ノリと勢いに身を任せ、アイカツスターズ! の二次小説を書くことにしました。よろしくお願いいたします。
目が覚めた。
ぼやけた視界が徐々に鮮明になって、見えたのは白い天井。ほのかに香る薬品の匂い。自身の身を暖かく包み込む純白のベッド。
恐らく、ここは病院だろうか? 何故自分がこの場所に運ばれたのか、どのくらい眠っていたのか。思い出そうとしても、思い出せない。時間の感覚さえも分からない。まるで霧がかかったように、見たくても見られない。懸命に記憶を辿ろうとした瞬間、鈍い頭痛が襲う。
痛みに顔を顰めながら、ベッドから起き上がろうとしたその時。声が、聞こえた。
「無理に動いちゃだめ!」
そう言って、少女は優しく手を握る。ミルキーブロンドの長髪を水色のリボンで結んでおり、宝石のような翠玉色の瞳を持ち、赤いブレザータイプの服に身を包んでいる。
看護師にしては、自分と歳が近いように感じる。服の形状的に、多分看護師ではなくどこかの学校の学生だとは思う。けれど、彼女と面識はないし、名前も知らない。
『名前』……彼女が誰か認識する前に、はっと気付く。"自分は、なんて名前だっけ?" と。違和感に気が付くのに、そう時間はかからなかった。ベッド付近にあるキャビネットに置かれた鏡に、自分の顔が映る。頭に包帯が巻かれていて、右頬にはガーゼが貼られていた。
「ぼくは……だれ? ここは……どこ?」
乾いた喉で、辛うじて声を発する。何故自分がここに居るのか、ましてや自分の名前さえ思い出すことができない。目の前に居る少女のことも、何も分からない。『分からない』が頭の中を支配し、上手く息ができなくなる。少女が、そっと背中を摩る。
「落ち着いて……大丈夫よ。私が、側に居るから」
少女の手の温もりが、背中に伝わる。
「あなたは、
よつぼしがくえん、ようむいん。聞き慣れない単語と、自分の名前。彼女のお陰で呼吸が落ち着き、またゆっくりと口を動かせるようになった。
「ほしまち……るい……?」
「そう。素敵な名前でしょう?」
少女は微笑みながら、手を握る力を強める。白くて、柔らかな指が手と手で絡む。
「きみ、は……?」
自分の手を握る彼女の名を聞くと、少女は一瞬固まった。開きかけた口をきゅっと閉じて、また開く。
「私は、
彼女は笑って、少年にそう言った。笑みを湛えたその目から、一筋の涙を頬に伝わせながら。
記憶が想い出になったなら
#1 四ツ星学園のなんでも屋
「ん……」
目を覚ますと、見慣れた天井が視界に広がっていた。カーテンの隙間から陽光が射していて、微かに部屋を照らしている。
時刻は朝6時。軽く体を伸ばしてから少年はベッドから出て歯磨きを済ませ、ハンガーに掛けられている青色の作業着に手を伸ばす。
今日もまた、あの夢を見た。病院で目を覚まし、ひめがずっと側に居てくれた1年前のあの日を、今でも時折夢に見る。
過去のことを忘れてしまった自分に、ひめは自分の幼馴染で、1番の親友だと教えてくれた。その時、彼女は泣いていた。当時は目が覚めたばかりで頭がぼうっとしていたから、何故涙を流していたのか考えることができなかったけれど、今なら分かる。
誰だって、自分のことを忘れられたら悲しいし、辛い。ひめの立場に置き換えて想像しただけで、苦しくて心が張り裂けそうになる。
辛い思いをさせてしまったのに、ひめはずっと寄り添ってくれた。ひめだけでなく、たくさんの人達からの助力を賜って今こうして生きていられている。だから今日も、自分は役目を果たす。作業着のファスナーを上げ、彼は軽く息を吸い込む。
「星町るい、行きますっ!」
気合いを入れて、るいは元気良く外へ飛び出すのだった。
『四ツ星学園』。ここ、東京都きらきら市の海沿いに面した立地に建てられているアイドル養成学校で、日々数多の生徒達がアイドル活動……通称『アイカツ』に励んでいる。
るいはこの四ツ星学園にて、齢14の身でありながらこの学園の用務員として従事している。
彼は何故自分が生徒ではなく用務員なのかも忘れてしまったが、聞いたところによると2年前に彼も他の生徒達と同様に四ツ星学園の男子部の入学試験を受けたが、『アイドルとしての才能はない』と判断され不合格となるも、学園長が融通を効かせ、生徒ではなく用務員としてるいを雇うという特別待遇を受けたとのことだった。
どうして自分を用務員にしたのかを学園長に直接聞いてみたが、『君の母には返しきれない恩があるから』と一言告げられ、それ以上は何も話してくれなかった。
母とは記憶を失くして以来連絡をとっておらず、るいの母は海外で多忙にしていると聞かされた故に自分から連絡するのも気が引けて、未だにメールの1通も送れないでいる。
今は日常生活に支障をきたさない程度に回復し、普通に働けるようになったものの、分からないことや覚えていないことはまだ多く、周りの人達から色々教わらなくてはならない。
だからこそ、他の生徒達の役に立つ為にるいは日々自分にできることを精一杯やると決めており、こんな自分を四ツ星学園に置かせてもらえていることへの感謝を忘れずに、るいは今日も『学園のなんでも屋』としてやるべきことを為す。
「るいちゃんおはよう〜! 今日も学園の掃除ありがとうね!」
「おはようございます! これがぼくのお仕事ですから! 皆さんが気持ちよくアイカツできるよう、ピカピカにしておきますね!」
「助かる! よろしくね!」
「はいっ! ……あ、おはようございます! 今日もお気を付けて!」
同い年の女子生徒に話しかけられ、るいは笑顔で応対しながら、箒とちりとりを用いて敷地内を清掃する。用務員という仕事柄、他の生徒達に話しかけられる機会が多く、新入生を除く全生徒から認知され、頼ってもらえている。
るいにとっては、それが何より嬉しい。自分は生徒ではないが、こうして沢山の生徒達と関われて、力になれる。皆が快適に活動できる環境を整えるのが用務員の役割。入試は不合格でも、そんな素敵な役職を与えられたのは喜び以外の何物でもない。
敷地内の清掃、設備点検、花の水やり、寮の廊下の雑巾掛け、送迎車や送迎バスの洗車、来客用の茶葉や菓子の補充や発注……やるべきことは多々あれど、日によって不要になるものもあるし、手際良く行えば昼までには全て終えられるくらいには慣れてきた。今日の分の清掃を一通り終わらせ、るいは学園長室の前に足を運び、ドアを3度ノックする。
「入りたまえ」
返答が聞こえてから、るいは静かにドアを開けた。
「失礼いたします。本日の清掃、点検が完了しました。こちら、報告書です」
今日の敷地や設備について気付いた点などを書き記した報告書を両手で渡し、学園長がそれを受け取る。上から下まで目を通した後、報告書をデスクの上に置いた。
「ご苦労。特に、問題はないようだな」
そう言って、彼は肘を突いて両手を組む。ダークグレーのワイシャツに寒色系のベスト、赤縁の眼鏡から覗くナイフのように鋭い目が特徴的な男性……その名は
「はい。今日も問題ありません! 敷地内のお花も綺麗に咲いています!」
「手入れが行き届いている証拠だ。賞賛に値する」
「きょ、恐縮です!」
諸星は中指で眼鏡を上げて、手先をピンと伸ばして目の前に立っているるいを見やる。
「分かっていると思うが……先週、学園に新入生が入学した。例年、迷子になる1年生が何人か居る。迷っていたり、困ってそうな生徒には声を掛けて、君が解決してやれ」
「わかりました! お任せください!」
るいは溌剌とした声で諸星の指示に応じ、朗らかに笑む。彼とは対照的に表情を崩さないまま、諸星が頷く。
「うむ。他に報告がなければ、下がっていい」
「はい! 失礼いたしました!」
くるりと踵を返し、出入口へ向かおうとするるい。去年の今頃は、簡単な会話でさえおぼつかなかった彼が、今はきちんと自身の役割を理解し、全うしている。1年足らずで劇的な回復を見せたるいには驚くばかりだ。そんな彼を、諸星は思わず引き止める。
「星町」
諸星に呼ばれたるいは足を止めて、何事かと思い振り返る。
「はい? どうしました? 学園長」
「……君にはいつも感謝している。これからも、よろしく頼む」
急に自分に対して謝意を述べた諸星に、るいは目を丸くする。
「えっ、あ……ありがとうございます! どうしたんですかそんな藪から棒に」
「いや、まだ君に直接礼を伝えていないと思ってね。用務員の仕事も、決して楽ではないのだから」
「いえ、そんな……むしろお礼を言うのはこっちです! ぼくを雇ってくださって、ありがとうございます。そのおかげでぼくは、今こうして楽しく生きられてますから!」
無邪気にはにかむるいを見て、諸星は1度解いた手を再度組み直して俯く。
「楽しい、か。それなら何よりだ」
「ぼくにできることで、生徒の皆さんの力になれるのが嬉しくて……用務員として、これからも頑張ります!」
いつだって、彼の笑顔は眩しい。周囲を明るくし、他者を惹きつける笑顔だ。俯いていた顔を少し上げ、諸星はるいに目線を合わせる。
「そうか。励むことだ」
「はいっ! 失礼いたしました!」
眼鏡に光が当たり、諸星の表情はいまいち読み取れなかったが、今日はなんだかいつもより態度が柔らかい気がした。るいは彼に礼を言われた嬉しさで颯爽と学園長室を出て、「ふふ、ふふふっ……」と喜びの声を漏らすのだった。
清掃やその他の作業が終わったるいは、いつものように四ツ星学園内の用務員室で定時間まで待機することにした。部屋に置いているパイプ椅子に腰掛け、緑茶の入った湯飲みに口を付けて彼はほっと一息つく。
用務員室は相談所も兼ねており、たまに生徒が何かしらの依頼でここに訪れることもある。その来客を待つのも、るいにとって楽しみの1つだ。
とにかく平和で、ゆっくりと時間が溶けていく中、ちょうど緑茶を飲み終わったその時。部屋の引き戸がガラガラ、と音を立てる。そこに立っていたのは、るいと最も仲の良い少女だった。
「あっ、ひめちゃん!」
「ごきげんよう、るい。今日もお疲れ様!」
ミルキーブロンドのロングヘアーを靡かせ、肩章が付いている赤いブレザータイプの制服を着用している、るいのたった1人の幼馴染である少女……白鳥ひめが用務員室に入り、彼と向かい合う形で椅子に座った。
「ひめちゃんもおつかれさま! 来てくれて嬉しいっ! なにか相談事?」
敬語を解き、フランクな言葉遣いでここに来た目的を問うるい。するとひめは首を軽く横に振る。
「いいえ。次のお仕事まで少し時間があるから、るいとおしゃべりしたくて。るいも1人でここに居るのは寂しいでしょう?」
「あはは……まぁね。でも、誰かが来てくれるのを待ってるのも好きなんだ。今日みたいに、ひめちゃんが来てくれたりするから!」
「ふふっ。来て良かったわ。お仕事があるから、1時間くらいしか居られないけれど……」
申し訳なさそうに肩を落とすひめを見て、るいは慌てながら檸檬色の髪をブンブンと揺らす。
「そんなそんな! 来てくれるだけで嬉しいから、気にしないで! S4のお仕事、いつも忙しいもんね……」
「ええ。お仕事があるのはありがたいけれど、るいともっと一緒に居る時間を作りたいとも思ってるの。あ、そうだわ! 今度、S4のお茶会に来ない? 他の3人も、るいが来るならきっと喜ぶと思う!」
ぱん、と両手を合わせてひめが声を弾ませながら茶会に誘うも、るいはすぐに両手を振る。
「い、いやいやいや! そう言ってくれるのは嬉しいけど、さすがにS4が揃ってるところにお邪魔する訳にはいかないよ……」
「私は全然構わないわ。ツバサも
「そう、なんだ……皆さんとも近々顔を合わせたいね!」
るいは笑顔を見せるが、ひめや今名前が上がった3名の生徒について思いを巡らせ、表情が曇る。
『
たった4人で巨大なライブ会場を埋められる程の絶大な人気があり、芸能界で常にトップクラスの活躍を見せる四ツ星学園の顔とも呼べる存在である。ひめは花の歌組のトップで、尚且つ現S4の中で事実上の筆頭と言える超実力派のアイドルだ。
故に、S4の4人はほぼ毎日のように仕事が入ることで常に多忙を極めており、隙間時間で茶会を行うなどしてリフレッシュはしているものの、彼女達が丸1日休めるのは極めて稀なくらいに日々忙しい。
それなのにひめは、自分の為にどんなに忙しくても毎日必ず会ってくれるし、毎晩電話もしてくれる。ひめも、他の3人も、本来はそう気軽に会える人物ではない。一般の生徒や、用務員である自分とは住む世界がまるで違う。ましてや、才能がなく四ツ星学園の入試に落ちたるいとは、尚更。
今日だって、これから仕事があるというのにわざわざ用務員室へ来てくれた。それ自体はとても嬉しいが、同時に同じくらい申し訳なさも感じてしまう。前々から感じていたことを、るいはこの際正直に話そうと口を動かす。
「あの、ひめちゃん。こんなこと言ったら、笑われちゃうかもしれないけど……聞いてもいいかな?」
「うん? なにかしら?」
軽く首を傾げて、ひめがるいに問う。彼は意を決して、喉を震わせる。
「どうして、こんなぼくの側に居てくれるの?」
「えっ? るい、どうしたの?」
「その……ひめちゃんはすごく忙しいのに、いつも会ってくれて、ぼくの側に居てくれて……ほんとは無理してるんじゃないかって、そう思って……」
「るい……」
「幼馴染なのに、ぼくはひめちゃんに何もできてない……ごめん。……ごめんね、ひめちゃん」
言葉にするとどんどん悲しみが募り、るいの空色の瞳が潤む。幼馴染なのに、親友なのに、ひめが喜ぶことは何もできていない気がして、不甲斐なさが溢れる。そんなるいに、ひめは柔らかく微笑を浮かべる。
「そんなことないわ。るいが居るから……私はいつも頑張れる。いつも勇気をもらってるの」
「え……ほんとう?」
「本当よ。それに……幼馴染と会うのに、わざわざ理由が必要かしら?」
「そ、それは……」
そう言われて口ごもるるいが愛おしくて、ひめは笑声を出す。
「ふふっ、そういうこと。私は……るいの幼馴染だもの。とても大切だし、大切だからこそ……あなたの側に居たいの。無理なんてしてない。だから安心して?」
るいのアクアマリンのような瞳を見つめて、ひめは言葉を続ける。
「私は、るいが笑顔でいてくれるだけで嬉しい。ただ側に居るだけで……嬉しいの」
「ひめちゃん……」
「それと、『こんな自分』だなんて、言っちゃだめよ? 謙虚なのは良いけれど、自分を卑下するのは相手にとって失礼よ。何より……言われたらすごく悲しくなるもの」
「あ……ご、ごめんっ! つい……」
この数分でころころと表情が変わり、しょんぼりとした顔を見せるるいに、ひめの口角が上がる。
「気にしないで。その代わり……お茶会の件、ちょっと考えておいてね?」
ひめはウインクをして、先程のS4が揃う茶会の参加を検討するようにお願いする。
「うん、わかった! 考えて、おくね?」
「うふふっ。ありがとう。ツバサ達にも、話を通しておくわね?」
「ありがとう……その件もだけど、いつも本当に……ありがとうね。ひめちゃん」
るいは改めて、ひめに日頃のことについてのお礼を伝える。ひめにはいつも、貰ってばかりだ。1年前も、今日という日も、そしてきっと……何年も前から自分に寄り添い続けてくれたのだろう。彼女への感謝の念は、これから先尽きることはきっとない。
「こちらこそ。いつも私達の為に頑張ってくれて、ありがとう。るい」
ひめもまたるいにお礼を言い、にこやかに笑う。彼女の笑顔を見て、るいはより一層四ツ星学園の為に、生徒達の為に頑張ろうと気を引き締める。才能がなくても、もし何もできなかったとしても。それは何もしない言い訳にはならない。『自分ができることを全力でやり続け、自身の存在価値を証明してみせろ』。学園長の諸星から言われた言葉を思い出し、るいは握り拳を作る。
側に居てくれるひめの為に。自分と関わってくれる全ての人達の為に……るいは四ツ星学園の用務員として精一杯働くことを改めて誓うのだった。
「そうそう! 先週、すごく興味深い子が入学してきたの! お名前は、
「そうなんだ! その虹野さんがどうしたの……」
用務員室内で行われた2人のおしゃべりは、今年新たに入学した1年生の話で持ち切りになったようであった。
ぼくたちは、たとえどんなに小さなものであろうと
自分の役割を自覚したときにだけ、幸福になれる。