ウマ娘ONE PIECEダービー~黄金の浮沈船は大海原を駆ける~ 作:武藤 桜
1.偉大なる航路への道
ローグタウンを出航したゴーイングメリー号は、順調とは言い難い航海を続けていた。
「……で? なんで海がこんなに荒れてんのよ!」
船首でナミが叫ぶ。
「海が荒れるのは海の醍醐味だろ!」
「醍醐味で船を沈められてたまるか! あんたは黙っとれ、ルフィ!」
「アハハハハ! いいぞナミ! もっと言ってやれ!」
「ゴルシも笑ってないで帆を押さえなさい!」
「おう! 黄金の浮沈船、ゴールドシップ! ただいま帆の制圧作戦を開始するぜ!」
「制圧って何よ!?」
ゴールドシップがロープを片手で引っ張り、もう片方の手で巨大な金属製の棍棒を器用に抱えたまま、船上を駆け回る。
その後ろでは、オグリキャップが食料庫から顔を出していた。
「ナミ。食料の確認をしたいのだが……」
「まさか、もう食べたんじゃないでしょうね?」
「いや。まだ食べていない。確認しただけだ」
「その口元についてるパンくずは何よ!」
「……確認の途中で、少しだけ」
「少しだけって量じゃないでしょうがぁぁぁ!」
「オグリ! おれにもなんか食わせろ!」
「ルフィはさっき食べただろう?」
「まだ腹減ってる!」
「よし! じゃあ、ゴルシちゃん特製の海賊弁当を――」
「ゴールドシップ、あんたの弁当は信用できない!」
ナミの容赦ないツッコミが船上に響く。
そんな騒ぎの中、船尾ではゾロとタマモクロスが並んで座り、刀の手入れをしていた。
二人とも、ミホークとの戦いで負った傷はまだ完全には癒えていない。包帯は外れてきたものの、激しく動けば傷口が痛む。
「……まだまだやな、ウチら」
タマモが刀身を布で拭いながら呟いた。
「ああ」
ゾロは短く答える。
「世界一の大剣豪。あの男に勝つまでは、どれだけ強くなっても足りねぇ」
「せやな。ウチも、もう二度とあないな差を見せつけられとうないわ」
タマモは刀を鞘に納め、空を見上げた。
「けど、今は目の前の海を越えるんが先や。あんたも傷が開いたら承知せえへんで」
「そっくりそのまま返す」
二人の視線が交わる。
そして、どちらからともなく小さく笑った。
「おーい! ゾロー! タマモー!」
甲板の向こうから、ルフィが大声で呼んだ。
「もうすぐ偉大なる航路だぞー!」
「分かっとるわ!」
タマモが叫び返す。
「聞いたか、ゾロ! いよいよ本番や!」
「ああ。ここからが本当の勝負だ」
ゾロが立ち上がる。
その言葉に、ゴールドシップがぬっと割り込んだ。
「つまり! ここから先は、ゴルシちゃんの伝説が海に刻まれるってことだな!」
「いや、あんたの伝説はもう十分すぎるほど刻まれてる気がするわ……」
ナミが額を押さえる。
隣で中山フェスタが、楽しそうに口元を吊り上げた。
「いいじゃないか。先が読めない航海ほど、賭けがいがある」
「フェスタ、あんたも変なところでゴールドシップに同意しないで!」
「賭けは、結果が分からないから面白いんだろ?」
「航海は賭けじゃないの!」
ナミの叫びを背に、メリー号は巨大な海流のうねりへと進んでいった。
目指すは、世界中の海賊が憧れる海。
偉大なる航路――グランドライン。
2.凪の帯――風も波もない海
やがて、海の様子が奇妙に変わった。
「……あれ?」
操舵していたナミが眉をひそめる。
「風が止まった?」
帆が垂れ下がり、波のうねりが消えていく。
さっきまで船を揺さぶっていた荒波が、嘘のように静まり返っていた。
鏡のような海面。
風の音も、波の音もない。
「なんだ? 嵐が終わったのか?」
ウソップが恐る恐る船縁から海を覗く。
「いや……これはおかしい」
ナミは海図を広げた。
「この海域……まさか、凪の帯?」
「凪の帯?」
テイオーが首を傾げる。
「風がなくて、波もない海ってこと?」
「そう。でも、問題はそれだけじゃないの」
ナミの顔が青ざめていく。
「ここには海王類が大量に棲んでいるって話よ……!」
「海王類?」
ルフィが目を輝かせた。
「でっけえ魚か!?」
「魚っていう大きさじゃないわよ! 島みたいな大きさの怪物だっているの!」
「島みたいな魚!? 食えるかな!?」
「食べることしか考えられないのか、君は……」
オグリが真剣な顔で考え込む。
「島ほど大きいなら、食料事情はかなり改善するな」
「オグリまで乗らないで!」
その時だった。
海面の下を、巨大な影が横切った。
メリー号の何倍、何十倍もある影。
一瞬、船全体に暗い影が落ちた。
「…………」
全員が凍りつく。
そして、海面から巨大な頭部がゆっくりと姿を現した。
「う、うわああああああああっ!?」
ウソップの絶叫が響き渡る。
海王類の巨大な目が、メリー号を見下ろしていた。
その口が開く。
「に、逃げろおおおおおお!」
「逃げろって言ったって、風がないんだから進めないでしょうが!」
ナミが叫ぶ。
ゴールドシップは棍棒を構え、海王類を見上げた。
「ほう……。こいつはデカいな。よし、ゴルシちゃんと勝負しろ! 先にビビった方が負けだ!」
「勝負を挑むなあああ!」
「ゴールドシップ! 刺激するな!」
サンジが怒鳴る。
しかし、海王類は船を襲うことなく、しばらくこちらを見つめていた。
その巨体が、ゆっくりと海中へ沈んでいく。
水面に巨大な波紋だけを残して。
「…………助かった?」
テイオーが、そっと尋ねた。
「助かった……のかしらね」
ナミは青い顔のまま答える。
「だから凪の帯には近づきたくなかったのよ……!」
「でも、あの怪物、なかなか迫力あったな!」
ルフィは満面の笑みだった。
「もう一回見たい!」
「絶対に嫌よ!」
一方、ゴールドシップは海王類が消えた場所をじっと見つめていた。
「……なるほど。あれが偉大なる航路の外側にある海の番人ってわけか」
「番人っていうか、ただの恐怖の象徴やろ……」
タマモが呆れたように呟く。
フェスタは海面を見つめ、薄く笑った。
「なるほどね。勝ち目の薄い賭けほど、命を懸ける価値があるってわけだ」
「フェスタ。今度その考えを船員に押しつけたら、海に放り出すわよ」
ナミの声は本気だった。
メリー号は海流とわずかな風を頼りに、なんとか凪の帯を抜けていく。
そして一行は、ついに偉大なる航路の入口へとたどり着いた。
3.双子岬――偉大なる航路への突入
目の前に現れたのは、巨大な山だった。
「……山?」
ウソップが呆然とする。
「なんで海のど真ん中に山があるんだよ!?」
ナミは海図を広げ、目を見開いた。
「これが……リヴァース・マウンテン……!」
レッドラインにそびえる、世界でも特異な山。
普通なら海面から山を登るなど不可能だ。
しかし、この山には世界の海をつなぐ奇妙な海流が存在する。
四つの海から流れ込む水が、山を駆け上がり、頂上から偉大なる航路へと流れ落ちているのだ。
「つまり……あの水の流れに乗って、山を登るのか?」
サンジが煙草をくわえたまま尋ねる。
「そういうこと。でも、少しでも航路を間違えたら岩壁に激突するわ」
「へえ。面白そうじゃねえか!」
ルフィが船首に立つ。
「よっしゃあ! 行くぞおおおお!」
「待ちなさい! まだ準備が――」
「出発進行ォォォ! 黄金の浮沈船、リヴァース・マウンテン攻略戦、開始ィィィ!」
ゴールドシップがなぜか敬礼する。
「だから誰が号令をかけろって言ったのよ!」
しかし、メリー号はすでに海流へと乗り込んでいた。
船体が大きく傾く。
「うおおおおおおっ!?」
「落ちる! 落ちるってこれ!」
ウソップとテイオーが同時に叫ぶ。
船は、滝のような急流を逆に登り始めた。
水しぶきが甲板を覆い、船体が激しく揺れる。
「ナミ! このまま進んで大丈夫なのか!?」
サンジが叫ぶ。
「大丈夫にするのよ! 舵を離さないで!」
「了解だ!」
フェスタがナミを支えながら、舵の補助に回る。
「面白くなってきたじゃないか!」
「面白がってないで手伝いなさい!」
「はいはい」
船首では、ルフィとゴールドシップが大笑いしていた。
「すっげえええええ!」
「最高だぜ! まるで空に向かって走ってるみてえだ!」
「船が壊れたらあんたたちのせいだからねええええ!」
オグリは揺れる甲板で食料箱を必死に抱えていた。
「食料だけは……食料だけは守らなければ……!」
「オグリ! 自分の身も守れ!」
サンジの叫びも虚しく、メリー号はついに山の頂上へ到達した。
そして――。
「……来た」
ナミが呟いた。
山の向こうに広がる海。
偉大なる航路。
その入口へ向かって、船が滑り落ちていく。
「うおおおおおおおおっ!」
全員の歓声が、山の頂上に響いた。
船は山を下る急流に乗り、激しい水しぶきとともに偉大なる航路へと突入する。
「偉大なる航路だあああああ!」
ルフィが叫ぶ。
「ついに来たな!」
ゾロが笑う。
「ここからが本当の冒険や!」
タマモが刀の柄を握る。
ゴールドシップは両手を高く掲げた。
「聞け、偉大なる航路! 黄金の浮沈船、ゴールドシップ様の伝説が今ここに始まる!」
「はいはい。伝説より先に、船の修理代を稼ぐことを考えなさい」
ナミは呆れながらも、口元に笑みを浮かべていた。
一方、船の後方ではウソップとテイオーが抱き合って震えている。
「生きてる……! おれたち、生きてるぞ……!」
「うん……! すっごい冒険だったね……!」
「まだ入口を通っただけだけどな」
ゾロの冷静な一言が二人に突き刺さった。
「「えええええええええっ!?」」
こうして一行は、偉大なる航路へ足を踏み入れた。
だが、その入口で彼らを待っていたのは、予想もしなかった出会いだった。
4.巨大なクジラ――ラブーンとの出会い
偉大なる航路に入って間もなく、船の前方に巨大な黒い物体が見えた。
「……あれ、島?」
テイオーが目を細める。
「いや、島にしては形が丸いな」
ゾロが呟く。
ナミは望遠鏡を覗き込み、顔を引きつらせた。
「……嘘でしょ」
「どうした、ナミ?」
「島じゃない……。あれ、クジラよ」
「クジラ?」
全員が前方を見た。
そこにいたのは、島と見間違えるほど巨大なクジラだった。
黒い体。巨大な頭部。そして、額に刻まれた無数の傷跡。
そのクジラは、目の前にあるレッドラインの巨大な壁へ向かって、何度も頭を打ちつけていた。
ドゴォォォン!
轟音が海を揺らす。
ドゴォォォン!
再び、巨体が壁に激突する。
「な、なんやあれ……!」
タマモが息を呑む。
「自分から壁に突っ込んでるのか!?」
ウソップが叫ぶ。
「危ない! 船を離せ!」
サンジが舵を握る。
しかし、その瞬間。
巨大なクジラが、こちらを振り向いた。
「……!」
その目には、怒りだけではない何かがあった。
深い悲しみ。
長い年月を経ても消えない、孤独な感情。
「……なんだ?」
ルフィが呟く。
「こいつ……泣いてるのか?」
ゴールドシップも、いつもの笑みを消してクジラを見つめていた。
その巨体が海面を揺らしながら、メリー号へと近づいてくる。
「おいおいおい! こっち来たぞ!」
ウソップが船縁にしがみつく。
「全員、落ち着いて!」
ナミが叫ぶ。
だが、クジラは船を攻撃しなかった。
ただ、巨大な目でこちらを見下ろしていた。
その時、クジラの頭上から声が響いた。
「おーい! そこの海賊たち! 勝手に刺激するんじゃないぞ!」
小さなボートに乗った老人が、こちらへ手を振っていた。
丸い体に白い髭。
そして、妙に堂々とした態度。
「……誰だ、あのじいさん?」
ルフィが首を傾げる。
老人はメリー号の近くまでボートを寄せると、ため息をついた。
「まったく……。また新しい海賊か。ここは偉大なる航路の入口だ。少しは慎重に行動したらどうだ」
「おれはルフィ! 海賊王になる男だ!」
「わしはまだ何も聞いとらん!」
老人は即座に怒鳴り返した。
「おれはゴールドシップ! 黄金の浮沈船だ!」
「肩書きを増やすな!」
ナミがツッコむ。
老人は一同を見回し、やがてクジラへ視線を戻した。
「こいつの名はラブーン。長いこと、ここで暮らしておる」
「ラブーン……」
ルフィがその名を繰り返した。
「なんであいつ、壁に頭をぶつけてんだ?」
老人――クロッカスは、静かに口を開いた。
「……仲間を待っておるのだ」
5.ラブーンの過去――約束のために
双子岬の灯台のそば。
クロッカスの説明を聞くため、一行はメリー号を近くに停泊させた。
ラブーンは海面に浮かび、時折、レッドラインの壁を見つめている。
「昔、ラブーンには海賊の一団がいた」
クロッカスは語り始めた。
「西の海からやって来た海賊たちだ。ラブーンはその一団と一緒に旅をしていた」
「クジラが海賊の仲間だったのか?」
ウソップが驚く。
「そうだ。幼いラブーンは、彼らに懐いてな。歌を歌い、船を追いかけ、まるで家族のように過ごしていた」
クロッカスは目を細めた。
「だが、偉大なる航路は危険な海だ。航海を続けるうち、海賊たちはラブーンを連れて行くことができなくなった」
「……置いていったんか?」
タマモが静かに尋ねる。
「正確には、ラブーンを守るために置いていったのだ」
クロッカスは続けた。
「ラブーンはまだ幼かった。彼らは、この先の航海にラブーンを連れて行くことができないと判断した。だから、わしにラブーンを預けた」
その話を聞き、オグリは胸元で手を握った。
「仲間と離れるのは……つらいだろうな」
「それだけじゃない」
クロッカスは、レッドラインの壁を見上げた。
「海賊たちは、いつか必ず戻ってくると約束した。ラブーンは、その約束を信じている」
ラブーンが、低く鳴いた。
まるで、遠い日の歌を思い出すように。
「しかし、何年経っても海賊たちは帰ってこない。ラブーンは彼らが帰ってくると信じて、ここで待ち続けている」
クロッカスの声が、わずかに沈む。
「そして、あの壁の向こうに彼らがいると思っているのだろう。だから何度も頭をぶつけて、向こうへ行こうとしている」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
いつも騒がしいゴールドシップでさえ、黙ってラブーンを見つめている。
「……何年も、か」
ゾロが呟いた。
「いつ帰るかも分からねえ仲間を、ずっと待ってるってわけか」
タマモは目を伏せた。
「……待つんは、しんどいもんな」
その声には、普段の勢いがなかった。
中山フェスタも腕を組んだまま、ラブーンを見つめる。
「約束ってのは、不思議なもんだな。何も保証してくれないのに、人を何年も縛りつける」
「でも……」
テイオーが口を開く。
「約束があったから、ラブーンは今まで頑張れたんじゃないかな」
その言葉に、クロッカスは小さく頷いた。
「そうかもしれんな」
ルフィは、ラブーンを見上げていた。
やがて、彼は船から飛び降り、ラブーンの近くへ歩いていく。
「おい、ラブーン!」
「ルフィ!? 危ないわよ!」
ナミが叫ぶ。
だが、ルフィは気にしない。
「お前、仲間が帰ってくるのを待ってるんだろ!」
ラブーンがルフィを見る。
「だったら、壁に頭をぶつけるのはやめろ!」
「……!」
クロッカスが目を見開く。
「仲間が帰ってきた時、お前が傷だらけでどうするんだよ!」
ルフィは拳を握った。
「それに、お前がここで死んじまったら、仲間はどうするんだ! 帰ってきた時、会えなくなるだろ!」
ラブーンは動きを止めた。
巨大な目が、じっとルフィを見つめる。
「だから、待て! 仲間が帰ってくるまで、ちゃんと生きて待ってろ!」
その言葉は、まっすぐだった。
理屈ではない。
約束を信じることを否定しない。
ただ、約束を守るために生きていてほしい。
ゴールドシップは腕を組み、ふっと笑った。
「……いいこと言うじゃねえか、船長」
「だろ?」
ルフィが振り返る。
「いや、まだ何も終わってないわよ!」
ナミのツッコミが飛んだが、その声にも、少しだけ安堵が混じっていた。
ゴールドシップはラブーンの前へ歩み出ると、巨大なクジラを見上げた。
「ラブーン! お前の仲間がどこにいるか、今のあたしには分からねえ。いつ帰ってくるかも分からねえ」
彼女は、いつものふざけた口調を少しだけ引っ込めた。
「でもな。待つってのは、ただ何もしないで立ち止まることじゃねえんだ。帰ってきた奴に、胸を張って『待ってたぞ!』って言えるように、生きておくことだ」
ラブーンは、ゆっくりとゴールドシップへ顔を近づけた。
「だから、お前も負けるなよ。壁に勝つ必要なんかねえ。お前自身が、約束を守り抜くんだ」
一瞬の沈黙。
そしてラブーンは、大きく鳴いた。
その声は双子岬に響き渡り、海面を震わせた。
「……分かってくれたのかな」
オグリが呟く。
「さあな」
ゾロは肩をすくめた。
「だが、少なくとも今は壁に突っ込んでねえ」
「よし! じゃあ、ラブーンが元気になった記念に、宴だ!」
ルフィが拳を振り上げる。
「宴の前に食料の在庫を確認するわよ!」
ナミの声が、即座に響き渡った。
「ええええええっ!?」
ルフィとオグリの悲鳴が重なった。
「オグリ、あんたもよ!」
「……分かった。食料を守るために、まずは食料を食べ尽くさないように努力しよう」
「食べないって選択肢はないの!?」
ゴールドシップは腹を抱えて笑った。
ラブーンもまた、どこか嬉しそうに鳴いていた。
6.ラブーンとの勝負――約束の印
しばらくして、ルフィはラブーンの前に立った。
「よし! ラブーン!」
「また何か始める気か……?」
ゾロが嫌な予感を覚える。
「おれたち、これから偉大なる航路を一周する!」
「……は?」
クロッカスが眉をひそめた。
「そして、いつかここへ戻ってくる!」
ルフィは、拳を高く掲げた。
「その時まで、お前はここで待ってろ! おれたちが帰ってきたら、また会おう!」
「ルフィ……」
ナミが呆れながらも、彼の言葉を聞いていた。
しかし、ルフィはさらに宣言する。
「だから今は、おれたちと勝負だ!」
「勝負?」
ラブーンが首を傾げるように動いた。
「おれたちがこの海を一周して戻ってくるまで、お前はここで元気に待つ! それで勝負だ!」
ゴールドシップがニヤリと笑う。
「なるほど! つまり、こいつがラブーン・カップの出走者ってわけだな!」
「レースにするな!」
タマモがツッコむ。
「優勝賞品は、仲間との再会! 敗者には……」
ゴールドシップは少し考えた。
「……特に何もねえ!」
「賞品を用意してから言いなさいよ!」
ルフィは笑いながら、ラブーンの額に近づいた。
そして、拳を握りしめる。
「よし! これが、おれたちの約束の印だ!」
ドンッ!
ルフィの拳が、ラブーンの額に軽く打ち込まれた。
ラブーンは驚いたように目を瞬かせる。
ルフィはその額に、海賊旗のマークを描いた。
仲間との再会まで、壁に頭をぶつける代わりに見つめていられる印。
いつか戻ってくる海賊たちを待つための、新しい約束の印だった。
「……よし!」
ルフィは満足そうに頷く。
「これで、お前が壁に頭をぶつけたら、せっかくの印が台無しだ!」
ラブーンは大きく鳴いた。
クロッカスは、その様子を見守りながら静かに笑った。
「まったく……。ずいぶん騒がしい海賊たちだ」
ゴールドシップが胸を張る。
「そう! それが我ら、麦わらの一味と黄金の浮沈船の魅力!」
「まだ自分の肩書きを増やす気なのか……」
ゾロが呆れる。
タマモはラブーンの額を見上げた。
「……これで、少しは寂しくなくなるとええな」
ラブーンは、まるで返事をするように、もう一度鳴いた。
7.Mr.9とミス・ウェンズデー――奇妙な二人組
ラブーンとの出会いを経て、メリー号は双子岬の入り江に停泊していた。
クロッカスは、ラブーンの世話をしながら一行に偉大なる航路の危険性を説明してくれた。
「この海は、普通の海とはまるで違う。天候も海流も常識が通じん。ログポースなしでは、次の島へ向かうことすら難しい」
「ログポース?」
ナミが興味深そうに尋ねる。
クロッカスは、特殊な磁気を記録するコンパスを見せた。
「偉大なる航路の島々は、それぞれ特有の磁気を持っている。ログポースは、その磁気を記録し、次の島への道を示す」
「なるほど……。普通のコンパスじゃダメなのね」
ナミはすぐさま仕組みを理解し始めた。
その時だった。
入り江の奥から、二人組の人影が現れた。
一人は、妙に気取った格好をした男。
もう一人は、青い髪をした女性だった。
「おい、そこの海賊ども!」
男が大仰な声を上げる。
「我々は偉大なる航路の冒険者! ここで出会ったのも何かの縁だ!」
「……なんや、あいつら」
タマモが眉をひそめる。
男は胸を張った。
「おれの名はMr.9! そしてこちらは――」
「ミス・ウェンズデーよ」
女性が淡々と名乗る。
「よろしくね」
その笑顔は、どこか作り物めいていた。
フェスタは彼女の顔をじっと見た。
「……何か企んでる顔だな」
「人の顔を見て勝手なこと言わないでくれる?」
ミス・ウェンズデーは笑顔のまま返す。
「いや、賭け事をやってると、そういう顔はよく見るんだよ」
「フェスタ、余計な挑発をしないで」
ナミが小声で注意する。
Mr.9は一同を見回し、ニヤリと笑った。
「さて、君たち。ちょっとした仕事を手伝ってもらいたい」
「断る」
ゾロが即答した。
「まだ何も言っていないだろう!」
「面倒くさそうな話だからな」
「おい!」
ゴールドシップがMr.9の前に立った。
「仕事って何だ? 金か? 飯か? それとも、伝説の宝か?」
「ふむ……。話が早いな!」
Mr.9は嬉しそうに頷いた。
「実は、あの巨大なクジラを倒して肉にしたいのだ!」
一瞬、場が静まり返った。
「…………は?」
ナミの声が低くなる。
「ラブーンを……倒す?」
オグリの表情が険しくなった。
「なぜ、そんなことをする必要がある?」
Mr.9は当然のように答えた。
「巨大なクジラの肉は高く売れる! それに、あの大きさなら何年分もの食料になるだろう!」
オグリが、静かに一歩前へ出る。
「食料というのは、命をいただくものだ。だが、ただ金儲けのために、あれほど長く生きてきた生き物を傷つけるのは……」
「オグリ、落ち着いて」
サンジが肩を押さえる。
しかし、オグリの目は笑っていなかった。
ゴールドシップも棍棒を肩に担いだ。
「おいおい。あのクジラは今、仲間を待ってる最中なんだぜ?」
ルフィが、Mr.9の前に立つ。
「ラブーンには手を出すな」
その声は、いつもの明るさを失っていた。
Mr.9は一瞬たじろいだが、すぐに笑い出した。
「はっ! 海賊がクジラ一頭を守るだと? おかしな話だ!」
「おかしくねえよ」
ルフィは拳を握った。
「ラブーンはおれたちの友達だ!」
その言葉を聞き、ラブーンが遠くで鳴いた。
ミス・ウェンズデーは、二人のやり取りを見つめていた。
「……友達、ね」
彼女の表情が、一瞬だけ揺らいだ。
だが、その変化に気づいたのはフェスタだけだった。
8.双子岬の戦い――黄金の浮沈船と白狐の二刀
Mr.9は腰の武器を抜いた。
「ならば力ずくで従わせてやる!」
ミス・ウェンズデーも、手にした武器を構える。
「ごめんなさいね。こっちも仕事なの」
「仕事なら、なおさら断る!」
タマモが刀を抜いた。
「人の大事な仲間を傷つける仕事なんぞ、ウチは認めへん!」
「おお、タマモ! 決め台詞がキマってるぜ!」
ゴールドシップが笑う。
「茶化すなや!」
「はいはい!」
Mr.9が飛びかかってきた。
「食らえ!」
だが、ゾロが一歩踏み出し、その攻撃を刀で弾く。
キィン!
「お前の相手は俺だ」
「なっ……!」
Mr.9は距離を取ろうとする。
しかし、その退路にタマモが回り込んだ。
「逃がさへんで!」
二本の刀が閃く。
「双閃・稲妻駆け!」
白い軌跡が走り、Mr.9の武器が弾き飛ばされた。
「ぐあっ!」
男は地面を転がる。
「うおおおっ! タマモ、かっけえ!」
テイオーが声援を送る。
「見てるだけやなくて、そっちも気ぃつけや!」
「はーい!」
一方、ミス・ウェンズデーはウソップとテイオーを相手に立ち回っていた。
「ええい、ちょこまかと!」
「そっちこそ! おれの狙撃から逃げられると思うなよ!」
ウソップがパチンコを構える。
「テイオー、右だ!」
「分かった!」
テイオーが素早く横へ回り、ミス・ウェンズデーの動きを牽制する。
しかし、彼女は予想以上に身軽だった。
「甘いわね!」
武器が振るわれる。
テイオーは身をひねってかわしたものの、体勢を崩した。
「危ない!」
フェスタが横から飛び込み、ミス・ウェンズデーの進路を塞ぐ。
「二対一で悪いね。こっちは勝負を選べる立場じゃないんでね」
「あなた……!」
ミス・ウェンズデーが歯を食いしばる。
その頃、Mr.9はゴールドシップに向かって突進していた。
「お前さえ倒せば、あとはどうにでもなる!」
「おう、来い来い!」
ゴールドシップは棍棒をくるりと回す。
「ゴルシちゃん流、歓迎の儀!」
「何だそれは!」
「知らん!」
「知らんのかよ!」
Mr.9が攻撃を繰り出す。
ゴールドシップはそれを軽々と避け、棍棒を地面に叩きつけた。
ドゴォン!
土煙が上がり、Mr.9は勢いよく転がった。
「ぐあああっ!」
「はい、一丁あがり!」
ゴールドシップは棍棒を肩に戻す。
「次は誰だ? ゴルシちゃんの特別講座は、まだまだ続くぜ!」
「講座って何よ!」
ナミが叫ぶ。
その時、ミス・ウェンズデーが懐から何かを取り出した。
「……こうなったら!」
彼女はラブーンの方へ走り出す。
「おい、待て!」
ルフィが駆け出す。
だが、彼女はラブーンの巨体を見上げ、動きを止めた。
あまりにも大きなクジラ。
そして、その額に描かれた海賊旗の印。
彼女は、ルフィたちの言葉を思い出した。
――ラブーンはおれたちの友達だ!
「……っ」
その手が、わずかに震えた。
「ミス・ウェンズデー!」
Mr.9が叫ぶ。
「何をしている! 早く仕留めろ!」
彼女は振り返らなかった。
「……できない」
「何だと?」
「このクジラを傷つけるなんて、できないわ!」
Mr.9が怒りに顔を歪める。
「裏切るつもりか!」
「……!」
彼女の表情に、苦悩が浮かぶ。
その瞬間、フェスタが彼女の横に立った。
「賭けに負けるのが怖いのかい?」
ミス・ウェンズデーが睨む。
「何が言いたいの?」
「仕事を果たせば報酬が手に入る。失敗すれば、何かを失う。だけど、今ここで自分の心を裏切ったら、あんたは何を失う?」
「……あなたに何が分かるのよ」
「さあね」
フェスタは肩をすくめた。
「でも、あたしは自分の賭けに自分で乗る。それだけさ」
ミス・ウェンズデーは唇を噛み、やがて武器を下ろした。
「……もう、やめましょう」
「ふざけるな!」
Mr.9は怒鳴った。
しかし、次の瞬間。
「話は終わりだ」
ゾロがMr.9の背後に立っていた。
「ぐっ……!」
ゾロの一撃で、Mr.9は地面に倒れた。
戦いは終わった。
9.別れ――それぞれの航路へ
戦闘の後、Mr.9とミス・ウェンズデーは拘束された。
だが、ルフィは二人をそれ以上痛めつけようとはしなかった。
「もうラブーンに手を出すなよ」
ルフィが言う。
「……分かったわ」
ミス・ウェンズデーは、静かに答えた。
Mr.9は悔しそうに歯を食いしばっていたが、もはや反論できなかった。
クロッカスは、そんな一同を見守っていた。
「まったく……。ここに来る海賊は、どうしてこうも騒がしいのか」
「いやあ、これが海賊ってもんだろ!」
ルフィが笑う。
「そうなのか……?」
クロッカスは深いため息をついた。
その後、メリー号の出航準備が進められた。
偉大なる航路の次の島を目指すためには、ログポースに磁気を記録させなければならない。
ナミはクロッカスから航海に必要な説明を受け、真剣な顔で海図に情報を書き込んでいた。
「次の島への記録が終わるまで、ここで待つ必要があるのね……」
「そうだ。焦っても仕方がない。偉大なる航路では、島ごとに自然環境も危険も違う。準備を怠るな」
「分かったわ。ありがとう、クロッカスさん」
「礼を言われるほどのことではない」
その一方で、ゴールドシップはラブーンの前に立っていた。
「よし、ラブーン! あたしたちは先へ行く!」
ラブーンが低く鳴く。
「お前も、仲間が帰ってくるまで元気でいろよ!」
ゴールドシップは拳を握り、ラブーンの額に軽く触れた。
「壁に頭をぶつけるのは禁止だ! どうしても何かにぶつかりたくなったら、ゴルシちゃんの顔を思い出せ!」
「それは逆効果じゃないの?」
ナミが冷静にツッコむ。
「なんでだよ! こんな美人の顔を思い出したら、元気が出るだろ!」
「どこからその自信が出てくるのよ……」
タマモはラブーンを見上げた。
「ほなな、ラブーン。ウチら、いつかまた会いに来るわ」
ゾロも短く頷く。
「それまで、元気でいろ」
オグリは、食料庫から持ってきた果物を掲げた。
「これは、別れの贈り物だ。食べられるか分からないが……気持ちだけでも受け取ってほしい」
「クジラに果物を渡すのか?」
サンジが苦笑する。
「気持ちが大事だ」
ラブーンは大きく鳴いた。
その声は、どこか寂しげで、それでいて力強かった。
ルフィは最後にラブーンを見上げる。
「じゃあな、ラブーン! おれたちは必ず戻ってくる!」
そして、拳を掲げた。
「その時まで、勝負はお預けだ!」
ラブーンは、もう一度鳴いた。
まるで、その約束を受け取ったかのように。
メリー号の帆が張られ、船体がゆっくりと入り江を離れる。
クロッカスは灯台のそばから手を振った。
「気をつけて行け。偉大なる航路は、甘い海ではないぞ」
「おう!」
ルフィが応える。
「行くぞ、みんな!」
「了解!」
テイオーが元気よく返事をする。
ウソップはまだ少し怯えていたが、胸を張って叫んだ。
「おれたちなら大丈夫だ! なんたって、偉大なる海賊団だからな!」
「お前、さっきまで震えてただろ」
ゾロが指摘する。
「う、うるさい!」
フェスタは舷側に寄りかかり、遠ざかる双子岬を見つめた。
「約束を守るために待つ、か……」
ナミが隣に立つ。
「何か考えてるの?」
「いや。少し、賭けのことをね」
フェスタは笑った。
「いつか戻ってくるという約束に、命を懸けているクジラがいる。なら、あたしたちもこの航海に賭けてみる価値があるんじゃないかと思ってさ」
「……そうね」
ナミは海図を抱きしめ、前を向いた。
「せっかく偉大なる航路に来たんだもの。世界一の航海士になるためにも、ここで引き返すわけにはいかないわ」
船首では、ルフィとゴールドシップが並んで海を見つめていた。
「なあ、ゴルシ」
「なんだ、船長」
「おれ、あいつの仲間に会ってみたいな」
「ラブーンの仲間か?」
「ああ。どんな奴らなんだろうな!」
ゴールドシップは、しばらく考えた後、ニヤリと笑った。
「きっと、とんでもなく面白い奴らだぜ。だって、あんなクジラに慕われる海賊なんだからな!」
「だよな!」
二人は笑った。
偉大なる航路の海は、どこまでも広がっている。
その先に何が待っているのか、誰にも分からない。
けれど、今は進むしかない。
仲間と出会い、別れ、約束を胸に刻みながら。
ゴーイングメリー号は、次なる島へ向かって帆を進めた。
そして、遠く離れた双子岬では――。
ラブーンが、メリー号の消えた水平線を見つめていた。
額に刻まれた海賊旗の印。
それは、長い孤独の中に生まれた、新たな約束の証だった。
ラブーンは大きく鳴いた。
その声は、偉大なる航路の海に響き渡った。
――いつか、必ず。
その約束を信じるように。
次回予告――ウイスキーピーク編
偉大なる航路を進む麦わらの一味と黄金の浮沈船。
次に彼らがたどり着くのは、海賊を歓迎する奇妙な町――ウイスキーピーク。
盛大な歓迎、豪華な宴、そして町の人々が隠すもう一つの顔。
「歓迎されるってのは、いいもんだな!」
「……ルフィ。ゴールドシップ。あんたたち、ちょっとは警戒しなさいよ」
ナミの忠告も虚しく、宴は始まってしまう。
しかし、その夜。
ゾロとタマモクロスの剣が、再び闇の中で閃くことになる――。