ウマ娘ONE PIECEダービー~黄金の浮沈船は大海原を駆ける~   作:武藤 桜

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第七話「ココヤシ村編――「助けて」と叫ぶために」

1.ココヤシ村への到着

 東の海を進む、小さな帆船。

 

 バラティエから借り受けたその船の甲板では、麦わら帽子をかぶった少年が船首に腰掛け、海の向こうを眺めていた。

 

「ナミ、どこ行ったんだろうなー」

 

 モンキー・D・ルフィは、いつもと変わらぬ調子で呟いた。

 

 その隣では、黄金色の髪を風になびかせたウマ娘――ゴールドシップが、船べりに寝転がっている。

 

「そりゃあ、あれだ。ナミの姐さんはな……」

 

「うん?」

 

「借りた船を返さずに逃げたんだ。つまり、あたしらは船を盗まれた!」

 

「うん、知ってる」

 

「そして、あたしらは新しい船に乗っている!」

 

「そうだな」

 

「つまり、船が増えた!」

 

「……なんでそうなるんだよ」

 

 呆れた声を出したのはサンジだった。

 

 煙草をくわえた彼は、片手に持った皿をオグリキャップへ差し出す。

 

「オグリちゃん、追加のサンドイッチだ。船の上じゃ大した料理はできないが、腹は満たしてくれよ」

 

「ありがとう、サンジ。いただきます」

 

 オグリは礼儀正しく頭を下げ――次の瞬間には、皿の上のサンドイッチをものすごい勢いで平らげていた。

 

「……もう食べたのか?」

 

「うん。おいしかった」

 

「おかわりもあるぞ!」

 

「本当か!」

 

「おいサンジ! あたしにもよこせ!」

 

「ゴールドシップ、お前はさっき俺の分まで食っただろうが!」

 

「腹が減っては戦はできぬ! 腹が減ってなくても戦はできる! つまり、食えば食うほど強くなる!」

 

「その理屈でいくと、オグリちゃんは世界最強になっちまうぞ……」

 

「それは、少し興味があるな」

 

 真顔で頷くオグリ。

 

「お前ら、ちょっとは緊張感を持て!」

 

 包帯を巻いたゾロが、甲板の上で眉間を押さえた。

 

 ミホークとの決闘で負った傷は深い。タマモクロスもまた、全身に包帯を巻き、刀を握る腕を休めている。

 

「しゃあないやろ、ゾロ。こいつらに緊張感を求める方が無理や」

 

「誰が緊張感ないって?」

 

「お前や、ゴルシ!」

 

「おおっと、タマちゃん。あたしのことは『黄金の浮沈船』と呼んでくれ!」

 

「沈むんか浮くんか、どっちやねん!」

 

「両方だ!」

 

「意味分からんわ!」

 

 いつもの調子で騒ぐ一同。

 

 しかし、そんな賑やかさの中でも、ルフィは何度か水平線を見つめていた。

 

 ナミが去ったときの顔。

 

 あの少女が何を考え、どこへ向かおうとしているのか。

 

 それを知りたいと思っていた。

 

 そして――。

 

「おい、あれ!」

 

 見張りをしていたウソップの声が響いた。

 

 船の進行方向に、緑豊かな島影が見えてきたのだ。

 

 オレンジ色の屋根が点在する小さな村。島の周囲にはみかん畑が広がり、潮風に乗って柑橘の爽やかな香りが漂ってくる。

 

「陸地だーっ!」

 

 ルフィが立ち上がる。

 

「やった! 食料の補給だ!」

 

 ゴールドシップも勢いよく起き上がった。

 

「待て待て待て! まだ何も分かってねえだろ!」

 

 ウソップが慌てて止める。

 

 そのとき、別方向から小さな船が近づいてきた。

 

「おーい! ルフィー!」

 

 手を振っているのはトウカイテイオーだった。

 

 その隣には、長い鼻をした狙撃手――ウソップが乗っている。

 

「ナミを追いかけてきたけど、途中で見失っちゃってさ! でも、あの船が向かった先はこの島で間違いないと思う!」

 

 テイオーが叫ぶ。

 

「やっぱりナミはここにいるんだな!」

 

 ルフィはにっと笑った。

 

 だが、島の様子を見たタマモは、どこか妙な空気を感じ取っていた。

 

「……なんや、村の様子がおかしないか?」

 

 港に近づいても、村人の姿はまばらだった。

 

 家の戸は閉じられ、道を歩く者たちは海から来た船を見るなり、怯えたように目を伏せている。

 

 歓迎されていない。

 

 それどころか、何かを恐れているようだった。

 

「海賊が来たから、怖がってんじゃねえのか?」

 

 ゾロが言う。

 

「そりゃそうかもしれねえけど……」

 

 ウソップは鼻を鳴らした。

 

「オレたちはまだ何もしてねえぞ!」

 

「これからするかもしれないだろ?」

 

 ゴールドシップが胸を張る。

 

「しないわ!」

 

 タマモのツッコミが響いた。

 

 船を岸につけ、一行は村へと足を踏み入れた。

 

 そして、そこで見つけたのは――。

 

「……ナミ?」

 

 ルフィの目が、大きく見開かれた。

 

 村の一角に、見覚えのあるオレンジ色の髪が見えたのだ。

 

 ナミは一人の少女と並んで歩いていた。

 

 その少女は短い髪に、どこか強い意志を感じさせる瞳を持っている。二人は何かを話していたが、こちらに気づいたナミの表情が一瞬で凍りついた。

 

「……なんで、あんたたちがここにいるのよ」

 

 ナミの声は冷たかった。

 

 隣のナカヤマフェスタが、面白そうに目を細める。

 

「おやおや。賭けの相手が、わざわざ追いかけてきたみたいだね」

 

「フェスタ……!」

 

「言っただろう? あんたとの賭けは、まだ終わってないって」

 

 フェスタは肩をすくめた。

 

 ナミは一度だけ歯を食いしばると、ルフィたちに背を向けた。

 

「帰って。ここはあんたたちが来る場所じゃない」

 

「おい、ナミ!」

 

「帰ってって言ってるでしょ!」

 

 その叫びに、村人たちがびくりと肩を震わせた。

 

 ゴールドシップは、いつものふざけた笑みを消した。

 

「……なあ、ルフィ」

 

「ああ」

 

 ルフィは、ナミの背中を見つめた。

 

「なんか、あるんだな」

 

 その言葉に、ナミは答えなかった。

 

 ただ、握りしめた拳が小さく震えていた。

 

2.アーロンパークとナミの正体

 村の人々から少しずつ話を聞いたルフィたちは、島の事情を知ることになる。

 

 この島――ココヤシ村を含むコノミ諸島は、魚人の海賊団によって支配されていた。

 

 その名は、アーロン一味。

 

 船長アーロンは、魚人こそ人間より優れた種族であるという思想を持ち、人間を徹底的に見下していた。

 

 村人たちは、彼らに逆らうことができない。

 

 逆らえば殺される。

 

 逃げようとすれば、見せしめにされる。

 

 村はアーロン一味に支配され、住民たちは生きるために金を納め続けていた。

 

「……ふざけやがって」

 

 話を聞いたゾロが、低い声で吐き捨てた。

 

「人間を見下してる、か。魚人だろうが人間だろうが、強い弱いはそいつ次第だろうが」

 

「そういう問題でもあるけど、もっと根本的におかしいだろ」

 

 ウソップが震えながらも口を挟む。

 

「村一つを支配して、金を巻き上げて……そんなの、海賊っていうよりただの強盗じゃねえか!」

 

「海賊なんて、そんなもんだろ」

 

 ゾロは淡々と言った。

 

「……まあ、そうなんだけどさ」

 

 ウソップは言葉に詰まった。

 

 一方、ゴールドシップは村の外れに広がるみかん畑を見つめていた。

 

 整然と植えられた木々。

 

 手入れされた土。

 

 その一角には、古い家があった。

 

「ここは、誰かが大切にしてる場所なんだな」

 

 ぽつりと呟いたゴールドシップに、オグリが頷いた。

 

「そうだな。木々の手入れが行き届いている。大切に育てられているんだろう」

 

「なのに、あんな連中が好き勝手してるってわけか」

 

 ゴールドシップの指が、腰に下げた金属製の棍棒を軽く叩いた。

 

「……あたし、魚人ってのは初めて見たけどよ」

 

 彼女の声から、いつもの陽気さが消える。

 

「種族が違うからって、誰かの大事なもんを踏みにじっていい理由にはならねえよな」

 

 そのときだった。

 

「おいおい、何をこそこそ話してやがる」

 

 背後から、複数の足音が響いた。

 

 振り返ると、そこには魚人たちがいた。

 

 鋭い歯を剥き出しにした者、巨大な腕を持つ者、鼻が長く突き出した者。

 

 その中の一人が、村人を見下ろしながら笑った。

 

「お前ら、よそ者を村に入れたのか? アーロンさんに見つかったら、ただじゃ済まねえぞ」

 

 村人たちは怯え、視線を逸らす。

 

 だが、ルフィは平然と魚人たちを見返した。

 

「お前ら、ナミを知ってるか?」

 

 魚人たちの顔が変わった。

 

「……ああ?」

 

「ナミはどこにいる?」

 

「なんだ、てめえら。ナミの知り合いか?」

 

 魚人の一人が、下卑た笑みを浮かべた。

 

「だったら教えてやるよ。あの女はな、アーロン一味の幹部だ。海図を描く腕を買われて、ずっとアーロンさんのために働いてやがる」

 

 その言葉に、ルフィたちは黙り込んだ。

 

「……幹部?」

 

 ウソップが呆然と呟く。

 

「じゃあ、あいつが船を盗んだのも……」

 

「当然だろ。あいつは最初から、てめえらを利用してたんだよ!」

 

 魚人たちが笑い声を上げる。

 

 だが、ゴールドシップは笑わなかった。

 

「……そうかよ」

 

 彼女は、ぽつりと呟いた。

 

「だったら、なんであいつは、あんな顔してたんだ?」

 

「は?」

 

「人を裏切って、金を盗んで、自分だけ得してる奴の顔じゃなかった」

 

 ゴールドシップは魚人を睨みつけた。

 

「何か隠してる顔だった。何かを我慢してる顔だった。……あたしには、そう見えたんだよ」

 

「うるせえ!」

 

 魚人の一人が腕を振り上げた。

 

 その瞬間。

 

「やめろ」

 

 ルフィの声が、静かに響いた。

 

 魚人が動きを止める。

 

 ルフィは麦わら帽子のつばを指で押さえ、まっすぐ魚人を見た。

 

「ナミのこと、悪く言うな」

 

「てめえ……!」

 

 魚人が怒鳴り返そうとしたとき、タマモが一歩前に出た。

 

「なあ、あんたら。ひとつ聞いてええか?」

 

「なんだ、ウマ女」

 

「この村の人間から金を巻き上げて、逆らったら脅して……それで偉いつもりなんか?」

 

 タマモの声は、静かだった。

 

 だが、その瞳には明確な怒りが宿っている。

 

「弱い者を踏みつけるだけの力を持って、何が誇りや。何が優れた種族や。笑わせんなや」

 

「人間風情が……!」

 

 魚人たちが一斉に動こうとする。

 

「待て待て!」

 

 ゴールドシップが割って入った。

 

「ここで暴れたら、せっかくの観光が台無しだろうが!」

 

「観光ちゃうわ!」

 

 タマモが叫ぶ。

 

「というわけで、あたしは今から観光客をやめる!」

 

 ゴールドシップは棍棒を肩に担いだ。

 

「お前らの支配体制を、ぶっ壊しに行く観光客だ!」

 

「それはもう観光客じゃねえ!」

 

 ウソップが叫ぶ。

 

 魚人たちは舌打ちをすると、捨て台詞を残して去っていった。

 

「覚えてろよ! アーロンさんに報告してやる!」

 

 その背中を見送りながら、ルフィは呟いた。

 

「……ナミに会いに行こう」

 

 ゴールドシップも頷く。

 

「ああ。あいつが何を抱えてるのか、本人の口から聞かなきゃな」

 

3.ベルメールという母親

 その夜。

 

 ルフィたちは、ココヤシ村の人々と話をする中で、一人の女性の名前を聞いた。

 

 ベルメール。

 

 かつて海兵だった彼女は、戦場で孤児となった二人の少女――ナミとノジコを引き取り、実の娘として育てたという。

 

 血のつながりはなかった。

 

 それでも、ベルメールは二人を心から愛していた。

 

 みかん畑のある家で、三人は暮らしていた。

 

 貧しくても、幸せだった。

 

 ナミは幼い頃から海図を描く才能があり、いつか世界中の海を巡って、自分の手で世界地図を描くことを夢見ていた。

 

 だが、その夢はある日、突然打ち砕かれた。

 

 アーロン一味が島を襲ったのだ。

 

 ベルメールは、娘たちを守るために立ち向かった。

 

 しかし、彼女にはアーロンたちに逆らえるだけの力も、金もなかった。

 

 アーロンは、ベルメールに選択を迫った。

 

 自分の命を救うために、娘たちを見捨てるか。

 

 それとも、娘たちを家族だと認め、三人分の金を払うか。

 

 ベルメールは、迷わなかった。

 

 自分の分の金しか払えなかった彼女は、娘たちの名前を叫んだ。

 

 ――あの二人は、私の娘だ。

 

 その言葉を最後に、ベルメールは殺された。

 

 ナミとノジコの目の前で。

 

 それ以来、ナミはアーロン一味の海図係となった。

 

 そして、アーロンと取引をした。

 

 村を買い戻すだけの金を集めれば、ココヤシ村の人々を解放する。

 

 そのために、ナミは海賊から金を盗み続けた。

 

 海賊の仲間になったふりをし、笑顔を浮かべ、時には人を欺きながら。

 

 誰にも本心を見せず、ただ一人で金を集め続けた。

 

 その話を、ルフィたちは黙って聞いていた。

 

 ゴールドシップは、いつもなら何か冗談を言って場を和ませようとする。

 

 だが、今は何も言わなかった。

 

 握りしめた拳が、小さく震えている。

 

「……ナミは」

 

 オグリが、静かに口を開いた。

 

「ずっと一人で、戦っていたんだな」

 

「ああ」

 

 ルフィは答えた。

 

「……でも、もう一人じゃねえ」

 

 その言葉に、ゾロが目を向けた。

 

「おい、ルフィ。お前、何をするつもりだ?」

 

「決まってるだろ」

 

 ルフィは立ち上がった。

 

「アーロンをぶっ飛ばす」

 

 迷いのない声だった。

 

 ゴールドシップも立ち上がる。

 

「よし、決まりだ! 明日は魚人ランドの大掃除だな!」

 

「アーロンパークや!」

 

 タマモが反射的に突っ込んだ。

 

 しかし、彼女も刀の柄に手を添えていた。

 

「……ナミが一人で抱え込んできたもん、今度はうちらも一緒に背負ったる」

 

 包帯の巻かれたゾロが、静かに立ち上がる。

 

「傷が治りきってねえのが気に食わねえが……やることは決まってる」

 

「ゾロ、無理はするな」

 

 オグリが心配そうに言う。

 

「うるせえ。俺は剣士だ。戦えねえまま、仲間の背中を見てる方が性に合わねえ」

 

 ウソップは顔を青くしていた。

 

「いやいやいや! 相手は魚人だぞ!? 海の中でも強いし、腕力だって人間より上だし、アーロンは人間なんか簡単に殺せるんだぞ!?」

 

「そうだな」

 

 ルフィは頷いた。

 

「だから、ぶっ飛ばす」

 

「話を聞けええええ!」

 

 ゴールドシップが、ウソップの肩を叩いた。

 

「安心しろ、ウソップ。あたしがついてる!」

 

「お前が一番安心できねえんだよ!」

 

 それでも、ウソップは逃げなかった。

 

 テイオーもまた、拳を握りしめていた。

 

「ボクだって、ナミを助けたい。あの子がずっと頑張ってきたなら、今度はボクたちが頑張る番だよ!」

 

 ルフィは、全員の顔を見渡した。

 

「よし。行くぞ」

 

 その声に、仲間たちは頷いた。

 

 アーロンパークへ。

 

 ナミを、解放するために。

 

4.ナミの絶望

 翌朝。

 

 ナミは、アーロンパークの敷地内にいた。

 

 手には、長年かけて集めてきた金がある。

 

 村を買い戻すための金。

 

 あと少し。

 

 あと少しで、ベルメールの守った村を取り戻せる。

 

 そう信じてきた。

 

「アーロン! 約束どおり、金は集めたわ!」

 

 ナミは、アーロンの前に金を差し出した。

 

 巨大な魚人は、口元を歪める。

 

「ほう……よくやったな、ナミ」

 

「これで、ココヤシ村は解放よ。約束したでしょう!」

 

「ああ。約束したな」

 

 アーロンは、金を見下ろした。

 

 そして、薄笑いを浮かべる。

 

「だがな……少し問題が起きた」

 

「……何?」

 

「お前が集めた金は、政府に差し押さえられることになった」

 

 ナミの顔から、血の気が引いた。

 

「……は?」

 

「海賊が集めた金だ。政府としても、見過ごすわけにはいかんそうだ」

 

 アーロンは、笑いを噛み殺すように続ける。

 

「もっとも、俺が海軍に話を通しておいたんだがな」

 

 ナミの指先が震えた。

 

 金が。

 

 何年もかけて集めた金が。

 

 ベルメールの死を背負い、仲間を欺き、自分自身の夢さえ押し殺して集めた金が。

 

 あっけなく奪われようとしていた。

 

「……返して」

 

「何?」

 

「返してよ……!」

 

 ナミは、アーロンへ駆け寄った。

 

「それは私の金よ! 私が集めた金なの! 約束したじゃない! 村を解放するって!」

 

「おい、押さえろ」

 

 アーロンの部下たちが、ナミを取り押さえた。

 

「離して! 離しなさいよ!」

 

 ナミは必死にもがいた。

 

 だが、彼女の力ではどうにもならない。

 

 そのとき、アーロンパークの入口から、数人の海兵が入ってきた。

 

 先頭に立っていたのは、ネズミという名の海軍大佐だった。

 

「いやあ、アーロンさん。お約束どおり、金は回収させていただきますよ」

 

 ネズミは、へらへらと笑っていた。

 

「これでまた、いい小遣いが手に入りますなあ」

 

「……海軍が、なんで……」

 

 ナミは呆然とした。

 

 海軍は、海賊から人々を守る存在のはずだった。

 

 なのに、目の前の海兵たちは、アーロンと手を組んでいる。

 

「おい、そこの女。邪魔をするな」

 

 ネズミは、ナミを冷たく見下ろした。

 

「この金は、海賊から押収したものだ。お前に渡す理由などない」

 

「……嘘よ」

 

「何?」

 

「そんなの、嘘よ……!」

 

 ナミは叫んだ。

 

「私はずっと……ずっと頑張ってきたのよ! 約束を守るために! みんなを助けるために!」

 

 ネズミは鼻で笑った。

 

「知ったことか。海賊と取引をしたお前が悪い」

 

 その言葉が、ナミの心を打ち砕いた。

 

 ベルメールの死。

 

 ノジコの涙。

 

 村人たちの我慢。

 

 何年も、何年も積み上げてきた努力。

 

 すべてが、無意味だった。

 

 アーロンは、そんなナミを見下ろしながら笑っていた。

 

「どうした、ナミ。お前なら、また金を集められるだろう?」

 

「……っ」

 

「お前は優秀な海図係だ。これからも俺のために働け。お前の夢など、俺がいくらでも利用してやる」

 

 ナミは、唇を噛みしめた。

 

 目の前が滲む。

 

 何も見えない。

 

 何も聞こえない。

 

 ただ、胸の奥で、何かが壊れる音がした。

 

 そして――。

 

 ナミは、アーロンパークを飛び出した。

 

 村の道を、ナミは走った。

 

 どこへ向かうのかも分からない。

 

 何をすればいいのかも分からない。

 

 ただ、走った。

 

 みかん畑が見えた。

 

 ベルメールの家が見えた。

 

 幼い頃、三人で笑い合った場所。

 

 ナミは、その場に膝をついた。

 

「……もう、嫌」

 

 声が震える。

 

「もう、嫌よ……」

 

 何度も、何度も、呟いた。

 

 そして、ナミは自分の左腕に刻まれた刺青を、爪で引っ掻き始めた。

 

 アーロン一味の紋章。

 

 自分が何者なのかを、否応なく思い知らされる印。

 

「消えて……!」

 

 爪が皮膚を傷つける。

 

「消えてよ……!」

 

 血が滲んでも、ナミは止めなかった。

 

 そこへ、ルフィたちがやってきた。

 

「……ナミ?」

 

 ルフィの足が止まる。

 

 ゴールドシップも、言葉を失った。

 

 いつも強気で、誰よりも抜け目なくて、誰にも弱みを見せなかった少女。

 

 そのナミが、地面に膝をつき、血の滲む腕を引っ掻いていた。

 

「……やめろ」

 

 ルフィが歩み寄る。

 

「やめろよ、ナミ」

 

「来ないで!」

 

 ナミは顔を上げた。

 

 涙で濡れた瞳。

 

 崩れた表情。

 

「来ないでよ……! あんたたちには関係ないでしょ!」

 

 ルフィは何も言わなかった。

 

「私は……私は、何年も頑張ってきたのよ……! もう少しだったのに……あと少しで、みんなを助けられたのに……!」

 

 ナミの声が、嗚咽に変わる。

 

「なのに……全部、全部……!」

 

 彼女は、腕を抱え込んだ。

 

「……助けて」

 

 かすれた声だった。

 

 それでも、ルフィには聞こえた。

 

「……ルフィ……」

 

 ナミは、顔を上げた。

 

「助けて……!」

 

 その瞬間。

 

 ルフィは、何も言わずに麦わら帽子を脱いだ。

 

 そして、ナミの頭にそっとかぶせた。

 

「当たり前だ!!!!」

 

 その声が、村に響き渡った。

 

 ゴールドシップは、歯を食いしばった。

 

 いつもの冗談も、ふざけた仕草も、今は出てこない。

 

 彼女はただ、ナミの傷ついた腕を見つめていた。

 

「……あいつら」

 

 ゴールドシップの声が、低くなる。

 

「ナミに、こんなことをさせたのか」

 

 金属製の棍棒を握る手に、力がこもった。

 

「何年も、一人で頑張ってきた奴に……最後まで約束を信じてきた奴に……」

 

 黄金の髪が、風に揺れる。

 

「……ふざけんじゃねえぞ」

 

 その声には、もう笑いの欠片もなかった。

 

 タマモも刀の柄を握りしめた。

 

「……アーロン。絶対に許さへん」

 

 ゾロが静かに立ち上がる。

 

 傷はまだ治っていない。

 

 それでも、彼は剣士として、仲間のために立つことを選んだ。

 

「ルフィ。行くぞ」

 

 サンジは煙草を地面に落とし、靴底で踏み消した。

 

「女を泣かせたクソ野郎は……蹴り飛ばす」

 

 オグリは拳を握った。

 

「ナミ。もう、一人で頑張らなくていい」

 

 テイオーも、涙を拭いながら頷く。

 

「ボクたちがいるよ。もう大丈夫だから!」

 

 ウソップは震えていた。

 

 怖かった。

 

 相手は魚人。自分たちより強い相手だ。

 

 それでも、彼は逃げなかった。

 

「……ああ。ここまで来て、仲間を見捨てられるかよ」

 

 ルフィは立ち上がった。

 

「行くぞ」

 

 麦わら帽子のつばを押さえる。

 

「アーロンをぶっ飛ばす」

 

 そして、仲間たちは歩き出した。

 

 ナミがずっと一人で戦ってきた場所へ。

 

 彼女を縛りつけてきた悪夢を、終わらせるために。

 

5.アーロンパーク攻略戦

 アーロンパーク。

 

 魚人たちの本拠地へ、ルフィたちは正面から乗り込んだ。

 

「おーい! アーロン!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 

「出てこい!」

 

 魚人たちが集まってくる。

 

「また人間どもか!」

 

「ナミを取り戻しに来たのか?」

 

「馬鹿な奴らだ。アーロンさんに逆らって、生きて帰れると思うなよ!」

 

 アーロンは、玉座のような場所に腰掛け、愉快そうに笑った。

 

「ほう。ナミの仲間たちか。わざわざ殺されに来るとは、殊勝な心がけだ」

 

「仲間じゃねえ」

 

 ルフィは答えた。

 

「今から仲間になるんだ」

 

 アーロンの笑みが深くなる。

 

「くだらん。ナミは俺のものだ。あの女の才能も、夢も、人生も、すべて俺が利用する」

 

「……ふざけんな」

 

 ゴールドシップが一歩前に出た。

 

「人の夢を勝手に自分のもんにしてんじゃねえよ」

 

 アーロンは彼女を見下ろした。

 

「ウマ娘か。珍しい種族だな。お前もナミと同じように、俺のために働かせてやろう」

 

「はっ!」

 

 ゴールドシップは笑った。

 

 ただし、その笑みはいつものふざけたものではない。

 

「誰がてめえのために働くかよ。あたしはな、誰かの夢を踏みにじる奴が大嫌いなんだ」

 

 棍棒を肩から下ろす。

 

「特に――泣いてる奴を笑いものにする奴はな!」

 

「生意気な!」

 

 魚人たちが襲いかかってきた。

 

「来るで!」

 

 タマモが二本の刀を抜く。

 

「双閃・稲妻駆け!」

 

 タマモの身体が低く沈み、次の瞬間、雷のような踏み込みで敵の懐へ飛び込んだ。

 

 二本の刃が閃く。

 

 魚人たちの武器が弾かれ、体勢を崩した者たちが次々と倒れていった。

 

「なんや、図体ばっかり大きゅうて! 修行が足りへんのとちゃうか!」

 

「この女……!」

 

 別の魚人がタマモへ襲いかかる。

 

「双閃・白狐乱舞!」

 

 タマモは二本の刀を舞わせ、流れるような連撃で相手を圧倒した。

 

 その横では、ゴールドシップが棍棒を振り回していた。

 

「どりゃああああっ!」

 

 ドゴォン!

 

 魚人が宙を舞う。

 

「一匹!」

 

 ゴールドシップは棍棒をくるりと回した。

 

「二匹!」

 

 さらに一撃。

 

「三匹!」

 

 魚人たちが吹き飛んでいく。

 

「おいゴルシ! 数え方が雑や!」

 

「細かいことは気にするな、タマちゃん! 魚人の数は減ってるからヨシ!」

 

「ヨシちゃうわ!」

 

 ふざけた掛け合いを交わしながらも、二人の動きに容赦はなかった。

 

 ナミの苦しみを知ったからこそ、譲れないものがあった。

 

 ゾロは傷をかばいながら剣を振るい、サンジは蹴りで魚人たちを薙ぎ倒す。

 

 オグリは持ち前の脚力と膂力を生かし、敵を次々と押し返した。

 

「食べ物を粗末にする者も許せないが、人を苦しめる者はもっと許せない!」

 

「オグリちゃん、そっちだ!」

 

「任せてくれ!」

 

 ウソップとテイオーも、互いに声を掛け合いながら戦った。

 

「ウソップ、右!」

 

「分かってる! 必殺、ウソップ輪ゴーム!」

 

「それ、効くの!?」

 

「知らん! とにかく隙を作れ!」

 

 テイオーが素早く駆け、敵の注意を引きつける。

 

 ウソップはその隙を突いて攻撃を仕掛けた。

 

 決して一人ひとりが無敵なわけではない。

 

 傷もある。恐怖もある。

 

 それでも、誰も退かなかった。

 

 そして、その中心で。

 

 ルフィは、アーロンだけを見据えていた。

 

「お前をぶっ飛ばす」

 

「できるものなら、やってみろ!」

 

 アーロンが飛び出した。

 

 巨大な顎が開き、鋭い歯が剥き出しになる。

 

 ルフィは拳を引いた。

 

「ゴムゴムの――!」

 

 拳が伸びる。

 

「ピストル!」

 

 ドンッ!

 

 だが、アーロンは腕で受け止め、ルフィの身体を掴み上げた。

 

「人間ごときが、俺に勝てると思うな!」

 

 ルフィの身体が壁へ叩きつけられる。

 

「ルフィ!」

 

 ゴールドシップが叫ぶ。

 

 しかし、ルフィはすぐに立ち上がった。

 

「まだまだ!」

 

 何度倒されても、彼は立ち上がる。

 

 その姿を見て、ゴールドシップは歯を見せて笑った。

 

「そうこなくっちゃな!」

 

 彼女は目の前の魚人を棍棒で吹き飛ばすと、ルフィの方へ叫んだ。

 

「ルフィ! あたしらが周りを片付ける! お前は船長の仕事をしろ!」

 

「おう!」

 

 ルフィが笑う。

 

「アーロンは俺がぶっ飛ばす!」

 

 ゴールドシップは、もう一度棍棒を握り直した。

 

「よっしゃあ! だったらこっちは、魚人どもの大掃除だ!」

 

 黄金の浮沈船は、戦場を駆けた。

 

 傷ついた仲間を守り、敵を退け、ナミのために道を切り開く。

 

 その姿は、普段のふざけた彼女とは別人のようだった。

 

 いや――それもまた、ゴールドシップというウマ娘の一面だったのだ。

 

6.それぞれの戦い

 アーロンパークの奥では、幹部たちが立ちはだかっていた。

 

 タマモの前に現れたのは、巨大な剣を振り回す魚人だった。

 

「人間の女が、俺に勝てると思うな!」

 

「またそれかいな。種族がどうとか、男や女やとか……」

 

 タマモは二本の刀を構えた。

 

「強いか弱いかは、戦って決めたらええ!」

 

 魚人が大剣を振り下ろす。

 

 タマモは一歩踏み込み、刃の軌道を見極めて身をかわした。

 

 傷ついた身体に、鋭い痛みが走る。

 

 ミホークとの戦いの傷は、まだ癒えていない。

 

 それでも、タマモは止まらなかった。

 

「双閃奥義――疾風・白狐返し!」

 

 二本の刀が交差し、相手の攻撃を受け流す。

 

 そのまま、流れる風のような一閃が魚人の懐へと走った。

 

 魚人は武器を取り落とし、膝をついた。

 

「な……ぜ……!」

 

「言うたやろ。戦って決めるんや」

 

 タマモは刀を下ろした。

 

「うちは、仲間のために戦うんや。あんたらみたいに、人を踏みつけるためやない」

 

 一方、ゴールドシップは魚人たちの包囲を破っていた。

 

「そーれ、ゴルシ式・大漁旗クラッシュ!」

 

 棍棒が唸り、敵が吹き飛ぶ。

 

「誰が大漁旗や!」

 

 遠くからタマモの声が飛んでくる。

 

「魚人がいっぱいだから大漁だろ!」

 

「敵を魚みたいに数えるな!」

 

「じゃあ、海産物フェスティバル!」

 

「もっとあかんわ!」

 

 言い合いながらも、二人は息の合った連携で敵を押し返していった。

 

 しかし、戦いが進むにつれ、二人の動きには疲労が見え始めた。

 

 ゾロも、包帯の下から血が滲んでいる。

 

「……ちっ。ミホークの野郎、あんな傷を残しやがって」

 

 それでも、彼は剣を手放さない。

 

 サンジが横目で見る。

 

「おい、マリモ。無理すんなよ」

 

「誰がマリモだ」

 

「包帯が増えたら、ますます白いマリモだな」

 

「ぶっ殺すぞ、コック」

 

「やれるもんならやってみろ」

 

 軽口を叩きながら、サンジはゾロの死角を守るように動いていた。

 

 オグリもまた、敵の攻撃を受け止め、仲間が立て直す時間を稼いでいた。

 

 テイオーは持ち前の脚で敵を翻弄し、ウソップの狙撃を援護する。

 

 戦いの中心には、確かな連帯感が生まれていた。

 

 誰かが倒れれば、誰かが支える。

 

 誰かが危険に陥れば、誰かが助けに行く。

 

 それは、ナミがこれまで一人で背負ってきたものとは違う。

 

 彼女がようやく手に入れようとしている、新しい仲間たちの姿だった。

 

7.アーロンの最期

 そして、ついに決着の時が来た。

 

 アーロンパークの建物は、戦いによって大きく損壊していた。

 

 アーロンはルフィを見下ろし、嘲笑う。

 

「人間が! 俺に逆らったことを後悔させてやる!」

 

 鋭い歯を剥き出しにし、ルフィへと飛びかかる。

 

 ルフィは拳を握りしめた。

 

 ナミの泣き顔が、脳裏に浮かぶ。

 

 ベルメールの死。

 

 村人たちの恐怖。

 

 そして、血が滲むほど腕を引っ掻きながら、助けを求めたナミの姿。

 

「……お前は」

 

 ルフィが低く呟く。

 

「ナミの夢を笑った」

 

 拳を引く。

 

「ナミの大事なものを奪った」

 

 身体がしなる。

 

「ナミを一人にした!」

 

 アーロンが咆哮する。

 

「人間がぁぁぁぁっ!」

 

 ルフィの拳が、アーロンを捉えた。

 

「ゴムゴムの――バズーカ!」

 

 両手がアーロンを捉え、凄まじい勢いで吹き飛ばす。

 

 アーロンは建物の壁を突き破り、その奥へと叩き込まれた。

 

 轟音。

 

 崩れ落ちる瓦礫。

 

 そして――静寂。

 

 アーロンパークが、崩壊した。

 

 ルフィは肩で息をしながら、拳を下ろした。

 

「……終わったぞ、ナミ」

 

 その言葉が、瓦礫の向こうへと届いた。

 

 アーロン一味の支配は、終わった。

 

 ココヤシ村を縛りつけていた恐怖は、ようやく終わりを迎えたのだ。

 

 魚人たちは戦意を失い、逃げる者もいれば、その場に座り込む者もいた。

 

 ゴールドシップは、棍棒を肩に担いで大きく息を吐いた。

 

「……ふう。大掃除、完了!」

 

「掃除いう規模ちゃうやろ……」

 

 タマモも、疲れ切った顔で笑った。

 

「まあ、せやけど……これで終わりやな」

 

 ゾロは剣を鞘に納めた。

 

「……ああ」

 

 傷は痛む。

 

 身体も重い。

 

 それでも、彼はどこか満足そうだった。

 

 ミホークに敗れた自分は、まだまだ未熟だ。

 

 それでも、守るべきものがあるとき、剣を振るうことはできる。

 

 サンジは煙草を取り出したが、火をつける前に、ふと手を止めた。

 

「……ナミちゃん、これでようやく笑えるかね」

 

 オグリは、静かに頷いた。

 

「きっとな」

 

 ウソップはその場にへたり込んだ。

 

「お、終わった……! 生きてる……! オレ、生きてるぞおおおお!」

 

 テイオーが笑いながら、その肩を叩く。

 

「ウソップ、頑張ったね!」

 

「お、おう! 当然だ! オレ様の活躍がなければ、今頃みんな……!」

 

「具体的には?」

 

「……えーっと、みんなの心に勇気を与えた!」

 

「それ、戦闘で何したの?」

 

「うるせえ!」

 

 いつものやり取りに、ゴールドシップが吹き出した。

 

「ははは! いいじゃねえか! 勇気を与えるのも立派な仕事だ!」

 

「お前に言われると、なんか複雑なんだよ!」

 

 そして、ルフィはナミのもとへ歩いていった。

 

 彼女は、崩れたアーロンパークを見つめていた。

 

 まだ信じられないというように、呆然と立ち尽くしている。

 

「……ルフィ」

 

「ああ」

 

「本当に……終わったの?」

 

「おう」

 

 ルフィは、いつもの笑顔で答えた。

 

「もう、あいつらに怯えなくていいぞ」

 

 ナミの目から、涙が溢れた。

 

 今度の涙は、絶望のためのものではなかった。

 

 ずっと閉ざされていた心が、ようやく解き放たれた涙だった。

 

8.ナミ、正式加入

 ココヤシ村には、歓喜の声が広がっていた。

 

 長年、村人たちを苦しめてきたアーロン一味が倒れたのだ。

 

 人々は互いに抱き合い、涙を流し、喜びを分かち合った。

 

 ノジコもまた、ナミのもとへ駆け寄った。

 

「ナミ!」

 

「……ノジコ」

 

 二人は抱き合った。

 

 ナミは声を上げて泣いた。

 

 これまで、誰にも見せられなかった涙。

 

 ベルメールを失ってから、ずっと我慢してきた涙。

 

 ノジコは何も言わず、妹を抱きしめ続けた。

 

 その様子を、ルフィたちは少し離れた場所から見守っていた。

 

 ゴールドシップは、腕を組んで空を見上げた。

 

「……よかったな」

 

 いつになく、静かな声だった。

 

 タマモも頷いた。

 

「せやな。ほんまに……よかった」

 

 そのとき、村人の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「大変だ! 海軍が来るぞ!」

 

「海軍?」

 

 ルフィが首を傾げる。

 

「アーロン一味が倒れたことを知って、海軍が動き出したらしい! ネズミ大佐が、あの海賊たちを捕まえろと……!」

 

 村人たちの顔が曇る。

 

 だが、今度は誰も怯えて立ちすくんだりはしなかった。

 

 彼らはもう、アーロンの支配下にいる村人ではない。

 

 自分たちの力で立ち上がることを、思い出し始めていた。

 

 ネズミ大佐が村に現れたのは、しばらくしてからだった。

 

「貴様ら! 海賊どもを引き渡せ!」

 

 彼は、アーロンパークの残骸を見て顔を歪めた。

 

「海賊を討伐したのは我々海軍の手柄だ! 貴様らは大人しく――」

 

「黙れ」

 

 村人たちの中から、一人の男が進み出た。

 

「お前たちが、アーロンと手を組んでいたことは知っている」

 

 別の村人も続く。

 

「俺たちから金を奪おうとしたこともな!」

 

「もう、お前たちの言いなりにはならない!」

 

 村人たちが一斉に声を上げる。

 

 ネズミは顔を赤くして怒鳴った。

 

「貴様ら! 海軍に逆らうつもりか!」

 

 しかし、その声に従う者は誰もいなかった。

 

 ナミはルフィの隣に立っていた。

 

 彼女はまだ涙の跡を残した顔で、ネズミを見つめた。

 

「……もう、誰にも奪わせない」

 

 その声は、静かだが強かった。

 

 ゴールドシップは、にっと笑う。

 

「そうだ! ナミの金も、夢も、自由も! もう誰にも渡さねえ!」

 

「……あんた、ちょっと声が大きいのよ」

 

「感動の場面だからな!」

 

「そういうところよ、ゴルシ!」

 

 ナミは呆れたように笑った。

 

 その笑顔を見て、ルフィも笑った。

 

 やがて、ネズミ大佐は村人たちの抵抗と、アーロン一味との癒着を示す証言を前に、思うように動けなくなった。

 

 村人たちは、もう黙っていなかった。

 

 長年奪われてきたものを取り戻すために、声を上げ始めていたのだ。

 

 数日後。

 

 ココヤシ村の港に、麦わらの一味が集まっていた。

 

 ナミは、荷物をまとめ、船へ向かう準備をしていた。

 

 その隣には、ナカヤマフェスタがいる。

 

「本当に行くんだね、ナミ」

 

「ええ」

 

 ナミは、海の向こうを見つめた。

 

「世界中を回って、自分の手で世界地図を描く。その夢を、今度こそ叶えるの」

 

「いいね。で、私は?」

 

「……あんたも来るんでしょ?」

 

 ナミが横目で見る。

 

 フェスタは、にやりと笑った。

 

「もちろん。まだあんたとの賭けが終わってないからね」

 

「その賭けって、結局何なのよ?」

 

「それは、これから決める」

 

「適当すぎるでしょ!」

 

 フェスタは肩をすくめた。

 

「人生なんて、そんなもんさ。先の分からない賭けほど、面白いだろ?」

 

 ナミは呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。

 

 そして、ルフィたちの前へ歩み出た。

 

「……ルフィ」

 

「ん?」

 

「私、あんたたちの仲間になる」

 

 その言葉に、ルフィはぱっと笑顔になった。

 

「おう!」

 

「……ただし!」

 

 ナミは指を立てた。

 

「船のことも、食料のことも、お金の管理も、私がやる! 勝手なことをしたら罰金よ!」

 

「えーっ!」

 

 ルフィが不満そうな声を上げる。

 

「なんでだよ!」

 

「なんでじゃないわよ! あんたたち、放っておいたら一日で全財産を使い切りそうじゃない!」

 

「そんなことねえぞ!」

 

「ゴルシ、あんたもよ!」

 

「なぜバレた!」

 

「バレるに決まってるでしょ!」

 

 フェスタが笑う。

 

「いやあ、賑やかになりそうだね」

 

「フェスタ、あんたもちゃんと働くのよ!」

 

「はいはい。賭けの参加費は、労働で払うってことだね」

 

「そういう意味じゃない!」

 

 ルフィは腹を抱えて笑っていた。

 

 ゴールドシップはナミの肩をぽんと叩く。

 

「ようこそ、ナミ! これで正式に、あたしたちの仲間だ!」

 

「……うん」

 

 ナミは、少し照れくさそうに笑った。

 

「よろしくね」

 

 その笑顔を見て、ゴールドシップは満足げに頷いた。

 

「よし! 仲間加入記念に、宴だ!」

 

「賛成!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 

「肉だーっ!」

 

「待て! 宴の費用は誰が出すのよ!」

 

「ナミ!」

 

「私じゃない!」

 

「じゃあフェスタ!」

 

「賭けに負けた覚えはないんだけどねえ」

 

「オグリ!」

 

「食べる分なら任せてくれ!」

 

「いや、食べる側じゃなくて!」

 

 ナミのツッコミが、港に響いた。

 

 村人たちの笑い声が重なる。

 

 長く閉ざされていた島に、ようやく穏やかな風が吹いていた。

 

 そして、麦わらの一味は新たな仲間を迎え、次の海へと旅立つことになる。

 

 世界地図を描く夢を胸に。

 

 世界一の剣豪を目指す剣士と、その隣を走る白狐。

 

 オールブルーを探す料理人と、大食いのウマ娘。

 

 勇敢なる海の戦士を目指す狙撃手と、無敗を夢見るウマ娘。

 

 そして、自由を求める船長と、海を駆ける黄金の浮沈船。

 

 それぞれの夢を乗せた船が、海へ出る。

 

9.懸賞金――海を駆ける二人の名

 ココヤシ村を出発して、数日後。

 

 船上では、いつものように騒ぎが起きていた。

 

「ルフィ! 食料を勝手に食べないで!」

 

「腹減ったんだもん!」

 

「だからって、航海用の食料を全部食べる奴があるか!」

 

「ゴルシも食べたぞ!」

 

「ゴールドシップ!」

 

「いやあ、オグリがうまそうに食べるから、つい……」

 

「お前も食べてるじゃない!」

 

「うむ。ここの干し肉はなかなかうまい」

 

 オグリは満足そうに頷いた。

 

「オグリまで!」

 

 ナミの怒鳴り声が海に響く。

 

 サンジは苦笑しながら、鍋をかき混ぜていた。

 

「まったく、食い意地の張った連中だぜ……」

 

 そのとき、ウソップが船の向こうを指さした。

 

「おい! 何か流れてきたぞ!」

 

 海面に、木箱が浮かんでいた。

 

 拾い上げてみると、中には新聞と、何枚かの紙が入っている。

 

「新聞か?」

 

 ナミが手を伸ばす。

 

「どれどれ……」

 

 新聞を広げた彼女の顔が、みるみる変わっていった。

 

「……え?」

 

「どうした、ナミ?」

 

 ルフィが覗き込む。

 

 新聞には、アーロンパークでの戦いと、海軍の報告をもとにした記事が掲載されていた。

 

 そして、その記事の横に――。

 

「……おいおい」

 

 ゾロが目を細める。

 

 紙に印刷されていたのは、ルフィの顔写真だった。

 

 大きく、はっきりと。

 

 その下には、懸賞金の額が記されている。

 

 三千万ベリー。

 

「……三千万!?」

 

 ウソップが絶叫した。

 

「ルフィ、お前、賞金首になったのか!?」

 

「おお!」

 

 ルフィは嬉しそうに笑った。

 

「すげえ! オレ、賞金首だ!」

 

「喜ぶところじゃねえだろ!」

 

 ウソップが頭を抱える。

 

 ナミは新聞を読み進めた。

 

 アーロン一味を壊滅させた海賊として、ルフィの名前が大きく報じられている。

 

 さらに、もう一枚。

 

 そこには、金属製の棍棒を肩に担ぎ、勝ち誇ったように笑うゴールドシップの写真が載っていた。

 

「……ゴルシ」

 

「ん?」

 

「……あんたもよ」

 

「んん?」

 

 ナミが紙を突きつける。

 

 ゴールドシップは、そこに記された数字を見た。

 

 そして、目を見開いた。

 

「おおおおおおおっ! あたしも賞金首か!」

 

 紙には、こう記されていた。

 

 ゴールドシップ――二千万ベリー。

 

「二千万! やったぜ! これであたしも立派な海賊だ!」

 

「喜ぶなあああああ!」

 

 ナミのツッコミが炸裂した。

 

「賞金首になったってことは、海軍に追われるってことよ! 捕まったら牢屋行きなの!」

 

「牢屋か……」

 

 ゴールドシップは顎に手を当てた。

 

「よし、牢屋の中でも走れるように、今から脱獄訓練だ!」

 

「まだ捕まってもいないのに脱獄するな!」

 

「ゴルシ、脱獄は訓練しなくてもいいからな!」

 

 タマモが呆れた声を上げる。

 

 ルフィは、自分の手配書を高々と掲げていた。

 

「三千万かー! もっと強くなったら、もっと上がるかな!」

 

「上げることを目標にするんじゃねえ!」

 

 ウソップが叫ぶ。

 

 ゾロは自分の手配書がないことを確認し、少しだけ不満そうに鼻を鳴らした。

 

「……俺の名前はまだ出てねえか」

 

「何を期待してるんだよ、ゾロ!」

 

 サンジは煙草をくわえたまま、新聞に載ったゴールドシップの写真を眺めた。

 

「しかし、こいつはまた……」

 

 写真の中のゴールドシップは、なぜか棍棒を持って片足立ちをしていた。

 

 しかも、背景には倒れた魚人たち。

 

「なんでこんな写真になってんだ?」

 

「決まってるだろ! カメラを見つけたから、最高にキマるポーズを取ったんだ!」

 

「撮られてたのかよ!」

 

 ナミは頭を抱えた。

 

「……ああ、もう。これから海軍に追われる生活が始まるのね……」

 

 フェスタは新聞を覗き込み、楽しそうに笑った。

 

「いいじゃないか。賭けの舞台が大きくなった」

 

「何がいいのよ!」

 

「賞金首になったってことは、これからもっと大きな海賊たちと出会うってことだろ? 危険も増える。見返りも増える。最高じゃないか」

 

「……あんた、ほんっとに賭け事が好きね」

 

「人生そのものが賭けだからね」

 

 フェスタは肩をすくめた。

 

 ゴールドシップは二枚の手配書を並べ、満足げに頷いた。

 

「よーし! これからは『三千万のルフィ』と『二千万のゴルシ』の時代だ!」

 

「勝手に時代を作るな!」

 

 タマモのツッコミが飛ぶ。

 

 ルフィは手配書を大事そうに抱えた。

 

「なあ、ゴルシ!」

 

「おう、ルフィ!」

 

「次はもっと強い奴と戦おうな!」

 

「当然だ! 海は広い! 強敵も、珍獣も、うまい飯も、全部あたしたちを待っている!」

 

「最後のはお前の願望だろ!」

 

 ウソップが叫ぶ。

 

 だが、ルフィとゴールドシップは気にしない。

 

 二人は並んで、海の向こうを見つめた。

 

 この先には、まだ見ぬ島がある。

 

 見たこともない生き物がいる。

 

 強敵がいる。

 

 そして、それぞれが追い求める夢がある。

 

 海軍の手配書に名前が載ったところで、彼らの足は止まらない。

 

 むしろ――。

 

「行くぞーっ!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 

「おおーっ!」

 

 ゴールドシップも叫ぶ。

 

「次の島へ!」

 

「そして、次の大勝負へ!」

 

「その前に食料の残りを確認しなさいよおおおおお!」

 

 ナミの怒鳴り声を背に、船は大海原を進んでいった。

 

 麦わらの一味の航海は、まだ始まったばかり。

 

 そして、この日から海軍の記録には、二人の名が刻まれることになる。

 

 ゴムゴムの実の能力者――モンキー・D・ルフィ。

 

 そして、海を駆ける黄金のウマ娘――ゴールドシップ。

 

 懸賞金、三千万ベリーと二千万ベリー。

 

 後に世界を大きく揺るがすことになる二人の物語は、東の海から、いよいよ次の舞台へと進み始めたのだった。

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