みが、初めて凍りついた。
「何ですって?、この音波……!さては、烈の仕業?」
彼女は素早く白衣のポケットから小型の装置を取り出し、操作しようとした。
だが、音波の影響で自分の端末にもノイズが入り始めている。
智花は後ずさり、息を荒げながらも、老人の手を取り、そして、発信器を握りしめ続ける。
その発信器は、なおも強く点滅を続け、音波を撒き散らしている。
烈さん、早く来て!!
智花は祈るような気持ちだった。