ナナミンと先生が俺に聞かれたくない話をしている間に、最近あった楽しい話をします。
宿儺から悪魔認定をいただいたときに「は~こいつマジめんどくさ」と思われたようで、暴力で支配するより適当な契約でも持ちかけた方がいいと呪いの王は判断したみたいなんですよ。
それで、俺を堕落させるために篭絡してやるぜ! (意訳)を言われました。以下テンションぶち上がりの俺回想です。
あった方がわかりやすくていいだろうと嵌め込まれた、光のない黒真珠が二度三度とまたたく。
「……篭絡していただけるんですか?」
次の瞬間、頬に当たる部分が遊色のごとくギラギラと輝き始めたため、宿儺は引いた。
「それ」が自分の顔を目撃していたらゲーミング頬だと、また宿儺には意味の通らない当世の言葉ではしゃいでいただろうが、自分の顔面の変化など見えるはずもない。益体もない仮定だ。
上擦る声は甲高くなり、ぴいぴいやかましく囀ずる鳥のさま。頬を両手で押さえるしぐさは恥じらう生娘のごとく。
「え、え~~~~~~!? 呪いの王の篭絡!? どんな風に!? やっぱり美食と美酒で歓待して畏怖~い武勇伝を聞かせてくださるんですか? あ、でも俺まだ人間の血と脂の臭いダメで……」
熱くなっているだろうその頬がギラギラ輝かず、目玉が蛋白質でできていて、肌がここまで白くなければなおよかった。
人間の真似事をするほど人間から遠ざかっていく「これ」は本当に気味の悪い魂である。
堪えきれなかった「キモ……」が宿儺の口からこぼれ落ちた。
こんなところで当世風の語彙が増えるのも妙な話である。興奮しきっている「それ」の耳には届いていないようだが。
長いため息が宿儺の口から落ちた。
たかが人間(推定)相手にこんな対応をとらなければならないとは。煩わしい。
「オマエ、どうしてそう好奇心が異様に強い? 少しは怯えたらどうだ」
「えっ? 怯えてもうざったいのに?」
「質問にだけ答えろ」
当然のように宿儺が人肉を好んで食べると想定されていることには触れない。深く突っ込むほど面倒くさいからだ。
「それ」はきょとんと首をかしげた。梟やら文鳥やらに似た仕草だった。
「俺は自分の耐毒能力がとても気になっているので、蘇生方法さえあるのなら片っ端から毒物を致死量摂取したいと思っている程度には好奇心の奴隷ですよ」
「初耳だが?」
「おやご存じない? なら今知っていただけてよかったです。いやあ、宿儺の指って化学薬品だとどの程度の猛毒なんでしょうね。普通死ぬはずのものを経口摂取して、腹痛さえ起こさなかったあの非術師の肉体も大概不気味なんでした。ぁは。家入先生に頼み込んだら実験に協力してもらえるかな……ゲーム違いますが地返しの玉や反魂香があれば一人で試せていいのに……」
不気味な笑い声と不穏な欲求が滑舌よく聞こえるが無視。「これ」がペラペラと脂の乗った舌を回転させているときは、普段以上に聞くだけ無駄だ。
理解不能だが意味は通る言語を聞かされるのは、下手な退屈よりもよほど苦痛である。
宿儺は千年退屈をたらたら潰してきた退屈しのぎの達人であるがゆえに、「これ」の毒物のような情報の洪水には付き合っていられない。脳がかゆくなる。
頬のギラギラが万華鏡程度のキラキラに収まった。それでも虹色に光っているわけだから、まだ機嫌がいいらしい。
そんなにウキウキするようなことが宿儺の言葉にあったと?
「なにがそんなに嬉しい」
癪だったので、宿儺は問いかけた。
すぐに後悔した。
ゆるりと、白すぎる瞼が細められ、熱を含んだ吐息がそのつるつるの喉を通る。
「尊重してもらったことがです。だってあなたは、現状はこの場に限りますが、その気になれば俺を指先からみじん切りにしては蘇生してを繰り返せますよね? それこそ自立した人として通用しなくなるまで、無限に。時間も手間もかかって非常に面倒ですが。だから、あなたは俺を支配する手順の中で必要になったために俺を尊重した。そこまで買っていただけるなんて、感激しました。虫けらから昇進ですね。糞袋かしゃべる肉かな? ぅふふ」
宿儺の思考を正確になぞっていることも。それを喜んでいることも。己を宿儺が思う通り矮小な虫と捉えていたことも。昇進したとのたまう口で、その先が宿儺にとって有象無象以下だとわかった口振りをするのも。
なにもかもが気色悪い。
知的生命体相手にこんな不快を味わう日が来ると、もし生きていた頃の宿儺に言っても、鼻で笑われることすらないだろう。「これ」が宿儺の檻でなければ、いくらでも縊れるのだ。それこそ自認する虫だの肉塊だののように。
「まあ手間隙かけてどうこうするのが面倒くさくなったら切り刻みが始まるんでしょうね~」
また、宿儺の思考を覗いたような口をきく。
「これ」の多弁には呆れるしかない。一度苛立つままに舌を切り飛ばしてやったというのに、次のときには同じようにペラペラペラペラ。
口は災いの元とすら知らんのかとなじっても「思考が基本垂れ流しなんですよね」と悪びれるそぶりすら見せない。
なんだってこう、己の器の主導権を握る「これ」はふてぶてしくて図々しいのか。
音の鳴るおもちゃ以下の存在では面白がる余地もない。なにせ、呪いの王にため息を連発させていることを喜びそうな変態である。被虐趣味でもないくせに。
被虐趣味、の言葉で宿儺はふと思い当たった。そういえば「これ」、肉欲はどう処理しているのだろう。
食事と睡眠は大好きだといつか聞き流したような気がするが、五条悟によって閉じ込められていた間にもそういったものは見ていない。
「話せ」と言ってみれば、少しの躊躇を見せてから、「それ」は口を回した。
「あー……俺今ED、じゃなくて不能なんですよ。性欲が消えてる」
ぱちっと宿儺の目が見開かれた。
嘲ってつついてやろうかと少し魔が差す。しかし、「これ」は不能であることを、伸びた爪ほども気にしないだろうとすぐ思い当たった。
宿儺の予想は当たる。胡粉で塗り込めた能面のようなツラはこっくりとうなずいた。
「必要ないですし。竿も穴もないこの姿の方が本来なので、肉の方も対応してないんです。接続回路が焼ききれてるんでしょうね。そういえば、魂の凌辱なら雌雄は関係ないものなんでしょうか? ちょっと興味あります」
「ほ~お?」
少しだけ宿儺の食指が動いた。
「でも支配をやるなら暴力の方が早くありません? 暴力は楽ですよ。破壊は気持ちいいし」
萎えた。
新雪を踏み荒らすがごとく蹂躙をするならば、「これ」には色事よりも暴力の方が効くに違いない。どちらにせよ面倒くさすぎる。
可食部が極端に少ないくせに、調理法が厄介な珍味のようだった。河豚の白子みたいな。
言ったら河豚毒を食べたがりそうだったので黙った。
いかがでしたか? 録画しててよかった~!
じゃ、ガラガラ引き戸を開けて入室。先生とナナミンに挨拶。着席はしません。
「やるでしょ、サプライズ」
「先生に全部お任せします」
「えー! ほんとにいいの?」
「二段階認証ですか? 先生に全部お任せします」
「虎杖くん、その……」
「ああ七海さん、お気になさらず。単なる時短です」
付き合うのが面倒なんじゃなくて遅延防止のためですから本当に気にしないで。
原作虎杖の耐毒性能の理由は結局明かされませんでしたが、最初から器として作った結果の副産物かなと思っています