ここは昭華学園からも、フェニックス・ネスト(フェニックスの巣)からも、さほど離れていない、とある場所の海浜公園。
海が見える湾岸沿いのベンチの前で、予定よりも早めに到着した智花は自分のスマホをぼんやりと眺めながら、意中の人を待つ。
その手には丁寧にラッピングされた小さな箱を持っていた。
今の彼女は、もちろん制服姿などではなく
ライトベージュ色のショート丈トレンチコートを着用し、その下には、ふんわりとした袖の甘さをクリーンなアイボリーが上品に引き締めた可愛さを感じさせるニットを着用し、首元には控えめなレースがあしらわれた、春の始まりを思わせるラベンダー色の膝下丈フレアスカートを合わせ、足元にはこげ茶色のレースアップショートブーツを履くという、女の子を表現するファッションに身を固めていた。
右肩には女の子らしいお洒落なこげ茶色のレザーハンドバッグがぶら下がっている。
智花にすれば精一杯の勝負服のつもりである。
今日は3月14日ホワイトデー
この日に烈が非番であると聞いた時、彼女は運命的なものを感じて、友人のりりかに強引にお願いしたのだ。
・・・・・・・・・
「お願い、りりか!。烈さんに伝えてほしいことがあるの!!」
校内で智花から急に『お願い』をされたりりかは戸惑いを隠せない。
「智花、急にどうしたの?」
この場には翠も、そして『百地桃』もいなかった。
もっとも、今日は
りりかにとって上司に当たる鳳桃香はもともと学園には来ておらず、伊賀工作員008号が『百地桃』の代役をつとめていたのだが、それにしてもだ…
智花の真剣な表情に、りりかも困惑せずにはいられなかった。
「今度の3月14日土曜日のお昼、海浜公園で烈さんに会いたいの!」
「ええっ?」
りりかは正直、驚かされた。
智花と烈さんって、この間、グリーン・ファイターに同乗しただけで、多分、その後の接点もなかったはずだけど…
まあ、とりあえず
「チャットだったら、この間、桃姉(ももねえ)から渡された名刺にアドレスがあるから、烈さんに用事があるなら、そこへ入れれば?」
と適当な返事をする。
「それじゃ、ダメなの!」
智花は譲らない。
「それだと鳳さんに筒抜けになっちゃうでしょう。私、個人的に烈さんに会いたいの。お願い!!」
ははあ……
りりかはなんとなく智花の胸中を察した。
そして
「いいわ。私の方から烈さんに伝えておいてあげる」
彼女は友人の頼みを引き受けることにした。
内心では
智花は烈さんの気難しさを、まだ知らないんだろうな…
と呟きつつ
「本当っ!、りりか、ありがとう!!。やっぱり持つべきものは友だちよね」
りりかの内心の呟きなど知るよしもなく、智花は大喜びしていた。
・・・・・・・・・
そして、スマホの時計が11時55分を示した時
「智花さん、お待たせ!、先に来ていたんだ。待たせて申し訳ない!!」
洗いざらしのカーキ色のM-65フィールドジャケットを羽織り、ヨレ気味のグレーのTシャツ、履き潰した感じもあるブルーのストレートデニムを着用し、黒のエンジニアブーツを履いた、あまりこういった場にふさわしくなさそうな服装をした烈が、右肩に黒いバッグをぶら下げて姿を現した。
が、そんな烈を見た智花は
「ううん、烈さん。私も今、ここに来たばっかりだから」
実際には二十分近くこの場にいた智花は、烈に向かって微笑んだ。
約束の時間は12時だった。
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非番とはいえ、本当は空いた時間を研究に充てようと思っていた烈は、りりかから
智花が会いたいと言っているから
と言われて、とにかくもここへやってきたのだが…
少し落ち着かない様子で彼は智花を見た。
そして、彼女の可愛らしさを強調する服装を見て、少しドキドキするのを感じずにはいられなかったのだ。
これは、一体、どういうことなんだろう??
そして、そんな烈に
「烈さん!」
智花は、春風にその黒髪をなびかせ、顔を赤くして、そして、手に持っていた綺麗にラッピングされた小さな箱を手渡す。
ラッピングしたのは、もちろん智花本人である。
「こ、これ……受け取ってください!」
差し出された小さな、しかし彼女の心がこめられた事が伝わってくる箱を、烈は戸惑いながらも右手で受け取った。
義手である左手は、なぜか使いたくなかった。
「これっ、私の手作りの焼き菓子です。頑張って作ったんです!」
そんな烈に向かって、智花は嬉しそうに言う。
烈は一瞬、ポカンとし、そして
彼女が自分にプレゼントしたいがために、ここで会いたかったのだということを知る。
「これって…、僕にかい?…、智花さん、バレンタインデーは来年だよ?」
思わず頓珍漢なことを言ってしまう烈だった。
が
「い、いえ! ……、これはお返しじゃなくて、ただの、私の気持ちです……。この間、グリーン・ファイターでネストに連れてってもらった時から、何かお返しをしたくって!、あの、私たちを守ってくれたお礼です」
顔を赤くしながら智花は言いきる。
一瞬、烈は言葉を失った。
そして、智花から渡された小箱を大切に右手で持つ、その一方で
過去に失われ、今は義手となっている左手をじっと見る。
自分はただ、過去を背負い、そして戦っているだけの人間…
もう、すっと、そう思い続けてきた。
だが、目の前の少女の真っ直ぐな瞳が、凍りついた烈の心を知らずに少しずつ溶かしていたのだ。
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「ありがとう。これ、大切にするよ」
烈は持ってきていた黒いバッグに、智花から受け取った、丁寧にラッピングされた小箱をしまう。
そして彼は少し考えた後、自分のジャケットの内ポケットを探った。取り出したのは、無機質な黒い、ポケベルのような小型の端末だった。
「智花さん、これ、受け取ってくれないか」
烈にしてみれば、随分思いきった行動とも言える。
が、智花の方はというと
「あの……? これって、何ですか?」
怪訝そうな表情になる。
それはそうだろう…
ホワイトデーのお返しに見えるような代物ではない。
だが、烈は
「まだ試作品なんだけど……。これを押すと、僕のブレスにだけ届く特殊な信号(シグナル)が出るんだ。GPSとも連動しているから、君の居場所は直ぐに分かる」
烈は、怪訝そうな顔をする智花の小さな手にその端末を乗せた。
彼らしい不器用そうな愛情をこめて
「もし智花さんがチグルマンに襲われて危ないと思ったら、迷わずこのスイッチを押してほしい。必ず、僕が助けに行く。うんっ、地の果てでも、どんな戦いの最中でも。必ず!!」
それを聞いた智花はその冷たい端末を、まるで宝石のように大切に胸元に抱きしめた。
思わず、その瞳にはうっすらと涙が滲む。
そして、心ひそかに思った。
やっぱり自分の直感は正しかったんだ!
「烈さん、はい、私、宝物にします。でも、なるべく、烈さんの手を煩わせないように頑張りますね」
智花は、自分が一目惚れした人に向かって、そう宣言する。
「智花さん、そんなことは気にしなくていいよ」
烈は彼女に向かって、無骨そうに微笑んだ。
「それに、ちゃんとした完成品が出来たら、これと同じものを翠さんにも渡すつもりだよ。君たち二人の安全にはウチ(不死鳥忍者部隊)の責任がかかっている。何かがあっちゃいけないんだ。まあ、これが鳴らないのが、一番いいんだけどね」
智花は、そんな烈の無骨な言い方に、気になるものを感じたが
いいわ、今はここまででも十分…
そこは割りきる事にした。
だが、烈と智花は知らなかった。
そんな二人を遠くから監視している者がいるということを…
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烈と智花、二人がいる場所から少し離れた大きな楠の木の陰に、二人の軽装の女子高生が隠れていた。
双眼鏡を構える翠と、それをニヤニヤしながら見守るりりかの事である。
翠は小声で
「今、烈さん、智花に何か渡したわよ!。 あれっ、まさか、指輪?。 それとも秘密の何か?」
りりかに向かって囁く。
「声、大きいわよ翠。多分あれは烈さんがネストで開発していた試作型の発信機だと思うよ」
もう一人の親友に向かってりりかは答えた。
「でも、あれって、パパか、[[rb:桃姉 > ももねえ]]の許可がなければ、いくら開発しているのが烈さん本人だとしても、勝手には持ち出せないはずだけど…」
が、それを聞いた翠は双眼鏡を下ろし、頬を膨らませて不満げに呟いた。
「なによそれ! 。あたしだって襲われる可能性があるのは智花と同じなんだから、発信機があるならほしいわよ。それに、同じプレゼントなら、可愛いアクセサリーとか、ホワイトデーらしいお返しがあるでしょ!」
それを聞き
「まあ、翠の安全も、ウチの方でもちゃんと考えているし、今、こうして私が一緒にいるじゃない!」
翠を慰めるりりかだった。
多分、翠は智花に焼きもち妬いているんだろうな…
それにしても智花の積極的なアプローチには驚かされる
勿論、りりかは、その内心の呟きを口にはしなかったが。
「うーん、なんか納得出来ない。でも、いいわ」
翠は釈然としない様子ながら、双眼鏡をバッグにしまう。
「お邪魔虫は退散しましょう。大丈夫、何かあったらと思ってたから来たけど、チグルマンの気配もないし、この分なら智花のことは、ちゃんと烈さんが守ってくれるわ。撤収よ!」
りりかは翠に向かって言った。
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それから烈と智花の二人は海浜公園付近を楽しく散策する。
近くにあった瀟洒なレストランでお昼ご飯、二人で美味しい食事を楽しむ。
「僕は社会人だから、当然だよ」
食事代は当然のようにして全額烈が払う。
智花は幸せな気持ちだった。
「ねえ、烈さん。今度は余裕ある時にディズニーランド行こうよ」
調子に乗って、烈におねだりしてしまう。
「う、うん。でも、僕は車持っていないんだ…」
思わず智花に正直なところを答えてしまう。
「だーいじょうぶよー、それなら電車で行けばいいんだからー!!」
アルコールなど一滴も飲んでいないのに、完全にハイテンションになっている智花は気にせず言う。
「うん、分かった。でも、その時にチグルマンの奴らが大人しくしてくれるとは…」
思わず烈は本音を洩らす。
「その時は、緊急出動でも大丈夫よ。私、自分のことくらい、何とかするから」
そんな二人の他愛ないやり取りのうちに、そろそろ夕暮れどき。
二人は海浜公園から家路に向かうが、烈は最寄り駅方向へ向かうという。
智花は静かな住宅街を通って、そのまま歩いて帰ることにした。
自転車ならそんなにかからないけど、歩くと、ちょっと距離あるかな…
しかし智花は、そんなことは烈には言わなかった。
「じゃ、楽しかった。烈さん、また会おうね!」
「ああ、ありがとう、智花さん。今日は楽しかったよ」
二人は握手をし、それぞれの家路に向かう。
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今日は楽しかったなー
別れの余韻でぼんやり歩いていた智花だったが、突然、彼女の目の前に、恐らくは70歳前後くらいの老人が、ハアハアと息を荒げ、ヨロヨロしながら姿を現した。
顔には脂汗が浮かんでいる。
その老人は足元をふらつかせながら、智花の前に立つと必死の表情で声を絞り出したのだ。
「お嬢さん、すまない… ここは… どこだ…?」
智花は驚いてしまうが、持ち前の優しい性格から放っておくことも出来ず、老人に向かって声をかける事にした。
「お爺さん、大丈夫ですか?、 顔色が悪いですよ。とりあえず座った方が…」
とりあえず近くのベンチに老人を支えて座らせる。
そして智花はスマホをチラッと見る。
『烈さん、今連絡したら迷惑かな? いくらなんでも、たった今、別れたばかりだし…』
と心の中で迷う。
が、次の瞬間、老人が突然苦しみだし、そして
「チ、チグルマンが…、奴らがあっ!!」
と叫び出し、そして大きく目を見開くと倒れたのだ。
智花は気が動転し、とにかくも
「おじいさん!? しっかりして!」
老人を介抱しようとする一方で
烈さんに連絡しようか?
いや、救急車を呼んだ方がいいのか?
と判断を迷ってしまった。
そして
とりあえず、ここは救急車よね、その後でチャットを入れれば
そう決断するとスマホを取り出して、まず119番しようとする智花だった。
だが…
路地の奥から白い軽バンがゆっくりと近づいてくる姿が智花の目に入った。
横には青い文字でサソリーナ・ホリスティック・メディカルセンターと書いてある。
救急車ではなく、病院の車両なんだろうな…
ぼんやりと智花は考え、そして
それにしても、まだ119番したわけでもないのに…
と思ってみたりもする。
そして、その車は智花の目の前で停車すると、中から白衣を着た四十代後半と思われる銀縁眼鏡をかけた女性、そして同じく白衣を着用する二人の男性が降りて来た。
一人は女性と同じく眼鏡をかけた冷静そうな男性、もう一人はがっしりした体格の男性。
この二人が恐らく看護助手だろうか?
どうやら最初に出てきた四十代後半と思われる女性が医師のようだ。
そして、その医師と思われる女性の指示のもと、二人の白衣を着た男性たちはテキパキと動き、智花の目の前で倒れた老人を簡易担架のようなものに載せ始める。
そして、作業が滞りなく進むのを確認した銀縁眼鏡をかけた女性は智花に向かって、にこやかに、でもどこか不自然さを感じさせる微笑みを浮かべると
「お嬢さん、お騒がせしました。この方は私どもの患者さんです。すぐに医院のほうへと搬送します。ご協力ありがとうございました」
淀みなく言った。
だが不自然さを感じた智花は
「えっ?、 病院の方ですか? 、このおじいさんは私の目の前で突然倒れたんですけど…」
と、その医師と思われる女性に向かって言う。
だが、その女性は
「すみません、症状から見て緊急を要します。あの、あなたはご親族の方ですか?、付き添いの方が必要なんです」
有無を言わせようともしない。
なおも智花は
「いえ、私がここを通りかかったら…」
と説明しようとするが
銀縁眼鏡をかけた女性は素早く続ける。
「お嬢さん、この方は興奮状態で何かを訴えていましたと思いますけど? 私どもは患者さんが最後に話した相手として、あなたには簡単な事情聴取と初期の証言をお願いしたいんです。大変申し訳ありませんけど、当医院まで一緒に来ていただけますか? すぐに終わりますし、こちらで送り迎えもさせていただきます。勿論、任意ですけど、お願い出来ますか?」
送り迎えか…
それはそれで智花には悪くない話のように思えた。
まだ、家まで結構な距離を歩くし、このお爺さんのことも気になるし…
この方、ちゃんとした病院の先生みたいだし、大丈夫そうかな?
少しの間考えた上で智花は
「分かりました、いいですよ」
と、銀縁眼鏡をかけた医師と思われる女性に返事をする。
「ありがとうございます。じゃ、まずこちらへ」
言われて智花は白い軽バンに近づいたのだが
次の瞬間、がっしりした白衣の男が素早く彼女の腕を掴み、もう一人の眼鏡の男が後ろから口にハンカチを押し当てる。
甘酸っぱい香り…
そして、それを確認した銀縁眼鏡をかけた医師と思われる女性は悪魔の笑みを浮かべると
「お嬢さん、申し訳ありませんが、ご協力をお願いします。詳しい話は病院で…」
と智花に向かって囁く。
「え… ちょっと、離して…!」
智花は抵抗するが、たちまち意識がぼんやりし、そして抵抗も弱々しくなる。
完全に意識を失う前に、ぼんやりと
「烈さん…」
智花は心の中で呟いた。
そして彼女が意識を失うと、白バンのドアは閉まり、そして走り出した。
そのまま静かに白バンは夜の街に消えていく。