《死神》ヤシロが天使に拉致されたときの話   作:ボブ・ニンジャ

7 / 7
第7話

 

 

「計算が狂ったみたいだねぇ、《見えざる波》卿」

 

《もぐり》のマルタはにやにや笑いを浮かべ、瓦礫を踏み越えて近づいた。

 

「亜希ちゃんは捕まえられず、自慢の《天使》は木っ端微塵ときた」

「しょせんは小物魔王の浅知恵ですね」

 

オリエが便乗して毒づいた。

これまでの戦いであちこち負傷し、粉塵に塗れているが、高飛車な振る舞いは崩していない。

2人は《見えざる波》を挟み撃ちにする形で位置取りする。

 

「いかがですか? このあたりで降伏して、そちらが捕えているヤシロ様と身柄を交換というのは」

「もう勝ったつもりか? 楽天家どもが」

 

鹿頭の《波》はブルルと音を立てて鼻を鳴らした。

左手の剣を上へ掲げると、その鍔あたりから小さな光の翼が左右へ生えた。

剣がふわりと空中へ浮き上がる。

 

「この《見えざる波》、ただでは転ばん」

「――フッ!」

 

オリエがナイフを4本取り出し、同時に投げ放った。

ナイフには彼女自身のエーテル知覚によって軌道がプログラムされている。

空中でジグザグに蛇行し、4方向から同時に《波》に襲いかかる。

 

《波》はそれに対応しなかった。

空中に浮いている剣のほうが動いた。

光の翼を羽ばたかせて主人の周囲を軽快に飛びまわり、ナイフの群れを弾き返す。

 

同時に、マルタが魔王の背中めがけ斬りかかった。

《波》は振り返りざま右手の剣で払いのけ、サイドステップで横へ退避していく。

それを追うマルタ。

 

しかしその時、逆方向からオリエが両手剣を構えて踏みこんできていた。

マルタは顔をしかめた。

連携攻撃としてはタイミングが近すぎる。

 

その不調和を見逃す《波》ではなかった。

体を沈めてマルタの斬撃をくぐり、低姿勢からオリエの足を狙ってローキックを放った。

オリエは横っ飛びで回避するも、肩からマルタとぶつかってしまう。

 

「《もぐり》め、邪魔な……!」

「こっちのセリフだぞ!」

 

2人は罵り合いながら、空中から飛来した《波》の飛行剣をあやうく回避した。

流石の彼らも、もともと敵同士である相手と即席で完璧な連携を組むことはできなかったのだ。

その隙に《波》は上衣をひらめかせてバックステップし、間合いを離していく。

 

「逃がしは――」

 

オリエは手元に戻ってきたナイフをキャッチし、再び投げつけようとした。

《波》は耳元のインカムに手を触れる。

 

「2番機。機銃、撃て」

 

魔王が命じた瞬間、頭上を飛んでいたヘリコプターのうちの1機が機関砲を発射した。

着弾の火花と粉塵が地面で連なって爆ぜる。

マルタとオリエは追撃を断念し、その回避に集中せざるを得なかった。

 

《波》はジャンプしてアジトの屋根の上へ出た。

そこからさらに跳び、高度を落としてきていたヘリに取りつく。

マルタはそれを見上げ、鼻で笑う。

 

「おい、逃げるのかよ鹿頭!」

 

周囲のヘリのローター音に負けない大声で叫ぶ。

 

「言いふらしてやるぞ。お前がチャチャ入れに来たあげく、何も取れないまま尻尾巻いて逃げたって!」

「言ったはずだぞ。ただでは転ばんと」

 

《波》はすでにヘリの機内に乗り込んでいる。

不意に、その隣に新たな人影が出現した。

まるで空間のテクスチャーが1層剥がれて下にあったものが出現したような唐突さだった。

何か大きな荷物を担いだ女だ。

 

「何だ? あの女……」

 

マルタは訝しんだ。

しかし城ヶ峰たちから聞いていた話を思い出し、すぐにその女の正体に思い至る。

 

「――"透明マント"か!?」

「誰です? それは」

「ヤシロを襲った連中のリーダー格だ。エーテル知覚は透明人間になるやつらしい」

「ほう。その透明人間が――」

 

オリエは眉をひそめた。

キルスイッチが担いでいる大きな荷物……

それは、簀巻きにされた《電光の盾》卿だった。

 

「――さっきの戦闘の裏で、こそこそと拾い物をしていたと」

「2つほどな」

 

キルスイッチは短く答え、もう1つ小さな荷物を取り出した。

それは切断された城ヶ峰の左手首だった。

……E4の適合体である城ヶ峰亜希の、肉体組織や遺伝子のサンプル。

E4を研究している《波》らにとって重要なアイテムであることは、専門外のマルタにも直感的に理解できた。

 

「この通り、専門家とその教材は我々がいただいた。できれば適合者本人を確保したかったが」

 

《波》がヘリコプターの機内からマルタとオリエを見下ろす。

 

「このあたりで手を引くとしよう。……あとは、貴様らを焼却処分すれば事は済む」

「やめろ! このアジトには僕の財産が! 研究資料も!」

 

《盾》が何かを察し、簀巻きのままジタバタと暴れた。

しかしキルスイッチにたやすく抑え込まれる。

《波》はそれを無視して、再び配下のヘリ部隊に命令を下した。

 

「全機、ミサイル発射」

 

その瞬間、アジトの周囲に滞空していたヘリ部隊がいっせいにミサイルを発射した。

戦車をも破壊する鉄の矢が群れをなして、白煙を後に引きながらアジトへと殺到する。

 

マルタはとっさにジョーのほうへ走り、担ぎ上げた。

気絶したままの城ヶ峰のほうも気にするが、そちらまで助ける猶予がない。

 

「亜希ちゃん、起きろ! 逃げろ!」

 

そう叫んで、ジョーを担いで逃げ出した。

オリエは薄情にも、すでに自分1人で逃げ去った後だ。

 

「う……」

 

城ヶ峰はマルタの声を聞き、目元をぴくぴくと動かした。

しかし、意識は戻らない。

事態が絶望かに思われたその時、城ヶ峰の隣に少女がテレポートしてきた。

印堂雪音だ。

 

「亜希っ……!」

 

印堂は全身のダメージの重さに苦しみ、背中の傷から血をこぼしながらも、最後の力を振り絞って城ヶ峰の襟首を掴んだ。

最初のミサイルの弾頭がコンクリートに触れる、まさにその直前――

印堂は自分1人にだけ見える"空間の裂け目"へと、城ヶ峰を引きずるようにして突入した。

 

潮の香りのする風がビュウと吹き付けて、2人を迎えた。

城ヶ峰と印堂が転がり出たのは、アジトから100メートルほど離れた湾岸にそびえ立つ、巨大なデリッククレーンの頂上部だった。

金属製の足場の上に、2人は重なり合うようにして倒れ込む。

 

「ぐはっ!?」

 

その拍子に、城ヶ峰は印堂の下敷きになった。

衝撃と痛みで意識が覚醒する。

 

「ゆ、雪音……雪音!? どうしてここに? 怪我は!」

「はーっ、はーっ」

 

印堂の息は荒く、顔は青白かった。

城ヶ峰は、友人を抱きかかえた腕に血の温度を感じた。

ネフィリムにやられた背中の傷が開いてしまっているらしい。

 

「雪音、なんという無茶を……!」

「亜希を……助けた。ミサイルが」

「ミサイル?」

 

その瞬間、轟音が夜の静寂を切り裂いた。

城ヶ峰が振り返ると、自分たちがさっきまでいた《電光の盾》のアジトが盛大に爆発炎上するところだった。

10発以上のミサイルが立て続けに着弾し、爆発。

熱風がこの距離まで届いて城ヶ峰のスカートの裾を揺らす。

 

「これでは、《電光の盾》卿の眷属たちは……。マルタさんやジョーさんは……?」

 

城ヶ峰が視線を上げると、《波》のヘリコプター部隊が西の方角へと機首を巡らせるのが見えた。

無機質なローター音とともに、悠然と夜の闇の彼方へ飛び去っていく。

 

「《見えざる波》卿め……!」

 

城ヶ峰は毒づきつつ、雪音に追加でE4を注射した。

かなり危険な短時間での追加投与。

しかし、こうでもしなければ今すぐ失血死してしまうのは明らかだ。

 

「雪音、また私を助けてくれたんだな? ありがとう、恩に着る」

「教官なら、きっとこうしたから」

「そうだろうとも」

「教官のことも助ける」

「いや、それはダメだ。君はもう病院へ行くべきだ」

「……む」

 

印堂は震える手を伸ばした。

その右手の人差し指は、かつての戦いで失われている。

城ヶ峰は応じ、両手で握りしめた。

《波》に切断された左手首はすでに再生している。

 

「……じゃあ、後はよろしく」

「任せておけ!」

 

城ヶ峰はまっすぐな目で見返して請け負った。

印堂は微かに笑い、気絶した。

 

 

 ◆

 

 

――《電光の盾》卿のアジト攻略。

その戦いは、途中で《見えざる波》卿が乱入してきたことで思わぬ経過をたどった。

 

《天使》の撃破に成功。

しかし、印堂雪音と《ソルト》ジョーの2人が重傷を負って入院。

入れ替わるようにして、元《嵐の柩》卿……オリエが事態に関与しはじめた。

 

そして、セーラ・カシワギ・ペンドラゴンは――特訓中だった。

 

 

 ◆

 

 

「視界を封じて立ちまわるのは、勇者の常套手段だ」

 

エド・サイラスの低い声が背後から聞こえた。

セーラは素早く振り返ってセラミック刀を構える。

一呼吸、二呼吸。

……攻めてこない。

 

「その"透明マント"の敵がやってることも、結局はその延長線上。突飛なことじゃない」

 

今度は右から聞こえた。

セーラは慌てて向き直り、再び構えを取る。

 

今、セーラの視界は闇に包まれている。

フェイスプロテクターの下に目隠しをつけているためだ。

 

ゆえにセーラは、耳に意識を集中させた。

闇の中で幽鬼のように動き回るエドの気配を少しでも感じ取ろうと試みる。

しかし、道場の換気扇の音が耳障りだ。

 

「環境音は常にあるぞ。音を識別しろ。敵の足音と、呼吸……それと、衣擦れの音だ」

 

エドはそう言ったきり、黙り込んだ。

セーラは精神を集中した。

左側から聞こえた微かな衣擦れの音を聞き取り、セラミック刀をそちらへ向ける。

剣での攻撃に備える。

 

「うわっ!?」

 

一瞬の後、セーラは畳の上に転がされていた。

襲ってきた攻撃は足払いだった。

 

「ちょ、ちょっとエドさん……今回は剣に集中しろって話だったんじゃ」

 

セーラは目隠しを外し、見上げて抗議する。

 

「敵の言うことを信用するな」

 

エド・サイラスはセラミック斧を手に彼女を見下ろし、冷淡にそう言った。

 

 




ストーリーはこのあたりが折り返し地点となります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。