ウマ娘ONE PIECEダービー~黄金の浮沈船は大海原を駆ける~ 作:武藤 桜
1.海賊王が生まれ、海賊王が死んだ町
ココヤシ村を出発して数日後。
麦わらの一味を乗せた船は、東の海でも屈指の大きな町へと近づいていた。
港には多くの船が停泊し、海沿いには商店が立ち並ぶ。活気に満ちた町の景色を目にして、船首に立っていたルフィが目を輝かせた。
「おおっ! でっけえ町だ!」
「ここがローグタウンよ」
航海図を広げたナミが答える。
「東の海と偉大なる航路を結ぶ、最後の大きな町。物資を補給するなら、ここが最後のチャンスになるかもしれないわ」
「つまり、食料がいっぱいあるってことだな!」
「そういう話しか聞いてないの!?」
ナミの怒声が船上に響く。
ゴールドシップは、船首で両腕を広げていた。
「ローグタウン……ローグ、ローグ……」
「何を考えとるんや、ゴルシ?」
タマモクロスが警戒するように尋ねる。
「ローグタウン名物! ローグロール!」
「なんやそれ?」
「海賊が町中を転がりながら、敵を倒す競技だ!」
「絶対そんな名物あらへんわ!」
「じゃあ今から作ろう!」
「作らんでええ!」
タマモのツッコミが炸裂した。
そんな騒ぎを聞きながら、ゾロは船べりに寄りかかっていた。ミホークとの戦いで負った傷はかなり回復したものの、まだ全力を出せる状態ではない。
「お前ら、上陸したら余計な騒ぎを起こすなよ」
「ゾロがそれを言うんかい」
タマモが即座に返す。
「どういう意味だ?」
「自分の方向音痴を忘れたんか?」
「関係ねえだろ!」
「ローグタウンで迷子になって、偉大なる航路と反対方向へ歩いていくゾロ……」
ゴールドシップが意味ありげに呟く。
「……ちょっと見てみたいな!」
「てめえ、ぶった斬るぞ!」
「おお怖い怖い! 包帯が増えるぞー!」
騒がしい一行を乗せ、船はローグタウンの港へと入っていった。
この町は、ただの補給地点ではない。
かつて海賊王ゴール・D・ロジャーが生まれ、そして処刑された町。
大海賊時代の始まりを告げた男が、最後に立った場所だった。
そして今、その男が残した大いなる航路へ、一人の少年が向かおうとしていた。
2.偉大なる航路への準備
「よし! 買い出しに行くわよ!」
上陸するなり、ナミは一味を集めた。
「これから先は、今までみたいに必要になったら近くの町で買えばいい、なんて甘い航海はできないの。食料、水、医薬品、航海用具、それから船の修理道具。必要なものは全部そろえるわ!」
「おう!」
ルフィが元気よく返事をする。
「あと、ルフィとゴルシは食料の買い出しに来ないこと!」
「なんでだよ!?」
「なんでだ!?」
二人の声が見事に重なった。
「なんでって、あんたたちは買い出しに行くと食べ物を買う前に食べ尽くすからよ!」
「そんなことねえぞ!」
「そうだそうだ! あたしはちゃんと買い物もできる!」
「じゃあ、さっきから腰にぶら下げてる袋は何?」
「……おやつだ!」
「買い物じゃなくて自分の食料じゃない!」
ナミは二人の首根っこをつかみ、買い出し班から引き離した。
「ルフィはゾロと一緒に武器屋へ。ゴルシは私と……」
「やった! 武器屋か!」
ゾロが目を輝かせる。
「待て、ゾロ! あんたもまだ傷が治りきってないでしょうが!」
「新しい刀を見るだけだ」
「その『見るだけ』で何本買う気なのよ!」
結局、ナミは班分けを次のように決めた。
ナミとフェスタは食料品や航海用具の調達。サンジとオグリは食材と調理器具の確認。ウソップとテイオーは船の修理用品や工具の調達。ゾロとタマモは武器屋へ向かい、ルフィとゴールドシップは町の中を勝手に走り回らないよう、できるだけ監視の届く範囲で行動することになった。
「なんであたしが監視対象なんだ!?」
「今までの行動を振り返りなさい!」
「……なるほど!」
「納得するな!」
ゴールドシップは、なぜか満足そうに頷いた。
こうして一味は、偉大なる航路へ向かうための準備を始めた。
武器屋では、ゾロとタマモが真剣な顔で刀を見比べていた。
「この刀、ええな……」
タマモが手に取ったのは、軽く取り回しやすい二振りの刀だった。
「今のうちに、二刀流の扱いをもっと磨いとかなあかん。ミホークとの戦いで、まだまだ自分の力が足りへんことが分かったからな」
「……ああ」
ゾロもまた、刀の柄を握り直す。
「俺は世界一の剣豪になる。そのためには、あいつを超えなきゃならねえ」
ミホーク。
世界最強の剣士。
二人の胸には、敗北の痛みと、それ以上に強い決意が刻まれていた。
「ゾロ」
タマモが真剣な顔で言った。
「うちら、もっと強くなろうな。次にあいつと会うときは、絶対に今みたいな結果にはせえへん」
「当然だ」
ゾロは短く答えた。
そのとき、店の入口からゴールドシップが顔を出した。
「おーい! お前ら、いい刀は見つかったかー?」
「お前、ナミと一緒に買い出しに行ったんじゃねえのか!?」
「ナミが食料の値段を確認してる間に、ちょっと抜けてきた!」
「抜けるなや!」
タマモが叫ぶ。
ゴールドシップは、店内の刀を見回してから、突然真顔になった。
「……なるほど。刀か」
「何だ?」
「ゾロとタマちゃんが強くなるために必要なもの。それは刀!」
「当たり前だろうが」
「そして、あたしが強くなるために必要なもの。それは……」
彼女は店の隅に置かれた、巨大な金属製のハンマーを見つけた。
「これだああああっ!」
「買うな! そんなもん買うな!」
ナミの怒鳴り声が、店の外から飛んできた。
「まだ何も言ってねえだろ!」
「その目を見れば分かるのよ!」
店主は、呆然と一連のやり取りを見つめていた。
ローグタウンの買い出しは、まだ始まったばかりだった。
3.処刑台へ向かう船長
買い出しが一段落した頃。
ルフィは町の中を歩いていた。
露店を覗き、珍しい食べ物に目を輝かせ、時には道端の猫に話しかけながら、気ままに歩みを進めていく。
その後ろを、ゴールドシップがついてきていた。
「なあ、ルフィ」
「ん?」
「お前、ゴール・D・ロジャーって知ってるか?」
「知ってるぞ。海賊王だろ?」
「この町で処刑されたんだってさ」
ゴールドシップが指さした先には、人だかりのできている広場があった。
その中央に、古びた処刑台が立っている。
かつて、海賊王が命を落とした場所。
そして、その死に際の言葉が、世界中の人間を海へ駆り立てた場所。
ルフィは、処刑台を見上げた。
「……ここで、ロジャーは死んだのか」
「ああ」
ゴールドシップは珍しく、茶化さなかった。
「ここから、全部が始まったんだな」
ルフィはしばらく処刑台を見つめていた。
やがて、彼はにっと笑った。
「……よし、行ってみるか!」
「えっ、上るのか?」
「おう!」
「いやいやいや! それは観光名所だけど、普通に上っていい場所なのか!?」
「いいだろ、誰も使ってないんだから!」
「そういう問題か!?」
ゴールドシップが止めるより早く、ルフィは処刑台へ向かって駆け出した。
「おーい! ルフィ! 勝手なことするなー!」
ゴールドシップも追いかける。
だが、処刑台の周囲には多くの人々が集まっていた。海賊王の最期を見届けようとした人々、ロジャーの言葉に憧れて海へ出た者たち、そして、海賊を捕まえる機会を狙う海兵たち。
その中を、ルフィは軽い足取りで進んでいった。
そして――。
彼は、処刑台の階段を上り始めた。
ゴールドシップは、下から見上げていた。
「……なんだろうな」
彼女は、胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。
ルフィが処刑台に上る姿は、まるで何かに導かれているようだった。
死を恐れない。
自分の夢を疑わない。
どんな危険が待ち受けていようと、前へ進む。
それは、ゴールドシップ自身がよく知っている、ルフィという少年の在り方だった。
「……へへっ」
彼女は笑った。
「やっぱり、お前は面白い奴だよ」
そのときだった。
「いたぞ! 麦わらのルフィだ!」
怒号が広場に響いた。
ルフィの懸賞金を知った海賊たちが、彼の姿を見つけたのだ。
そして、その中には――。
「麦わらァ!」
派手な衣装に、赤く大きな鼻。
バラバラの身体を自在に操る悪魔の実の能力者。
かつてオレンジの町でルフィたちに敗れた男がいた。
「バギー!」
ゴールドシップが叫ぶ。
「おおっ! あのバラバラ男!」
バギーは高笑いを上げた。
「ようやく見つけたぞ、麦わら! オレンジの町での借り、きっちり返してやる!」
その隣には、バギー海賊団の一味たちが集まっていた。
モージとリッチー。
カバジ。
そして、ルフィを捕らえようとする海賊たち。
バギーは処刑台の上にいるルフィを見上げ、口元を歪めた。
「ちょうどいい場所にいるじゃねえか……。海賊王の処刑台で、お前も同じ目に遭わせてやる!」
「おお、そうか」
ルフィは、のんびりと返事をした。
「じゃあ、やってみろよ」
「……は?」
バギーの笑顔が引きつる。
ゴールドシップは、額に手を当てた。
「ルフィ、お前な……! もうちょっと危機感を持て!」
「だって、こいつ弱かったし」
「それは言わんでええ!」
広場が騒然となる。
バギーは怒りで顔を真っ赤にした。
「てめえら! 麦わらを捕らえろ!」
バギー海賊団が一斉に動き出した。
ゴールドシップは棍棒を担ぎ直す。
「しゃあねえな……。せっかくの観光だってのに!」
そして、笑みを浮かべた。
「第二ラウンドだ、バギー!」
4.公開処刑
バギー海賊団の襲撃によって、広場は一瞬にして混乱に包まれた。
人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
海兵たちが動き出す。
そして、処刑台の上では、バギーがルフィを捕らえようとしていた。
「これで終わりだ、麦わら!」
バギーは短剣を手に、ルフィの首元へ近づく。
「お前が俺を笑ったこと、後悔させてやる!」
「……へえ」
ルフィは、処刑台の上から町を見渡していた。
海。
空。
遠くに見える船。
これから向かう偉大なる航路。
そして、自分の夢。
そのすべてを思い浮かべるように、彼は笑った。
「……ここで死ぬなら、それまでだ」
ゴールドシップは、処刑台の下で足を止めた。
「……ルフィ?」
ルフィは笑っていた。
死を前にしても、恐怖に支配されていなかった。
まるで、自分の運命を受け入れているかのように。
「オレは、海賊王になる男だ!」
その声が、広場に響き渡った。
バギーの短剣が振り下ろされる。
――その瞬間。
空が光った。
轟音。
雷鳴。
そして、眩い閃光が処刑台を包み込んだ。
「なっ……!?」
バギーの手が止まる。
雷は処刑台を直撃し、激しい衝撃とともに木材を砕いた。
ルフィの姿が、光の中へ消える。
ゴールドシップは目を見開いた。
「……は?」
次の瞬間、処刑台が崩れ落ちた。
ルフィは、瓦礫の中から転がり出てきた。
「……あれ?」
本人は、自分が助かったことにすら気づいていない様子だった。
ゴールドシップは数秒間、呆然としていた。
やがて、腹を抱えて笑い出した。
「ぶっはははははははっ! 何だ今の!? お前、雷に助けられたのか!?」
「おお! なんか助かった!」
「なんかじゃねえよ! 死ぬところだったんだぞ!」
「でも助かった!」
「それはそうだけどよ!」
ゴールドシップは涙を拭いながら、ルフィの肩を叩いた。
「お前、ほんっとに悪運が強いな!」
「悪運?」
「そうだ! 普通なら死んでるぞ!」
「へへっ。じゃあ、運がよかったんだな!」
「そういう問題かよ!」
だが、笑っていられたのも束の間だった。
「麦わらを捕らえろ!」
海兵たちが広場へ押し寄せてきた。
さらに、町の入口から一人の男が現れた。
白い煙をまとったような姿。
海軍の制服。
そして、鋭い目つき。
男の名は、スモーカー。
自然系悪魔の実――モクモクの実の能力者であり、ローグタウンを管轄する海軍大佐だった。
「……ようやく見つけたぞ、麦わら」
スモーカーは、ルフィを見据えた。
「お前のような海賊を、この町から出すわけにはいかねえ」
ルフィは、きょとんとした顔で彼を見た。
「……誰だ、お前?」
「スモーカー大佐だ」
「へえ」
「……それだけか?」
「うん」
スモーカーの眉がぴくりと動いた。
ゴールドシップは思わず笑いそうになった。
「おいルフィ! 相手は海軍の大佐だぞ!」
「だから?」
「だからって……!」
スモーカーは煙を噴き上げ、ルフィたちへ迫った。
「捕まえろ!」
海兵たちが一斉に動く。
バギー海賊団もまた、混乱に乗じてルフィを狙っていた。
ローグタウンの広場は、海賊と海軍の入り乱れる戦場と化した。
5.煙の海軍大佐
「逃がすかよ、麦わら!」
スモーカーの身体が白い煙へと変わった。
煙が地面を這い、ルフィの足元へ伸びる。
「うおっ!?」
ルフィが飛び退く。
だが、煙は追いすがり、あっという間に彼の身体へ絡みついた。
「な、なんだこれ!?」
「モクモクの実の能力だ。お前のような新米海賊が、俺から逃げられると思うな」
スモーカーは冷静に告げた。
ゴールドシップは棍棒を構えた。
「ルフィを離しな!」
彼女は地面を蹴り、スモーカーへ飛び込んだ。
「ゴルシ式・黄金粉砕撃!」
棍棒が唸る。
しかし、打撃はスモーカーの身体をすり抜けた。
「なっ!?」
煙が散り、すぐに人の形へ戻る。
「物理攻撃は効かねえ」
「……へえ」
ゴールドシップは棍棒を見つめた。
「じゃあ、煙を叩き落とすのは無理ってことか」
「理解が早いな」
「よし! だったら、煙が固まった瞬間を狙う!」
「話を聞いていたのか!?」
ゴールドシップは再び棍棒を振り回した。
スモーカーは呆れたように煙を広げ、彼女の攻撃をかわす。
「無駄だ!」
「ちぇっ! 当たらねえ!」
その隙に、ルフィが煙から抜け出そうともがいた。
「くそっ! ゴムゴムの……!」
「無駄だと言っている!」
スモーカーの十手がルフィを狙う。
ルフィはぎりぎりでかわしたが、次の瞬間、煙に足を取られ、地面へ転がった。
「ルフィ!」
ゴールドシップが叫ぶ。
このままでは捕まる。
スモーカーの能力は厄介だった。今の自分たちには、煙となる身体をまともに捉える手段がない。
そのとき。
「おい、麦わら!」
どこからか、聞き覚えのある声が響いた。
ルフィとゴールドシップが顔を上げる。
広場の向こう、海兵たちの混乱の中に、一人の男が立っていた。
緑色の髪。
三本の刀。
鋭い眼差し。
そして、口元に浮かべた不敵な笑み。
「……お前、こんなところで何をしてやがる?」
ルフィは目を輝かせた。
「おお! ゾロ!」
「遅いぞ、ルフィ!」
「お前こそ、なんでそこにいるんだよ!」
「道に迷った」
「何でだよ!?」
ゴールドシップが腹を抱えて笑った。
「ぶはははは! やっぱり迷子になってた!」
「うるせえ!」
ゾロは刀を抜き、海兵たちへ向き直る。
「……まあ、いい。お前らを捕まえに来た海軍なら、俺が相手をしてやる」
その後ろから、タマモが駆けてきた。
「ゾロ! あんた、また勝手に先行して……!」
「お前も迷ってたのか?」
「ちゃうわ! あんたを探してたんや!」
タマモは二本の刀を抜いた。
「ほんま、目ぇ離したらすぐこれや!」
サンジ、オグリ、ウソップ、テイオー、ナミ、フェスタも、騒ぎを聞きつけて広場へ集まってきた。
「ルフィ! ゴルシ! 何やってるのよ!」
「処刑されそうになった!」
「何してんのよおおおおお!」
「でも雷が落ちて助かった!」
「説明になってないわよ!」
ナミが頭を抱える。
スモーカーは、集まってきた一味を見渡した。
「……これが、麦わらの一味か」
彼は煙草をくわえ直した。
「全員まとめて捕まえてやる」
その言葉と同時に、煙が広場を覆い始めた。
海軍の包囲網が、徐々に狭まっていく。
6.嵐を呼ぶ男
海軍の包囲網は、着実に麦わらの一味を追い詰めていた。
スモーカーの煙が道を塞ぎ、海兵たちが逃げ道を潰していく。
「くそっ……! このままじゃ、船まで戻れねえ!」
ウソップが叫ぶ。
「ゾロ、タマモ! 傷は大丈夫なの!?」
ナミが二人を気遣う。
「問題ねえ」
ゾロが答える。
「……とは言いたいところだが、長引くのはまずいな」
タマモも頷いた。
「うちらの傷はまだ完全には治っとらん。ここで長時間戦うんは危険や」
サンジは煙を睨みつける。
「どうする、ルフィ?」
ルフィは、スモーカーを見つめていた。
「……逃げるぞ」
「えっ?」
ウソップが目を丸くした。
「逃げるって……お前、いつもなら戦うって言うだろ!?」
「だって、今は勝てねえ」
ルフィはあっさり言った。
「勝てない相手と戦って、みんなが捕まったら意味ねえだろ」
その言葉に、ゴールドシップはにっと笑った。
「へえ。ちゃんと船長らしいことも言うじゃねえか」
「どういう意味だよ!」
「褒めてんだよ!」
「ならいい!」
ナミが周囲を見渡した。
「港まで戻れれば、船を出せるわ! でも、この煙をどうやって突破するの?」
そのときだった。
広場の向こうから、強い風が吹き抜けた。
煙が揺らぐ。
海から吹き込んだ風が、町の旗を大きくはためかせた。
そして、雨の匂いがした。
「……雨?」
テイオーが空を見上げる。
黒い雲が、いつの間にかローグタウンの空を覆い始めていた。
風が強くなる。
遠くで雷鳴が響く。
ゴールドシップは、空を見上げたまま呟いた。
「……また雷か?」
「お前、雷を呼ぶ体質なんか!?」
タマモが叫ぶ。
「知らねえよ!」
だが、その嵐は突然やってきたわけではなかった。
町の人々が空を見上げ、海兵たちがざわめき始める。
スモーカーもまた、空を見上げていた。
「……妙な天気だな」
そして、雷が落ちた。
轟音とともに、海軍の進路を塞ぐ建物の一角が崩れる。
「今だ!」
ルフィが叫んだ。
「走れ!」
一味は一斉に駆け出した。
ゴールドシップが最後尾につき、追ってくる海兵たちを牽制する。
「はいはい、道を空けなー! 黄金の浮沈船のお通りだー!」
「お前、余計な挑発するな!」
ウソップが叫ぶ。
「挑発じゃねえ! 通行案内だ!」
「案内の仕方が悪い!」
スモーカーは煙となって追いすがる。
「逃がすか!」
しかし、風と雨が煙を散らし、海軍の動きを乱していた。
その隙に、一味は港へたどり着いた。
「船は!?」
「そこよ!」
ナミが指さす先に、彼らの船が待っていた。
「全員、乗り込んで!」
ゾロとタマモが先に乗り、続いてサンジ、オグリ、ウソップ、テイオー、ナミ、フェスタが飛び乗る。
最後にルフィとゴールドシップが甲板へ駆け上がった。
「帆を上げろ!」
ナミが叫ぶ。
「了解!」
ウソップとテイオーが帆を引き上げ、サンジが係留索を外す。
船が岸壁から離れ始めた。
だが、その直前。
「麦わらァ!」
スモーカーの声が、港に響いた。
煙が船へと伸びる。
ルフィは振り返り、スモーカーを見た。
スモーカーの目は、まっすぐルフィを捉えていた。
「次に会ったときは、必ず捕まえる!」
ルフィは笑った。
「おう! そのときは、もっと強くなってるぞ!」
「捕まえるって言ってんだよ!」
ゴールドシップも、船べりから身を乗り出した。
「スモーカー大佐ー! 次は煙じゃなくて、焼き芋でも持ってきなー!」
「誰が持ってくるか!」
「じゃあ、あたしが持っていく!」
「来るな!」
最後までふざけたやり取りを交わしながら、船は港を離れていった。
スモーカーは、その後ろ姿を睨みつけていた。
麦わらのルフィ。
そして、黄金の浮沈船――ゴールドシップ。
この二人を放置すれば、いずれ大きな騒ぎを起こす。
彼は煙草をくわえ、低く呟いた。
「……必ず捕まえてやる」
7.偉大なる航路への進水式
ローグタウンの港が遠ざかっていく。
空を覆っていた黒雲は、いつしか薄くなり、海には再び太陽の光が差し込んでいた。
甲板では、ナミが航海図を広げていた。
「よし。補給は済んだ。船の修理道具もそろったし、水と食料も十分……のはず」
彼女は、ちらりとルフィとゴールドシップを見た。
「……あんたたちが食べなければ、だけど」
「もう食べてねえぞ!」
ルフィが抗議する。
「さっき、パンを三つ食べたでしょ!」
「三つだけだぞ!」
「その前に肉を五皿食べたでしょうが!」
「ゴルシも食べた!」
「お前も道連れにするな!」
ゴールドシップが笑う。
「いやあ、食料は大事だからな! 出発前に腹いっぱいにしておくのが、船乗りの心得ってやつだ!」
「そんな心得はない!」
ナミの声が響く。
サンジは苦笑しながら、オグリへ追加の料理を差し出していた。
「まあまあ、ナミちゃん。食料なら俺が管理する。オグリちゃんが食べる分も、ちゃんと計算しておくさ」
「……本当に大丈夫なの?」
「任せてくれ。料理人の名に懸けてな」
「ありがとう、サンジ。いただきます」
オグリは嬉しそうに皿を受け取った。
ゾロは甲板の端で刀を手入れしていた。
タマモは隣に腰を下ろし、二本の刀を布で拭いている。
「……いよいよやな」
タマモが海の向こうを見つめる。
「ああ」
ゾロは短く答えた。
「偉大なる航路。ミホークがいる海でもある」
「うちらの夢を叶える場所でもあるな」
タマモは刀を鞘に納めた。
「今はまだ、傷だらけやけど……次は絶対、もっと強くなったる」
「当然だ」
二人は互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。
その少し離れたところでは、ウソップとテイオーが船の点検をしていた。
「よし、ロープの固定も問題なし!」
テイオーが元気よく報告する。
「船の修理も完璧だ! オレ様がいれば、どんな荒波も……」
ウソップは胸を張った。
しかし、船が少し揺れると、すぐにマストへしがみつく。
「うわあああっ! 揺れたあああっ!」
「ウソップ、まだ港の近くだよ!?」
「うるせえ! 海は油断できねえんだ!」
フェスタは船べりに寄りかかり、海を眺めていた。
「さて……次はどんな賭けが待ってるのかね」
ナミが隣に立つ。
「賭けもいいけど、勝手に船を盗んだりしないでよ」
「私はナミほど大胆じゃないさ」
「その言い方、絶対に信用できないんだけど」
フェスタは笑うだけだった。
そして、船首にはルフィとゴールドシップが並んで立っていた。
目の前には、広大な海が広がっている。
東の海の先。
その向こうにある、世界で最も危険な海――偉大なる航路。
海賊王ゴール・D・ロジャーが制覇した海。
数えきれないほどの海賊が夢を追い、命を懸けて挑んできた海。
ルフィは麦わら帽子を押さえ、にっと笑った。
「……よし」
ゴールドシップは、隣で腕を組む。
「ルフィ。いよいよだな」
「ああ!」
「ここから先は、今まで以上に強い奴らがいるぞ」
「望むところだ!」
「危険もいっぱいだぞ」
「大丈夫だ!」
「飯がうまい島もあるぞ!」
「それが一番楽しみだ!」
「おいルフィ! 最後のだけ反応が違うぞ!」
ゴールドシップは大声で笑った。
「ははははっ! よーし! じゃあ、あたしたちも進水式をやるぞ!」
「進水式?」
ルフィが首を傾げる。
「そうだ! 偉大なる航路へ入る記念の儀式だ!」
「何をするんだ?」
「簡単だ!」
ゴールドシップは胸を張った。
「全員で船首に並んで、海に向かって叫ぶ!」
「何を!?」
「決まってるだろ!」
ゴールドシップは大きく息を吸い込んだ。
「――偉大なる航路よ! あたしたちが来たぞおおおおおっ!」
「おおおおおっ!」
ルフィが続く。
「ちょっと! 恥ずかしいからやめなさいよ!」
ナミが叫ぶ。
「ええやん、ナミ! ここまで来たんやから!」
タマモが笑いながら言った。
「せーの!」
ルフィが声を張り上げる。
仲間たちは顔を見合わせた。
そして――。
「「「偉大なる航路よ! あたしたちが来たぞおおおおおっ!」」」
その声が、海に響き渡った。
船が進む。
波を切り、風を受け、未知の海へと向かっていく。
船長モンキー・D・ルフィ。
そして、黄金の浮沈船ゴールドシップ。
二人の懸賞金額は、すでに東の海の海賊としては破格のものだった。
だが、彼らはまだ知らない。
偉大なる航路には、彼らの想像を超える強敵と、数えきれない冒険が待っていることを。
海軍の追跡。
世界政府の思惑。
そして、世界を揺るがす大いなる秘密。
今はまだ、何も知らない。
ただ、夢を追いかけている。
ただ、仲間と一緒に笑っている。
それだけで十分だった。
ゴールドシップは、船首で大きく両手を広げた。
「さあ行くぞ、ルフィ! 目指すは海賊王! そして、偉大なる航路の珍獣グルメ完全制覇だ!」
「珍獣グルメって何だよ!」
「偉大なる航路にいる珍しい生き物を食べ歩く旅だ!」
「そんな旅はしない!」
「ええーっ!?」
「食料は私が管理するからね!」
ナミの叫びが響く。
船上には、いつもの騒がしさが戻っていた。
その喧騒を乗せて、船は海へと進む。
東の海を越え、偉大なる航路へ。
新たな冒険の幕が、今、上がった。