「……遅いわね、翠。ちょっと探しに行ってくる」
レストルームに向かったまま一向に戻ってこない翠を心配し、智花はベンチから立ち上がった。烈と凱も顔を見合わせ、不安を胸に抱きながらその後に続く。
混雑するレストルームの周辺を巡るが、そこに翠の姿はない。
「おかしいな……近くにいるはずなのに」
智花が焦りを募らせ、自分のスマホを取り出し、翠に電話をかけようとした、まさにその時だった。
「……あいつ、何を持っているんだ?」
人混みの中で足を止めた凱の低い声に、烈と智花もハッと視線を向ける。
数メートル先、混雑するメインストリートの雑踏の中……
上品な白地に黒の玉模様のワンピースを着た女性が、立ち止まってこちらをじっと見つめていた。
その手には、つい先ほどまで翠が大事そうに抱えていたキャラクターのポーチと、彼女のスマホが握られている。
女性は智花たちの視線に気づくと、冷ややかな、そして嘲笑うかのような微かな笑みを口元に浮かべ、智花に向かって唇をかすかに動かした。
「お友達が……心配じゃないの……?」
大きな声ではない、だがはっきりと伝わる挑発の意図。
「あの
智花が思わず声を上げそうになった瞬間、女性は素早く背を向け、一般客の波をすり抜けるようにしてエントランス、つまり退場ゲートの方向へと早足で走り去っていく。
「待てっ!!」
烈が叫び、凱と共にすぐさま女を追跡しようとする。
だが
「智花さん、ここで待っててくれ! 俺たち、今から!」
烈の声に、智花は強くかぶりを振った。
「ううん、私も行かせて! 翠が危ないのに、一人で待ってるなんてできない……っ!」
智花の瞳に宿る強い決意を見た烈と凱は思わず顔を見合わせる。
少しして凱が
「烈さん、どちらにしても智花さん一人をここに残すわけにはいけないよ。もしチグルマンの連中が動いているなら、逆に危険だ!」
と、烈に向かって言い、そして烈もまた大きく頷いた。
「わかった、行こう。あの女性を見失わないうちに!」
三人は一斉に一般客の波を掻き分け、逃走する女の追跡を開始する。
退場ゲートを抜け、夢の国の華やかなBGMが遠ざかっていく。
女は舞浜駅や一般駐車場へ向かう人の波を巧みに避け、あえて人の気配が皆無となる旧江戸川の河口・海岸沿いの護岸エリアへと一直線に逃走していた。
「はあ、はあ、はあ……」
法学部志望で普段は勉強主体の智花にとって、短距離走ならともかく、鍛え抜かれた戦士である烈や凱の足に合わせるのは至難の業だ。
運動靴の靴底を鳴らし、乱れる息を整える余裕もなく、大汗をかきながらも、胸を大きく上下させながら必死で足を動かす。
「智花ちゃん、無理をしちゃダメだ! 腕を振って、ゆっくり息を吸って……!」
横を走る烈が、智花の荒くなった呼吸に合わせて、優しく声をかける。
必死についていこうと足をとられそうになる智花の肘をそっと支え、彼女が倒れないよう自分の体で風よけを作るようにエスコートしながら、歩調を微調整して並走する。
(翠、無事でいてっ……!)
烈の温かい気配に支えられ、智花は足の痛みを忘れて走る。
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一方、凱の方はそんな二人に先行して、逃走する女をひたすら追いかけていく。
パレードの喧騒から完全に離れ、東京湾に面した静かな海岸沿いの護岸エリアへと、女は誘い込むように逃げていく。
「くそっ、足が速い……! ただの一般人じゃねぇぞ!」
凱が息を荒げながらも追いつこうとする。
やがて、行き止まりとなる防波堤の近くで、凱が風のように疾走して女の前に立ち塞がり、逃げ道を完璧に塞いだ。
「そこまでだ、なぜ逃げる!!」
凱は鋭く凄むと同時に相手の懐へ飛び込み、その細い手首を瞬時に捻り上げ、背後からガチリとその身体を固めて拘束した。
逃げ出そうともがく女を、肉体の強靭さで完全に押さえつける。
少し遅れて、烈に支えられながら駆けつけた智花が
「はぁ……はぁ……っ!」と
膝に手を突き、荒い息を吐き出しながら追いついた。
「さあ言え! 翠さんをどこへやった! どこへ隠した!」
凱に強く締め上げられ、身動きの取れない女性だったが、恐怖するどころかニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「ふふふ……そんなことは尋ねるまでもない……」
女性はそう言うと、どこにそんな力があったのかと思えるほどの強力さで、自分を捕まえていた凱を振りほどく。
「てっ!」
思わぬ不覚を取った凱は改めて女性を睨み付ける。
たが女性は
「ふふっ!」
妖しい微笑みを浮かべると、その両腕を交差させる。
ジュウウッ……!
妖しい赤光が女性の身体を包み込んだ。
彼女が着ていた上品そうなワンピースは一瞬にして焼き千切れるように弾け飛び
そして鮮やかな橙色のターバンに、朱色のアイマスク。
光沢を放つ黒のレオタード風スーツに、肘まで伸びる鮮烈な赤のロンググローブ。
腰元の銀色に輝く髑髏のバックルが、潮風を受けて妖しく光を反射した。
両足には黒のロングブーツ。
そう、彼女は、やはりチグルマンの女戦闘員だったのだ。
「チグルマン変異化工作部隊……女戦闘員05号!」
彼女は自ら、そう名乗る。
対峙する凱が身構える。
「さあ、おいでなさい……! 不死鳥ども! あなたたちの探しているお友達は、今頃、海の底で冷たくなっているわよ……!」
女戦闘員05号は背中の剣を抜くと、身軽な跳躍で三人の頭上を飛び越え、海原を背景に刃を構えた。
そして
「クエェェェッッーーーー!!」
絶叫と共に大きく剣を振り上げ、まずは目の前の凱に向かって斬りかかるチグルマン女戦闘員05号
だが、凱は驚きつつも、その圧倒的な格闘技術で、女戦闘員05号の持つ剣を素手で受け止め、そして弾き飛ばす。
「くっ、貴様あっ!!」
憎々しげに叫ぶ女戦闘員05号だが
凱はすかさず彼女に飛びかかると、その腕を今度はしっかりと掴まえると、逃がさぬようその体を羽交い締めにすると、冷徹な眼光で女戦闘員を睨みつけ、そして詰問する。
「さあ言え! 翠さんをどこへやった! どこへ隠した!」
だが、凱の鋭い一喝に対しても、取り押さえられた女戦闘員は恐怖するどころか、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて見せる。
「ふふふ……尋ねるまでもない……。ほら、お前たちのすぐ後ろだ……」
「な、なにいっ……!?」
烈と凱がハッと振り返り、智花も息を飲んで海の方へと視線を向ける。
激しい波飛沫を上げて姿を現したのは
頭部を覆う紫色の巨大なクラゲの笠に脈打つ血管が浮かび、その中央でギロリと怪しく巨大な一つ目が光る怪異のもの
五メートルほどの大きな体つきのそれは
魔道神官ガイマが放ったチグルマン使役妖怪・
「フハハハハ……! 探している娘なら、ここにおるぞ!」
海月坊主が右腕の無数の触手を蠢かせながら持ち上げると、その束に絡め取られるように、ぐったりと力を失った翠の体が吊り下げられていた。
「そんな……翠っ! 翠ーーっ!!」
血の気を引かせた智花の悲痛な叫びが響く。
翠の肌は青白く変色し、まるで血の気が引いた精巧な蝋人形のようにピクリとも動かない。海月坊主の毒液によって、全身の自由を奪われてしまっていたのだ。
海月坊主は不気味な単眼を光らせ、烈たちを見下ろしながら言い放つと雄叫びをあげる。
「ギエエエエエッーーーー!!」
そして
「無駄だ。この娘は我が毒液により、すでに心も体も思考も凍りついた人形と化しておる。フェニックスの若造どもよ、いずれお前たちも同じように、このような人形となってチグルマンの慰み物になるのだーっ!」
ハッキリとした言葉で、そう宣言したのだ。
「貴様……っ!!」
凱の瞳に激しい怒りの炎が宿り、自ら拘束する女戦闘員05号の身体を押さえる腕に思わず力が入る。烈も智花を庇うように一歩前へ出ながら、拳を強く握りしめた。
翠の救出、そして冷酷な女戦闘員05号と海月坊主との決戦の火蓋が、いま切られたのだった。
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「フハハハ! 誘い込み成功だな、05号、良くやった! この不死鳥どもを毒の餌食にしてやる!」
海月坊主が禍々しい笑い声をあげ、頭部の巨大なクラゲの笠を不気味に脈動させた。血管のような赤い模様が怪しく発光し、首元のピンク色の触手が一斉に逆立つ。
「なっ……何をするつもりだ!?」
凱が背後から05号を強く拘束したまま身構えた、まさにその瞬間だった。
海月坊主は右腕の触手束に吊り下げた翠の体を盾のように掲げると、その巨大な単眼を歪め、凱と05号の二人に向けて口元から猛烈な暗緑色の粘液を噴射したのだ。
「二人まとめて、我が猛毒の餌食となるがいいーーっ!!」
「なっ……!? 貴様、味方ごと殺す気か!?」
凱が息を飲んだ。
そして女戦闘員05号の顔から一瞬にして血の気が引き、朱色のアイマスクの奥で瞳が凍りつく。
チグルマンにとって、任務を果たした戦闘員など最初から回収する価値もない捨て駒。
任務が成功しようと失敗しようと、用が済めば容赦なく消去される……それが組織の絶対的な掟だったのだ。
(くっ……もはやこれまでか……!)
死を覚悟し、女戦闘員05号はギュッと目を瞑った。
海月坊主が放った高濃度の毒粘液が、大気を焦がしながら凱、そして女戦闘員05号眼前にまで迫る。
だが――。
「くそっ……負けてたまるかあっっ!!」
凱の喉から絞り出されたのは、己の逃走を優先する叫びでも、捕虜を見捨てる悲鳴でもなかった。
凱は抱え込んでいた05号の身体を解くどころか、さらに強くその腰と背中を抱き寄せる。そして自らの体幹を鋭く捻り、05号を地面との間に抱え込むようにして、力任せにコンクリートの護岸へ激しく伏せたのだ。
ドサアーーッ!!!
「クエェッーー!?」
衝撃とともに女戦闘員05号は凱の腕の中で冷たいコンクリートへと叩きつけられていた。
見上げれば、視界を埋め尽くすのは銀色のジャケット。そう、凱が彼女を完璧に覆い隠す盾となり、上空から降り注ぐ猛毒から身をかわしたのだ。
ジュウウウウッ……!!
「ぐあぁぁぁぁっ……!!」
毒液を何とかかわしたものの、無傷ではいられなかった凱の口から、耐えかねた激痛の悲鳴が漏れる。
背中を覆う銀色のジャケットが不気味な煙を上げて溶け出し、毒粘液の激痛が衣服を突き抜けて彼の皮膚を灼く。
「凱ーーっ!!」
烈の悲痛な叫びが海岸線に響き渡る。
「はぁ……っ、はぁ……っ、くっ……!」
凱は激痛に顔を歪め、歯を食いしばりながらも、腕の中の05号を護る姿勢を崩さなかった。
ポタポタと、凱の額から落ちる汗が05号の頬を濡らす。
05号は激しい困惑に襲われ、息を飲みながら目の前の男を見つめ返した。
(な、なぜ……!?)
理解が追いつかない。
自分は敵だ。仲間を誘拐し、彼らを死地に誘い出したチグルマンの戦闘員だ。
さっきまで自分を力づくで羽交い締めにし、敵として詰問していた男が――なぜ、己の背中を焼き焦がしてまで自分を庇うのか?
「な……なぜだ……敵である私を……? 私を盾にして逃げれば…傷を負うこともなかったはずだ……!」
震える声で問い詰める05号。
その問いに、凱は荒い息を吐きながら、血の気の引いた唇で苦笑するように呟いた。
「ハッ……当然だろっ!!敵だろうが味方だろうが……目の前で女が殺されそうになってるのを……見過ごせるかよ……っ!」
「っ……!!」
05号の胸の奥で、カチリと何かが音を立てて壊れた。
組織の冷酷な切り捨てと、目の前の男の愚直すぎるほどの正義感と命への執着。
その圧倒的な差が、彼女の誇りとチグルマンへの忠誠心を根底から揺さぶっていく。
「ふん、無駄な悪あがきを! 自ら毒を浴びて倒れるとは、どこまでも愚かな若造どもめ!」
海月坊主の嘲笑が響く中、05号は凱の腕の中で、アイマスクの奥の瞳を大きく揺らし続けていた――。
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その一方で、烈は
「くっ……桃香さん、竜也! ディズニーランド近郊の海岸エリアにチグルマンが出現! 翠さんが捕らわれた、至急バックアップを!」
ブレスの通信ボタンを押し込み、ネストへと叫ぶように緊急連絡を飛ばしていたのだ。
『――了解! ガイオーの出動準備に入るわ、二人とも無事でいて!』
通信の向こうで桃香の緊迫した声が響くのと同時に、烈はブレスを掲げた。
「フェニックス・チェンジ・オン!!」
緑の光弾が烈を包み込み、グリーン・フェニックスへと姿を変える。烈は間髪入れずに義手である左腕を海月坊主へ向けた。
「化物め、こいつを受けてみろっ。フェニックス・グリーン・ブラストッ!!」
左腕の砲身から放たれた高エネルギー光線が、海月坊主が追撃として吐き出した第二波の毒粘液を相殺し、激しい爆炎と蒸気を巻き上げる。
「くそっ!? 乾坤一擲の光ブラストが……おのれ!」
とはいえ
「ギエエエエエッーーーー!!」
海月坊主も思わぬ光弾による攻撃に一瞬、怯んだ。
その隙を逃さず、背中の激痛に耐えて立ち上がった凱もまた、胸元のブレスを握りしめる。
「フェニックス・チェンジ・オン!!」
銀色の光輝が吹き荒れ、凱はシルバー・フェニックスへとその姿を変える。
変身のエネルギーによって一時的に毒の侵食を抑え込んだ凱は、足元で呆然と自分を見上げる女戦闘員05号の腰を抱え上げる。
と、防波堤の陰に隠れていた智花のもとへと連れていった。
「智花ちゃん! こいつを頼む!」
「えっ……!? わたしが……!?」
突然、敵の女戦闘員を預けられ、智花は目を白黒させる。
つい先ほどまで翠のポーチを持ち、自分たちを嘲笑っていた刺客だ。憎しみと恐ろしさが交錯し、智花の身体が強張る。
だが、シルバー・フェニックスへと変身した凱はマスク越しに力強い視線を智花に向けた。
「こいつは組織に切り捨てられた……! だからと言って見殺しには出来ない。智花ちゃん、例の護身用の発信器持っているよね?」
「え、ええっ!」
と智花。
「もし、こいつが智花ちゃんに襲いかかってくるようなら、発信器の電波を使ってくれればいい。その間に俺か、烈さんが必ず智花ちゃんを助けに来るから」
智花は一瞬、逡巡する様子を見せたが、すぐに決意する。
「うんっ……わかった! 凱さん、気をつけて!」
智花は腹を括り、女戦闘員05号の肩を抱きかかえるようにして防波堤の物陰へと連れていく。
女戦闘員05号は、自分を抱きかかえる智花の温もりと、荒い息遣いを感じながら、掠れた声で呟く。
「なぜだっ??私はお前の友達を奪った敵だ……? なぜ……そんな私を優しく抱える……?」
智花はまっすぐな瞳で05号を見つめ返した。
「本当なら、言いたいことはあるわ! 翠をあんな目に合わせて……許せないと思ってる! ……でも、凱さんがあなたを命がけで助けたのを無駄になんて出来ない。いいっ?あなたはチグルマンに殺されそうになったのよ。そんなあなたを私たち見殺しになんて出来ない!! 」
その智花の言葉はチグルマン女戦闘員05号にとって理解不能なものだった。
(この者たちは……なんなのだ……。敵である私に……なぜ情を向ける……)
その前方では、グリーン・フェニックス烈とシルバー・フェニックス凱が、身を挺して海月坊主の激しい触手攻撃を押し止め、翠を救出しようと決死の闘いを繰り広げている。
その光景を目にしながら、女戦闘員05号は心の乱れるのを抑えることが出来なかった。
目の前のこの娘を人質にすれば??
私はチグルマンに忠誠を誓った身だ……
だが、そんなことをする気にさえなれなかったのだ。