「それではアクションRPG「呪術廻戦 ランドルト環ウロボロス」の無印RTAをプレイしていきたいと思います。戦闘難易度はハードかつany%です。レギュレーションはバグ封印とセーブロード封印です。目標は自己ベストの更新です」
「ゲームに収録されているのが渋谷事変までなので、事変終了後に操作キャラクターが生き残っていればクリアです」
「タイマースタートはマップ移動が可能になるチュートリアル終了後から、ストップはエンディングムービー終了後のスチルで。ではカウント始めます、さん、に、いち……」
「ん……」
大声でゲラゲラ哄笑していた「虎杖悠仁」だったものが、突然寝ぼけたこどものような声を出した。通常の人間ではありえないほど尖った爪がするりと目尻をこすり、閉じられた目蓋が開く。
伏黒恵は構えを解かぬまま、「それ」に意識を集中させていた。
「あれ? ここどこですか? 学校? どういう状況? テロかな?」
顔や上半身に浮かぶ紋様はそのまま。しかし驚くほどあどけない顔つきで、「それ」はすっとぼけたような言葉を紡ぎながら、キョロキョロと周囲を見回す。しまいには首をかしげた。
特級呪物が受肉する、という最悪な状況に蔓延していた圧という圧が完全に霧散した。
けれども伏黒は術式の構えを解かない。解くわけにはいかない。
「うん~? 祖父が亡くなって……病院で死亡手続きの書類済ませて……そこの彼が来て……ダメですね、前後関係がさっぱり。あとなんで半裸なんです」
「オマエなんで動ける?」
「おや心がふたつある。同居人さんですか? 元気いっぱいの殺意ですね」
状況をまったく把握していない「それ」が暢気に笑った。とうとう伏黒は口を開いた。
「動くな」
もはや虎杖悠仁はどこにもいない。人間ですらない。ただの呪いに成り果てた。
呪いは呪いとして祓わなければならない。今対応できるのは伏黒だけだ。彼我の戦力差は十分理解している。二級の伏黒が祓えなかった、つまりは準一級まで成長してしまった呪霊を、「あれ」は無造作に腕を一度振るだけで容易く切り裂いた。両面宿儺の術式までもが継承されているとは思わないが、規定上はともかくとしてその戦力、甘く見積もっても一級だろう。手に余る。
伏黒は己の額に冷たい脂汗が浮いていることを理解していた。自分が今から死ぬことも。
「それ」の顔や身体から刺青に似た紋様が消えていく。そしてもう一度、殊更やわらかく微笑んだ。
伏黒の汗は頬を伝い落ち、コンクリートの上で弾けた。
「新しいお客様ですね。はじめまして」
「それ」が呼び掛けたことで、伏黒は追加の登場人物が現れたことにようやく気づく。「今どういう状況?」と、まったくの自然体で、音もなく、自身の担任教師がそこにいた。
紙袋を片手に自分の姿をからかいながら写真を撮る担任は、行方不明になった特級呪物はどこだと軽々しく聞いてくる。
伏黒は答えに窮した。
目の前の「それ」が自分を助けるために丸呑みし、さらに呪いに適応したなどと、素直に言えるものだろうか? 言ったところで伏黒の正気が疑われるだけだ。
その相手が担任の五条悟でなければ、確実にそうなっていた。
「オー、ファビュラスグッドルッキングガイ」
「それ」は相変わらず、場違いなくらい能天気だ。バカみたいな反応をしながらパチパチ手を打っている。
とてもじゃないが、指を飲み込むまで近くにいたはずの虎杖悠仁と同一とは思えない。明確に人格が異なる。まるで突然別人になったかのようだ。
「それ」の存在、原因が共に正体不明のブラックボックスである以上、伏黒はいつまでも緊張と警戒態勢を抜け出せない。
五条は初めて「それ」の存在を認識したかのように振り向いた。実際そうなのだろう。
「発言の許可をいただけますか」
「ん? うん、いーよ!」
「ジュブツ? がなにかはよくわからないのですが、人間ぶっ殺したーいって感じの、明らかに自分ではない、強大な存在を自分の内側に感じます。推察するに俺が取り込んでしまったのでは?」
「……マジ?」
伏黒は観念して肯定した。この男の特別製の目玉ならば、いくらでも見分けがつく。これ以上の言い訳は無用だ。
ようやく強張った肉体から力が抜ける。
「でも恵が警戒してる理由はそれだけじゃないよね。君、なに?」
「んー? なにと言われますととても困る……おや? これは衝撃で人格データ吹っ飛んだ感じですか? わあ悲惨。ええと……そう、ふしぐろくんが俺を見る目付きがまさにそれ。ちょっと前の俺と明白に違うんでしょう。まあ、俺も自分が敬語キャラだったとは思えませんねえ! あやふやの残りカスみたいな記憶の上でもそう! なんでこうなったかすら、俺の主観からは語れない」
笑う。わらう。無邪気に、穏やかに、道理もわからぬ無垢なおさなごのように。
「ですからあなた方が決めてください。全部お任せします。使えるか否か、生かすか殺すか、どうやって使うか。門外漢の俺よりも、ずっとうまく俺を使えるでしょう?」
「それ」は従順に五条の命令に従い、期待に応える。「宿儺との意図的な入れ替わりでなにか変わったことは?」と問われ、「それ」は数秒考え込んだあと、こう答えた。
「どこかで聞いたような声がしますが、どこで聞いたかがまったくわかりません」