これは私の師匠である《死神》ヤシロが天使に拉致されたときの話ですが   作:ボブ・ニンジャ

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第2話


 

 

東京23区西部の某所に、魔王《見えざる波》の居城はあった。

繁華街の中にそびえ立つ高層ビルの1つである。

その中を今、1基のエレベーターが上へと昇っていく。

 

「目標を取り逃したか。お前らしくもないな、《キルスイッチ》」

「申し訳ございません」

 

そこに、鹿頭の魔王・見えざる波は乗っていた。

"透明マント"の女も一緒だ。

彼女は通り名をキルスイッチといった。

 

「何かトラブルでも?」

「ジョニーが暴走して邪魔になりまして。強さ自体は申し分ないのですが」

「困ったものだ。……まあ、代わりに得たものはある。次善策を練ることにしよう」

「はっ」

 

やがて、エレベーターは目当てのフロアに到着した。

いくつかの電子錠ドアと、眷属が警備するゲートを抜けて、最奥へ。

扉に「尋問室」と書かれた部屋へ入る。

 

「はじめまして、《死神》ヤシロ。私は見えざる波という」

「ご挨拶に預かり光栄の極みだぜ」

 

ヤシロは天井から伸びる鎖に縛られ、高さ数十センチのところで宙吊りにされていた。

皮肉っぽい口調で、魔王に応対する。

 

「ついでに、慈悲深くもこの鎖を解いてくれたりしねえか」

「そうはいかん。君を自由にすることは非常に怖い」

 

魔王は腰の左右に提げた2本の剣を確かめるように撫でながら言う。

 

「私は《光芒の蛇》や《嵐の柩》に比べればずっと弱い魔王だからな」

「それじゃ、あの《天使》は──」

 

ヤシロは問う。

魔王とその眷属の目を覗き込み、反応を確かめながら。

 

「《千里眼》のジョニーは、助っ人ってわけか?」

「……」

 

キルスイッチがかすかに顔をしかめた。

 

「ほう、気づいていたか」

 

見えざる波は平然としている。

 

「彼が名乗ったのかね? 自分がジョニーだと」

「剣のクセでわかる。それに、あの執着ぶりだ」

 

ヤシロは不敵に笑う。

 

「俺は昔、ヤツの両手両足を切り落として、大火事になってる魔王の城に放置してやったからな。恨んでくるのは予想はできる」

「ひどい真似をするものだ」

「知るか。敵だったし。ていうかなんで生きてんだよ」

「私が見つけたときは病院にいた。熱心な消防士に見つけてもらったんじゃないかね」

「しかし、腑に落ちねえな」

「というと?」

「ヤツのエーテル知覚は遠くを見るだけのもんだったはずだ。……それがなんで、あんな空飛ぶゴリラになってやがる?」

「まあ、我々は人材育成のうまい優良企業なのだとでも考えておいてくれたまえ。……ところで」

 

見えざる波ははぐらかし、逆に問いかける。

 

「これから君をエサにして城ヶ峰亜希を誘い出したいと思っている。うまい誘い方はあるかね?」

「あんなバカの行動原理なんか知るかよ。予測不能だよ」

 

死神は取り合わなかった。

 

「求人出してみたらどうだ。優良企業なんだろ」

「おい、電流を」

「はい」

「ぐわああああ!?」

 

魔王の指示でキルスイッチが近くにあった装置を操作すると、ヤシロの体に電流が流れた。

拷問だ。

 

「城ヶ峰亜希がアカデミー以外で行きそうな場所は? そこで罠を張る」

「はあっ、はあっ……パチンコとかじゃねえの?」

「おい」

「はい」

「ぐわあああああ!」

 

また電流が流される。

ヤシロは1人、その激痛に耐えながら、腹の底で怒りを煮えたぎらせた。

 

(((クソッ、こいつら後で殺す……! 絶対にぶち殺してやる!)))

 

 

 ◆

 

 

「──というわけで、師匠がなんらかの悪の組織の手に落ちてしまいました」

 

都内某所にあるバー、《グーニーズ》。

勇者の溜まり場。

その店内で、城ヶ峰亜希は深々と頭を下げる。

 

「ご多忙のところ恐れ入りますが、どうか師匠の捜索と救出にご協力ください!」

「おう、いいぜ。乗ってやるよ」

 

《ソルト》ジョーはあっさりとそれを承諾した。

凶悪な面で、凶悪にほくそ笑む。

 

「ヤシロのやつをまたバカにしてやれる。報酬としてカードを巻き上げるのもいいな」

「俺も手伝うよ。言うほど多忙でもないしね」

 

隣に座っていた小男、《もぐり》のマルタがへらへら笑いながら追随する。

カウンターの奥に目を向け、

 

「どうする? マスターもやる?」

「俺はパスだ」

 

強面のエド・サイラスは、グラスを磨きながら答える。

 

「話を聞く限り、ヤシロのやつはもう殺されてる可能性が高い。報酬を取りっぱぐれる」

「それは残念。ベテランがまた参戦してくれたら心強かったのにな」

「よせよマルタ、人が増えるほど取り分が減るぜ」

「それもそうか。……にしても、亜希ちゃん」

 

マルタが声をひそめる。

 

「彼女、大丈夫?」

「といいますと?」

 

城ヶ峰は彼の視線を追った。

その先で、セーラはうつむき、カウンターの木目を睨んでいた。

膝の上で手をぎゅっと握りしめている。

 

「あたしのせいだ……あたしのせいで先生が……どうしよう……あたしみたいな半端者が何してもかえって」

 

何事かぶつぶつと呟いている。

城ヶ峰はマルタに向けて頷き、

 

「ああ。セーラは敵の待ち伏せを見抜けなかったうえ、師匠が怪我をする原因を間接的に作ってしまったので落ち込んでいるんだと思います」

「説明しなくていいから!」

 

セーラが頭を掻きむしった。

ジョーとマルタがにやりと笑う。

失敗した者は徹底的にバカにするのが勇者の流儀だ。

2人がセーラに容赦なく皮肉を浴びせようとしたその時、バーの入り口でドアベルがカランと鳴った。

入店してきたのは印堂だ。

 

「雪音! 遅かったな、一体どこに」

 

城ヶ峰はそこまで言いかけて、印堂が手にぶら下げているものに気づいた。

人の生首だ。

顔を恐怖に歪ませ、絶叫した表情のまま凍りついている。

 

「ゆ、雪音!? なんだそれは!?」

「魔王。《砂塵の蜻蛉》卿」

「情報収集に行くんじゃなかったのか!」

「こいつが師匠の行方知ってるんじゃないかと思って。知らなかったけど」

「えっ? 何かあてがあったのか? その砂塵の蜻蛉とあの天使たちに何か関係が」

「別に」

「別に!?」

「だっはっは! 砂塵の蜻蛉のやつも災難だな。八つ当たりで拷問されてぶっ殺されるとは」

 

ジョーがげらげら笑う。

 

「そんな当てずっぽうで動いたってよぉ、ヤシロは見つかるもんじゃないぜ」

 

マルタが薄汚いカバンを探って、しわくちゃの紙束を取り出した。

城ヶ峰と印堂が覗き込む。

 

「これは……《ハーフドラゴン》の名簿ですか? 北海道の《明星の帷》卿の城で見つけた」

「こいつらを順番に拷問すればいいってこと?」

「違う違う、逆だよ。今回は仲良くしなきゃ」

「仲良く?」

「考えてもみろ、ハーフドラゴンってのは滅茶苦茶大きな組織だろ? 世間体なんてどうとでも取り繕って、欲しいものはなんでも手に入れられる」

 

マルタはピザをかじりながら言う。

 

「亜希ちゃんはなんか、E4関係の特別な体って話じゃんか。ネフィリムみたいな」

「まあ、そのようです。あの化け物と同列にされるのはいささか心外ですが」

「その亜希ちゃんが、最近はずっと襲われもせず攫われもしなかった。……ってことは、ハーフドラゴンにとって亜希ちゃんはとっくに用済みってことだよ」

「その言い方は軽んじられているようでいささか心外ですが」

「しかし、今回の連中は亜希ちゃんを攫おうとした。……ってことは、今回の敵はE4のデータをかき集めてハーフドラゴンに追いつこうとしている競合他社ってわけだ」

 

マルタは名簿をぺらぺらとめくり、載っている名前に目を通していく。

 

「だから、この中の誰かにそういう連中の心当たりがないか聞ければ……」

「おお! さすが師匠のご盟友! クレバーな手段です!」

「……コネのある奴がいないなあ」

「ずこーっ!」

「貸せよ!」

 

城ヶ峰がずっこける一方、ジョーが横から紙束をひったくった。

何ページかめくったところで、にやりと笑って、載っている名前の1つを指差す。

《逆巻く鮫》。

 

「俺、このクソババアに貸しがあるぜ」

 

そう言ってスマホを取り出し、電話をかける。

 

「……もしもし? 俺だ。《逆巻く鮫》卿に繋げ。《ソルト》ジョーっていえばわかる」

 

しばしの沈黙。

 

「おいジョー、脳筋のお前に魔王相手の交渉なんかできんのか? 電話越しじゃぶん殴って言うこと聞かせるわけにはいかないぞ」

 

マルタがささやく。

 

「バカにすんな。見とけ」

 

ジョーはそう囁き返し、電話をスピーカーフォンに設定してテーブルの上に置いた。

城ヶ峰がごくりと唾を飲み込む。

 

『──ジョーかい。まだ生きていたとは残念だね』

 

やがて、回線がつながった。

魔王《逆巻く鮫》卿は高齢の女性らしく、声はしゃがれている。

 

「おいおい、ご挨拶だな。俺にデカい口叩ける立場かよ、お前?」

『なんのことかね』

「お前には貸しがあるはずだぜ。渋谷の抗争の時に相当手を貸してやった」

『要らん手出しだったよ。あのときは事前に《嵐の柩》に渡りをつけていたから』

「え」

 

ジョーの顔がひきつった。

マルタが笑いをこらえ、妙な表情をする。

 

『……とりあえず用件を聞こう。こっちにも得のある話なら聞いてやらんでもないよ。つまらない話だったら切るけど』

「……俺は知ってんだよ」

『何を』

「お前、ハーフドラゴンだろ?」

『もう抜けたよ』

「え」

「くっくっく」

 

ジョーが二度目の肩透かしを受けると、マルタはこらえきれずに忍び笑いを漏らした。

 

『もともと《嵐の柩》の付き合いで入っていただけだし。あたしの商売やメンツも気にせず派手に内輪揉めしやがるから愛想が尽きたよ』

「……舐めんなよ」

『は?』

「今すぐその高田馬場のアジトに行って、開放感のある感じにリフォームしてやろうか!?」

『とっくに引っ越したよ。あんたみたいな野蛮人が殴り込んでくると困るから』

「失礼します!」

 

城ヶ峰がスマートフォンをひったくった。

ジョーが鼻白んで何かわめき、マルタがそれを押さえ込むのを尻目に、一対一で通話を始める。

 

「はじめまして! 私はアカデミー2年、城ヶ峰亜希と申します!」

『ああ……? はじめまして。《逆巻く鮫》だ』

「今まで、ジョーさんとの話を横から盗み聞きしていました!」

『もっとすまなそうにしたらどうだい』

「立場上、魔王であるあなたは許せません。しかし緊急事態なのでこの際あなたに頼ろうと考えています」

『それ言うと足元見られる、とか考えないのかい?』

「単刀直入に伺いますが、今の東京でE4やネフィリムに強い興味を持っている組織をご存知ですか?」

『あたしの話聞いてる?』

「なぜこれをお尋ねするかというと、私の師匠のヤシロさんがその組織にさらわれたと思われるからです!」

「「おい!」」

 

ジョーとマルタが揃って声を上げた。

城ヶ峰は事情をあけすけに喋りすぎている。

 

『ヤシロ? 《死神》ヤシロかい? どこまで本当か知らないが、面白い話だね』

 

逆巻く鮫の声に少しだけ愉悦の色が滲んだ。

 

『──そういえば、ハーフドラゴンから技術を盗んでネフィリムを作ろうとしてる魔王の噂は聞いたことがある』

「ネフィリムを!? その魔王の名前は!」

『《電光の盾》卿だ』

 

それから、逆巻く鮫は電光の盾についていくつか情報を開示した。

電光の盾本人のエーテル知覚の情報はなかったものの、アジトと思しき場所の候補はいくつかあった。

城ヶ峰は相槌を打ちながらメモを取る。

 

『言っておくが、この情報は正しいかわからないよ。保証してやる義理もないし』

「十分です! ありがとうございます!」

『あと、ジョーのやつに言っときな。あんたに交渉は向いてないって』

 

それだけ言って、逆巻く鮫は電話を切った。

城ヶ峰はなぜか電話に向かってお辞儀をした後、きらきらした目でジョーを見る。

 

「ありがとうございます、ジョーさん! あなたのコネのおかげで有用な情報が」

「嫌味か、お前!」

「よせよジョー。お前の負けだよ」

 

憤慨するジョーをマルタが制する。

 

「《電光の盾》。倒しに行こう。すぐ行こう」

「待て雪音、いつも師匠が仰っているだろう。魔王討伐は準備が肝心だと」

 

城ヶ峰は逸る印堂を制した後、ふと思い立って尋ねる。

 

「そういえばジョーさん、マルタさん。"ジョニー"という名前に聞き覚えは? もしかしたら敵の一味かもしれないのです」

「は? 誰だよ」

「知らねえなぁ」

「──"千里眼"のジョニー」

 

エド・サイラスがカウンターの奥からぼそりと口を挟む。

 

「昔、ヤシロの商売仇だった勇者だ。手足をもがれて火の海に放置されたから死んだだろうって話だったと思うが」

「うひゃあ、えぐいねえ」

「まさに火ダルマだな」

 

マルタとジョーの反応は至極どうでもよさそうだった。

城ヶ峰はまたメモを取りながら、

 

「なるほど。ちなみにエーテル知覚は?」

「細かくは知らないが、二つ名通り遠くを見れるって話だったと」

「なあ、俺考えたんだけど」

 

マルタがへらへら笑いながら言う。

 

「そのジョーってやつがE4でドーピングした姿が《天使》なんじゃないの?」

「言動や強さは納得がいきます。しかし、敵の思考を読んだ限り、ジョニーはその場にいないような扱いでした。──それに」

「それに?」

「《天使》の思考が、なぜか全然読めませんでした」

 

城ヶ峰はかねてから抱いていた違和感を明かす。

 

「漠然とした思考はあるんですけど、動きや発言と結びついていないというか。今までにE4を使った敵と戦ったときはそんなことはなかったのに」

「ふうん、何かカラクリがあるみたいだな。──まあ、とりあえず」

 

マルタは気の抜けたビールを飲み干し、腰を上げた。

 

「情報収集といこうぜぇ。《電光の盾》の最近の動きとアジトの場所、警備体制も調べる」

 

 

 ◆

 

 

「──って話だよ」

 

薄暗い部屋で、《逆巻く鮫》は一通りの説明を終えた。

長いテーブルの向かい側に座っている相手を見やる。

 

「あんた好みの話じゃないかい、《嵐の柩》」

「今は"オリエ"ですよ。──それにしても、実に興味深いことです」

 

"オリエ"は、貴族風の衣装に身を包んだ女性だった。

女性の勇者だ。

 

「あのヤシロ様が、そのような苦境に」

 

どろりと濁った瞳で、窓の外、ビル街の夜景を見やる。

思い人の面影をその向こうに見出そうとするかのように。

 

 

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