いつも通り、五条は指定の時間から五分程度の遅刻をして高専に到着した。
スチール製のクーラーボックスのようなものを台車に乗せ、タッタカと軽快かつハイスピードで。
車輪が石畳をギャリギャリ削り、箱がガタガタ揺れる。キッと五条がブレーキをかけると慣性に従ってひときわ大きく揺れた。
「おまたー!」と一ミリも悪びれずにニコニコしているところがさらにどうしようもない。
京都校引率の庵が舌打ちをするのもやむなし、と伏黒は思った。
「やあやあ皆さんお揃いで。私出張で海外に行ってましてね」
と、聞いてもいないことを勝手に語り出して、ピンクのぬいぐるみを京都校の面々に配る。
庵の分はないとわざわざ言うあたり、五条なりに先輩に甘えているのだろうが、甘え方がまったくかわいくないので、伏黒は再び庵へ同情した。
呪術師にしてはかなり常識的な人だというのはこの数秒のやりとりで十分理解できる。知らず、唇からため息が落ちた。
「そーれーでー! 東京校のみんなには、コチラ!」
五条の異様なハイテンション具合のせいで場は完全に冷めきっている。そんなものを気にする目の前の男ではない。
それくらい伏黒はとっくの昔に理解していたし、どうせしょうもないからかいがその箱の中に入っているのだろう……と、思っていたのだ。
バコンと外された箱の中から、ぬっと現れたピンク頭を見るまでは。
「うえ、先生スピード出しすぎ……」
「アハハ、メンゴー」
伸びた髪は、初夏の頃のツーブロックとは大きく異なっている。しかし、頬骨の部分には消えることのない傷跡が刻まれており、じわりと滲む呪力は紛れもなく当人のもの。
箱に入っていた間になぜ気づかなかったのかと臍を噛む心地になる。
「箱詰めされると体バキバキになるなあ。わー、お空きれい。空気おいしー」
「というわけで、故人の虎杖悠仁くんでぇーっす!!」
二年の三人はこれが虎杖との初対面だ。対応のしようもなくて当然。釘崎は一瞬虚をつかれたあと、ぐしゃりと顔を歪める。
それらの情報を正しく認識しながらも、伏黒の両目は虎杖に釘付けになっていた。
「あのお土産、噂の乙骨先輩からのですか?」
「ナイショ♡」
「内緒なら仕方ないか」
「そこは食い下がってよ。悠仁ノリ悪いぞ〜」
すっと伏黒の指先が動く。呪力が体を満たす。先輩たちが止めるより先に、言霊が喉を通り抜け、
「ぎょくけん」
影から現れた渾が、寸分違わず、虎杖へ飛びかかった。
それだけの怒りが伏黒の五体を支配していた。
複数の人間がぎょっと目を見開き、幾人かが瞬時に構えを取り、そして虎杖は──とろけるように笑う。
流れるような手つきと精密な呪力操作によって、すぐさま渾は、その首を腕で固められた。
白が破壊されたときの力を受け継いでいるにも関わらず、暴れる渾相手に虎杖の体幹はびくともしない。緩められた唇からかすかな笑い声が聞こえる。伏黒の腹は余計煮え立った。
「熱烈ですね。そんなにカチキレるほど再会を喜んでくれるなんて……しみじみ感動します……」
「ちょっとぉ、やめなさいよ伏黒クン!」
よいしょ、と言いながら虎杖は台車を降りる。仙台での夜を思い起こさせるような暢気さだ。
伏黒は頭に血がのぼるあまり、数秒の眩暈を感じた。それをねじ伏せて胸ぐらへ手を伸ばす。
渾のことはすでに解いた。虎杖は大人しく自分に掴まれている。困ったように眉を下げるその顔。苛立ちが増す。
「なんで言わなかった!!」
ビリビリと、空気を震わす大声が、自分の喉から出たと気づく。軋むほど噛み締められた歯は痛み、握りこんだ拳は震え、呼吸は乱れる。
虎杖は本格的に目を丸め、伏黒に触れようとして、その手を下ろした。
「あー……まずはごめんなさい、黙っていて。実は先生に補講の名目で結構な期間軟禁されてまして」
「は?」
「ちょっと悠仁! 言い方言い方!」
ぐりんと伏黒の据わりきった目が五条に向いた。
「相手の学長煽るより弁明してくださいよ。ほら、夜蛾学長がすごい顔してる」と手のひらで示す虎杖だけが通常運転。男三人の修羅場と混沌が始まりつつある。
きょとんとしながら、虎杖はさらに追い討ちの油を注いだ。
「? 補講より修行の方がよかったですか? でも、地下に閉じ込めて連絡手段を奪うのは軟禁でしょう。山奥と日光サイコー。解放感すごい! あと久しぶりに寮の栄養バランスばっちりご飯が食べたいです!」
「五条先生、アンタ……」
「待って!? ほんとに誤解!」
とうとう伏黒の手が虎杖の胸ぐらから剥がれた。瞳に浮かぶのは、五条に向けた本気の軽蔑である。
「あのバカ……」
「おいおい、見損なったぞ悟~」
「しゃけしゃけ」
二年トリオの茶化し混じりの追撃。それによって、ようやく伏黒の式神から始まった緊迫感に満ちた空気が緩んだ。穏健派の肩から力が抜ける。
虎杖は「ははは」と弾むように笑う。そして人好きのする笑顔を浮かべ、その場の全員を見回した。
「改めてはじめまして。虎杖悠仁です。お手柔らかにお願いしますね、先輩方。良質な戦いを心待にしていました。釘崎さんも久しぶり。いろいろごめんなさい、本当に」
釘崎はじろりと虎杖を睨んだ。それだけだった。
伏黒はそのやり取りに一瞬目を見張る。釘崎のことだから、憎まれ口が次から次へと飛び出してくるとばかり思っていたのだ。
けれども冷淡な対応に対して虎杖は笑みを崩さず、追いすがることもしない。
伏黒はなにかを言おうとして、そのなにかが思いつかず、口を噤んだ。
死んでる間の湿気も出せますが後回しで