これは私の師匠である《死神》ヤシロが天使に拉致されたときの話ですが 作:ボブ・ニンジャ
それから、1分ほど膠着があった。
《電光の盾》と城ヶ峰、印堂の3人は、各々武器を構えて睨み合った。
周囲では《盾》眷属の事務員たちが固唾を飲んで見守っている。
遠くで爆音が轟く。
銃声とネフィリムの咆哮がそれに重なる。
時間の経過はどちらにとって有利になるのか。
《盾》が内心でそれを考えるのを、城ヶ峰は聞き取った。
「……」
印堂は、さっき敵のバリアーに弾かれて取り落とした自分のナイフをちらりと見た。
注意を逸らして隙を晒したように見えるが、ブラフだ。
《盾》はそれを無視した。
(((やあ、アキちゃん。これも聞こえてるのかな)))
《盾》が心の中で言う。
彼の体表では依然、電気のバリアーがバチバチと弾け続けている。
(((今のブラフもそうだが、君たちは歳のわりにしたたかだね。誰かに教わったのかい?)))
城ヶ峰は馬鹿正直にも口頭でヤシロの名前を挙げようとしたが、その瞬間、他のことに注意を惹かれた。
事務員の1人の心の声。
──「銃を拾って、陛下を援護しよう」。
「やめろ!」
城ヶ峰は反射的にそちらを向き、おそるおそる銃に手を伸ばそうとしていた事務員を牽制した。
《盾》が床を蹴る音が聞こえた。
急いで振り返ると、その時にはすでに、絶望的な距離に敵の刃が迫っていた。
印堂が横から割り込んだ。
《盾》が繰り出した白鞘刀の刃を、ナイフで弾いて逸らす。
城ヶ峰は《盾》が刀の柄の下端部分を握っているのに気づいた。
どうやら瞬間的に手の中で刀を滑らせてリーチを伸ばしてきたらしい。
印堂は1歩進めた足で床を踏みしめ、とっさの割り込みで崩れた姿勢を回復しようとした。
《盾》が、心の中で攻撃目標を印堂に再設定する。
白鞘刀を両手持ちに切り替え、横薙ぎの一撃を繰り出そうとする。
城ヶ峰はそれを聞き取り、前に出た。
バックラーを突き出し、刀が加速しきる前に受け止める。
受け切る。
背後で、印堂が攻撃意思を抱きながら《空間の裂け目》へ飛び込んでいくのわかった。
──それなら、自分が前もって敵の電気バリアーを剥がさなければ。
城ヶ峰はカウンター気味に片手剣の一撃を繰り出した。
《盾》は刀を切り返してガードした。
電気は流れてこない。
敵のバリアーは健在なままだ。
「雪音! バリアーが!」
城ヶ峰の警告の叫びに、銃声が重なった。
印堂が拳銃の近くへテレポートし、拾って発砲した音だった。
「チッ」
《盾》が舌打ちして、銃弾から身をかわした。
鍔迫り合いから半端に逃げた形だ。
城ヶ峰は一歩踏み込み、自分のバックラーを叩きつけた。
火花が弾けて、城ヶ峰は感電した。
意識がとびかける。
視界が明滅する。
銃弾がキャビネットのガラスを砕き、事務員の1人が悲鳴を上げる騒ぎがずっと遠くで聞こえる。
よろめき、なんとか床を踏みしめて堪える。
我に帰って見回すと、印堂はナイフを振るってバリアーの剥がれた《盾》に連続攻撃を仕掛けていた。
《盾》は刀をコンパクトに動かして凌いでいたが、不意に姿勢が崩れる。
印堂の、ナイフを持つ右手──
その手首から先だけが転移して、魔王の背中を突き刺していた。
「こいつ」
《盾》が目を剥いた。
その体がまばゆく発光し、火花を散らし始める。
バリアー再展開。
印堂はナイフを引き戻すと、《盾》が繰り出した下段斬りを飛び越えた。
そして、敵が電気を纏っているのを認識していながら、何の迷いもなく飛び蹴りを見舞った。
バリアーがまた弾けた。
小柄な印堂はポンと吹き飛ばされ、空中でもがいた。
《盾》はそこへ追撃を加えるべく、白鞘刀を引き戻して構える。
しかし、厄介な印堂にトドメを刺すことに気を取られすぎていた。
城ヶ峰の接近に気づくのがコンマ数秒遅れた。
「やめろっ!」
「ぐうっ!?」
ビシャッと音を立てて、妙な色の血液が壁に飛び散った。
《盾》は飛び退いた。
その右手首はさっきの城ヶ峰の一撃で切断され、刀を握ったまま床に転がっていた。
城ヶ峰は剣を突きつける。
「もはや勝負は──」
「ほざくな!」
《盾》は叫び、左手で何かナイフのようなものを3つ取り出して投げた。
事務員たちを狙ったものだった。
城ヶ峰が割り込んで1つを盾で受けたが、残り2つが事務員に突き刺さる。
「ぐあっ!?」
「あっ、ががが!」
事務員2人が苦悶したかと思うと、その肉体に急速な異変が起きた。
身体が異常に膨張し、スーツやワイシャツを破裂させる。
皮膚が赤黒く変色してどろりと溶ける。
一瞬後には、事務員たちは不完全なネフィリム2体に変身していた。
印堂が床に放置されていた槍を拾って《盾》に投げつける。
魔王はバリアーを再展開して弾き返した。
さらには、首から下げていた笛を手に取る。
不穏な動き。
「おのれ、《電光の盾》卿!」
城ヶ峰が正面から突撃をかける。
「僕の首はそんなに安くないぞ」
《盾》は吐き捨てるように言って、笛を吹き鳴らした。
──チッ、チッ、チッ。
その音色は舌打ちか、鳥の鳴き声の連なりのようだった。
微妙な音程の高低。
「ぐっ」
城ヶ峰はうめき、足をもつれさせて転倒した。
頭の中で笛の音色がうるさいほどに反響する。
体が言うことを聞かない。
ネフィリム2体も笛の音に反応した。
何かを探すように周囲を見回す。
1体が床に倒れたままの城ヶ峰に目をつけ、耳障りな叫びとともに鉤爪を振り下ろした。
城ヶ峰はかろうじて盾を掲げてガードする。
「なんだ? なぜ笛が効く」
《盾》は城ヶ峰の反応に興味を示した。
しかしその時、またアジト内で爆音が轟いた。
さっきよりも接近してきている。
《盾》は舌打ちして、城ヶ峰が出しっ放しにしていた帳簿を引っ掴むと、白衣を翻して事務室から走り去った。
「ぐ、ぐぐ……!」
城ヶ峰はいまだ立ち上がれていなかった。
1体目のネフィリムの爪攻撃を盾で受け止めたまま、床に押さえ込まれている。
そこへ、2体目のネフィリムが横からノソノソと加勢してきた。
城ヶ峰は背筋を死の予感が駆け抜けるのを感じた。
「亜希!」
印堂が飛び込んできた。
着地しながらのナイフ攻撃で、城ヶ峰を押さえつけていた1体目のネフィリムの手首を切断する。
2体目のネフィリムが鉤爪を振るう。
誰かの血が飛び散る。
印堂は城ヶ峰の首根っこを掴み、手近な《空間の裂け目》へと諸共に飛び込んだ。
直後、硬く冷たい金属製の床に二人は転がり落ちた。
薄暗く人気のない空間。
何らかの電気設備らしき金属の箱が立ち並び、低いモーター音を発している。
アジト内の機械室だった。
城ヶ峰は膝をついて立ち上がる。
「どこだここは? それにしても雪音、助かっ──」
近くに倒れたままの印堂を見て、目を見開く。
彼女の背中は無惨に裂けて、どくどくと血を流していた。
さっきのネフィリムの攻撃によるダメージだ。
「雪音! 私を庇って……!」
「《電光の盾》卿。あいつの手首を落とした。あいつ、もうまともに戦えない」
印堂は味方を責めず、戦果を端的に再確認した。
震える手でE3を取り出して注射する。
しかし、これほどの重傷はエーテル増幅の力によっても治癒に時間を要することは明らかだ。
印堂はいつもの仏頂面のまま、城ヶ峰の目を見た。
「私、もうしんどい。あとはお願い」
「……わかった。敵が来たら転移で逃げることは?」
「多分できる」
「よし、では君はここで隠れていろ。必ず迎えに来る!」
城ヶ峰は神妙に頷き、印堂を残して機械室から飛び出した。
アジト内の廊下を駆け抜ける。
《ソルト》ジョーはアジトの裏手側から順調に進撃してきているらしく、爆音はずいぶん近くから聞こえた。
城ヶ峰は、自分のバックラーに刺さったままだった《盾》のナイフ状武器を引き抜いた。
刃が注射器に似た特殊な中空構造になっているのを見て取る。
突き刺した相手にE4を注入して、ネフィリムに変異させるものらしい。
(((なんと邪悪な!)))
城ヶ峰は非道に憤慨し、ナイフを壁に叩きつけて破壊した。
さらに、自分の衣服の一部を引き裂いて耳に詰める。
《盾》が持っていた笛への対策だ。
城ヶ峰はE4の適合体という特異な体質・身体構造ゆえに、ネフィリム使役に用いられる笛が多少効いてしまう。
城ヶ峰は足を止め、廊下の曲がり角を警戒する。
その向こうから《盾》の眷属らしきスーツ姿の男が姿を現した。
ネフィリムを1体引き連れている。
「勇者か!? やれっ、ネフィリム!」
眷属の男は城ヶ峰に気づくなり、首から下げていた笛を吹き鳴らした。
チッ、チッ、チッ!
笛の音に操られて、ネフィリムが城ヶ峰に襲いかかる。
「ぬう、厄介な!」
城ヶ峰は応戦した。
ネフィリムが怪力を込めて振るう鉤爪を、剣やバックラーで弾き、受け流す。
「死ねーッ!」
眷属の男は城ヶ峰のほうへ手をかざし、何かエーテル知覚を使おうとした。
しかしその瞬間、背後からの不意打ちが男の首をはねとばした。
生首がポンと吹き飛び、床に落ちて転がる。
「背中がお留守だぜぇ」
《もぐり》のマルタはつぶやいた後、前方の戦闘へ視線を移した。
城ヶ峰はネフィリムの隙をついてその足を切り裂いた。
ネフィリムがよろめいて膝をついたところに、更に一閃。
怪物は首を切り落とされ、うつぶせに倒れ伏した。
眷属の男の生首とネフィリムの生首が並んで床に転がる。
「やるねえ、亜希ちゃん。出来損ないとはいえネフィリムを1人でやるとは」
マルタはへらへら笑いながら近づいた。
城ヶ峰は見返し、
「マルタさん! そちらはご無事でしたか?」
「楽勝だよ。それにしても、雪音ちゃんはどこに?」
「それが……」
アジト内を進みながら、城ヶ峰は事務室での一幕を話した。
マルタは鼻で笑い、
「せっかく魔王に出くわしたのに取り逃したのかい? 君たちもまだまだだねぇ」
「面目次第もございません」
「ま、若い女の子2人だけだからこそ向こうも突っかかってきたのかもしれないけどね。──それにしても、《見えざる波》卿か」
「ご存じですか?」
「そこそこの魔王だ。組織のデカさは……強かった時期の《嵐の柩》卿の4分の1か5分の1くらいってとこかな」
「それは、ええと……強いのでしょうか?」
「だからそこそこだって」
「なるほど。それくらいの規模があると、配下に他の魔王認定者がいたり?」
「1人いたな。名前はたしか……そう、《息づく石積》卿だ」
マルタは、横から現れた《盾》の眷属を斬り倒しながら話す。
「こいつのエーテル知覚は情報がある。ゴーレムを作るやつだ。──わかる? ゴーレム」
「はい! 《7つのメダリオン》にもカードがありました!」
「大体あんな感じだ。《見えざる波》卿が抗争する時は大体ゴーレムが鉄砲玉として突っ込んでくる」
「ふうむ」
城ヶ峰は《嵐の柩》のエーテル知覚を想起した。
あれと同じなのか、差異があるのか。
「では、師匠をさらった主犯としては《見えざる波》卿は格として十分……ということでしょうか?」
「まあそんなとこかな。詳しいことは《電光の盾》卿を捕まえて聞くとしようぜ」
マルタはにやりと邪悪な笑みを漏らす。
「心を読める亜希ちゃんと記憶に潜れる俺が手を組めば、尋問なんてすぐに済むからよ」
「そうですね。しかし、あくまで人道的にやりましょう!」
「ええ? 面倒臭いな」
やがて、2人はアジトの中心部に辿り着いた。
大きな両開きの扉を開くと、ごうっと音を立てて風が吹き込んでくる。
そこは、巨大冷凍倉庫を改造して築かれた《電光の盾》アジトの中庭じみた広い空間だった。
天井は大きく開放され、夜空が見えている。
屋根が開閉する仕組みになっているらしい。
「おっ、マジか」
マルタが間の抜けた声を発した。
中庭の中心あたりで1機のヘリコプターがプロペラを回転させている。
今まさに、《電光の盾》がそこへ乗り込んでいくところだった。