これは私の師匠である《死神》ヤシロが天使に拉致されたときの話ですが   作:ボブ・ニンジャ

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第5話

 

 

「来やがった、勇者の奴らだ!」

「《電光の盾》卿を守れ! 撃てーッ!」

 

中庭の左右には、合計10人ほどの眷属が控えていた。

拳銃やアサルトライフルで銃撃を加えてくる。

さらには、ヘリの機体側面に取り付けられた機関砲までが火を噴く。

 

勇者でも銃で撃たれれば痛い。

当たりどころが悪ければ死ぬ。

城ヶ峰とマルタは中庭から追い出され、扉の裏へと後退を余儀なくされた。

 

「ええい、このままでは《電光の盾》卿に逃げられてしまいます!」

 

城ヶ峰は中庭を覗き込みながら言う。

《電光の盾》が乗り込んだヘリコプターはローターの回転数を増し、ふわりと宙へ浮かび上がったところだった。

 

「マルタさん、2人で突貫しましょう! 1、2の──」

「待て亜希ちゃん、やめとこうぜ。巻き込まれる」

「何に?」

「あれ」

 

マルタはヘリコプターや眷属たちのさらに奥、中庭の向かい側にある扉を指差す。

そこから今、1人の勇者が姿を現した。

筋骨隆々の巨体に薄汚いジャケット、得物の片手剣。

《ソルト》ジョーだった。

 

「魔王のくせに城から逃げるんじゃねえよ!」

 

ジョーは歯を剥き出しにして笑い、虚空に向けて片手剣を一振りした。

その瞬間、ヘリコプターは爆発した。

 

「ああっ! なんだ!?」

「勇者だ! 後ろにも勇者が!」

 

左右の眷属たちがようやくジョーの存在に気づき、銃口を向ける。

ジョーの目が光った。

左右の壁にいくつも爆弾があり、起爆コードが自分の近くまで伸びてきているのが見える。

エーテル知覚によって、彼自身にのみ見えている。

 

「雑魚どもが!」

 

ジョーがそれらの起爆コードを束ねて手繰り寄せ、片手剣でばさりと切り落とすと、左右の壁が爆発。

眷属たちはまとめて吹き飛ばされた。

燃えながら地面に落ちてもがいているところを、ジョーが片っ端から片手剣で突き刺してトドメを刺していく。

マルタは呆れ顔で頭を掻いた。

 

「やれやれ! ジョーのやつ、毎度メチャクチャやるな」

「まずい、《電光の盾》卿が死んだかもしれません!」

 

城ヶ峰は中庭に横倒しになって炎上するヘリコプターへ駆け寄る。

彼女が救出作業に入るより早く、ばごんと音を立てて、ヘリコプターの機体側面ドアが内側から蹴破られた。

魔王が、よろめきながら姿を現す。

 

「はあーっ、はあーっ……! お前ら……!」

 

《電光の盾》は今や満身創痍だった。

印堂に背中を刺され、城ヶ峰に右手首を切り落とされ、さっきの爆発で全身に火傷や大小の裂傷を負っている。

白衣は血や焦げ跡で無惨に汚れている。

炎上するヘリコプターを背に、血走った目で3人の勇者を見渡す。

 

「もはや逃げ道はないぞ、《電光の盾》卿! 投降しろ!」

 

城ヶ峰は剣を突きつける。

《盾》は唸った。

 

「あまり僕をナメるなよ、ゲスな押し込み強盗どもが……!」

 

そう言って、懐を探る。

城ヶ峰は、《盾》が道連れを狙って何らかの悪あがきを図っていることを聞き取った。

マルタとジョーが刀剣を構える。

──しかしその時、事態が思いがけない方向へ動いた。

アジトの外から、空気を叩き切るような重低音が聞こえ始めたのだ。

 

「む?」

 

城ヶ峰は周囲を見回した。

破壊された左右の壁、その向こうの夜空に、6機のヘリコプターが編隊を組んで飛行していた。

このアジトへ接近してくる。

さらに異様だったのは、各機が何か巨大な荷物をぶら下げていたことだ。

 

E3で強化された城ヶ峰の視力は、その荷物の正体をたやすく捉えた。

身長3mほどの、体が岩でできた巨人というべき存在だ。

手には無骨な大剣をぶら下げている。

城ヶ峰はその正体に思い至った。

 

「マ、マルタさん!」

「なんだい? ヘリコプターだろ、聞けばわかるよ」

「ゴーレムです、ゴーレムをぶら下げています!」

「ええ!?」

 

マルタはさすがに驚き、ヘリコプターの方を見た。

その瞬間、《盾》が動いた。

懐からナイフを取り出したのだ。

事務員をネフィリムに変えるのに使用したものと同じものだと、城ヶ峰の動体視力は見てとった。

さらに《盾》の体が再びバリアーに包まれ、スパークし始める。

 

「させるかよ! ──うがあっ!?」

 

ジョーが片手剣で襲いかかったが、電気バリアーで弾き返された。

その隙に、《盾》はナイフを逆手に持ち変える。

自分の体に突き刺そうとする。

 

「お前たち全員、僕のE4の力で──!」

「やめろっ!」

「ぐあ!」

 

しかし一瞬早く、城ヶ峰がタックルをかけて押さえ込んだ。

《盾》が首から下げていた笛が吹き飛び、近くの地面に転がる。

 

たちまちのうちにヘリ編隊はアジトの真上にまで到達していた。

ローター音は耳をつんざくほど大きく、中庭の空気をびりびりと震わせる。

やがて、ゴーレムを懸架していたワイヤーの固定が一斉に解除された。

ずうん、ずうんと音を立てて6体のゴーレムたちが次々と中庭に着地する。

炎上するヘリコプターや勇者たちを取り囲むようにして。

 

ゴーレムたちは当然のごとくひとりでに動いた。

洞穴に響く風音のような不気味な鳴き声を発して、大剣を振りかざす。

城ヶ峰はロープを取り出し、《盾》を手早く拘束した。

ゴーレムに目を移し、マルタに問う。

 

「マルタさん、やはりこれが?」

「ああ、《息づく石積み》卿のゴーレムだ。──まったく、話が早くて助かるね」

 

マルタは不敵な笑みを浮かべた。

 

「黒幕は私です、って言ってきてるようなもんじゃないか」

 

見上げると、ヘリコプターのうちの1機から1つの人影が飛び降りてくるところだった。

中庭、一同から少し離れた場所に着地する。

ゆっくりと立ち上がったその姿を見て、城ヶ峰は表情を強張らせた。

 

「お前が……《見えざる波》卿か!」

「いかにも」

 

魔王は威厳に満ちた低い声で応えた。

大柄な身体。

腰の左右に提げた2振りの剣。

大がかりな肉体改造手術を行ったとみえて、首から上は鹿のそれに置換されている。

旧式のアンテナのように細かく枝分かれした大角が目を引く。

 

「ずいぶんナイスタイミングにお越しじゃねえか。──ここを見張ってやがったな?」

 

ジョーが睨みつける。

 

「ああ。君たちが《死神》ヤシロを探そうとすれば《電光の盾》卿に目をつけるであろうことは予測していた」

 

《波》は、すっかり簀巻きにされて地面に転がっている《盾》を見下ろした。

《盾》は屈辱に歯噛みしたが、顧客情報への配慮なのかまだ何も言わない。

横から城ヶ峰が進み出る。

 

「では、貴様が……! 貴様が《天使》を操り、師匠を拉致した黒幕か!」

「本来、その予定ではなかったのだがな。──城ヶ峰亜希。E4の適合体よ。我々の狙いはあくまで君だ」

 

《波》は低い声で告げ、提案する。

 

「ぜひ一緒に来てくれたまえ。君が私の研究に協力してくれるなら《死神》ヤシロの命は保証しよう」

「断る!」

 

城ヶ峰は魔王の言葉を真っ向から切り捨てた。

 

「私は勇者だ! いかなる理由があろうとも、魔王と交渉はしない!」

「君たちも同じ考えかね?」

 

《波》はマルタとジョーに目を向けた。

マルタは笑い、

 

「いやあ、もっと手っ取り早い方法があるからなあ。あんたがこの場に出てきてくれたから」

「ああ。てめえをふんづかまえてヤシロと人質交換する方がシンプルだぜ」

 

ジョーが拳を突き合わせた。

《波》はこれ見よがしにため息をつき、

 

「交渉決裂か。ならば城ヶ峰亜希は力づくでいただいていくほかない」

 

真上を指差す。

 

「……当然、現在の我々の最大戦力をもってだ」

 

その瞬間、雲が割れ、まばゆい純白の光が中庭へ降り注いだ。

 

「これは、あの時の……!」

 

城ヶ峰は上空を見上げた。

光の奔流の中から、巨大な影がゆっくりと降下してくる。

ネフィリムやゴーレムと同程度の巨躯。

純白の鎧、手には大剣。

背中からは光の翼が伸びて、緩慢な速度で羽ばたいている。

 

『──貴様ら全員、ヤシロの仲間だそうだな』

 

兜の奥底から、怨嗟に満ちた低い唸り声が漏れ出た。

神々しい外見と裏腹な殺気が放射される。

 

『ならば生かしてはおけん。殺す。絶対に殺す……!』

「《天使》、貴様は《ソルト》ジョーをやれ。他は《もぐり》のマルタだ」

 

《波》が、部下の方を見もせずに命じる。

 

「城ヶ峰亜希以外は邪魔なだけだ。2人とも殺せ」

 

とたんに、天使と6体のゴーレムが一斉に動き出した。

開戦だ。

憎悪の叫びとともに、天使が光の翼で空を飛んだ。

ジグザグの軌道を描いて滑空し、ジョーへと襲いかかる。

 

「来やがれ!」

 

ジョーは真っ向から迎え撃った。

天使の強烈な大剣攻撃に、自分の剣を合わせる。

アメリカンクラッカーのように互いを弾き飛ばす。

ジョーは手近な起爆コードを切断して爆発を引き起こしたが、天使は鎧で爆風を防ぎ、突き抜けて迫ってきた。

 

『ぬうん!』

「ぐわあっ!」

 

天使のフライング・ヘッドバットがジョーの胴体に命中し、吹き飛ばす。

マルタもゴーレムの群れを相手に足止めされている。

どう行動すべきか逡巡した城ヶ峰の目前に、鹿頭の魔王が着地した。

 

「さて、君の相手は私が務めよう」

 

《波》が剣を1振りだけ抜いて構えた。

一刀流。

城ヶ峰は緊張しつつも、マルタの心の声を聞き取り、早くもゴーレム1体を撃破したらしいことを把握した。

たとえ自力でこの魔王を倒すことができなくとも、粘れば勝機はある。

 

「侮るなよ魔王。この城ヶ峰亜希こそは、《死神》ヤシロの一番弟子なのだから」

 

片手剣とバックラーを構えて戦闘体勢を取る。

《波》は微かに首を傾げた。

 

「君が一番弟子? キルスイッチの報告と違うな」

「キルスイッチ?──あの"透明マント"の女のことか」

「透明マント。言い得て妙だな」

 

その瞬間、唐突に《波》の姿がブレて消えた。

城ヶ峰はエーテル知覚によって《波》の攻撃意思を聞き取った。

──こちらの左手首を斬りつけようとしている。

とっさに飛び退こうとしたが、魔王の剣はそれより早く迫り来た。

 

「ぐっ」

 

城ヶ峰は衝撃が左手首を突き抜けるのを感じながら、後方へ飛び退き終えた。

左手の感覚が無い。

目の前の地面に、バックラーを持ったままの自分の左手が落下した。

──斬り落とされた。

 

「君のエーテル知覚についても報告を受けていた。実に強力だな」

 

《波》は、剣を振って刃の血糊を払い落とした。

 

「しかし、いかに思考を読み取ろうと――対応が間に合わなければ意味がない」

「……!」

 

城ヶ峰は後ずさった。

今更のように、斬り落とされた左手首に焼け付くような痛みを感じる。

血が流れて、地面にびたびたと滴り落ちる。

 

――"大魔王"。

その言葉が城ヶ峰の脳裏によぎる。

《見えざる波》は、《電光の盾》や北海道で出会った《明星の帳》とは格が違う。

この組織力、策略、そして個人の戦闘力――

むしろ全盛期の《嵐の柩》に近い。

 

真に恐ろしいのは、エーテル知覚を使っているそぶりがないことだ。

剣だけでこの強さ。

《死神》ヤシロでさえエーテル知覚ありきの使い手であることに鑑みれば、目の前の相手は、およそ純粋な剣技の技量だけでいえばこれまでに出会った相手の中で最強かもしれない。

 

「――はあっ!」

 

しかし、城ヶ峰は怯まなかった。

踏みこみ、残された右手で片手剣を振るう。

《波》はたやすく払いのけ、反撃の蹴りで突き倒した。

 

「我々と一緒に来い、城ヶ峰亜希」

 

鹿頭の魔王は冷然と見下ろしてくる。

 

「貴様はしょせんハーフドラゴンのモルモットにすぎん。勇者を名乗るにはあまりに未熟」

「何度言えばわかる、《見えざる波》卿。魔王と取引はしない」

 

城ヶ峰は不屈だった。

焼け焦げた地面を踏みしめ、再び立ち上がる。

燃える目で魔王を見返す。

 

「勇者とは希望だ。父と師匠が信じた理想を私は信じる。――貴様ごとき悪党に屈しはしない!」

「……夢物語、あるいは浪漫か。それもいい」

 

意外にも、《波》は彼女の言葉を笑わなかった。

 

「私も含めての話だが、勇者や魔王がなぜ危険を冒して上を目指すか。――その根源は夢想にある」

「夢想? 勇者が夢想のために戦っていると?」

「自分を見下ろす全てをぶちのめして、意のままに従わせたいという夢想だよ」

 

魔王は饒舌になっていた。

そこに時間稼ぎの類の打算はないことを城ヶ峰のエーテル知覚は感じ取った。

《波》の内には城ヶ峰への一方的な共感だけがあった。

 

「生き延びるためには必要のない過剰な攻撃と支配、そして征服。それが勇者と魔王に共通する行動原理だ」

「断じて違う!」

 

城ヶ峰は魔王の理屈を切って捨てた。

 

「勇者は一般市民を守るためにこそ戦うからだ。他者の生命と安全を守るという切実な動機の中に、夢想など一かけらも無い!」

「それもまた夢想の1つの理由付け、一形態にすぎん。――私も自分の夢想のために、君をぶちのめして従わせることにする」

 

《波》が再び意識を攻撃に切り替える。

目の前の相手の手足を切り刻み、強引に拉致しようと考えている。

城ヶ峰はそれを読み取り、応戦すべく果敢に片手剣を構えた。

 

「――むっ」

 

不意に、《波》が飛び退いた。

横合いから何か尖ったものがいくつも飛来。

ガガッと音を立てて、さっきまで彼のいた場所に突き刺さる。

 

「これは」

 

城ヶ峰は突き刺さったものを見た。

量産品のアーミーナイフだった。

それが今、揃ってカタカタと震えはじめたかと思うと、ひとりでに地面から引き抜けた。

宙を舞って、飛んできた方向へ戻っていく。

 

「――身の丈に合わない大言壮語。悪癖は治っていないようですね、城ヶ峰亜希」

 

崩れた壁の上に、一人の女がいた。

貴族風の派手なドレスを着て、首元にエーテル痣を浮かべた女だ。

白魚のような手を空中へ差し伸べると、アーミーナイフが吸い込まれるようにしてそこへ戻っていく。

 

城ヶ峰は眼を剥いた。

その女の外見、声、そして無機物を操るエーテル知覚。

 

「貴様は……《嵐の柩》卿!」

「今は勇者"オリエ"です。お見知りおきを」

 

元《嵐の柩》卿はそう言って、うっそりとほほ笑んだ。

 

「……バカな。何故貴様がここに」

 

《波》が後ずさった。

本気でうろたえている。

オリエの出現は彼にとってまったく想定外であることを、城ヶ峰は感じ取った。

 

「どいつもこいつも他人様の家に土足でズカズカと……!」

 

近くの地面で簀巻きにされたままの《電光の盾》卿が不満をこぼした。

 

 




次回更新は再来週です。
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