これは私の師匠である《死神》ヤシロが天使に拉致されたときの話ですが   作:ボブ・ニンジャ

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第3話

 

 

――ヤシロが拉致されてから、数日後。

 

東京湾に面した倉庫街。

海産物を収める冷凍倉庫が立ち並ぶエリアを、1台のトラックが走っていた。

荷台には「カクレミノ水産」の文字。

 

一棟の大型倉庫が、ゴゴゴと音を立ててゲートを開いた。

トラックはその中へ進入していく。

マシンガンで武装した兵士が出迎え、手ぶりで駐車位置を指示した。

 

この倉庫こそ、魔王《電光の盾》のアジトだった。

冷凍トラックが出入りしても不自然ではない、そんな地域に築かれている。

 

「やー、どーも。新しい死体の入荷だよ」

 

作業服姿の小男が、トラックの運転席から降りてくる。

《もぐり》のマルタだ。

今はしかるべき変装をしている。

 

「予定より早かったな。成人男性が2体だったな?」

 

《電光の盾》の眷属の1人、背広姿の男がそちらに近づく。

マルタはへらへら笑って、

 

「いや、女子高生が2体だよ。勘違いしてたんだってさ」

「何? またミスか。これだからケチな汚職葬儀屋は」

 

眷属は舌打ちして、顎をしゃくった。

近くに待機していた部下たちがトラックに駆け寄る。

荷台を開け、2つの棺桶を台車に積み替えて運び出す。

 

「よし、もう帰っていい。とっとと行け」

「はい、毎度!――あれっ」

 

マルタは運転席に戻ると、間の抜けた声を発した。

眷属の男が目をすがめる。

 

「おい、どうした」

「な、なんかエンジンかからなくて」

「早く直して出ていけ」

「すいません、すぐに!」

 

マルタはバタバタと車から降りて、車体下部にかがみこんだ。

周囲の眷属たちが訝しげにその様子を見る。

マルタはエンジンを点検するふりをしながら、ひそかに腕時計を確認した。

 

「遅いな。ジョーのやつ何やってんだ?」

 

小声でぼやく。

2つの棺桶はアジトの奥、扉の奥へ運ばれていく。

 

その直後、事態は動いた。

遠くから爆音が轟いたのだ。

アジトがびりびりと震え、天井から粉塵が落ちてくる。

周囲の眷属たちがざわつく。

 

「裏門の方か? B班、ヘルプに行け!」

 

リーダー格らしき帯剣した男が、自分の首に《E3》を打ち込みながら命じる。

マシンガンを抱えた眷属たちの一団がバタバタと走って、扉の奥へ向かった。

今更のようにサイレンが鳴り響く。

放送音声が、裏門への勇者の襲撃を告げる。

 

「こうも派手に殴りこんでくるとは。バカなのか、それで勝算があるのか」

 

リーダー格の男はそう呟いた後、先ほどのトラックに視線を戻した。

運転手の男が、いない。

姿が消えている。

男は目を見開き、剣を抜こうとした。

その胸から刀が生えた。

 

「はい、そこまでだ」

 

マルタはすでにその男の背後にいた。

刀を引き抜く。

リーダー格の男は心臓を破壊され、血を噴きながら倒れた。

 

「貴様、勇者だな!」

「裏門の敵とグルか!」

 

周囲で他の眷属たちが色めき立ち、刀剣類や銃器を構えた。

マルタは刀を手にそれを見渡す。

 

「亜希ちゃんや雪音ちゃんとはぐれちゃったな。大丈夫かな」

 

そういうことを気にする余裕がある。

 

 

 ◆

 

 

爆音や警報はアジトの全域に響いていた。

マルタのいる正面ゲートから奥へ進んだ先の廊下にも、たちまち緊張感が立ち込めている。

 

「おい、どうする?」

「とりあえずこれ運んでからじゃないとまずいだろ」

 

台車で棺桶を運んでいた眷属2人が話し合う。

その時、いきなり棺桶のフタが2つ同時に開き、2人の勇者が飛び出した。

 

「はあっ!」

「ぐわっ!?」

 

そのうちの1人、城ヶ峰がバックラーで眷属を殴りつけて昏倒させた。

 

「ふんっ」

「あぐっ!」

 

もう1人、印堂は眷属の喉笛をナイフで掻き切った。

 

「さ……寒い! まだ寒いぞ。E3も使ったのに」

 

城ヶ峰は体をぶるぶる震わせた。

印堂は鼻を鳴らし、

 

「私はこのくらい平気。北国生まれだから」

「嘘だ! 雪音も寒いんじゃないか!」

「心を読んだの?」

「唇が変な色だぞ!」

「平気。行こう」

 

2人は棺桶を後に残して、アジト内をさらに奥へ進む。

途中で物陰に身を隠し、眷属の集団が廊下を走っていくのをやり過ごした。

裏門へ向かう集団と思われた。

 

――この《電光の盾》卿のアジトを攻略するために城ヶ峰たちが立てた作戦は以下の通りだ。

まず、城ヶ峰と印堂、マルタの3人が正面ゲートから荷下ろし場へ潜入。

すかさず裏門でジョーが暴れて陽動を仕掛ける。

その隙に、正面ゲートの3人がアジト内へ深く切り込むという作戦だ。

しかしその過程で城ヶ峰と印堂は冷凍トラックの荷台でしばらく運ばれる羽目になり、寒い思いをした。

 

「貴様、勇者だな!」

 

城ヶ峰が事務室へ入ると、一番奥の机に座っていた眷属の男が立ち上がった。

首元にE3使用者特有のアザを浮かべている。

背後の壁に掛けていた槍を手に取る。

 

「《電光の盾》卿よりバックオフィス部門統括を任されているこの俺様が相手を」

「ふんっ」

「ぐはあっ!」

 

しかし、背後へテレポートしてきた印堂の一撃であっけなく倒された。

 

「武器を捨てろ! 抵抗しなければ殺しはしない!」

 

城ヶ峰は片手剣を振りかざし、周囲の事務員らしき眷属たちに宣言した。

眷属たちの中には拳銃を取り出していた者もいたが、恐れおののき、全員が武器を捨てて両手を挙げた。

 

「《死神》ヤシロのことを知っているか? 《天使》のことは!」

 

問いかけつつ、事務員の心を読む。

全員心当たりがなく、困惑している。

城ヶ峰は眉をひそめた。

 

(((やはり、今回の黒幕は電光の盾ではないのか)))

 

――ここのところ数日の調査で、城ヶ峰たちはすでに「電光の盾はヤシロを拉致した犯人ではない」という推測にたどり着いていた。

最大の理由は、格不足だ。

《電光の盾》は技術力こそ高いものの、組織の規模や資金力はさほど大きくない。

"透明マント"や"天使"のような巨大戦力を抱えているとみるには不自然なのだ。

 

「亜希。私が見張る。情報収集して」

 

印堂がナイフを構え、事務員たちを睨みながら言う。

城ヶ峰は頷き、

 

「わかった! 帳簿は……ここか!?」

 

鍵付きのキャビネットの1つに目を付けて、勇者の腕力で叩き壊した。

ファイルを取り出し、内容に目を通す。

幸運にも、目を引く記載が早々に見つかった。

つい先月、特定の口座から《電光の盾》の口座へ大金が振り込まれている記録。

何かの対価か。

 

「おい! この振り込みは誰からだ?」

 

手近な事務員を捕まえて尋ねる。

事務員は口ごもったが、城ヶ峰はその心をたやすく読んだ。

 

「――《見えざる波》卿?」

 

しかし、それ以上詳しく調べる時間はなかった。

城ヶ峰と印堂の耳元のインカムに《ソルト》ジョーのがなり声が届く。

 

『おい! 出てきやがったぜ、例のやつが!』

『こっちもだ! ウジャウジャと……なんかドロドロしてるけど!』

 

マルタの声もそれに重なる。

城ヶ峰はインカムに向けて叫び返す。

 

「何の話ですか? 何がドロドロしていると?」

「亜希!」

 

印堂が切羽詰まった警告を発した。

振り返ると、熊のような巨大生物がのっそりと事務室に入ってくるところだった。

人間の体をいびつに膨張させたような巨体。

鋭い爪。

 

「ネフィリム」

 

印堂がその名を呟く。

──しかし、目の前にいるそれは彼女たちの知るネフィリムとは違う点があった。

全身の肉が腐ったように溶けているのだ。

液状化して剥落した肉体組織が床にしたたり、染みを作っている。

悪臭が立ち込める。

 

「なるほど、ドロドロしている」

 

城ヶ峰は得心がいったように呟いた。

ネフィリムが咆哮し、2人に襲いかかった。

濡れた土嚢を叩きつけるような重い足音。

振り下ろされた爪を印堂は避け、ネフィリムの足首を切り裂いた。

巨体がぐらつき、膝をつく。

続けて城ヶ峰が踏み込み、片手剣で切り裂くと、怪物は喉から妙な色の血液を溢れさせて床に倒れ伏した。

もう動かない。

 

「おや? 再生してこないな」

 

城ヶ峰は怪訝そうな顔でそれを見下ろす。

かつて戦ったネフィリムには、この程度の傷はすぐに治癒する厄介な再生能力があった。

しかし、この個体には無い。

 

「出来損ないだ」

 

雪音が呟く。

 

「──興味深いな。まるで、もっと出来のいいものを見たことがあるような口ぶりだ」

 

新たな声が事務室の入口のほうから聞こえた。

城ヶ峰と印堂は素早く向き直り、武器を構えた。

遅れて事務員たちもそちらを見やる。

異形度の低い、白衣の青年じみた姿の魔王がそこに立っていた。

 

「はじめまして。僕が《電光の盾》だ」

 

魔王はそう名乗って、冷然とした笑みを浮かべた。

首から笛をぶら下げているのが目につく。

 

「私はアカデミー特成課2年、城ヶ峰亜希! そっちは同じく印堂雪音だ!」

 

城ヶ峰は堂々と名乗り返し、剣と盾を構える。

 

「我々は人探しの最中であり、その手がかりを探すついでにお前を討伐しにきた! 覚悟するがいい!」

「ついで扱いとは心外だな」

 

《電光の盾》は、ヤクザ風の、白鞘の日本刀を抜き放った。

やや刃渡りが短いタイプなのは屋内で戦う時に壁や天井に引っかけないようにするためか。

 

「これでも僕は、科学技術と人脈でうまく世渡りしてきた狡猾な魔王のつもりなんだけど」

「《見えざる波》卿も顧客の1人ということか?」

「何?」

 

《電光の盾》は訝しんだ。

その心の声を、城ヶ峰は聞き取る。

 

「なるほどな。先月、《見えざる波》に比較的出来のいいネフィリムを何体か売ったと」

「君は人の心が読めるのか? ──やれやれ。君たちのネフィリムへの知見について、もう少し話を聞きたいところだったが」

 

《電光の盾》はエーテル知覚を発動した。

その全身を、バチバチと爆ぜるスパークが覆う。

まるで高圧電流が流れているかのように。

 

「顧客情報が漏れたら僕はメンツ丸潰れ、商売あがったりだ。可及的速やかに死んでもらうしかないな」

「待て、雪音!」

 

城ヶ峰の制止は間に合わなかった。

印堂が1歩踏み込み、《電光の盾》の背後へテレポートする。

 

「何」

 

《電光の盾》は目を見開いたが、防御は間に合わない。

印堂がナイフで首を掻き切りにいく方が早い。

敵が身に纏っている電流はいかにも危険だが、E3使用者が感電で死ぬことはそうそうない。

感電しながらでも一撃で致命傷を負わせれば問題なく――

ナイフの刃が敵に触れた瞬間、バチンと音を立ててひときわ強く火花が爆ぜた。

 

「ぐうっ!?」

 

印堂は弾き飛ばされ、背中から壁に激突した。

ただの感電ではない。

触れた瞬間、明らかに運動エネルギーがナイフへ叩きつけられてきた。

印堂は体の痺れをこらえつつ見上げた。

無傷の《電光の盾》が振り返り、こちらに刀を振り落としてくる。

 

「させるかっ!」

「うおっ!?」

 

城ヶ峰が介入した。

盾を突き出し、横合いからタックルをかける。

《電光の盾》は吹き飛ばされ、転がって間合いを開けてから立ち上がった。

 

「アキちゃんだったか? 大した踏み込みの速さだ。間に合うと思わなかった」

 

魔王は目を細める。

城ヶ峰はそちらを見返しつつ、背中越しに印堂へ解説する。

 

「雪音。こいつのエーテル知覚は"バリアー"だ。敵の攻撃を防いで、感電させながら弾き飛ばす。弱点は、1回防いだあと再展開するまでに少しクールタイムが要ること」

「その"少し"って言い方は曖昧で良くないな。文系の悪いクセだ。──正確には0.2秒だ」

 

場の主導権を握るためか、《電光の盾》は自分からそれを明かした。

その全身を、再びスパーク光が覆う。

バリアー再展開。

 

「すーっ、ふーっ」

 

印堂は深呼吸した。

強引に勝負を決めに行ったのは判断ミスだったことを自覚する。

ヤシロが拉致されている状況が招いた焦りだ。

 

「雪音、焦ることはないぞ。この私が一緒なのだから」

「ごめん。わかった」

 

仲間の言葉に頷く。

 

「今度はもっとちゃんとやる」

 

 

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