《死神》ヤシロが天使に拉致されたときの話 作:ボブ・ニンジャ
炎上するヘリコプターの残骸が、ひときわ大きな火花を散らす。
オリエはそれをきっかけにして動いた。
踏み込みざま繰り出された一撃を、《見えざる波》は自らの剣でガードした。
「なぜ貴様がここに現れる。《嵐の柩》卿」
つばぜり合いの中、《波》は不愉快そうに顔をしかめた。
「なぜ私の邪魔をする?」
「愚問ですね。《見えざる波》卿、貴方としたことが」
オリエは冷然とした笑みを浮かべて見返した。
その瞳は濁り、殺意に渦巻いている。
「今の私は勇者オリエです。魔王を討つことにそれ以上の理由が必要でしょうか?」
「《死神》ヤシロに敗れて魔王を引退したと聞いているぞ。調教されて手下に成り下がったか?」
《波》はオリエを押し返して間合いを離すと、もう一振り提げていた剣を左手で抜いた。
二刀流の構えだ。
「勇者オリエとは笑わせる。その無様は見るに堪えん」
そこから、大魔王と元大魔王の戦闘が始まった。
剣術では《波》のほうが上手だ。
壁やヘリの残骸を蹴って縦横無尽に飛びまわり、二刀流で猛烈な連続攻撃を浴びせかける。
オリエは両手剣での剣術に加えてエーテル知覚でそれに対抗した。
アーミーナイフに軌道をプログラムして投げ放つと、ナイフは空中をひとりに動く。
《波》を襲い、あるいは《波》の攻撃を弾き返す。
(((互角か?――いや、長期戦になればパワーやスタミナの差で《見えざる波》卿が有利か)))
城ヶ峰はそのハイレベルな戦いを前に息を呑んでいた。
さっき切断された左手首の傷は血が止まったものの、まだ再生には時間がかかりそうだ。
切り落とされた手首自体はいつのまにかどこかへ紛失してしまっている。
「城ヶ峰亜希。いつまでそこに突っ立っているつもりですか?」
オリエが振り返らないまま話しかけてくる。
「今のあなたにできることは何もありません。物陰に隠れてガタガタ震えていなさい」
「何っ?」
城ヶ峰は鼻白んだ。
――たしかに、今の自分は左手を失っておりほとんど戦闘力がない。
そして、敵の目的は自分を拉致すること。
客観的・合理的に考えれば、ここは隠れておくのが最善だ。
「断る! 仲間が戦っているときに自分だけ引き下がることなどできない!」
しかし、城ヶ峰亜希は狂っていた。
「何かあるはずだ。私にもできることが!」
そう叫んで、ジョーやマルタが戦っているほうへ走っていく。
オリエは端正な顔を苛立ちに歪めた。
「ハーフドラゴンのデク人形め。つくづく頭の出来が悪すぎる……!」
その肩口が浅く裂けて、血を噴いた。
《波》の攻撃がオリエの防御をすり抜けて命中したものだった。
鹿頭の大魔王はもはや無言、一秒でも早くオリエを殺そうと熾烈に攻めかけてくる。
オリエは足止めするだけで手一杯だった。
「死にやがれ!」
ジョーが空中の起爆コードを引き絞り、剣でまとめて切断した。
周囲にあった瓦礫や《電光の盾》の眷属の死体が次々と爆発する。
しかし《天使》は地面すれすれを滑るように飛行して爆風をすり抜け、大剣で横なぎの一撃を繰り出した。
ジョーの堅牢なE3身体強化が圧倒的なパワーで貫通され、二の腕が裂けて血しぶきが舞う。
(((ジョーさんも劣勢だ。このままでは勝てない……!)))
城ヶ峰は戦慄を覚えた。
師匠、《ヤシロ》の言葉が脳裏をよぎる。
――「戦いはよく見て、よく考えたやつが勝つ」。
城ヶ峰は戦場の只中で、数秒だけ思考に集中した。
何を考えればいい。
何の理由を考えればいい。
不自然な点は何かないか。
ふと、背後でオリエと戦っている《波》卿のことが気にかかる。
――《波》は、何故エーテル知覚を使わないのか?
魔王にまで成り上がった強者であれば強力なエーテル知覚を持っているのが当然のはず。
しかし、自分とほぼ同格のオリエを相手にしてもなお使うそぶりがない。
たとえ直接的に戦闘に活用しづらいものだったとしても、活用できるように自分の肉体や装備を工夫しておくのが当然ではないのか。
(((……もう使っている? 使ったうえでこの状況なのか?)))
その気づきは天啓だった。
――《波》が《盾》からネフィリムを購入したという事実。
――過去にヤシロが話していた、魔王《諸手の楔》卿のエーテル知覚の特性。
――《千里眼》のジョニー。
様々な情報が連鎖して、城ヶ峰は《波》のエーテル知覚と天使の正体を悟った。
城ヶ峰は自分が何をすべきか悟り、周囲を見回した。
目当ての物は10mほど先に落ちていた。
《盾》が取り落とした、ネフィリム制御用の笛だ。
城ヶ峰は焼け焦げたコンクリートを踏んで走った。
ところが、不意に巨大な障害物が立ちはだかる。
岩を組み上げて作られたゴリラのようなその巨体を見て、城ヶ峰は顔をしかめた。
「ゴーレム……!」
『オオオーン』
ゴーレムは不気味な唸り声を上げ、無骨な大剣を振りかぶった。
城ヶ峰は冷や汗を流しつつ、片手剣で応戦を試みる。
しかし、結果的にその必要はなかった。
「ええいっ!」
『オオー』
横合いから飛び込んできたマルタが、ゴーレムの上半身を真っ二つに砕き割って倒したからだ。
「マルタさん……! ありがとうございます!」
「早く行って!」
マルタは、城ヶ峰が何らかの狙いを持って動いていることをすでに察しているらしかった。
追加で襲いかかってきたゴーレムの剣を自分の剣で受け止める。
それを背後に残して城ヶ峰はさらに走り、ついに笛を入手した。
それを手にジョーの方を振り返ると、ちょうどチャンスが訪れたところだった。
あるいはジョーの体力に鑑みれば最後のチャンスか。
「畜生が……! 今度こそ木っ端微塵に……!」
全身傷だらけで血みどろのジョーが、起爆コードを引き絞る。
特大の爆破攻撃で天使を葬るために。
『ククク、やってみろ。デクの棒』
天使は光の翼をマントのようにひらめかせ、のしのしとそちらへ近づいていく。
『それを外した時が貴様の――』
その瞬間、城ヶ峰は笛を吹き鳴らした。
周囲の戦闘音を裂くようにして、ネズミの断末魔じみた高い音が響き渡った。
『ガッ……!?』
その効果はてきめんだった。
天使はうめき、身震いした。
倒れそうになり、かろうじて剣を杖のようについて堪える。
『なんだ? ボディが――』
「吹き飛びやがれェーッ!」
ジョーが剣を叩きつけるように振るい、起爆コードを切断した。
直後、天使の周囲が相次いで爆発。
純白の鎧に包まれたその巨体を、爆炎の嵐が飲み込んだ。
『ギョアアーーッ!?』
天使の口から、およそ神聖さとは無縁の獣のような悲鳴が上がった。
爆煙が晴れた後、そこにあったのは惨憺たる光景だった。
天使の体を覆っていた純白の鎧の前面が砕けて、中身が露わになっている。
赤黒く変色し、膨張した肉体。
今にもこぼれ出そうなほど飛び出した眼球。
――ネフィリムだ。
『オノレ……! 貴様ラ……!』
天使ネフィリムは大ダメージを負いながらもまだ動いていた。
体勢を立て直すべく、光の翼を羽ばたせて空へ舞い上がる。
鎧の破孔から、ネフィリムの肉体が少しずつ再生しているさまが覗き見える。
「逃がすかよ、デクの棒が!」
ジョーは叫び、虚空に手を伸ばした。
天使の体から垂れ下がった起爆コードをぎりぎりで掴み、引き寄せる。
『ナメルナッ!』
天使がとっさに反応し、大剣を振り下ろした。
ジョーは避けなかった。
その暇もあればこそ、いち早く起爆コードを断ち切る。
その瞬間、中庭に閃光が走った。
『ギョアアアーーッ!?』
絶叫と爆音が重なって響き渡る。
天使の巨体は内側から爆発し、バラバラに吹き飛んだ。
砕け散った純白の鎧の破片と赤黒いネフィリムの肉片、何かの機械部品が飛び散って地面に転がる。
肉片は少しの間うごめいていたが、やがて力を失って沈黙した。
「ハハッ、ハーッハッハッハ! やってやったぜ……」
ジョーは勝ち誇ったが、その態度は長く続かなかった。
苦悶し、膝をつく。
腹から血がドクドクとあふれ出て足元の地面に血だまりを作る。
天使の最後の一撃は、魚の開きのごとく、ジョーの胴体を上から下へ大きく切り裂いていた。
「それにしても、中身がネフィリムたぁ……おい、城ヶ峰……」
ジョーは城ヶ峰の方を振り返り、声をかけた。
しかし返事はない。
城ヶ峰は仰向けに倒れ、白目を剥き泡を吹いて昏倒していた。
城ヶ峰亜希はE4の適合体であり、ネフィリムに近い体質を持っている。
ゆえに笛が効いてしまう。
まして自分自身で笛を吹くことで至近距離でその音に晒されれば、これほどの影響を受けることも無理のないことだった。
「まったく、ヤシロの野郎……俺にここまで体張らせたんだ、報酬はスーパーレア3枚じゃ効かねえぞ……」
ジョーは腹の傷を抑えて出血を防いだ。
薄れていく意識を強いて保ちながら、いまだ戦闘が続いている方を見やる。
マルタがゴーレムをすべて倒し終え、オリエと《見えざる波》卿のほうへ向かっていくところだった。
◆
城ヶ峰亜希が看破した、《見えざる波》卿のエーテル知覚――
それは「2種類のアンテナを知覚し、他の人間や物体に取りつける」ものだった。
「送信アンテナ」と「受信アンテナ」である。
送信アンテナを取り付けられた人間は、受信アンテナを取り付けられた物体を操ることができる。
弱点が2つある。
1つ目は「同時に使えるアンテナは1セットのみであり、複数の物体を同時に操ることはできない」こと。
2つ目は「視界共有機能はないため、基本的には操作者の視界の中でしか操作できない」こと。
《波》はこの弱点を克服して自分のエーテル知覚を最大限に活用するため、色々と手を打った。
ネフィリムを素体としてサイボーグ改造等を施した強力な戦闘マシーンの製造。
高い剣術スキルと遠隔知覚能力を併せ持つ《千里眼》のジョニーの勧誘。
これによって、「1体だけでも十分強い戦闘マシーンを遠隔操作できる」状態にしていた。
そのようにして運用されているシステムこそ、《天使》の正体だった。