ここは東京ディズニーランドの地下に位置するチグルマン舞浜地下潜航基地、要するにアジトの中である。
そこにいたチグルマン戦闘員たちは一人を除いて、全てグリーン・フェニックス烈とシルバー・フェニックス凱に倒され
最後に残った女戦闘員05号が
はあ、はあ、はあ、はあ…
荒い息を吐きながらも、なおも壁に背をあずけ、息を荒げながら剣を持つ構えを解こうとはしない。
そんな女戦闘員05号に、全く無防備なのを隠そうともせず
戦闘力など持ち合わせているはずもない女子高生の智花が歩み寄ってくる。
その彼女の友人、今は意識を失い生き人形のような状態のままの翠を託されたグリーン・フェニックス
そして、これも剣を構えたままのシルバー・フェニックス凱も
その様子を固唾を飲んで見守っていた。
「クェーッ!く、来るな!」
女戦闘員05号は大きな声で叫ぶ。
だが、智花は怯むことなく、まっすぐに女戦闘員05号の目の前まで歩みを進める。
その手に武器はなく、ただ彼女を、女戦闘員05号を案じる痛切な眼差しだけが向けられていた。
「お願い……もう剣を下ろして」
智花の透き通った声が、殺伐とした地下基地の通路に響く。
「何を愚かな。私はチグルマンの戦闘員だ。お前たちの敵なんだぞ……!」
女戦闘員05号は剣を握る手に力を込め、智花を威嚇するように刃を突きつけようとする。しかし戦闘による疲労と、心の動揺から、その先端は微かに震えていた。
「敵なんかじゃないわ! あなたは……あなただって、本当は誰かを傷つけたくてここにいるんじゃないんでしょ!?」
智花の一言に、女戦闘員05号の息がピタリと一瞬止まる。
「なんだって…!?」
「だってあなた、さっき翠を……私の友達を、殺そうと思えばいくらでも殺せたはずじゃない!あるいは翠だけじゃなくて、近寄ってきた私も一緒に盾にして烈さんや凱さんを攻撃することも出来たはず……
なのに、そんなことはしなかった。翠だけじゃなくて、私の命も奪わなかった……! それが答えでしょ!?」
智花の切実な叫びが、女戦闘員05号の胸を鋭く穿つ。
チグルマンの戦闘員としての意識しか持つことはなく
「感情など無用」
「失敗は死」
と叩き込まれてきた彼女にとって、自分の内にある微かな葛藤を見抜かれたのは生まれて初めてのことだった。
「クェーッ、た、戯言を……」
だが女戦闘員05号は智花に危害を加えることは出来ずにいた。
「 私は任務を果たせなかった。これで海月坊主が倒されれば、この舞浜地下潜航基地は証拠隠滅のために間もなく自爆処分となるだろう……! 任務失敗者の私もそれにより処分される。帰る場所などないのだ!」
女戦闘員05号は自嘲気味に口元を歪めると、冷ややかに、だがどこか誇り高く言い放った。
「私はお前たちに命乞いなどしない。だが、そこにいる娘……」
女戦闘員05号はグリーン・フェニックス烈に支えられている、意識のない生き人形状態の翠を指差した。
『こいつを元に戻す方法なら教えてやる。今は外の海にいる海月坊主の一つ目の核を破壊し、その体内にある『解凍の触手』を摘出すれば、その娘の凍結状態は解ける。分かったら、早くここから逃げろ! お前たちも巻き込まれて一緒に死にたいのか!」
自分を「捨て駒」として割り切り、最期まで誇りを保って死を受け入れようとする女戦闘員05号。
だが、その頑なな姿を見るや、剣を構えていたシルバー・フェニックス凱の感情が爆発した。
彼は素早くその手にしていた剣を鞘にしまうと、次の瞬間には
ガシッ!
「クエッ、なっ……!?」
そのまま女戦闘員05号との間合いを一瞬で詰めると、そのまま彼女の手首を強引に掴み取り、その剣を弾き飛ばす。
そして叫んだのだ。
「何を言うんだ、お前も一緒に来るんだよ!」
「な、何を……放せ! 私はチグルマンの戦闘員だぞ! お前たちと一緒に居ていい存在ではない!」
「チグルマンのために死ぬことなんかないわ!」
智花も思い切り女戦闘員05号のもう片方の手を取ると、その温もりを伝えるように力強く握りしめた。
「私たちと一緒に来て! お願い……!」
「クェーッ!お前たち、狂っているのか……!?」
動揺を隠せない五号に向かって、今度は翠を背負ったグリーン・フェニックス烈が、一歩前へ踏み出し、深く重みのある声をかける。
「あなたには、翠さんを背負って僕たちと一緒に来てほしい」
「え……?」
「脱出するのが先だ。これからのこと、あなたの行き場所のことは……ここを出た後で、みんなで考えればいい!」
「……!」
単に「助けてやる」という同情ではなく、女戦闘員05号にあえて「役割」と「居場所」を与えようとするグリーン・フェニックス烈の言葉。
そして、その手首に伝わるシルバー・フェニックス凱と智花の確かな温もり。
『死ぬこと』しか教えられてこなかった女戦闘員05号の胸の中で、冷たく凍りついていた何かが、激しい音を立てて崩れ去っていく。
(温かい……これが……人間の……?)
その時、地下基地の天井から激しい地鳴りが響き渡り、赤色灯が狂ったように点滅し始めた。
『警報――基地自爆シークエンス発動。残り時間、百二十秒――』
不気味な機械音声が響き、壁に亀裂が走り始める。
「ちっ、ガイマの野郎、仕事が早すぎるぜ! 脱出するぞ!」
シルバー・フェニックス凱が女戦闘員05号の肩を強く抱き寄せ、無理やりにでも走らせようとする。
女戦闘員05号は溢れそうになる感情を必死に押し殺すと、烈の背中にいる翠を優しく受け取り、己の背へと背負い直した。
「クェーッ!分かった。お前たちを案内する……! 脱出口はあちらだ!」
崩れ落ちるチグルマン舞浜地下潜航基地。
闇と破壊の渦中から、女戦闘員05号は今、フェニックスの3人とともに地下潜航基地から『光のある地上』へ向かって力強く走り出すのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夜の舞浜海岸に、地鳴りのような重低音が響き渡る。
漆黒の東京湾を背に降り立ったのは、全高六十メートルを誇る巨神――不死鳥忍者部隊の守護神、フェニックス・ガイオーであった。
その操縦席(コクピット)には、ピンク・フェニックス桃香、ブルー・フェニックス竜也、イエロー・フェニックスりりかの三人が陣取っている。
「ガイオー、舞浜海岸に着任! 周囲に一般市民の反応なし!」
イエロー・フェニックスりりかの報告を受け、操縦桿を握るピンク・フェニックス桃香がヘルメットの奥で瞳を鋭く光らせた。
「よし、一気にチグルマンの潜航基地ごと叩き潰すわよ!」
だがその時、波打ち際から――
バッシャーーーンッ!!!
という激しい水音と共に、身の丈五メートルほどの異形の妖怪・海月坊主が躍り出た。
「ギエエエッ!! 邪魔はさせんぞ、フェニックス!」
海月坊主は巨大な触手を蠢かせると、その口から粘着性の高い強力な毒液の濁流を吐き出した。
ズシャァァァッ!
しかし、ガイオーの超合金の装甲に触れた毒液は、白い煙を上げて弾け飛ぶだけだった。
「ギエエエッ、効かない! 身長差がありすぎる……!」
なおも海月坊主が不気味な単眼を怒らせ、口から粘着質な毒液の濁流を吐き出して応戦するものの、五メートルというそこそこの巨体とはいえ、六十メートルを超えるガイオーの圧倒的な体躯の前には、その毒液も足元を濡らす波しぶきに等しかった。
ガイオーが巨大な腕を一振りするだけで、暴風のような風圧が海月坊主をなぎ倒す。
「引導を渡してやるわ、ガイオー・パンチ!」
桃香が操縦桿を押し込み、ガイオーがその巨大な拳を振り下ろそうとした、その瞬間――。
バチバチバチッ!
空間が歪み、空間の裂け目から漆黒の衣を纏った男――魔道神官ガイマが
「フハハハハハッ!!」
不気味な高笑いと共に姿を現した。
「くそっ、フェニックスども! いきなりガイオーなどで来おって。だが、なればこそ我が呪術の真髄を見せてやる!」
ガイマは怒りに顔を歪めると、手に持った魔導杖を掲げて不気味な声で印を結び、禍々しい呪文を詠唱し始める。
「黄泉の門よ開け……地の底に眠る怨念の肉を喰らい、巨大なる魔神として這い上がれ!!」
みるみるうちに舞浜の夜空に暗雲が渦巻き、街の一角に怪しい紫の雷鳴が轟いた。
「怨霊再生・巨大
呪文の完成と共に、ガイマが魔導杖で強く地を突いた。
ドゴォォォーーン!!
漆黒の雷光が落ち、もはやフェニックス・ガイオーに叩き潰される寸前だった海月坊主の身体を貫く。
「ギエエエエエッーーーー!!」
海月坊主の身体は、細胞を凶暴に膨張させながら見る見るうちに巨大化していく。
十メートル、三十メートル、そしてガイオーに匹敵する六十メートルを超える大怪獣へと変貌を遂げた!
そして、ガイオーと互角の巨体――全高約六十メートルの巨大怨念獣となった海月坊主が、舞浜の海を割って立ち上がった。
「ギ、ギエエエエエエーーーッ!!」
巨大化の負荷により、海月坊主のわずかな理性は完全に崩壊し、ただ本能のままにすべてを破壊する殺戮兵器と化していた。
だが、ガイマにとって使役妖怪の命や脳への負担など、知ったことではない。
「ハハハ! ガイオーなど踏み潰せ、海月坊主!」
「ギエエエエエーーーッ!!」
狂乱の叫び声を上げながら、巨大な触手を振り回してガイオーに襲いかかる海月坊主!
その激突の地響きが轟く海岸の防波堤の影に、必死の面持ちで走る四人、いや五人の姿があった。
「急ぐんだ! 凱さん、智花さん!」
変身した姿のまま、先頭を走るグリーン・フェニックス烈。その後ろを、背中の激痛に耐えながら周囲を警戒するシルバー・フェニックス凱が続く。
そして、そのすぐ後ろには、意識を失い凍りついたままの翠を背負った女戦闘員05号が、息を荒くしながらも必死に走り、智花がその隣で彼女を支えるように並んで走っていた。
上空では、ガイオーが海月坊主の猛烈な触手攻撃を巨腕で受け止め、重低音のぶつかり合いが夜の海岸に響き渡っていた。
「はぁ、はぁ……五号さん、あそこよ! ガイオーの足元に近づけば、転送光流で内部へ収容できるわ!」
智花の声に励まされながらも……
「五号さん……?」
その背中に翠を背負ったままの女戦闘員05号は、それが自分の事だと理解するのが一瞬遅れた。
「とりあえず、そう呼ばせてもらうわね」
智花は息を荒くしながらも、そう微笑み返す。
「待ってて、今、ガイオーが私たちを助けてくれる!」
走る智花の声に、女戦闘員05号はマスクの奥で目を見開き、信じられないといった様子で問い返した。
「私が……か? あのガイオーが、私まで助けるというのか……!?」
女戦闘員05号の声には、激しい動揺と戸惑いが滲んでいた。
自分はチグルマンの戦闘員であり、本来ならばあの正義の巨神に踏み潰されても文句は言えない立場なのだ。
それなのに、あの巨大ロボットが私など受け入れるものか!
その問いに、隣を走るシルバー・フェニックス凱が、走りながらニヤッとメットの奥で口角を上げた。
「当たり前だろ! 命を背負って必死に走ってる奴を見捨てるほど、俺たちのガイオーは安かねぇんだよ!」
「クェーッ……っ!?」
「言葉で考えてる暇はないわ! 五号さん、私たちを信じて!」
智花が女戦闘員05号の手を強く握りしめる。その温かい体温が、05号の迷いを吹き飛ばした。
「く……っ……! 女戦闘員05号だ……私は、女戦闘員……っ!」
口ではそう言い張りながらも、女戦闘員05号は差し出された智花の手を握り返すと、翠を背負い直した。
「桃香さん!竜也さん!、りりかちゃん! 僕たちだ、今戻った!」
烈がガイオーに向けてインカムで叫ぶ。
『烈君! 凱君! 無事だったのね!でも、そこにいる翠さんを背負ったチグルマンの戦闘員は?』
コクピットにいるピンク・フェニックス桃香の声が響く。
「桃香さん、説明は後でする。だが、今は彼女も一緒に受け入れてくれ!!」
グリーン・フェニックス烈は声を高くする。
少しだけ間があったが
『分かったわ、説明は後で聞く』
そのピンク・フェニックス桃香の声が返ってくるのとと同時に
ガイオーの胸部からまばゆい光の帯――緊急転送ビームが海岸へ向けて照射された。
「よし、みんな、あの光の中へ飛び込むんだ!」
グリーン・フェニックス烈の合図とともに、烈自身、続いてシルバー・フェニックス凱、智花、そして翠を背負った女戦闘員05号が、光の渦の中へと駆け込んでいく。
次の瞬間、彼らの身体は粒子となって上昇し、巨大ロボ・フェニックス・ガイオーの頑強な装甲の内部、安全な客室(後部居住・避難スペース)へと一気に転送された。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「クエッ、ここは……」
目を開けた女戦闘員05号は、最新鋭の機材と温かな光に包まれた広い客室に、翠を背負ったままヘタリ込んだ。
チグルマンの薄暗い地下基地とは対照的な、命を護るためのテクノロジーに満ちた空間。
敵であるはずのフェニックスの内部に自分たちが招き入れられたことに、女戦闘員05号はただ目を見開くしかなかった。
「翠ちゃん! 横にして、早く!」
智花がすぐにシートを確保し、女戦闘員05号が背負っていた翠を優しく降ろして横たわらせる。
コクピットへと続くハッチが開き、操縦席から無線越しにピンク・フェニックス桃香が声をかけてきた。
『みんな無事ね! でも、あの巨大海月坊主、めちゃくちゃに暴れててこのままじゃ舞浜の街が危ないわ!』
その桃香の言葉にグリーン・フェニックス烈とシルバー・フェニックス凱は深く頷く。
「智花さん、僕たちは操縦席に移動する。これから周囲に被害を出さないためにフェニックス・イマージョン・ゾーンを発動させなきゃいけない。二人を頼む!」
二人……それは意識を失っている翠と、そして女戦闘員05号のことである。
もし女戦闘員05号が非力な智花を人質に取り、ガイオーの内部で暴れたら?
しかし烈と凱の二人は、あえてその可能性を排除した。
グリーン・フェニックス烈の言葉に、智花も力強く答える。
「大丈夫、烈さん。心配しないで」
あえて、そう言い切る智花。
(いいのか……? 敵の私を、一人にして……?)
女戦闘員05号は、頭の中に渦巻く疑問で混乱していた。
だが、もうこうなってしまっては、どのみち自分はチグルマンに戻ることなど出来はしないのだ。
「行ってくるよ!」
グリーン・フェニックス烈が走り出す。
「智花さん、じゃ、頼むわ!」
シルバー・フェニックス凱も続いて手を振り、二人のフェニックスは操縦席へと移動していった。
「行ってらっしゃい!」
智花の声が見送り、重厚なハッチが静かに閉じられる。
客室に残されたのは、智花、女戦闘員05号、そして意識を失ったままの翠の三人だけとなった。
女戦闘員05号は、静かに智花へ問いかける。
「クェーッ……お前は、私が怖くないのか?」
だが、智花はそんな彼女に向かって、一切の隠し立てのない温かな笑顔を向けた。
「ううん。私は、あなたを信じるって決めたから」
「……っ…………」
女戦闘員05号は言葉を失い、ただ静かに黙り込んだ。