舞浜海岸から飛び立ったフェニックス・ガイオーの巨躯は、そのまま東京ディズニーランドを後にしてフェニックス・ネストに向かって空を飛んで行く。
「ふぅ〜……結局ディズニーランド、上から見ただけで終わっちゃったなぁ。いつか絶対、遊びに行ってやるんだから!」
イエロー・フェニックス姿のままのりりかが、悔しそうに地上に広がるディズニーランドの様子を見ながら拳を握りしめる。
「まあまあ、りりか。とにかく智花さん、翠さんを無事に救出して帰ってこられただけでも良しとしなくちゃ」
ピンク・フェニックス桃香が優しく笑いかけるが、その横でシルバー・フェニックス凱が青い顔をして頭を抱えていた。
「笑い事じゃねぇぞ……俺の愛車、舞浜の駐車場に置いたまんまだ……。早く取りに行かねぇと駐車料金が大変なことになっちまう……!」
「後で竜兄ちゃんに車で送ってもらいなよ」
と呆れ顔のりりか。
そんなコミカルなやり取りの傍らで、モニターから智花、女戦闘員05号、それに意識を失った翠の三人の様子を注意深く見つめるブルー・フェニックス竜也の視線は、依然として鋭く冷めたままだった。
「で、烈。そろそろ説明してもらおうか。あそこにいるのは、先にディズニーランドで翠さんを襲って連れ去ったチグルマンの戦闘員なんだろう?」
ブルー・フェニックス竜也の刺すような言葉に、周囲の空気が一気に緊張する。
「竜也さんの言う通りです」
グリーン・フェニックス烈は誤魔化すことなく、正面から竜也の視線を受け止めた。
「彼女が翠さんを誘拐した実行犯であることは事実です。けど、あの地下基地が自爆しそうになった時、身を挺して翠さんを背負い、僕たちとチグルマンから逃げ出してくれたのも彼女なんです」
「そう、それに海月坊主の『核』の壊し方と、それによる翠さんの助け方をを教えてくれたのも、その彼女なんだよ!」
シルバー・フェニックス凱も強く援護発言をする。
だが、竜也は苦々しい表情を崩さない。
「だからって、誘拐された当の翠さんの気持ちはどうなる。簡単に割り切れるわけねぇだろ」
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「な、何よ……! なんであなたがここにいるのよ……っ!?」
意識を取り戻したばかりの翠は、途切れがちな息のまま弾かれたように跳ね起きると、身を引くように智花の背後に回り込み、目の前に立つ異形の存在を鋭く睨みつけた。
そこに立っていたのは、黒と赤の禍々しいレオタード調スーツにマスクをつけた、チグルマンの女戦闘員05号。
最初はOL風の私服姿で自分に近づいてきて、いきなり麻酔薬入りの布で自分の意識を奪い、そのままチグルマンの地下基地に連れてきたのは、この女!
翠にとってその姿は、舞浜の街で自分を襲い、チグルマンの使役妖魔・海月坊主へと引き渡した恐ろしい「誘拐犯」そのものだった。
「クエッ……っ……」
女戦闘員05号は気まずそうに身を縮め、マスクの奥で言葉を詰まらせると、そっと一歩後ずさった。
「翠、待って! 落ち着いて聞いて……!」
智花は慌てて翠の震える肩を抱き寄せると、その目元をまっすぐに見つめた。
だが翠は
「智花、逃げよう! こいつ、チグルマンの……!」
怯えた声で智花に向かって言う。
彼女はここがフェニックス・ガイオーの避難者用客室であることを知らないのだということを智花はあらためて思った。
「違うの、翠! この人はもう、私たちを襲ったりしないわ!」
その声に、翠は信じられないといった様子で目を見開く。
「な、何言ってるのよ智花……! 私を襲って、あの化け物に渡したのはこの戦闘員なのよ!? なんでそんな奴がここに……っ」
「分かってる……っ! 怖かったよね、許せないのも当然だと思う! でもね、翠……聞いて」
智花は深く息を吐き出すと、ギュッと翠の両手を握りしめた。
その手は、翠の恐怖を癒すかのように温かく、力強かった。
「そのチグルマンの地下基地が崩壊する時、私たちが追い詰められた時……この人は私や翠を盾にすることだってできた。人質にして逃げることだって、私たちの命を奪うことだってできたの。……でも、この人はそんなことしなかった」
「え……?」
何があったのか自体を知らない翠は目を丸くする。
「それだけじゃないわ。地下基地の自爆によって自分が処分される危険を冒してまで、背中に翠を背負って、崩れ落ちる基地から私と一緒に逃げ出してくれたの! 海月坊主の『核』を突く弱点を教えてくれたのも、その解凍の触手で翠を元に戻してくれたのも……全部、全部この人なんだよ!」
「彼女が……私を……?」
翠の瞳に、激しい動揺と戸惑いが走る。視線の先では、チグルマンの戦闘員服に身を包んだ05号が、居心地悪そうに俯いていた。
「勘違いするな」
女戦闘員05号は乾いた不器用な声を出した。
「私は……ただ、使い捨ての兵器として死ぬのが嫌だっただけだ。それに……シルバー・フェニックスとこの娘(智花)に手を引かれて……」
「五号さん……」
智花は05号に優しく微笑みかけると、再び翠に向き直り、自らの胸の奥にある『最も切実な想い』を打ち明けた。
「ねえ、翠。もし以前、私がチグルマンに捕まった時、烈さんたちが助けに来てくれなかったら。私はチグルマンに記憶も感情も奪われて……この人と同じ姿になって、誰かを傷つけていたかもしれないんだよ」
「智花……」
「この人だって、好きでチグルマンの戦闘員になったわけじゃないの。名前も、過去も、心も奪われて……ただ命令に従うことしか知らなかっただけなの。そんな人が、命がけで私たちを助けてくれたのよ? ……私、この人をただの『悪魔』だなんて思えない。やり直そうとしているこの人を、突き放したくないの」
智花の言葉は、単なる同情や甘やかしではなく、自らが奪われていたかもしれない絶望の淵を見た者としての、重く誠実な訴えだった。
翠の頭脳が、必死に記憶を整理し始める。
意識を失う直前の恐怖。だが、暗闇から目覚めた時、自分の体に触れていた触手の温かさと、マスク越しに自分を見つめていた、この女戦闘員05号のどこか悲しげな瞳。
「……本当に……私を背負って……逃げてくれたの……?」
翠の絞り出すような問いに、女戦闘員05号はマスクの奥で小さく息を吐いた。
「クエッ……。感謝など不要だ。今の私はチグルマンの出来損ないに過ぎない……」
その自嘲するような言葉と奇声を聞き、翠の構えていた体の力から、少しずつ張りが抜けていった。
「そっか。あなたが……」
翠はまだ完全にトラウマや警戒心が消えたわけではないものの、握りしめられた智花の手をぎゅっと握り返し、静かに深呼吸をした。
「智花がそこまで言うなら、私は何も言わない。……助けてくれたことだけは、お礼を言うわ。……ありがとう」
「翠……!」
「クエッ……っ……」
当事者である翠からの不器用な感謝の言葉に、女戦闘員05号は固まったように立ち尽くし、戦闘員服の赤いグローブに包まれた拳を、静かに、強く握りしめるのだった。
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ガイオーが重厚な作動音とともにネストの地上ドックへ垂直着陸し、大型ハッチがゆっくりと開く。
客室からいったん地上降り立った智花、翠、そして女戦闘員05号を待っていたのは、変身を維持したまま警戒を怠らないピンク・フェニック桃香、ブルー・フェニックス竜也、そしていイエロー・フェニックスりりかの三人だった。
グリーン・フェニックス烈とシルバー・フェニックス凱は、その後ろに控えるようにして立っている。
黒と赤のチグルマン戦闘員服を着た05号の姿を目にし、ブルー・フェニックスのメットの中の竜也の眉根がピクリと跳ね上がった。
だが、ピンク・フェニックス桃香はすっと手を挙げて静止を促すと、毅然とした態度で後ろに控える二人に向かって言葉を投げかける。
「凱君、烈君。……通信で聞いた通り、その女戦闘員を同行させた経緯について、当事者であるあなたたちの口から説明してもらえるかしら?」
「桃香さん、分かっています」
グリーン・フェニックス烈は、ヘルメットを小脇に抱え、真摯な眼差しで桃香と直視した。その横には女戦闘員05号、そしてシルバー・フェニックス凱が、まだヘルメットを外さず、彼女に静かに寄り添っている。
智花と翠は少し離れた場所で固唾をのんでその様子を見守っていた。
「崩壊するチグルマンの地下基地で、海月坊主に囚われていた翠ちゃんを助け出せたのは……そこにいる五号さんの協力があったです」
グリーン・フェニックス烈は、あえて智花と同じく
女戦闘員05号のことを『五号さん』とピンク・フェニックス桃香の前でそう呼んだ。
「協力……? チグルマンの戦闘員がだって?」
ブルー・フェニックス竜也が低い声で問い質す。
たが、それに対してはシルバー・フェニックス凱は力強く声で答えた。
「そうさ。自爆処分されかけた基地の混乱の中、こいつは、五号は、自らチグルマンを裏切り、自爆命令を拒否した。そして自分の危険も顧みず、翠ちゃんを背負って崩落から救い出してくれたんだ。海月坊主の『核』の場所を教え、解凍の術法で翠ちゃんを意識障害から元に戻したのもこいつなんだ」
凱のハッキリとした説明に、イエロー・フェニックスりりかがマスクの奥で小さく息を呑む。
「……じゃあ、彼女は自分の意思で、命がけで翠を……」
「そうなんだ」
今度はグリーン・フェニックス烈が前へ踏み出し、重厚な声で言葉を継いだ。
「彼女は…五号さんは、チグルマンの洗脳と服従の呪縛を、自らの意志で断ち切ろうとしている。僕たちは、彼女のその『人間としての決意』を信じ、ネストへの同行を認めた。……身勝手な現場判断だったことは認めます。だが、僕たちの選択に間違いはなかったとも思っています」
二人の言葉をピンク・フェニックス桃香は静かに見極めていた。
そして、後ろで心配そうに寄り添う智花と翠の表情……特に、被害者であるはずの翠が、この女戦闘員に対して敵意ではなく戸惑いと感謝の混ざった視線を向けつつの見守り方に目をやる。
「なるほど。烈君、凱君。二人とも、土壇場でいい判断をしてくれたのだと信じます」
メットの奥の桃香の表情がふっと和らぎ、頷いた。
「チグルマンの洗脳を撥ね退け、人命を救った……。その事実がある以上、彼女を単なる『敵の兵器』として扱うわけにはいかない。竜也、りりか。異論はある?」
「いや。凱と烈がそこまで言うなら間違いねえよ」
まずブルー・フェニックス竜也が腕を組み、納得したように息を吐く。
続いてイエロー・フェニックスりりかも深く頷いた。
「はい。私も、烈さん、凱さんたちの判断を支持します」
「ありがとう、みんな」
ピンク・フェニックス桃香がほっとしたようにメットの奥で口元を緩めると、今度は視線を女戦闘員05号へと向け、その眼差しを厳格な隊長としてのものへと切り替えると
「さて、話の筋は通った。取りあえずあなたのことは烈君たちにならって五号さんと呼ばせてもらうわ」
女戦闘員05号に対して、そう声をかける。
「クエッ……」
女戦闘員05号はどう答えていいか分からず、ただ、奇声だけを発した。
「だけど五号さん。あなたを正式に受け入れ、これから総司令の面談へお通しする前に、組織としての『徹底的なセキュリティチェック』は受けてもらう。それは、いいわね?」
「クエッ……。……ああ。異論はない。好きにしてくれ……」
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ピンク・フェニックス桃香の指揮官としての厳格な口調で女戦闘員05号に告げられた発言を見て、その緊張感に耐えかねた智花が、思わず一歩前へ踏み出した。
「あの、桃香さん! 身体検査なんて……本当に五号さんは大丈夫ですから! 私たちを助けるために命がけで……」
だが、その時
「智花!」
その言葉を遮ったのは、隊長としてのピンク・フェニックス桃香ではなく、イエロー・フェニックスとしてその場に立つりりかだった。
りりかはマスクの奥から、静かだが揺るぎない、毅然とした声を智花に向ける。
「悪いけど……ここは口を出してほしくないの」
「り、りりか……?」
普段の温厚なりりかとは違う、戦士としての張り詰めた気配に、智花は思わず言葉を詰まらせた。
「智花がこの人を信じたい気持ちはよく分かるの。でも、私たちはチグルマンという組織の恐ろしさを知っている。本人の意志とは関係なく、体内に自爆装置や、撮影のためのカメラ、追跡発振器(GPS)が仕込まれている可能性だってゼロじゃない」
イエロー・フェニックスは智花の目をまっすぐに見つめ、一言一言を噛み締めるように続けた。
「厳重に調べて『危険はない』と完璧に証明すること……それが、この人が疑いなく安全に……この人の『今後のため』にも、絶対に省いちゃいけない必要な手続きなのよ。ここはフェニックス隊員としての私たちの判断に任せて」
「…………」
情に流されて庇うことが、かえって05号を危険に晒し、立場を不安定にさせるのだと悟らされた智花は、息を呑み、静かに口を結んだ。
(そうなんだ……りりかは、私以上にこの人の未来のことを考えて……厳しく言っているんだ)
親友であり、フェニックスの戦士であるりりかの真意と重い覚悟を受け止め、智花は深々と頷いた。
「……ごめんなさい、出しゃばったこと言って。……よろしくお願いします」
「ううん、分かってくれてありがとう、智花」
イエロー・フェニックスりりかは一瞬だけ声のトーンを和らげると、再び気を引き締め、ブルー・フェニックス竜也とともに女戦闘員05号の両脇へと付いた。
「じゃ、竜兄ちゃん、この人と特別検査室へ行きましょう」
「ああ、分かった」
智花やりりかたちのやり取りをマスクの奥で静かに聞いていた女戦闘員05号は、自分が単なる「危険物」として排除されるのではなく、この場所で生きるための「無実と安全」を証明してもらおうとしているのだと察し、静かに目を伏せながら歩みを進めるのだった。