星歴876年11月5日、ファルマリア郊外元エルフィンド軍兵舎、
現アンファングリア旅団騎兵第三連隊士官食堂にて
これはどっちの意味だろうか?
私の目の前には杏茸と肉団子のクリームスープがある。我々がタイミングの違いこそあれ、オルクセンに亡命して初めて食べたものだ。
もちろん、ストレートに受け取れば、「よくやった」とか第三連隊のアレを考えれば、「許そう」という意味だろう。
しかし、例えば…「お前らを助けてやったのは誰か忘れるなよ?」という意味にも思える。
故に第三連隊の士官達の表情もどこかぎこちない。
そんな時、隣に座ったベルグリル大尉(第六中隊長。騎兵キチ〇イ)がスプーンで掬った肉団子を見ながらぼそりと
「ノラ姉(連隊長エラノーラ・フィンドル中佐のこと)…」と呟いた。
私は思わず、
「えっっ!?まさかこの肉団子って中佐の!」
と叫ぶと、少し離れたテーブルから
「んなわけあるかぁ!馬鹿もん!」
とフィンドル中佐の怒鳴り声とともに、少し神妙な空気だった士官食堂はドッと笑いで包まれた。
「お前、わしはっ…中佐が…許されたと思って…ぐふっ」
口元を抑えながら話すベルグリル大尉の鼻からは、白い汁が出ていた。
◆
昼食後、私は連隊兵器庫に向かった。
ベルグリル大尉から預かったものを確認するためだ。
出歩いている兵は少ない。もうだいぶ寒くなっていたし、食後すぐだし。
兵器庫は元エルフィンド軍兵舎の倉庫を利用したもので――
中に巨狼族がいる。
「なんだ小娘?」
私は一度だけ巨狼族を見たことがある。ベレリアントでではない。
ヴィルトシュバインでだ。(私の生まれたころにはとっくに巨狼族はベレリアントからいなくなっていた。)
しかし目の前の巨狼族はなんというか格が違う。まずでかい。次に目の鋭さ。
ヴィルトシュバインで見たやつはもっと間が抜けていて可愛げがあった。
ちょうどその巨狼は私の隊の前車の前に立って?いて、
その前車こそ私が大尉の物を隠した場所だった。
「小娘。この前車はお前のか?」
「私のでは、ないです。」前車は軍の物だから私のものではない。
巨狼が眉間に皺を寄せ、ぐっと顔を近づける。生暖かい息が顔にかかり、巨狼が何かを言おうとしたとき、外から
「アドウィ~ン!そろそろ帰るぞ~!」という低い声が聞こえてきた。
するとその巨狼はあっという間に倉庫を出てその声の主へと走り出していった。一切音を出さずに。
「可愛いじゃろう?巨狼族は。ありゃ群れのリーダー格じゃな。」
いつの間にか隣にいたベルグリル大尉が解説する。可愛いか?あれ
「はぁぁ、これ本当に本物の巨狼族の毛皮だったんですね」
前車の中に隠しておいた大尉の毛皮を取り出す。
さっきのアドウィンという巨狼もこれを嗅ぎつけていたに違いない。
「すまんのぉ~少尉。怖かったであろう?礼は火酒でどうじゃ?」
「火酒嫌いなんですよ、私。」
「なんじゃけったいな。じゃなんかほしいもんは?」
ほしい物?なんだろう…私は一体何がほしいんだ?
「…白銀樹?」
「流石にむりじゃ。なんじゃ、お主の白銀樹も切り倒されてたのか?」
ほんの少しだけ大尉の声がうれしそうだ。
「それがわからないんです」
「じゃあ見に行けばいいであろう?」
「いやだって怖いじゃないですか。もしほんとに倒れてたら…自信ないですよ、私」失輝死の。
「そうかぁ?」
「それに今外出できませんし…」
第三連隊は連隊長のお達しで、外出「自粛」令が出ていた。理由は…まぁアレである。
ひどいのは、フィンドル支隊として戦闘に参加した、猟兵や砲兵は別に外出自粛ではないのだ。騎兵だけ。
私も元はといえば砲兵なのに!
「うぅ~む。じゃあ一つ借りじゃな」
そういって大尉は倉庫から出て行った。
さて、私もやることがある。旅団のグラッドストン機関砲隊の戦訓共有会に出なければならないのだ。
◆
旅団は休養に入っていたが、士官には休みがというものがないらしい。
兵事週報という陸軍将校会が発行する雑誌がある。そこにグラッドストン機関砲の運用について載せたいから、各連隊のグラッドストン機関砲小隊長で戦訓を共有せよということになっていた。
司会は第一連隊のイーヴァ少尉。書記は第二連隊のニッカ少尉。そして私は場所取りとグラッドストンの準備である。
私が確保できた部屋は風通しと日当たりがよかった。まともな状態の部屋はすでに取られていたのだ。
まずは運用について各隊のグラッドストン砲小隊長で報告し合った。
第一連隊は敵砲兵隊との交戦を、第二連隊は側面射撃の有効性について報告した。
そして、私は、各グラッドストンを左右に離して配置した際の射撃効果について報告した。
「正面からくる敵に対して、側射をしやすい配置ってこと?」
「そう…なの?」
二連隊の少尉にそうまとめられる。
射距離が近すぎるからできるだけ射距離を長くとるための策だったんだけれど…
「いいじゃん、使えそう。これいつやったの?」
「追撃戦の後の残敵掃討の時。」
「ああ…あれ」と一連隊の少尉の顔が険しくなる。この時には旅団内で、第三連隊が追撃戦の時に"ヤッちまった"らしいという噂が広まっていた。
自然、場の雰囲気も気まずくなる。
「実際どうなの?魔女の隊はヤッたの?」
「私の隊は、やってない。」ちゃんと降伏される前に殺した。
「ねぇ正直さー。三連隊がヤっちゃたからさーぁ?私らはやれなくなっちゃったじゃん。」
一連隊の少尉が愚図る。まさか虐殺行為を妬まれるとは。
「いやだから私の隊はっ、やってないってば!」
「実際一連隊は見たの?現場」
「いや見てないけど、「ほら見てな」だから現場は見てないけどっ、なんか一連隊の持ち場ギリギリまで突撃してきてたじゃん!」
「…それ私の隊いたかも」
「あの馬車あんたらだったの!?」
各連隊のグラッドストン砲隊の指揮官とは仲が良かった。
年頃も同じくらい若く、任官も同時、何よりみんな9月にいきなり砲兵から騎兵に転科したという点で、同族意識があった。
「ちょっと残敵掃討の時の話は報告には書けないね…」
「…やっぱり?」
「うん。上の姉さまが三連隊のアレはなかったことにするって言ってたから。」
書記をやってくれている二連隊の少尉が話す。
私は箝口令の存在は知らなかったが、彼女は「あの」スコル村の出身なので、独自のコネがあるのだろう。
「上って誰?ファロりん?」
「いやディネルース旅団長。ねえちょっと待ってファロ…ファロリンって誰?」
「第二騎兵連隊長アルディス・ファロスリエン中佐。ほらあそこにいるよ、ファ~ロり~ん!」
第一連隊の少尉はそう言って廊下で歩いている人影に呼びかけて手を振ると、向こうも振りかえしてくる。
「ね、通じるでしょ。」
「上官侮辱罪でしょ?」
私が第一連隊の少尉にそう話したところで、廊下の足音がこっちに戻ってくる。
ガラッと少し怒った音でドアが開いて
「今ファロりんって言ったやつ誰だ?」
今だっ、口をすぼめて目を見開き
手のジェスチャーと合わせて完璧な無実を演出。
視界の端にいる一連隊の少尉は…私と同じ顔している!なんという面の皮の厚さよ。
ファロり…ファロスリエン中佐は残る二連隊の少尉にゆっくりと近づくと、
「いや私じゃなァッ――」スパァン!
気持ちいい音とともに、二連隊の少尉を椅子から弾き飛ばした。
「身内の呼び方だからここで使うな。」
そういってファロりんは部屋から出て行った。
時は星歴9世紀。体罰はいまだ現役。
氏族内の目下の者に対しては特にそうであった。
一連隊の少尉と二連隊の少尉の殴り合いがひと段落した後、今度はグラッドストン砲の射撃法の戦訓共有に移った。
これは元エルフィンド軍の射撃場にグラッドストン砲を置いてやることにした。
エルフィンド軍らしい粗末な作りだったが、海に向けて作られているので、大抵のものは気軽にぶっ放すことができる作りになっている。
「なんかさー。形違くない?」
第一連隊の少尉が私の隊の機関砲を見るなりそういった。
曰く、一連隊の機関砲には後部に左右方向の調整用ハンドルがあるらしい。
対して二連隊の方は私の隊と同じ構造だという。
左右に撃ち薙げるのが一番良いということは、三人で意見は一致していたから、なぜこうなったか?で議論になった。
一連隊が贔屓されているのか?
いやいや贔屓されるとしたら二連隊のはずだ。氏族のコネ的に。
生産に有利だから省略されたのか?固定を甘くすればある程度は左右にもぶれる。
にしては、あまりに惜しい機能に思える。
その時、一連隊の少尉が第一師団でグラッドストンの操法を訓練していた時のことを思い出した。
曰くオークたちがこんな話をしていたという。
「ぶっちゃけ持ち上げて向き変えれば(左右調整のハンドルとか)いらなくね?」
あり得ない話ではない、気がする。一度オークに腕をつかまれたことがあるが、万力に固定されたように感じた。
あれほどの力があれば、グラッドストンの尾部をひょいっと持ち上げたり、持ち上げ続けたりするのも苦ではないのかもしれない。
そこで実験である。
私と第二連隊の少尉が二人がかりで砲後部を持ち上げてみる。すると確かに、まぁある程度は動かせる。
ただ…
「膝きつくね?」
「オークは短足だから…」
とこんな感じでとりあえず二人で同時に持ち上げれば、左右の向きも変えられることが分かった。
つまり、一門あたり一人増員してもらえれば、運用が改善できることになる。
そして我々の小隊が増員されることは…なかった。
なまじ騎兵科であるがゆえに、もともとの補充兵の数が少ない。
例えば、開戦初期に官邸警護に回っていた騎兵二個中隊は予備兵団のものだが、彼女らだけで300人程度。
一個連隊あたり100人でしかなく、補充兵は戦闘で死傷者が発生した隊に優先的に割り振られていた。
しかも我々は少尉である。隊、つまり中隊を率いる大尉連中との補充兵争奪戦に勝ち目はなかった。この点だけを考えれば、我々は猟兵連隊の山砲と同じ指揮下で戦えばよかったのではと考えている。
そうすれば、猟兵の補充兵(こちらは補充兵の数にまだ余裕があった)をあてがうことができたからだ。
ちなみに1連隊と2連隊のグラッドストン砲小隊は9名で、私の隊だけ8名である。
私の隊は最初から定員割れを起こしていた。
それくらい、騎兵科の兵員のやりくりはギリギリだったのだ。
こうして、グラッドストン砲の戦訓共有会は終わり、その週の兵事週報には…旅団参謀長が書いた「電撃戦」に関する記事が掲載された。
我々のグラッドストン機関砲の記事が掲載されるのは、なんと年明けの2月頭、「ネニング平原の対峙戦」のころまでずれ込んだ。
それまではグラッドストン機関砲を装備した部隊が極めて少数だったからだ。
◆
「お~いっ少尉ぃ~」
後ろからベルグリル大尉が話しかけてきた。振り向いて敬礼すると、
大尉もものすごく砕けた答礼をして、一枚の紙を私に見せてきた。
大尉が渡してきたのは、連隊長のサインが入った一枚の命令書だ。内容は周辺地形の偵察。
つまり、実質的な外出許可書である!
「いいんですか、これ!」
「ムフフ。おぬしの村、ファルマリアに近いんじゃろう?行こうではないか!」
命令書が指定する地域はドンピシャで私の村の位置であった。
「…なんでわたしの村の場所知ってるんですか?」
「エッセン村であろう?有名じゃぞ。」
"魔術と製薬"の氏族としてかな?
「"政略と暗殺"の氏族じゃ」
「え。」
こうして私は自分の故郷に向かうことになった。…一年ぶりに。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
中途半端に頭の回るダークエルフがいたらどんな感じだろう?というのがこの作品で書きたいことの一つです。
グラッドストン機関砲って、コミック版だと左右に(重くて)撃ち薙げないという描写になっていて、部品のつけ方的にも左右に動かせそうにありません。
が、WEB版で第一師団が発射するシーンだと、ディネルースは左右調整用の転把があるという描写をしているので、その違いに自分なりに理屈をつけてみました。
もし次回を書くことができたら過去編をやりたいです。(コミック版がアルトリア攻囲戦をじっくり書くなら)