鳳桃香にアクマイザー3を熱唱させる
それがただ一つの目的の小説です。
転校生百地桃が転入した一週間ほどだったある日の昭華学園の放課後のことである。
校門近くのベンチで、風祭りりかはため息を
ふうっ…
ふうっ…
ふうっ…
三度、立て続けについている。
そして
「絶対に嫌だって言ったのに……」
そばにいる友人たち、つまり川口智花と西野翠に向かってぼやいて見せるのだ。
「大丈夫だって!
明るい声でりりかの手を引くのは智花。
世話焼きで面倒見のいい彼女だが、すでにりりかの腕をがっちりと
その横でクスクス笑うのは翠。
「りりか、どうしたの? 顔が死んでるよ。せっかくのカラオケなんだから、楽しもうよ。ねっ?」
彼女は非常に楽しそうである。
本当は行きたくなかったのに…
そう思いつつも、智花と翠、二人の強引な説得に負け、りりかは渋々カラオケハウスへ連行されることになったのだ。
今回は一週間前に転校してきた百地桃さんの歓迎という名目で、形の上では四人でカラオケを楽しむということになっているのだが
実際の参加者は六名である。
[b:転校生百地桃というのは実際には一人ではないのだ。]
同行するのは、転入生として「百地桃」を転校初日に演じていた鳳桃香(22歳)。
言わずと知れた不死鳥忍者部隊ザ・フェニックスのリーダー、別名はピンク・フェニックス
そして今回は、その桃香と共に、交代で[b:百地桃]を演じて昭華学園に潜入捜査の形で入っている伊賀工作員008号と007号の二人も来ることになっている。
今日は008号と007号も他校に通う百地桃の従姉妹という建前で途中から合流することになっていた。
なお、智花と翠が聞いたところでは二人とも実際の年齢は20歳ということだった。
レモンという名前のカラオケボックスの前で、既に来ていた伊賀工作員伊賀工作員008号と007号の二人は、やって来たりりか、智花、翠の三人を見て、軽く会釈をする。
「こんにちは!」
「お疲れ様です~」
そんな二人を見て、智花が
「あれっ、鳳さんは?」
周囲に知り合いなどがいないことを確認しつつ、桃香の本名を呼ぶ。
「あっ、もう中で待っていますよ」
伊賀工作員の007号が智花に向かって言う。
智花と翠は、まだ彼女たち二人の本名を知らなかった。
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六人は予約した個室に入ると、軽く顔を合わせて、それから、それぞれ座った。
一応、女子高生の集まりという名目なので、ジュースとおつまみを注文するのだが…
桃香だけはしっかりアルコールを注文済みであった。
「桃香さん、一応それ、まずくないですか?」
伊賀工作員008号が、やんわりと桃香に言うのだが
「大丈夫よ。ここでは私は百地桃じゃないんだから!!必要なら、あなたたちのどちらかが成り済ましてくれればいいのよ」
言いながら桃香は部屋の中を見て、目をキラキラさせていた。
「わあ、こんなところで歌うのね! 本物の女子高生の青春って感じ!」
既に気持ちは盛り上がっている。
そんな桃香の様子を見て、りりかは
ふうっ…
またしてもため息をついた。
だから、やだって言ったのに…
智花も、翠も、
だが
智花も、翠も、むしろ無邪気にはしゃぐ感じの桃香のことを好意的にとらえていた。
へえ、鳳さんって、[b:ザ・大人の女性]という印象だったけど、こういう一面もあるんだ…
あれっ?、なんだか楽しそう。なら、こっちも楽しんじゃおっ!
「早速はじめましょう。今日は[b:百地桃さんの歓迎会]ということで、先ずはカンパーイ!!」
智花がオレンジジュースが入ったグラスを上げる。
それを見た他の五人もそれぞれ手に持ったグラスを上げる。
「カンパーイ!!!」
六人の女性は一斉に声を上げ、乾杯した。
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智花が最新のJ-POPを入れてみんなで歌い、翠が上手いハモリを入れ、008号と007号も
「智花さん、高校生らしい!」
「いい感じよ!」
フォローする。
りりかはまだ警戒しつつも、マイクを握っている。
そうしてカラオケ個室の空気が少し和らいだ頃、智花が明るく切り出した。
「ねえ、鳳さんだけじゃなくて、そっちのお二人も……本当はどんなお名前なんですか?
ずっと『008号』とか『007号』って呼ぶのも、なんか変な気がして…」
要は伊賀工作員の二人に
お名前を教えて
と言っているのだ。
それには翠もにこやかに同意する。
「もう、私たちだってズブズブの当事者よ。せっかくだから打ち解けてお話したいな。
隠し事ばっかりじゃ、楽しくないでしょ?」
言いながら、伊賀工作員の二人に微笑んで見せる。
りりかは黙って二人の反応を窺っていた。
勿論、彼女は二人の本名を知っているのだが、それは勝手には口外出来ないとも思っている。
桃香はマイクを置いたまま、そんな二人の様子を見て、穏やかな笑みを浮かべている。
007号が一瞬、視線を落とした。
落ち着いた雰囲気の彼女は、いつものように静かな口調で答える。
「……プライベートなことは話せませんから。
任務中はコードネームで十分です」
008号も、その隣で小さく頷いた。
「そうですね。申し訳ありませんけど……」
だが、翠は少し声を強めて言う。
「もう、そんな他人行儀なこと言わないでよ。
私たちも既に危険な目に遭ってるんだから。今さら隠したって意味ないでしょ?」
智花も目を輝かせながら、世話焼き全開を隠すことなく続ける。
「そうですよ! 既に私も危険な目に合ってますし、今さら他人行儀になる必要もないと思うんです。
みんなで歌ってるんだし、せっかくだから本当の名前で呼び合いたいな……」
二人の工作員は顔を見合わせると、自分たちの上司の方へと視線を向ける。
それに対して桃香が軽く肩をすくめると
まあ、いいんじゃない?
という視線を送った。
数秒の沈黙の後、まず007が小さく息を吐いた。
「わかりました。
ここにいる限りは、特別に。
私は霧島 楓です。007号を担当しています」
続けて008号が、柔らかい笑顔で頭を軽く下げた。
「私は藤ノ宮 澪。008号です。よろしくお願いします……本当は任務外ではこんな風に名前を明かすこと、ほとんどないんですけど」
だが、それを聞いた智花がパッと一気に明るい表情になった。
「楓さん、澪さん、ですね。嬉しいです。教えてくれてありがとうございます!!」
彼女らしいと言えば、彼女らしい礼儀正しい様子で、楓、澪の二人に向かってペコリと頭を下げる。
翠は、そんな智花を見て面白そうに目を細めるが、その一方で
「楓さん、澪さん、よろしくね。私たち、お二人とも友だちとしてお付き合いしたいと思ってます」
自分たちに名前を教えてくれた楓、澪の二人に対する感謝は忘れない。
そんな智花、翠、二人を見て桃香は満足げに微笑みながら言った。
「いい雰囲気ね。では次は、楓さん、澪さんも一緒に盛り上がりましょう。今度はもっとレトロな曲行くから!」
楓(007号)は
「ええ、まあ、任務の範囲内で……」
と苦笑し
澪(008号)は
「私、最近の曲も少し知ってるんですよ」
とフォローしながらリモコンに手を伸ばした。
こうして、昭華学園のカラオケは、工作員二人の本名が明かされたことで、さらに微妙に、しかし確実に「チーム感」が増すことになった。
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しかし、桃香の番が来ると空気が一変する。
彼女がリモコンを操作し、80年代の歌謡曲を選曲。
イントロが流れた瞬間、彼女の表情が少し大人びたものに変わる。
風祭隼人総司令に連れられて政治家や官僚との会合に参加した経験が、知らず知らずのうちに染みついている様子を隠そうともしない。
感情を込めすぎた歌い方、微妙に気取ったビブラート、歌の合間にこぼれる
「こういう曲、大人の場でも意外と受けがいいのよね……」
という一言。
彼女は一人で大盛り上がり。
それを見て
りりかと楓、澪の三人はお互いの顔を見合わせる。
当然ながら、三人とも、この桃香の実態は知っていた。
桃香が目をつぶり、拳を軽く握り、時にはステップまで踏みながら選んだ歌を熱唱する。
それを見ながらりりかは冷めた目でスマホをいじりながら、心の中で呟いた。
やっぱ、こうなると思った。これじゃ、こっちは拷問よ…
純然たる女子高生の感性で生きているりりかには、桃香のその「大人社会に染まった側面」がよくわかっていた。
だが、そこは大人の008号・007号、いや、楓と澪は調子よく、桃香の熱唱に加わって輪を広げている。
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そして、智花が
「次はみんなでアニメソングとかどう?」
と提案した直後、翠がニヤニヤしながらリモコンをいじっていた。
「あ、らき☆すたのEDに使われてた曲があるよ。『勝利だ!アクマイザー3』だって。桃さん、これどう? 昭和の特撮っぽいよね」
それを聞いた桃香の目が一瞬、キラッと光った。
「……あら、いいわね。石ノ森先生の作品だもの。
じゃあ、私が歌ってみるわ」
それを見たりりかは即座に察知して心の中で叫ぶ。
……やめて。絶対に熱唱するパターンだ……これ以上拷問を増やさないで……
そんなりりかの思いをよそに
イントロが流れると同時に、桃香はマイクを握りしめ、姿勢を正した。
「ザラード……イラード……ガラード!」
最初の掛け声からすでに本気モード。
声量を上げ、拳を軽く握り、目をつぶって感情を込める。
「輝けジャンケル(オーオオー) 空高く(オオー) 技と力と心がかよう ザビタン(エエイ) イビル(エエイ) ガブラ(オーオオオオー)!」
桃香の歌声は、その演じていたはずの女子高生の可愛らしさなど欠片もなく、本物の昭和特撮主題歌を歌う大人の熱唱。
もう、桃姉っ、歳考えなよ…
そんなりりかの内心の声など斟酌することもなく
官僚の会合で聞いたような、ちょっと気取ったビブラートまで入れて、桃香は更に熱唱する。
その様子に圧倒された智花が
「わ、わあ……桃さん、すごい熱量! でもなんか大人っぽい……!」
感心したように呟く一方
翠は本気で面白がって笑いを堪えながら、りりかを突く。
「りりか、顔が完全に死んでるよ? アクマイザー3、意外とカッコいいと思わない?」
りりかは小声で絶望したように
「……これが青春なの? 私、もう限界……」
翠に対して、憂鬱そうに答えるしかなかった。
楓は冷静に桃香のフォローをしつつ、小声で澪に囁く。
「桃香さん、ちょっと熱が入りすぎでは」
だが澪は、というと
笑顔で手を叩きながら
「でも楽しそうですね〜。私、次は最近の曲にしましょうか?」
とフォローしようとする。
だが、桃香はサビでさらに熱を上げ
「うなれ ジャンケル アクマイザー スリー! ゆくみちひとつ オー ただひとつ これがわれらの いきるみち!」
と叫びながら軽くステップまで踏む。
歌い終わった瞬間、桃香は大満足の笑顔で振り返った。
「ふう……やっぱりいい曲ね! 石ノ森先生の熱いメッセージが詰まってるわ。
みんなも一緒に歌ってみたら? 次は『アクマイザー スリー!』の掛け声パートを大合唱で!」
「え、えっと……頑張ってみます!」
智花は世話焼きスマイルで、とりあえず答える。
が、翠はニヤニヤしながら、隣にいるりりかに笑いを堪えながら、その死にそうな顔を横目で見て
「りりか、もっと楽しめば? 桃さんの歌、意外と味があるよ? 今度は凱さんも呼んだら、もっと面白くなりそうじゃない?、掛け声だけでもどう? ザラード〜♪」
いかにも楽しそうに言うのだ。
りりかの内心の声
…………これ、拷問よ、本当に、なんでなの……
桃香だけが上機嫌で
「次も絶対にこの系統の曲を入れましょう!」
とすでに次の選曲を考え始めていた。
「わあ、鳳さんってこんな渋い曲も歌えるんだ! すごいね! でもみんなで最近の曲も混ぜようよ〜。ほら、鳳さんもこれどう?」
智花が次に流行りの曲を入れ、手拍子をしながらフォローし、桃香の意外な一面を見せられた戸惑いを隠しつつ、なんとか空気を明るく保とうと頑張っていた。
一方、翠は本気でこの状況を面白がっている。
りりかの憂鬱そうな表情を見ながら、桃香のハイテンションぶりと見比べることで
よしよし、結構楽しめるわ
そう思っていたのだ。
勿論、口には出さないが…
伊賀工作員である楓と澪の二人は、桃香のサポートとして控えめに振る舞いつつ、時折
「桃香さん、いい声ですね」
と、なるべく自然に見えるフォローを入れていた。
二人は20歳くらいの落ち着いた雰囲気で、桃香のレトロ熱唱が浮きすぎないよう、さりげなく若者らしい曲を挟んだりしている。
だが桃香はそんな周りの反応などお構いなしに、大満足の表情で歌い終えた。
「ふう、気持ちいい! やっぱり歌は最高ね。みんなで来てくれてありがとう!次も絶対にやろうよ。今度は烈君や凱君も連れてきて、もっと大人数で盛り上がりましょう!」
これを聞いた智花が即座に乗っかる。
「うんっ! 次は烈さんも呼ぼうよ! 翠、凱さんも来てもらって皆で!」
それを聞いた翠はニヤニヤしながらりりかを見る。
「りりか、どう思う?」
りりかは顔を引きつらせ、ただ一言。
「遠慮しとくわ……」
どうせ、竜兄ちゃんはこういう場には付き合いでも来ないの、わかってるし…
桃香だけが上機嫌で、次回のカラオケをすでに楽しみにしている様子だった。
智花は世話焼きスマイルでまとめ、翠は面白がり、楓と澪が静かにサポート。
そしてりりかが苛立ちと、桃香の二面性に苛まれる複雑な気持ちを抱えたまま
この夜のカラオケは終了した。